2007年09月16日
とぅばらーま大会
第14回全島とぅばらーま大会 大成功!

昔から八重山の島人に歌い継がれてきた抒情歌「とぅばらーま」の関心度が高いという証拠であろう。素人のコンテストに入場料2,000円は高いという声もあったが、1001キャパのてだこホールは立ち見がでるほど盛況であった。
27名出場者(1名棄権)一人一人、一節一節終える毎に盛んな拍手がおくられていた。
我が教室の有馬と屋嘉部は熱唱でしたが、残念ながら入賞には届きませんでした。↓次回にがんばってください。



↓奨励賞の川元恵子さん(別府市出身)努力賞の山根安行さん(宮良出身)


↓3位入賞の前里悟さん(小浜出身)2位準優勝の豊平美奈子(新川出身)


↓さて第14回のチャンピオンは内間悦子さん(今帰仁出身)

緊張の高まる審査発表と表彰式


内間さんは来週23日石垣で行われる本場「とぅばらーま大会」でゲスト出演されます。
審査発表の前に歴代のチャンピオン歌あり、ポール石垣さんのサックスによる「月ぬ美しゃ」「とぅばらーま」演奏は演出効果満点であった。

最後フィナーレーは八重山の歌大会らしく「♪弥勒節・やーらーよー」で散会。

今回は嬉しいことに県外者の出場が多かった。全体的にコレッ、といって際立った歌い手は居なかった。もう少し歌詞の選択の必要性、囃子方の強化、声量や歌はまとまっているが、個性的、思い入れや、とぅばらーま独自のタノールが足りない。と審査された先生方の講評であった。
今回、見事、優勝者されたのはネーティブな八重山の出身では無しに沖縄の北部・今帰仁村出身の内間さんであった。一昨年糸満で行われた、とぅばらーま大会でもチューニジア出身のブリが優勝したように、近い将来、県外出身者が優勝する日も遠くないであろう。
今の大相撲や世界柔道を思わせる事態が起きるかも知れない。嬉しい限りだ!内なる島唄が広まりメジャーになっていく過程ではないか。とぅばらーま歌を生んでくれた八重山。育んでくれた先人達に感謝です。
同じ歌で3時間近く客をひきつけるのは、とぅばらーまの魅力といういうより魔力だ。
「とぅばらーまやいずすどぅ主」<とぅばらーまという歌は歌う人が主人公だ!>とぅばらーまの精神を継承し大いに歌いましょう!
大会の実行委員会と八重山郷友会連合会の皆様、そして出場者の皆さんもお疲れでした!
photo by 安次富

昔から八重山の島人に歌い継がれてきた抒情歌「とぅばらーま」の関心度が高いという証拠であろう。素人のコンテストに入場料2,000円は高いという声もあったが、1001キャパのてだこホールは立ち見がでるほど盛況であった。
27名出場者(1名棄権)一人一人、一節一節終える毎に盛んな拍手がおくられていた。
我が教室の有馬と屋嘉部は熱唱でしたが、残念ながら入賞には届きませんでした。↓次回にがんばってください。



↓奨励賞の川元恵子さん(別府市出身)努力賞の山根安行さん(宮良出身)


↓3位入賞の前里悟さん(小浜出身)2位準優勝の豊平美奈子(新川出身)


↓さて第14回のチャンピオンは内間悦子さん(今帰仁出身)

緊張の高まる審査発表と表彰式


内間さんは来週23日石垣で行われる本場「とぅばらーま大会」でゲスト出演されます。
審査発表の前に歴代のチャンピオン歌あり、ポール石垣さんのサックスによる「月ぬ美しゃ」「とぅばらーま」演奏は演出効果満点であった。

最後フィナーレーは八重山の歌大会らしく「♪弥勒節・やーらーよー」で散会。

今回は嬉しいことに県外者の出場が多かった。全体的にコレッ、といって際立った歌い手は居なかった。もう少し歌詞の選択の必要性、囃子方の強化、声量や歌はまとまっているが、個性的、思い入れや、とぅばらーま独自のタノールが足りない。と審査された先生方の講評であった。
今回、見事、優勝者されたのはネーティブな八重山の出身では無しに沖縄の北部・今帰仁村出身の内間さんであった。一昨年糸満で行われた、とぅばらーま大会でもチューニジア出身のブリが優勝したように、近い将来、県外出身者が優勝する日も遠くないであろう。
今の大相撲や世界柔道を思わせる事態が起きるかも知れない。嬉しい限りだ!内なる島唄が広まりメジャーになっていく過程ではないか。とぅばらーま歌を生んでくれた八重山。育んでくれた先人達に感謝です。
同じ歌で3時間近く客をひきつけるのは、とぅばらーまの魅力といういうより魔力だ。
「とぅばらーまやいずすどぅ主」<とぅばらーまという歌は歌う人が主人公だ!>とぅばらーまの精神を継承し大いに歌いましょう!
大会の実行委員会と八重山郷友会連合会の皆様、そして出場者の皆さんもお疲れでした!
photo by 安次富
Posted by 大工哲弘 at
00:55
2006年10月23日
あの感動をもう一度
去った10月9日「第12回・琉球フェスティバル2006」の写真が届きましたので何枚か紹介します。
当日 写真の記者として許可を貰った愚生の友人が撮ったスナップです。
↓普天間かおり (クリックすると画像拡大)

↓ディアマンテス

↓下地勇とTWO TONES(内田勘太郎と島袋優)

