2005年02月28日

京都の夜は雪だった〇○

  
Posted by 大工哲弘 at 23:55

2005年02月28日

舞妓さんどすぅ!

2次会は京都の知人 高野さんが先斗町にある「久富美」に連れていってもらった。
京都の舞妓、芸子を教育いしているというママが気を利かせて舞妓さんを呼んでくれた。
京都のメンバーも始めて近くで見るという。へぇそんなもんですかね~?
また 舞妓も偽者と本物がいるという。
本物の見方はうしろに垂れている帯には必ず紋が入っているそうです。参考まで

京都ミューズの○○さんは「もう 死んでもええわぁ~!」

因みに舞妓さんはまだ修行中で、今年の鴨川祭りにデビューするという。
歳はなんと まだ若干16歳。出身は岩手県。
名前は市笑ちゃんどすぅ。
これから厳しい舞妓から芸者の世界に昇格するまで人生をすべて打ち込むそうです。


そうそう 気になる料金ですが。
いろいろ高野さんの友人、沖縄からの来客ということもあり。特別に計らってくれました。
みんなと別れ際には 「オキナワに 行きたいどすぅ !!」って。
がんばってや~ 市笑さん!!



  
Posted by 大工哲弘 at 23:33

2005年02月28日

京都の打ち上げ料理

京都コンサートの打ち上げは小生に気を使ってか?京都名物湯豆腐づくし。
すべて美味かったです。
ミューズのみなさん 心配り本当にありがとうございました。

  
Posted by 大工哲弘 at 23:06

2005年02月28日

京都アバンティホールの楽屋

おととい京都ミューズ主催のコンサートが無事終わりました。
始まる前、終わってからも楽屋に来客が多く、久しぶりの北野さん、さなびさんとの再会には
うれしかった。

京都の知人からも大きな花が届いた。
ありがとう ございました。

  
Posted by 大工哲弘 at 22:58

2005年02月28日

京都の風景



京阪京都ホテルから眺める東山、中央が京都駅 右・塔が見えるのは清水寺  
Posted by 大工哲弘 at 22:39

2005年02月25日

三線の日まで後○○にちぃ!



毎日(月~金)琉球放送の昼3時から4時まで上原直彦氏のラジオ番組「民謡で今日拝なびら」のコーナーで三線の日まで、各三線教室をめぐり三線をはじめて○○年、三線とのかかわり、あなたにとって三線とは?などなど ユニークな方々のインタビューが聞けるラジオ番組。

三線の日までのファイナル・ウィークは我が若狭公民館「島唄の会」の出番が廻ってきました。
4名がインタビューに応じた。
若狭島唄の会のかじゃでぃ風をバックに来週月~木まで昼3時50分頃放送でインタビューが聞けます。

三線の日まで あと7日!!  
Posted by 大工哲弘 at 00:41

2005年02月24日

十六日祭

今日は旧暦の十六日(ジュウルクニチ~)です。

十六日祭は清明(シーミー)祭とならんで沖縄では先祖供養、祖霊をなぐさめ、祖先をいたわり、
お墓に一族郎党が集まります。
事前にお墓の掃除をすませ今日(十六日)はお墓参りをしてお供え直食(クァッチー)を親族で
振舞ながら先祖を供養する、いわば後生(グショウー)の正月なのである。
この世の正月よりも盛大に行われます。
沖縄民間宗教、祖先崇拝主義の精神はそこにも生きております。ウートートゥ・アートートゥ!!

小生の若いころはお墓で子供達は凧を飛ばしたり、大人たちは三線を持ち出してピクニック気分で一年に一度の十六日祭を楽しみました。

十六日祭は沖縄の中でも離島が盛んです。(宮古島、八重山、久米島、他)
十六日祭が行われないところは、4月から始まる清明祭が変わりに行われる。

島唄にかかわっていると、先人達を敬う、先祖を労わる思想は大切な事だと思います。
いま 島唄がこんなに隆盛を極めているのも先人達のお陰だと思うからである。

今日はふるさと石垣に帰れないので ここ首里から石垣にある墓に向かってウートートゥしたいと
思います。合掌  
Posted by 大工哲弘 at 13:43

2005年02月23日

棟上

昨日石垣在の実家(弟の家)の棟上式が行われた。

①棟上完成 ②棟上式で屋根から餅を落とすのを待つ子供達 ③さぁ~餅を落とすぞ~!



