2005年06月29日

コンクール直前


コンクールでは♪つんだら節を唄います。増井と麻耶さん


西田さんは♪鷲ぬ鳥節↑   kuwaさんは♪安里屋節でリベンジ


最高賞のhigasizawaとarimaは♪崎山節で挑戦。

考えてみても 考えなくてもコンクールまで後3日しかない
無情に時間は経過し本番は必ずやってくる

サイは投げられたりである。
ここではメンタルチックな言葉は避けよう!

もう やるしかないのであって 勿論 気持ち的に逃げてはいけない!

その為 各教室では 本人の課題曲をスムーズに歌えるように調整しすべて追い込み段階だとおもう。

真剣に取り組む姿勢はいいものである、
歌や三線にこれほどまでに県外の老若男女達が打ち込みエネルギーを燃やせる時代があっただろうか?
本人が苦労した分 将来指導者やリーダーになったとき この苦労はきっと生きてくる。また打ち込むだけの価値感はあると思う。

なが~いスパーンで島唄とお付き合いするためにも 
コンクールはイチプロセスなのであって
絶対条件ではない

県外で習っている多くのネットの兄弟が コンクールを通して島歌の古里お・き・な・わ に帰ってきて何かを学び、感じて欲しいとい思うからである。  
Posted by 大工哲弘 at 01:25

2005年06月28日

八重山両高校 全国大会 へ

昨年県大会で優秀校に八重山から八重山農林高校と八重山商工高 2校が全国大会派遣校に
選抜された。
その全国大会来月30、31日青森県で開催される余祝を願って壮行公演が両日に渡って石垣市民会館で行われた。

↑は八重山商工の舞台


従兄弟の姪っ子(八重山農林)楽屋裏
テツの妹の長女 (八重山商工)浜遊び舞台→

どちらも高校の舞台をさわりではあるが見せて貰った。
確かに洗練され見事な舞台である。

生徒の素質もあるが これは なんと言っても芸能クラブ顧問の先生方が毎日放課後ボランティアで頑張って教えてくれたお陰なのだ

小生の時代は顧問の先生はいたが 指導者が居なく うた・三線は小生が各流の先生方から習ってきて クラブ員に教えるという時代だった。
今の学生達は本当に羨ましい~


八重山には八重山高校を含めて3高校あるが、八重山高校は以前代表に選抜された経緯もある、今回は沖縄代表がどちらも 八重山からという優秀なる実績は先輩として 大変誇らしいことである。

いま八重山高校の出身者が殆ど沖縄のミュージシャンの大勢を攻めている
BIGEN、新幸人、大島保克、平田太一、先鋭のロックグループのメンバー(ノーズウォーター、ブーイングセェナー)の他殆ど八重山高校出身なのだ。 

今回の両校の舞台を見て思った事は これだけ3校がそんなに郷土の芸能に熱心に取り組む環境と教育方針があるのでしたら将来 沖縄の芸能養成学校にしてみては どうかなぁ~なんて 思ってもみた・・・

いずれにしても 来月の全国大会で頑張って欲しい。
ギバリヨー !後輩達  
Posted by 大工哲弘 at 18:40

2005年06月27日

あーら家ーのよい

古式豊かな あーらやーのよい(新築祝)が去った25日に行われました。
小生も よその家の落成祝には何度も呼ばれ嘉利(かりー)をつけた事はあるが、実際 自分の実家(弟家族)の新築祝で嘉利をつけるのは初めてである。
↓61年ぶりに生まれ変わった実家