↓パーシャクラブ

↓あれ~っ どっかで見たことある お姐さんや

↓大島保克

↓ハンカチ オ~ジィ

↓屋嘉部充

フィナーレでお客と一体になる

↓お客さんが主役です。

↓フィナーレ

他の出演には 津波恒徳、知名定男、坪山豊、我如古より子、ネーネーズ、よなは徹、中村瑞希、鳩間加奈子、神谷千尋、白百合クラブ(特別出演)沖縄かりゆし会(エイサー)琉鼓会(エイサー)琉ゆう会(エイサー)
司会:玉城満、大塚由美
コンサートは6時間という長丁場にも関わらず、大阪のみなさん 最後まで盛り上げていただき
ありがとうございました!
当日 写真の記者として許可を貰った愚生の友人が撮ったスナップです。
↓普天間かおり (クリックすると画像拡大)

↓ディアマンテス

↓下地勇とTWO TONES(内田勘太郎と島袋優)

↓パーシャクラブ

↓あれ~っ どっかで見たことある お姐さんや

↓大島保克

↓ハンカチ オ~ジィ

↓屋嘉部充

フィナーレでお客と一体になる

↓お客さんが主役です。

↓フィナーレ

他の出演には 津波恒徳、知名定男、坪山豊、我如古より子、ネーネーズ、よなは徹、中村瑞希、鳩間加奈子、神谷千尋、白百合クラブ(特別出演)沖縄かりゆし会(エイサー)琉鼓会(エイサー)琉ゆう会(エイサー)
司会:玉城満、大塚由美
コンサートは6時間という長丁場にも関わらず、大阪のみなさん 最後まで盛り上げていただき
ありがとうございました!
Posted by 大工哲弘 at
23:07
2006年07月04日
2006年06月27日
大阪三線クラブ 写じゃん
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
①会員のみ愚生のライブ終了後は恒例の交流会。
大所帯の大阪は曜日毎サークルの紹介を兼ねて日頃の練習の成果を発表してくれた。
UPは上級クラスのメンバーが堂々と「赤馬節」を披露してくれた。
②哲忠ーズは初めて柿木さんのウクレレも加わり「ハートランド」さわやかに演奏してくれた。
なかなかよかったです。 作曲者のオクノ オサム もキットよろこぶよ。
③新進気鋭の「とちゅうーず」が新着のTシャツに愚生のサイン
芸の道はまだ途中なのかもしれないが・・・継続して欲しいね
④その「とちゅうーず」が満月の夕を見事披露
⑤長丁場の個人レッスンに田中さんが手作り弁当をもってきてくれた。
沖縄の清明祭(しーみー)や運動会のご馳走に似て豪華なお重弁当であった。
ホンマニ 美味しかったです。
田中さん また お願いします。
⑥交流会の最後は恒例のカチャーシー。
手前は「大阪ゆんたーず」のお姐さん達。
ちかい将来○カ姐の後継ぎがでて欲しいけど
⑦大阪空港(伊丹)まで多忙な中佐々忠さん、横山、べっちー、柿木さんがワザワザ見送りにきてくれた。
写真を撮る場合、べっちーは一緒に並んではいけないブリくんと並んでしまった。
天気にも恵まれ有意義な3日間・そして皆さんに感謝しています。
ありがとうございました!!