棟上とは完成までの中間祝いで基礎工事も終えスラブ(屋根)工事も完成して大工棟梁を祝う行事

昔の瓦建ての一番上の横柱(棟木)に「紫微鸞駕」正式には「天官賜福・紫微鸞駕」と言う文字を
刻み込む習慣があった。
「天官賜福」とは神から幸福を授かること、
「紫微鸞駕」とは道教でいう北極星を神格化した北極大帝がきて家を守ってほしいとの意味だそうだ。
もともと中国から来た呪語で徐災招福の祈りが込められ必ずといっていいほど旧家の棟木には
紫微鸞駕(シビランカン)の文字が見られた。

そして三線演奏で「柳節」を唄い厄払いし嘉利をつける儀式があったのを覚えている。
♪柳は緑、花はくれない、人は只情け、梅はにおい

その祝い座にはヒト昔までは山羊汁を大工さんに振る舞い盛大に棟上祝いが行われた。
もう今はこういったセレモニーはなくなったものの、弟は紫微鸞駕の文字だけは
棟木に残してくれるという。さすが大工の家だね~  
Posted by 大工哲弘 at 02:34

2005年02月22日

達人とテツ人の番組



ラジオジャパン日本語番組「TOKYO発きょうの日本」
短波放送(全世界向け放送)周波数17845KH

番組は昨日と今日インタビューを含めて録音を終了しました。
番組のコンセプトは日本に対する国際理解の促進と海外に在住する日本人の皆さんへの日本の話題ニュース、文化、芸術、スポーツなどを提供することを目的として世界へ発信しているラジオ番組。

これまで番組に出演されたゲストは狂言師・茂山千作さん、昭和の横綱・大鵬幸喜親方、宮大工の小川三夫さん日産スカイラインを開発した櫻井真一郎さん、現代舞踊家の石井みどりさんなどがご出演されている。
すごいラインナップの中になぜか小生の処に番組の依頼があり、昨夜から泡盛を交わしながらレギュラーインタビューの宇城憲治先生(空手の達人)とプライベートでもたくさん沢山いい話を聞かせてもらいました。

宇城先生の著書には「頭脳から身体脳へ」「武道の原点」「武術空手の知と実践」。
宮崎大学に入学と同時に空手部に入部、卒業後は大阪に転居、沖縄古伝空手・
心道会の座波仁吉宗家に親近に接し、それまでの競技空手に疑問を感じ、直接指導をうける。
以来、沖縄空手、座波空手に傾注する。などなどさまざまなお仕事をしながら全国、世界を回り空手道の指導にあたっている空手の達人なのである。

(宇城) 最近は空手は相手を倒す、倒される。その事のみだけショウ化され その為に格闘技が盛んになってはいるものの、本来の空手道本質の「心」が失われつつある。いうなれば心、魂がなくなっている。ですから本来の武士道、空手道の精神を伝えなければならない。

(テツ) そういえば確か島唄も全国的に広まっています。
それはいい事だが、只 目的をショウ化しプロ化され聞かそうとするだけを目的にするウチナーうた・三線をする人たちが増えてきた。
また それはそれとして島唄が商業ベースに乗ってやれるというのは時代がなせる業でいい事だが、なんでもそうでしょうけど普及と共に失っていくものがある。本来の「歌」という本質もうしないつつあるのでは・・・
おなじく肝心を入心し継承、発展させることが大事だ。
「心」と「声」は世界共通する人類の接点だ。

(宇城) 「刀」は斬る道具ですが、その刀に「ヽ・トメ」を入れると「刃・やいば」となり、そこに心を
加えると「忍」となります。すなわち「刀」→「忍」の組み合わせは刀という道具とそれを使う人
の心が一つになること、そしてそこに「忍」が創造されることを示します。

(テツ) そういえば原子力も当初は世界平和の為に開発されたはずなのに、それを使用する人が
心がない為に何十万という不幸な事態を起こしたのも同じことなのかも知れない。

(宇城) 最近流儀流派の継承もせず師も待たずして武術道が名乗れる時代になっていますが
、真に歴史を継承する価値は、山岡鉄船はじめ多くの武術家が説いてきた「述べて作らず、古を好む」こそ、見出せるのではないでしょうか?
(武術、武道を広めること以上に、真の武術、武道を継承していくなかで、自己を高めることを武術の本質にしなければならない・・・)