②

③

④

⑤

⑥

⑦

①会員のみ愚生のライブ終了後は恒例の交流会。
大所帯の大阪は曜日毎サークルの紹介を兼ねて日頃の練習の成果を発表してくれた。
UPは上級クラスのメンバーが堂々と「赤馬節」を披露してくれた。
②哲忠ーズは初めて柿木さんのウクレレも加わり「ハートランド」さわやかに演奏してくれた。
なかなかよかったです。 作曲者のオクノ オサム もキットよろこぶよ。
③新進気鋭の「とちゅうーず」が新着のTシャツに愚生のサイン
芸の道はまだ途中なのかもしれないが・・・継続して欲しいね
④その「とちゅうーず」が満月の夕を見事披露
⑤長丁場の個人レッスンに田中さんが手作り弁当をもってきてくれた。
沖縄の清明祭(しーみー)や運動会のご馳走に似て豪華なお重弁当であった。
ホンマニ 美味しかったです。
田中さん また お願いします。
⑥交流会の最後は恒例のカチャーシー。
手前は「大阪ゆんたーず」のお姐さん達。
ちかい将来○カ姐の後継ぎがでて欲しいけど
⑦大阪空港(伊丹)まで多忙な中佐々忠さん、横山、べっちー、柿木さんがワザワザ見送りにきてくれた。
写真を撮る場合、べっちーは一緒に並んではいけないブリくんと並んでしまった。
天気にも恵まれ有意義な3日間・そして皆さんに感謝しています。
ありがとうございました!!
Posted by 大工哲弘 at
11:00
2006年06月08日
北海道の思い出
沖縄では「ハーリー鐘が鳴ると梅雨はあける」と云われてきた。
しかし旧暦の5月4日から一週間過ぎても一向に梅雨が明けそうになく毎日雨がダラダラと続いている。異常気象かな?週間天気予報を見ても来週まで雨のマーク、農作物が心配だ。
そんな時 北海道の知人、友人から便りがとどいた。
北海道は最近急に冷え込みました。いわゆる「リラ冷え」というそうだ。リラとはフランス語で「ライラック」のことで、咲き誇る5月末~6月初めにかけて冷えることからこのような名称になったそうです。これから暑くなろうとしている矢先の一瞬の寒さ。道産子は、それでもリラの美しさと言葉の美しさに、寒さもこれまた美しく感じるのだそうです。
素敵な季語ですね~ 何かリラックスしそうな響きがあります。
北の寒さと例えでは失礼だと思うのですが・・・沖縄でいう「ワカリビーサ」<別れ寒さ>「ムドイビーサ」<戻り寒さ>みたいなもんでしょうか?
そう云えば愚生が先月北海道ライブツアーの時にも桜満開、芝さくら、梅の花と様々な花が咲き誇っていたのが記憶に残っている。
あぁ~梅雨がない、北海道に戻りたいなぁ~!
ライラック、菜の花、鈴蘭の花とまだまだ北大地のゴールデンウィークはつづくであろうか。
先月ライブツアー中 楽しかった北大地のスナップを思い出しながら紹介しよう。
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
⑪
⑫
⑬
⑭
⑮
①小樽の街でテッチーの店をナナちゃんが発見?!「テッチーニー」というイタリアンレストラン。
オーナーの名前が哲也だそうです。親しみを感じます。シーフードスパゲティー美味しかったよ~
②エドウィン・ダンの記念資料館を訪ねました。(ダン氏は北海道の開拓と牧場地や畜産・農業の発展に導いた第一の功労者)
③佐呂間に行く途中、阿寒湖によりました。湖を眺めながらの食事は最高でした。
④富良野芦別道立自然公園(桂沢湖)にも寄りました。 訪れる客もなく恐竜像がさびしいそうでした。
⑤いま もっとも有名な旭山動物公園に行ってきました。北極熊は人気があった。
⑥ご存知 小樽の運河
⑦小林君宅の広い庭に♪咲いた、咲いたチューリップ花が並んだ並んだ赤白黄色どの花見ても綺麗だな・・・
⑧北海道で一番本当の旨いものと云えばテツは蕎麦だと思う。帯広で食った手打ち蕎麦屋「伊織り」の蕎麦。こんな美味しい蕎麦を食える帯広の民はうらやましいです。
⑨帯広に行く途中運転手&共演者の元さんにお願いして「網走刑務所」に連れて行ってもらいました。
昔 高倉健主演の映画「網走番外地」を思い出す。
⑩札幌のホソダ・コタロウくん。愚生の初孫を思い出す。
⑪札幌のフナト・ナオちゃん、
⑫帯広で元ちゃん友人・松田裕一愛娘「うたちゃん」という名前だそうです。素晴らしい命名ですね
⑬イシカワちゃんの長男ハヤタくんは空港まで見送りにまで来てくれた。
どちらも 健康で すこやかに大きくなって欲しいですね。
⑭もう一つ北海道で美味しいモノといえば アイスクリームである。愚生はゴマ味とアスパラガス味のアイスクリームを食べました。北海道らしい(帯広のメンバーと)
⑮今回のライブツアーは行く先々で多くの人にお世話になりました。
遅れ馳せながら 大工の元さん共々感謝申し上げます。ありがとうございました!!
UPは佐呂間湖をバックに
しかし旧暦の5月4日から一週間過ぎても一向に梅雨が明けそうになく毎日雨がダラダラと続いている。異常気象かな?週間天気予報を見ても来週まで雨のマーク、農作物が心配だ。
そんな時 北海道の知人、友人から便りがとどいた。
北海道は最近急に冷え込みました。いわゆる「リラ冷え」というそうだ。リラとはフランス語で「ライラック」のことで、咲き誇る5月末~6月初めにかけて冷えることからこのような名称になったそうです。これから暑くなろうとしている矢先の一瞬の寒さ。道産子は、それでもリラの美しさと言葉の美しさに、寒さもこれまた美しく感じるのだそうです。
素敵な季語ですね~ 何かリラックスしそうな響きがあります。
北の寒さと例えでは失礼だと思うのですが・・・沖縄でいう「ワカリビーサ」<別れ寒さ>「ムドイビーサ」<戻り寒さ>みたいなもんでしょうか?
そう云えば愚生が先月北海道ライブツアーの時にも桜満開、芝さくら、梅の花と様々な花が咲き誇っていたのが記憶に残っている。
あぁ~梅雨がない、北海道に戻りたいなぁ~!
ライラック、菜の花、鈴蘭の花とまだまだ北大地のゴールデンウィークはつづくであろうか。
先月ライブツアー中 楽しかった北大地のスナップを思い出しながら紹介しよう。
①

②

③

④

⑤

⑥

⑦

⑧

⑨

⑩

⑪

⑫

⑬

⑭

⑮

①小樽の街でテッチーの店をナナちゃんが発見?!「テッチーニー」というイタリアンレストラン。
オーナーの名前が哲也だそうです。親しみを感じます。シーフードスパゲティー美味しかったよ~
②エドウィン・ダンの記念資料館を訪ねました。(ダン氏は北海道の開拓と牧場地や畜産・農業の発展に導いた第一の功労者)
③佐呂間に行く途中、阿寒湖によりました。湖を眺めながらの食事は最高でした。
④富良野芦別道立自然公園(桂沢湖)にも寄りました。 訪れる客もなく恐竜像がさびしいそうでした。
⑤いま もっとも有名な旭山動物公園に行ってきました。北極熊は人気があった。
⑥ご存知 小樽の運河
⑦小林君宅の広い庭に♪咲いた、咲いたチューリップ花が並んだ並んだ赤白黄色どの花見ても綺麗だな・・・
⑧北海道で一番本当の旨いものと云えばテツは蕎麦だと思う。帯広で食った手打ち蕎麦屋「伊織り」の蕎麦。こんな美味しい蕎麦を食える帯広の民はうらやましいです。
⑨帯広に行く途中運転手&共演者の元さんにお願いして「網走刑務所」に連れて行ってもらいました。
昔 高倉健主演の映画「網走番外地」を思い出す。
⑩札幌のホソダ・コタロウくん。愚生の初孫を思い出す。
⑪札幌のフナト・ナオちゃん、
⑫帯広で元ちゃん友人・松田裕一愛娘「うたちゃん」という名前だそうです。素晴らしい命名ですね
⑬イシカワちゃんの長男ハヤタくんは空港まで見送りにまで来てくれた。
どちらも 健康で すこやかに大きくなって欲しいですね。
⑭もう一つ北海道で美味しいモノといえば アイスクリームである。愚生はゴマ味とアスパラガス味のアイスクリームを食べました。北海道らしい(帯広のメンバーと)
⑮今回のライブツアーは行く先々で多くの人にお世話になりました。
遅れ馳せながら 大工の元さん共々感謝申し上げます。ありがとうございました!!
UPは佐呂間湖をバックに
Posted by 大工哲弘 at
00:12
2006年03月11日
チュニジア大使