(テツ)ンン~!島唄会・民謡界にもいえることが・・・

興味ある話が延々と続くのですが割愛させてもらって後はラジオでのお楽しみとにしたいと思います。
ひょっとしたら国内放送もするかも知れません。きまったらお知らせします。

宇城先生と会談をしていて空手と島唄やっていることに大事な「肝心」は精通するところがたくさんあって、
もっともっと沢山 番組以外にプライベートで話したかったのですが、今日5時45分に大阪にお帰りになられると言うことでユイレール首里駅で再会を約束し別れを告げた。


尚 このインタビューの模様は3月の中旬頃に短波放送で全世界向け放送されるそうです。
NHK国際放送局・制作センターディレクターの森脇さん2日間お疲れさんでした。
NHKは今琉球の風ならぬ逆風が吹き荒れていますが、森脇さんみたいに真摯な態度で
取り組むまじめな職員が居る限り大丈夫です。頑張ってください!!  
Posted by 大工哲弘 at 18:58

2005年02月20日

コンクール


以前大工ネット交流板がまだない頃、東京、福岡、岡山、札幌の持ち回りで『THE NINTH TIMES』(ナインス・タイムス・大工)という情報誌を刊行してお互いの活動内容を報告し交流しあっていた。
実際 発行中も あまり活用されていなかったようにおもう。それでIT革命を起こしアナログから現在のデジタル式交流板ができたという経緯ある。
去ったリーダー会議から今日の琉球民謡音楽協会の八重山部会での新人賞コンクール課題曲の変更発表にようやく交流板が賑わいを見せているのにホットしております。きっと それって各ネット教室でコンクールにチャレンジする会員達が興味が示している証拠なのでしょうね?
そこで以前発行していたナインス・タイムスVO7号の表題コラム「コンクール」を知らない会員の為に割愛して転載します。


「コンクール」と聞くと、なんとなしに緊張する響きがあります。
これは何故だろう 辞書を引いてみました。
「コンクール」とは、音楽、絵画、映画などを奨励する競演会とある。なるほど、でも よく見ると、どのジャンルにも「ガ」の音韻があることに気づく。まぁ~これは僕流の解釈ですが、
ひょっとすると「コンクール」は「が」→「我」を試す競演会なのかもしれない?なんていう屁理屈はどうでもいいのです[が] ともあれ、コンクールは日頃の練習の成果を試す絶好のチャンスなのである。そして「目標」「目的」を立て、課題曲に向かっていく姿勢は価値あるものがあります・・・(以上ナインスタイムスより)

毎度言っているようにコンクールは強制ではなしに あくまでも自己啓発、申告で受験するものです。そしてコンクールと協会は会員の為にあるものです。そのチャレンジ舞台を琉球民謡音楽協会がセッティングして皆様の
意地試しを待っているといっても過言ではあるまい。

さぁ~今年のコンクールまで後4ヶ月少々、それともまだ4ヶ月もあるさぁ~と解釈するか!
あなたの選択肢は・・・  
Posted by 大工哲弘 at 00:33

2005年02月18日

上地シゲ逝去



故上地シゲ。1971年撮影。
上にいるのが小生、右が山里勇吉先生。


故上地シゲさんの葬儀が今日西町にある真教寺でしめやかに行なわれました。
享年95歳の長寿を全うされました。

上地シゲを言っても今の若い歌い手は分からない思います。
上地シゲはなんと今はなき宮良高林さんの琴伴奏や大濱安判、山里勇吉先生の伴奏、そして小生の若いときの琴伴奏はほとんど上地シゲお母さんの伴奏で八重山民謡の琴演奏者として君臨しておりました。
いわば八重山唄い手の3代まで見守ってくれた歴史ある貴重なお母さんでした。
八重山箏曲の先駆者といっても過言ではないと思います。
小生にも故宮良高林、故大濱安判先生の生前の思い出話をいつも聞かせてくれたいた頃が懐かしく思われます。

葬儀は3時から4時に一般焼香が行われましたが、司会の説明でご遺族の要望で宮良高林と1958年一緒に
レコーディングされたときの音源をバックに聞きながらの焼香にはキーブルダチャ(身の毛がよだつ)しました。
きっとご本人も喜んでおられる事だと思います。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます、合掌。  
Posted by 大工哲弘 at 19:07