↑「譚亭」から見た首里城
ブリ・モハメドが今日 在京チュニジア特命全権大使ハンナシ氏を沖縄に招いた
初めて沖縄御訪問なので色々紹介したいとの沖縄ホスピタリティ精神で分刻みでのスケジュールとなった。
首里城見学、昼食、県立芸術大学学長表敬訪問、県庁で副知事表敬挨拶、芸大での沖縄伝統芸能演奏会出席、途中軽い夕食、那覇空港VIPルームからJALで帰路
幸い 元外務省チュニジア日本大使歴任後初代沖縄大使であった原島秀毅さんに今回の用件をお願いしたら快く引き受けてくれて出迎えから送りまで同行してくれた。救われました。(原島さんは現在那覇に住んでいる)

ランチタイムは愚生の担当で首里の高台にある「譚亭」で八重山料理を味わって貰おうとセッティングした。
大使は愚生のCDアルバム「伝」に入っているウードとコラボレーション「月ぬ美しゃがものすごく気に入ってる。是非 生で聞きたい」ということで、チュニジアの楽器ウードを唯一弾ける国仲勝男も呼びかけたら喜んで駆けつけてくれた。勝男さんとはレコーディング以来のセッションとなった。

演奏終 大使から大変お褒めの言葉をいただいた。
「是非母国チュニジアでも演奏してください!」と誘われた。
因みに今年は日本とチュニジアは国交が正常化されて50周年だそうです。
本当にいきたいね

最後は「安里屋ゆんた」を原島さん、壷屋やちむん館館長の前原さん、ウードの国仲さんとブリくんで
♪サーチュニジアよいとこ何度もおいで 春夏秋冬オリーブの国よ・・・合唱した。
最後はカチャーシーをブリと大使も踊り、譚亭で食事をしていた観光客も大喜びであった。
大使をはじめ原島さんお疲れさんでした。ブリくんも重荷がおりてホットしていることでしょう八重山料理はとても上品で美味しかったと大使も喜んでくれました。
譚亭の宮城玲子さん(ゆんたしょーらの実行委員長の奥さん)ありがとうございました!
大使はご公務多用と存じていますが・・・ひょっとしたら明日の「来夏ぬ宴」コンサートに来るかもしれない?
チュニジア大使沖縄御訪問の模様はRBCTVから13日放送するそうです。
Posted by 大工哲弘 at
00:15
2005年10月07日
韓国 3
韓国公演成功の裏にはパワーを付ける素晴らしい食文化があった。















↑
①カルビー豚肉(鉄板が斜めになって油を取る)なかなか理に適っている。
②韓国の旨い酒:マッコルリ(どぶろくに似ている)あまり旨いのでブレーキが利かない。
滞在中どれだけ飲んだのだろう?
③ヘルムタン(新鮮な魚介類)中でも蛸は生きているまま食う
皆大好きなものばかり・・・
④薬味料理:サムゲタン(写真がボケている)
サムゲタンを食わす土俗村(民家を改造して食堂にしている)
なかなか良い感じです。
⑤市場での昼食はどくどくの雰囲気あって最高!食材も豊富。
ちぢみ(ピンレゥト)スンデークッパ、スンデー、ホッケ、地元のビールHITEが また旨いです。
チョジュウソンさん(パンソリの歌い手)の大学のセンセイの家にお邪魔して昼下がりお茶(ジャスミン)新鮮な果物と韓国の餅をご馳走になりました。
愚生は韓国行く前からちょっと調子落としていたのですが、4日間韓国食パワーで調子が戻り、お陰で久しぶりに絶好調がもどりました。
韓国食よありがとう!!















↑
①カルビー豚肉(鉄板が斜めになって油を取る)なかなか理に適っている。
②韓国の旨い酒:マッコルリ(どぶろくに似ている)あまり旨いのでブレーキが利かない。
滞在中どれだけ飲んだのだろう?
③ヘルムタン(新鮮な魚介類)中でも蛸は生きているまま食う
皆大好きなものばかり・・・
④薬味料理:サムゲタン(写真がボケている)
サムゲタンを食わす土俗村(民家を改造して食堂にしている)
なかなか良い感じです。
⑤市場での昼食はどくどくの雰囲気あって最高!食材も豊富。
ちぢみ(ピンレゥト)スンデークッパ、スンデー、ホッケ、地元のビールHITEが また旨いです。
チョジュウソンさん(パンソリの歌い手)の大学のセンセイの家にお邪魔して昼下がりお茶(ジャスミン)新鮮な果物と韓国の餅をご馳走になりました。
愚生は韓国行く前からちょっと調子落としていたのですが、4日間韓国食パワーで調子が戻り、お陰で久しぶりに絶好調がもどりました。
韓国食よありがとう!!
Posted by 大工哲弘 at
23:57
2005年09月19日
弥栄村
中国山地の中にある自然の恵まれた島根県弥栄村でライブをしてきました。
弥栄村は来月から浜田市と合併するので弥栄村という村名でするのは最後の記念するライブとなりました。