2005年02月16日

鳩1

今の季節はハトが産卵する時期だそうだ。

猫の額くらいの小さな我が家の庭に植えてある黒木の枝に鳩の巣が作られた。日ごろから鳩の飛来と共に糞を落として飛んでいくのでやっかいなモノと思っていた。

CDを下げれば光線で寄り付かないという どっかで知った知恵もぜんぜん効き目がなく 毎日飛来してとうとう巣まで作り卵まで産んでしまった。

最近はハトの数が増えて 各地でフン公害が多発し問題なっていますが。
でも せっかく我が家を択んで来ているので 許してやろう。見守ってやろう。
だってハトは平和のシンボルだしね・・・
しかし なんでまた態々我が家なのか?それだけ周囲の環境が悪化して 仕方なしに我が庭に巣をつくらざるを得ない現実にハトさんも追いやられているのだろうか?考えさせられる。

そういえば今日からアメリカ抜きで地球温暖化防止への京都議定書が発効された。

黒木の七枝に巣を作ったハトは「鷲ぬ鳥」みたいに卵を産し、雛が孵り東の太陽に向かって小鳩が大きく飛翔してほしいといまは願っている。

♪東かい飛びつけ 太陽ばかめ 舞いつけ

ハトは雄雌一対の雛しかかえさない事から 沖縄本島では二卵双生児の事を「ホートゥ ングァ」
(ハトの子のようだ)という。
また八重山では「パトゥヌ ファーンヤー」(ハトの子のようだ)と言うハトから来ている言葉がある。
鳩間島の名称もハトの巣のような島というところから付けられた。

  
Posted by 大工哲弘 at 23:17

2005年02月16日

鳩2

一生懸命巣を作ろうとしている。

  
Posted by 大工哲弘 at 22:24

2005年02月15日

わかりやすい八重山民謡解説集1

この度分かりやすい「八重山民謡解説集」が小濱光次郎さんによって完成されました。
八重山の歌を歌っていく中でどうしても歌意や解説、背景が分かると歌の情感も出せると
思います。

興味のある方は↓の方で扱っているそうです。
又吉三線店:098-861-3484
小濱光次郎:098-854-9216(八重山民謡集・著書)


これから勉強する方にはお手伝いできそうな教則本になるかも知れません。
一部を紹介します。


写真右から
琉球における帆船の歴史を詳しく紹介してあります。

仲筋ぬヌベーマーに出てくる壷

曲の作詞・作曲者の紹介  
Posted by 大工哲弘 at 12:53

2005年02月15日

分かりやすい解説集2



写真左から
方位の表わし方や時刻の表わし方を詳しく表記してあります

まるまぶんさんの背景、仲良田節の背景

安里屋ぬクヤマーの生家  
Posted by 大工哲弘 at 11:58

2005年02月14日

若狭公民館まつり風景



左から
空間を大いに利用してのバザーでウチナーすばコーナーが設けられ人気を呼び祭り終了待たぬ間に完売していた。
中:本番前に声鳴らし
右:舞台発表  
Posted by 大工哲弘 at 16:21

2005年02月14日

うち上げ2



若狭公民館・島唄の会の会員 山城さんの店(パティ)で恒例の打ち上げ会があった。
山城さんは宮古の多良間出身でいつも心のこもった(手あんだ)ついた
クヮッチでもてなしてくれます。

テツは残念ながら人間ドック後油モノは禁物で、戴けなかった。
山城さん いつもありがとうございました。  
Posted by 大工哲弘 at 16:09

2005年02月14日

公民館まつりの打ち上げ料理1

  
Posted by 大工哲弘 at 16:03

2005年02月14日

留学生3



UP右から
①モハメド・ブリ:チュニジア(県立芸大 古典芸能)
②バネサ・レュニオン:フランス(琉球大学・貿易)
③ブリカール・フロリアン:フランス(パリ第9大学日本語学科)  
Posted by 大工哲弘 at 15:43

2005年02月14日

留学生2



UP右から
①荻野ステファニー:ニューカレドニア(琉球大学・民俗学)日系3世
②ミナジャ・カルメン:ドミニカ共和国(琉球大学経営管理大学院生)
③ガロリア・カーシュ:米国(ジャーナリズム学)

※若狭島うたの会のハッピが足りなかったので首里公民館のサークルから
借りてきました。
ハッピが似合うね~  
Posted by 大工哲弘 at 15:36

2005年02月14日

留学生1


UP右から
①劉富琳:中国(県立芸大客員研究員、民俗音楽)
②レブレトン・ジュリアン:ニューカレドニア(琉球大学、昆虫博士)
③メームー美奈:スイス(琉球大学日本語・日本文化研究生)日系三世  
Posted by 大工哲弘 at 15:26