今回は全国から弥栄村に農林業研修の為移り住んでいる青年達も多く手伝ってくれてもらって青年達と中秋の名月を愛でいがら夜啼くいろんな虫の鳴き声を聴きながら夜明けまで広いガーデンで飲み明かした。
上UPの一軒屋は我々の宿で、屋嘉部との二人泊まるにしてはあまりにもひろすぎる。
管理人から鍵を預かって玄関開けると 大きな蛇が玄関にいた。つかもうとすると床下にもぐりこんでいった。急いで管理人を呼ぶと、アオダイショウだから大丈夫ですよ~山とつながっているから どうしようもないですね~って言うんですぅ
しかし 愚生の床下にアオダイショウであれなんであれ居るかと思うと気持ち悪いナァ~思いつつも 飲んで床に就いたときには アオダイショウ すっかり忘れていた。



メンバーの一人が家からトランペットを持ってきて夜中から吹いたり屋嘉部くんの笛のミニライブあり、
三線とトランペットのセッションありで面白かった。
朝から稲刈りがあると言ってたけれど 大丈夫でしたでしょうかね?

弥栄村の伝統芸能、五穀豊穣を祝う「田ばやし」の踊りはライブの前に駐車場とライブ会場で披露してもらった。

↑弥栄村から広島へ移動の途中石見町にある縄文村で昼食をとることにした。


縄文村のオーナー駅場さんとは9年前ここでライブして依頼9年ぶりで再会を祝し
昼からアリッ かんぱ~い!
縄文村は標高4000もあり石見町が一望できる景観の素晴らしいところだ

今回も色々とご面倒を見てくれた弥栄村ふるさと体験村の下岡夫婦

↑左・ふるさと弥栄振興公社の小池さん、屋嘉部、愚生、広島の柴田さん、レストランさんの山崎さん
縄文村を後に夜ライブする広島へと向かった。
広島で第一回「うちなー」ライブにも沢山の方々来ていただいてライブを盛り上げて貰いました。
ありがとうございました!!
濃い二日間でした
弥栄村は来月から浜田市と合併するので弥栄村という村名でするのは最後の記念するライブとなりました。

今回は全国から弥栄村に農林業研修の為移り住んでいる青年達も多く手伝ってくれてもらって青年達と中秋の名月を愛でいがら夜啼くいろんな虫の鳴き声を聴きながら夜明けまで広いガーデンで飲み明かした。
上UPの一軒屋は我々の宿で、屋嘉部との二人泊まるにしてはあまりにもひろすぎる。
管理人から鍵を預かって玄関開けると 大きな蛇が玄関にいた。つかもうとすると床下にもぐりこんでいった。急いで管理人を呼ぶと、アオダイショウだから大丈夫ですよ~山とつながっているから どうしようもないですね~って言うんですぅ
しかし 愚生の床下にアオダイショウであれなんであれ居るかと思うと気持ち悪いナァ~思いつつも 飲んで床に就いたときには アオダイショウ すっかり忘れていた。



メンバーの一人が家からトランペットを持ってきて夜中から吹いたり屋嘉部くんの笛のミニライブあり、
三線とトランペットのセッションありで面白かった。
朝から稲刈りがあると言ってたけれど 大丈夫でしたでしょうかね?

弥栄村の伝統芸能、五穀豊穣を祝う「田ばやし」の踊りはライブの前に駐車場とライブ会場で披露してもらった。

↑弥栄村から広島へ移動の途中石見町にある縄文村で昼食をとることにした。


縄文村のオーナー駅場さんとは9年前ここでライブして依頼9年ぶりで再会を祝し
昼からアリッ かんぱ~い!
縄文村は標高4000もあり石見町が一望できる景観の素晴らしいところだ

今回も色々とご面倒を見てくれた弥栄村ふるさと体験村の下岡夫婦

↑左・ふるさと弥栄振興公社の小池さん、屋嘉部、愚生、広島の柴田さん、レストランさんの山崎さん
縄文村を後に夜ライブする広島へと向かった。
広島で第一回「うちなー」ライブにも沢山の方々来ていただいてライブを盛り上げて貰いました。
ありがとうございました!!
濃い二日間でした
Posted by 大工哲弘 at
21:20
2005年07月25日
京都ライブ

23日・京都ライブおかげさまで成功理に無事終了しました。
企画していただいた青木真理さん、京都YOUYOU館の大西さん、スタッフ、音響の中村さん、大阪三線佐々忠一行教室のわしま大工部(エイサー)混成地謡のみなさん、何よりも会場(ひと・まち交流館)に足を運んでいただいたお客さま。本当にありがとうございました!


大阪三線くラブの賛助出演は今回で三度目。
回を増す毎いい感じになってきている。また機会があれば御願いしたいね~



打ち上げは「シーサー屋」という沖縄居酒屋で大勢のメンバーが賑わった。
二次会にTさんとDさんと「図書館」というライブもやっている小さなカウンターの店で飲んでいたら
来月京都でお邪魔するライブハウス「磔磔」の社長と奇遇にも隣り合わせになり、一緒にのんだ。
京都はまた来月4日その「磔磔」でソロライブ伺います。
どうぞ よろしく御願いいたします!
Posted by 大工哲弘 at
10:00
2005年06月18日
ライブツアー


吉祥寺での初日「曼陀羅2」ライブには東京やいま歌会のメンバーが
大勢来てくれて、ライブ終了後 近くの居酒屋で終電車を逃した何名かと飲み明かした。
メンバーの山田さんがこの秋結婚するというフィァンセを連れて来てくれた。
「おめでとうございます!!」
森くんが「二人とも好男子だねって?!」
是非新婚旅行は沖縄に来てね~


楽曲は東京、名古屋、京都、大阪と雰囲気に会わそうと その都度変えた。
その為リハーサルの前の音あわせが肝心(かんじん)になってくる。
しかしチンドン通信社は絶対に譜面を見ないで即興で演奏するのが基本
もう音曲が体に身に付いているのでしょうね。
そして そのパフォーマンスはヨーロッパのジプシーを思い出す。


ライブ始まる前には必ず近くの一杯屋で前景気をつけにチンドン通信社のジャジ川口さんと
行った。
行くところ行くところの一杯屋さんで必ず沖縄の「ゴーヤーチャンプルー」のメニューがあるのは
それだけゴーヤーはメジャーになった証拠なんでしょうかね

京都では地元の知人高野さんが2月の京都ライブ以来先斗町の店に
舞妓さんを呼んでくれて
4ヶ月ぶりに「市笑ちゃん」と再会をよろこんだ。

舞妓の髪かんざしは季節に合わせて変るそうです。
この季節は柳をイメージ ナカナカ綺麗ですね

京都の磔磔には地元出身の松田美緒さんも楽屋に訪れた。
実は今月22日リリースするコンピレーションCD「リゾート・エアーパシフッカ」でポルトガル語で「島唄」を歌っている。
また この夏にはビクターからメジャーデビューする自分のアルバム「アトランティカ」のデモCDも戴いた。売れるといいですね~
美緒さん 頑張ってくださいね!

京都を終え千秋楽大阪に向かう前に皆で温泉に行こうというリクエストがあり
運転手の石崎さんに御願いし(今回のツアーはキャラバン隊のようにスタッフともに車の移動)鞍馬温泉に寄った。
雨上がりの涼しい天気の中
露天風呂は森林欲とともに心が癒される時間であった。
残念ながら鞍馬温泉はコンユではない

いよいよ千秋楽は大阪レインドックスでのライブ。
レインドックスの場所はバナナホールの近くにあるという事でバナナとHIPの社長もご楽屋にご挨拶に
きてくれた。
打ち上げはそのバナナの経営する「カラカラ」でチンドンの若い衆と話が弾み酒もワンカラ ワンカラと
(自分でドンドン)喉に落ちる。

チンドンも大阪地元ですので本職チンドンの化粧に戻った。本番前にハイ ゴーヤー!!
千秋楽はやっぱり大阪でよかった! 地元チンドンも異口同音「盛り上がりがちがう!」
勿論 大阪三線クラブのメンバーも 応援しに着てくれた。
京都の高野さんも二日間ありがとうございました(テツの左)

しーぶん(サービス)↓↓↓
京都の町でこんな看板を見つけた。

残念ながら名古屋ではカメラ撮りそこないました。スミマセン!
今回も沢山の人にお会いでき、好きな歌が歌え最高なツアーが出来ました。
すべてに感謝!!
Posted by 大工哲弘 at
00:25
2005年05月31日
倉敷 ツアー2 おまけ

倉敷白壁通りを歩いていると白と黒の土塀が
つづきまばゆいくらい壁並みが綺麗に保存されてある。
それに柳の緑色樹木がものすごく映えて見える。
無彩色にちかい路地、現代服を着けている人がふと居なくなると
時代劇映画のロケにでも即使えそうな景観だ。
時代の錯覚を感じながら散策する、
路上で小間物を売っている光景がまた通りの名物に
なっている。
気持ちよくあるいていると自画像を描き路上販売している
自画像展示が目に留まり眺めていたら、な・なんと「ゆんたしょーら」
という小生の画像があのヨン様のとなりに置いてある。


びっくりして画を書いたおっさんに聞いてみたら、
実は前日頼まれたという。岡山やいま歌会のメンバーが
仕掛けた演出であった。ん~ハメラレタ!

今度はキーホルダー売り場を見ていたら
「先生 素敵なキーホルダーがあるよ?」
其処にも小生の名前と諺を書いた
キーホルダーが展示されていたが・・・
しかし それはバレバレであった。

まぁ下手な仕掛けではあったが、でも 岡山のメンバーも
これくらい遊び心がある県民性になったかと
思うと何とも嬉しかった。
画像とキーホルダー大事にとって置きたいと思います。
お陰で楽しい倉敷の観光が出来ました。
ぼっこう(岡山弁・たいへん)ありがとうございました。
Posted by 大工哲弘 at
18:39
2005年05月23日
くすくす料理

今年初めてのビーチパーティを知念村にあるアザマサンサンビーチで昨日(22日)梅雨の合間の太陽を一杯に受け小生の指導する教室やサークルの仲間が集まり賑やかに行われた。
普通沖縄のバーベQといえば牛肉、チキン、ウィンナー、キャベツ、ウチナースバ(最後に焼きそば用)たまねぎ、野菜他、が定番のメニューだ。
しかし今回は定番メニュー以外にチューニジアの留学生、モハメド・ブリくんが自国のご自慢料理「くすくす」を作って皆に振舞ってくれた。
昨年は勤労ホーム、公民館でチューニジア料理講座も開講した経験もあり、なかなかの腕前である。