2005年02月10日

第1回リーダー会議



昨年から札幌の小林君が全国にある教室のリーダーに呼びかけ準備進めてくれた
「第1回大工ネットリーダー会議」が去る5日(土)アルテ崎山大ホールで開催された。
①議長の小林くんの進行で式次第にのって開会した。
1、開会のあいさつ
2、会長あいさつ
3、出席者紹介
4、議題(コンクールの取り組み方、初心者の指導方法、女性の発生の仕方、その他・これかの将来のあり方)
○札幌、東京、岡山、大阪、兵庫、広島、福岡、名古屋から各代表者13名(地元オブザーバー2名)が集まってくれて日ごろ練習方法や悩み楽しみを、一人一人自己紹介を含めて報告して貰った。
○コンクールはあくまでも自己チャレンジ精神でするもので、強制するものではない。
兵庫:まだまだコンクールというレベルではなしに公民館という自己申告音源で(ポップスが殆 中心)練習していて参加料金も100円を徴収して教室運営している状況なので、中々先生を呼んで指導を仰ぐという段階ではない、との報告をいただいた。(今はポップス島唄を好んでいるがいずれ将来は民謡をやりたくなる時期がくる。それまでリーダーの向上が望まれる)。
岡山:音楽をやっていない人にはどう教えるか?(誰も三線をやる人で音楽経験者は少ない)
大阪:手取り足を取り教えるとまったく初めての人でも興味を持ってくれる。指トレーニングを進める。(心を込めて教えることが大事だ)。次回のリーダー会議には赤い着物(女性)の参加を増やしてほしい。
広島:本土の三線サークルでは一番古い歴史を持ちながら多い会員の多様的な練習は一つに絞れない悩みがあった。今は東広島で新しくサークル立ち上げた。今年は新幹線沿線沿いのネットでリンクさせ先生を呼びたい。
レコードライブラリーには150枚沖縄関係のCDはあるが、今はそれを教則して教えている。
東京:稽古場所を確保するので苦労している。初心者の入会者はいない。
福岡:土曜日のポップス系と日曜日の八重山の島唄系(日)があるがポップス系のほうが人数は多く、バランスよくしたい。
名古屋:まだまだタウンページとホームページの区別が分からないアナログ人間の代表だけに、これからは皆さんに遅れを取らないように頑張ります。
○女性の発声法で鼻濁音の発声がどうしても抜け切れない。
福岡:西日本は鼻濁音がないのに学校でも国語のとき、鼻濁音を出しなさいと先生に言われ苦労した。基本的に沖縄も鼻濁音の発声はない。(東と西の違い)
○いい女性の歌声をイメージして聞いて声を作る必要がある。(声は環境に影響される)
○各リーダーに独唱をして貰い、ワンポイントレッスッンをした。(全体的にリーダー会へ参加することが決まり、随分練習したように伺えた)(音源を録音していただきたいお手本曲が各リーダーから出されたが54曲になった。これから大変な作業だなぁ~)
○それと曲にワンポイントの要点をも教えてほしい。
各リーダーから会議は1回があれば2回も3回も続けてほしい。出来たら4月ごろがいいかなぁまた 北部で泊り込みしながら合宿方式でやりたい。

他に建設的な意見、議論百出し内容的にも意義深いG13ミーティング会議でした。4時間という長丁場もあっという間でした。
本当に参加リーダーの皆さんお疲れでした!
この会議が無駄にならないためにも各地でチョットでも会議で話し合った、内容を理解し反映してください。
なによりも、リーダーの指導者育成と技術向上を目指し各教室の内容の充実を図りたいとの趣意で行われた会です。今回より更なる精進を期待して次回の開催を心待ちしております。  
Posted by 大工哲弘 at 16:36

2005年02月09日

桜花



今日(9日)から那覇(与儀公園)でも桜祭りが始まった。

沖縄の寒緋桜は那覇より2度ほど低い温度差のある本部の方から咲き始め名護、那覇と
南下していく沖縄桜前線だ。逆に梯梧の花は温度の高い南から北上していくデイゴ前線とがある。

春夏秋冬の季節感がない沖縄でも季節の初めに咲く桜の花は新春を告げ、デイゴの花は若夏の初めに咲き、うるずんの季節を告げる役目をもって誇らげに咲く花たちは見ていても気持ちがいい。