クスクス料理は元々北アフリカの先住民であるベルベル人がルーツで
アラブ人やイスラム教とともにアフリカ系ユダヤ人も独自でクスクスを開発して
地中海沿岸一帯に流行させた。
パスタの粒状のセモリナ(パスタ用の小麦)に豆や芋、人参が入り、トマトベースに野菜ソースや、肉、魚、チキンを添え 程好いスパイスを効かせたクスクスは北アフリカからの移民がフランスにも広めたという。
また具は、それぞれの雰囲気に合わせて変えることもできて、病気や願いごとに 適応するクスクスもつくれるというのが いかにもイスラム教から出た民族料理と云えよう。
小生も大好きな料理で いつも ブリくんに御願いして作らせているが、 その特徴は大きな皿に盛合わせてテーブルに出すと、クスクスを囲み国、県境を越え円座ができ、話が盛り上がり自然と “小笑” いが出るのが魅力である。
かてて加えてチューニジアの料理の他に水煙草も登場し回し吸い比べもあった。(ニコチンはまったくないです)
煙草は元々「縁着け草」といわれている通り
パーティーの効果的な余興の演出にも火を着け、一役かってくれる
水煙草は上等だね

因みにチューニジアでは水煙草(ウォーターシガレット)は国民の煙草だ!
Posted by 大工哲弘 at
13:13
2005年04月04日
勤労ホーム講座最後の文化祭他






大和でも桜開花宣言が出され、桜前線が駆け巡る春の便り日
沖縄も気持ちいい陽光な日曜日は第54回那覇市勤労青少年ホーム教養講座の最後の閉講式&文化祭が多彩なプログラムで賑々しく行われた。
講座最後の文化祭とあってこれまでとは違って観客も多く集まりワークショップ、や
てぃんさぐぬ花、島人ぬ宝などは舞台と観客が一つになっていた。
小生も生徒の演出により舞台に立たたされカチャーシーを演奏し全員がおどり、思い出に残る文化祭となった。
また その日は沖縄テレビのニュースにも取り上げられ、一般にも勤労ホームの名残を報道された。
小生の昨日はブリの足っし~で慌ただしくスケジュールをこなした。
まず勤労ホームの文化祭&交流会、その後玉城村にある浜辺の茶屋でYAEちゃんと朝崎郁恵さんのライブがあるとことを知り是非 聞きたいと思い、現地(玉城村)に行ったのですが
残念ながら、現地到着まではYAEのライブは終わっていた。悪かったYAEちゃん!
せっかくだから、浜辺の茶屋で会ってYAEと記念写真をパチリ。
その後、朝崎さんのライブを途中まで聞いて、隣の新原ビーチで琉球大学留学生がビーチパーリィしているというので、じゃーちょっとそこにも顔をだし挨拶でもしてくるか~
そこで来週台湾にかえる留学生と記念写真。(その新原ビーチは小林くんが率いる札幌のメンバーが最初来沖したときビーチパーティをしたところ)
急ぎ足で那覇市に戻り勤労の講座、毛遊びクラブが合同打ち上げをやっている会場・居酒屋「海援隊」に合流。新たに毛遊びで頑張ろうと誓い晩くまで呑ミィーニケーションをした。
モハメドブリくん!昨日はお疲れさんでした。
Posted by 大工哲弘 at
15:27
2005年03月22日
80回目の放送記念日







今日22日は放送記念日にあたり、日頃NHKに貢献した方々の表彰式がNHK沖縄放送局第一スタジオでありました。
小生がNHKと関わっているのは毎月第一金曜日の18:00~18:50分の「ウチナージョッキー」のパーソナルティを長年関わってきたお陰で「感謝状」の受賞となった。
1925年日本でラジオ放送がはじまって80年。第一声は東京・芝浦の仮設放送所からだそうで、
沖縄では昭和16年12月3日 日米開戦を告げる臨時ニュースが第一声だったそうです。
昭和42年には沖縄放送協会(OHK)設立、宮古、石垣の先島で放送開始。
昭和47年5月15日 本土復帰と同時にOHKの権利義務をNHKが継承、現在のNHK沖縄放送局として開局する・・・・まぁいろんな変遷を経て今日80年という歴史を刻んだ。
しかしNHKは一連の不祥事から大きな逆風をあおっている。これからは襟を正し真摯に公共放送という使命で地域に根ざした放送局と頑張ります、と局長が力強い挨拶をした。
式典の後は受賞者一同、記念撮影、食事会。
受賞もして、記念品も戴いて。食事まで なんか申し訳ない気分だった。正直言って恐縮しております。
これからも もっと「ウチナージョッキー」頑張らなくちゃーと肝に誓った。でも 長寿番組「ウチナージョッキー」も来月から月一放送から二ヶ月に一回の放送に減る編成となる。 今のNHK事情じゃ仕方がないですかね~?
沖縄放送局も今の豊見城から来年3月に新しく新都心に移転します。ですから今の局での放送記念日の表彰式は最後の式だということで記念する表彰になった。
世間をいま騒がしているライブとフジのニッポン放送株券争奪戦で真の放送のあり方が問われている中で来年からデジタル放送化が始まる。実際 放送とはなんぞや?いろんな意味で考えされられる過度期に来ていると思う。
此処だけの話だけど・・ 先日福岡西方沖で発生した大きな地震の速報はNHKが早かった。
毎夜PCをする時、小生はNHKラジオの「ラジオ深夜便」の愛聴者だ。
あのゆったりとした語り、懐かしい曲の数々、歳取ったせいか?話口調のリズムが合う 心が落ち着く放送だ。
明日から始まる春の選抜高校野球も絶対NHKで観戦するぞぉ~!!
因みに沖縄尚学は27日の第一試合目。
その前に受信料も忘れずに。。。。
Posted by 大工哲弘 at
16:48
2005年03月11日
若狭恒例の送別会
若狭しま唄の会は新しいメンバーが入会すると、
歓迎会。沖縄を離れると送別会と、恒例行事。
どっちかと言うとこれを楽しみにしているメンバーも多い
今回は若狭メンバーが経営するカラオケハウス「JAM」で行われた。
以前若狭公民館祭りでもカルメンを紹介したが、ドミニカ共和国出身。若干○○歳。
今月の24日でもって琉球大学の院生を終了し母国に帰るという。
1994年、小生もドミニカ共和国は民間交流芸能団としてコンサートをしている。
カリブ海に浮かぶドミニカはとっても明るい陽気な国民性でメレンゲ(サルサに似ている)
という音楽をもち、気候は沖縄に似ている。
ホームレスという言葉がない国、「地球は皆我がホームという」
カルメンはこれからドミニカ共和国と沖縄の架け橋になり役立てたいと語っていた。
模合を興しお金を貯めて是非 いつかドミニカに行こうと皆と誓った。
カルメン!頑張ってね~お元気で・・・ダンジュかりゆし♪