以前、ある書物から「花」の語源は枝の先に咲くから「端」「初っ端」が「はな」に「花」になったいうことを知った。成るほど 目から鱗が落ちる。季節の初めに咲くことも初っ端に咲くから花という事になるのだろうか?
この「端」の意味からすると花は野、山、庭、道と場所を問わずミンナ枝の先に咲き精一杯目立とうとして懸命努力をする運命を持っているのかナァと思ったりもする。とくに桜は集団で咲き、アピールする性格は圧倒的に目立ちがり屋のチャンピオンであるように思う。

また八重山の歌の中にも
♪ゆくい頂 遊び端 登りょうり(崎山節から)
(休む頂上にいつも遊ぶ初めの頃、いわば遊ぶ盛りのころ頂上に登って遊んでいた)
「越ぬ端」「朝端・あさぱな」トガッタ処も先っちょも端の同義語である。

先日(5日)大工ネット全国リーダー会が那覇で開催され 会のメンバーと翌日本部の八重岳に桜を見に行った。初めて観る方もいて「綺麗、きれい」と連発していた。
「なんで沖縄の人はこんな綺麗な桜の下で酒盛りをしないのかねぇ~?」とつぶやいていましたけれど、その「花見」は琉球新報コラム[南風」で紹介してあります。参照くださればありがたい。

大阪の佐々木忠さんが「沖縄の桜の花弁は珍しく下を向いている」と言ったのに「へぇ~緋寒桜の花弁は下向きなのだ」と小生も始めて気付く。
目立ちがり屋の桜でもウチナーの桜はなるべく目立ないように下向いて咲いているのだ。と思うだけでも嬉しくなった。群生で圧倒して美しさを競うソメイヨシノとは違って 野や山にさり気なく咲く緋寒桜には心打たれる。
歌もそうだ。目立とうとして、聞かそうとして歌う歌声には華があるが、心には響かない。逆に背けたくなる。歌は日頃人間の性格が表現れるからこそ「うた」は面白くあり、怖さもある。また心の証言者でもあり自然の姿なのであるから仕方がない。

そう言えば故嘉手苅林昌さんはいつも思いを込めて歌い上げようとする時はいつも下を向いて歌っていたなぁ~。目立とうとしない直向な性格も洒脱なジルーッチ・又は「オトォ~」(林昌さんの愛称)の歌ううたには何故か心打たれた。存在感のある大スターだったんだなぁ~と今更ながら思う。 
 
スターといえば夜空に三千と輝いている星も周囲が暗くならないと輝かない星は照明が無くても存在感を立証する星はある意味では本当のスターなのだ。当然だが・・・
照明に頼らなくても証明できる、いわば存在感を表わす人間でいたい。ありたい。
下向きに咲く桜と直向に生きる喜びを与える星の輝きは心の光を照らしてくれる。  
Posted by 大工哲弘 at 14:27

2005年02月07日

琉球民謡音楽協会・総会懇親会余興2



左端はフィナーレーのカチャーシー。中は山里勇吉の門下生。右は金城盛長と昨年「競演の島唄」の優勝者。
二人で「とぅばらーま」を歌う。  
Posted by 大工哲弘 at 03:19

2005年02月07日

総会懇親会の余興1



大濱博起と札幌の小林、大阪の佐々木忠さん・佐々木忠さんもかちゃ写真の中は子供達メンバーでのデンサー節。  
Posted by 大工哲弘 at 03:10

2005年02月07日

懇親会の座開き斉唱



総会後・懇親会の幕開け合唱。かじゃでぃ風節、鷲ぬ鳥節、なりやまあやぐ、祝い節、安波節。(左端は山里勇吉先生)  
Posted by 大工哲弘 at 03:03

2005年02月07日

琉球民謡音楽協会第4回定期総会で器楽部設立・免許賞授与式



総会で器楽部設立にともない、免許授与式ならびに代表あいさつ。
今回はW師範免許受与となった。  
Posted by 大工哲弘 at 02:45

2005年02月07日

名護のピンプンがじまる

  
Posted by 大工哲弘 at 02:39

2005年02月07日

本部の岸本食堂



小野くん曰く「岸本食堂の写真は必ずべっちーさんに見せたいねぇ~」って言ってました。スープもあっさりしていて
ホントニ美味しかったぁ~  
Posted by 大工哲弘 at 02:32

2005年02月07日

本部・八重岳桜祭り2



途中下車して記念撮影。  
Posted by 大工哲弘 at 02:26