歓迎会。沖縄を離れると送別会と、恒例行事。
どっちかと言うとこれを楽しみにしているメンバーも多い
今回は若狭メンバーが経営するカラオケハウス「JAM」で行われた。
以前若狭公民館祭りでもカルメンを紹介したが、ドミニカ共和国出身。若干○○歳。
今月の24日でもって琉球大学の院生を終了し母国に帰るという。
1994年、小生もドミニカ共和国は民間交流芸能団としてコンサートをしている。
カリブ海に浮かぶドミニカはとっても明るい陽気な国民性でメレンゲ(サルサに似ている)
という音楽をもち、気候は沖縄に似ている。
ホームレスという言葉がない国、「地球は皆我がホームという」
カルメンはこれからドミニカ共和国と沖縄の架け橋になり役立てたいと語っていた。
模合を興しお金を貯めて是非 いつかドミニカに行こうと皆と誓った。
カルメン!頑張ってね~お元気で・・・ダンジュかりゆし♪



Posted by 大工哲弘 at
02:14
2005年03月05日
懇親会 余興
総会・さんしんの日の中継終了後は各教室の歌を披露した。
室山会発足以来、初めて顔を合わすメンバーが多いので懇親会は有意義な
時間であった。
大工教室からはモハメド・ブリが先週外国人による弁論大会で奨励賞をもらった時唄った
「とぅばらーま」の歌詞を披露した。
♪三線が乗せ 歌ゆいざば~
国を越え(くや~)聴いて賜れ(すきゆたぼり~)
幸太は「くいぬぱな」早弾きを披露。
金城盛長教室は、かたみ節、繁昌節、
山里勇吉先生の教室は、あがろうざ~他



室山会発足以来、初めて顔を合わすメンバーが多いので懇親会は有意義な
時間であった。
大工教室からはモハメド・ブリが先週外国人による弁論大会で奨励賞をもらった時唄った
「とぅばらーま」の歌詞を披露した。
♪三線が乗せ 歌ゆいざば~
国を越え(くや~)聴いて賜れ(すきゆたぼり~)
幸太は「くいぬぱな」早弾きを披露。
金城盛長教室は、かたみ節、繁昌節、
山里勇吉先生の教室は、あがろうざ~他



Posted by 大工哲弘 at
17:48
2005年02月28日
2005年02月28日
舞妓さんどすぅ!
2次会は京都の知人 高野さんが先斗町にある「久富美」に連れていってもらった。
京都の舞妓、芸子を教育いしているというママが気を利かせて舞妓さんを呼んでくれた。
京都のメンバーも始めて近くで見るという。へぇそんなもんですかね~?
また 舞妓も偽者と本物がいるという。
本物の見方はうしろに垂れている帯には必ず紋が入っているそうです。参考まで
京都ミューズの○○さんは「もう 死んでもええわぁ~!」
因みに舞妓さんはまだ修行中で、今年の鴨川祭りにデビューするという。
歳はなんと まだ若干16歳。出身は岩手県。
名前は市笑ちゃんどすぅ。
これから厳しい舞妓から芸者の世界に昇格するまで人生をすべて打ち込むそうです。
そうそう 気になる料金ですが。
いろいろ高野さんの友人、沖縄からの来客ということもあり。特別に計らってくれました。
みんなと別れ際には 「オキナワに 行きたいどすぅ !!」って。
がんばってや~ 市笑さん!!








京都の舞妓、芸子を教育いしているというママが気を利かせて舞妓さんを呼んでくれた。
京都のメンバーも始めて近くで見るという。へぇそんなもんですかね~?
また 舞妓も偽者と本物がいるという。
本物の見方はうしろに垂れている帯には必ず紋が入っているそうです。参考まで
京都ミューズの○○さんは「もう 死んでもええわぁ~!」
因みに舞妓さんはまだ修行中で、今年の鴨川祭りにデビューするという。
歳はなんと まだ若干16歳。出身は岩手県。
名前は市笑ちゃんどすぅ。
これから厳しい舞妓から芸者の世界に昇格するまで人生をすべて打ち込むそうです。
そうそう 気になる料金ですが。
いろいろ高野さんの友人、沖縄からの来客ということもあり。特別に計らってくれました。
みんなと別れ際には 「オキナワに 行きたいどすぅ !!」って。
がんばってや~ 市笑さん!!








Posted by 大工哲弘 at
23:33
2005年02月28日
2005年02月28日
京都アバンティホールの楽屋
おととい京都ミューズ主催のコンサートが無事終わりました。
始まる前、終わってからも楽屋に来客が多く、久しぶりの北野さん、さなびさんとの再会には
うれしかった。
京都の知人からも大きな花が届いた。
ありがとう ございました。

始まる前、終わってからも楽屋に来客が多く、久しぶりの北野さん、さなびさんとの再会には
うれしかった。
京都の知人からも大きな花が届いた。
ありがとう ございました。

Posted by 大工哲弘 at
22:58


























日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!