新築祝の儀式 ユイピトゥンガナシ(結い人ん加那志)新築祝の願いが済むと祝宴の前にユイ人を2人迎え演ずる。
長さ一メートルの棒先を一束の茅で周囲を包み縄で強く縛りつけて ユイ人に犠し
酒瓶をもって登場し 
乙「新築祝宴酒を挙げます」
甲「はい頂ます!」
乙「あなたも戴いてください!」
甲「私も頂きます!」
と方言で交わしながら滑稽に振舞う、(お客からは拍手がくる)
囃子言葉「新築祝だ、祝だ、「コンクリー屋の祝、祝、」
♪シットイ シットイ! 「ユイ人も酔うまで召し上がれ」「私も酔うまで飲みます」
シットイ シットイ と四隅に 四回行う。


ユイ人がなしの後は
新築祝で必ずうたう「松金ゆんた」<貧困の中から見事立身出生を果たし立派な家を建てたという
松金の一生を語り称えた歌 一種のサクセスストーリー)
を新川ゆんた保存会の皆さんと一緒にうたう。
沖縄の古謡歌中で唯一 三拍子の歌である。

他「とぅんぎゃーら」「ミルク節」をうたう。

唄い清めた後は祝宴の座に  叔父の音頭で ありッ乾杯!!


乾杯の後は家主(弟)の挨拶や 
家を作った大工さんの挨拶
そして 
余興の開幕

平田弘子琉球舞踊研究所

昨年「とぅばらーま大会」優勝者の黒島弘も応援に来てくれた。
後輩の八重山農林高校郷土芸能クラブ親戚の姪っ子も公演を終え飛び入り

新川青年会の「さよなら港」



親戚のおじさんもお袋も感極まって踊りだす。

他にも独唱や踊りの飛び入りもあり、晩くまで賑わった。
残念ながら小生の柳節演奏の写真が撮られていない。

儀式から祝宴まで古式豊かに八重山らしい新築祝を再現できたのも弟が立派に段取りしたお陰だ
兄弟程ありがたいものはない。

~新築祝お礼~(石垣方言)
♪けーらんねーなぬ うかぎに なんつぁやー(銀金家) くがにやー(黄金家)ばつくられーり
(造られて)しかいとぅ にふぁいで うむいうるんゆ~ (思ってます)
前大工屋ぬ あーらやーば かりーつけーたぼーり まいだんにふぁいゆ~
(皆様のお陰をもちまして あたらしい大工家が完成しました 嘉利をつけ頂き たいへんありがとうございました!)

                   平成17年吉日
                   大工 康浩  
Posted by 大工哲弘 at 23:07

2005年06月24日

柳 節

<柳節>

♪柳は緑 花は紅 人はただ情け 梅は匂い
(柳はみどりが特徴、花は紅色が特徴、人は道徳の最たるものは人情を尽くすことであって、梅の花が馥郁(ふくいく)たる香りをはなつようにと、それぞれの特徴と生き方を伝えている。

デンサー節にも
♪鳥や時とる職分、犬や家番職分、人ぬいたずら者や世間ぬ世捨てぃ

(鳥は時を告げる仕事、犬は家の留守番をする、人としてこの世にでて仕事のないものは世間から見捨てられる)と柳節同様自分の仕事を真っ当しなさいと教えている。


琉球古典音楽を代表する唄・踊りなのに、不思議に琉歌体(8・8・8・6)30文字で構成されていなく(7・7・8・6)28文字数で構成されているのは大和和歌の影響が大いにある歌と言える。

また江戸の小唄にも
♪梅は匂い 木立はいらぬ 人は心よ 姿は要らぬ
♪梅は匂よ 桜は花よ 人は心よ 振りは要らぬ

なんでも自然体が上等だ! 一番だといっている。
俗にいう普通が上等である。

また中国でも
柳、緑、花、紅、真(しん)面(めん)目(ぼく)

洋の東西を問わず自然の木や花に譬え人の生き方を教えるは一緒のようだ。

この柳節は俗説に祈祷歌といわれてお墓の新築祝い、家の新築祝、また棟上げ式に邪気払い(ムンヌキムン)歌として歌われる歌である。

小生も昔はよく家の新築祝やお墓の新築祝に骨壷を入れる墓の中と庭で奇数の人数で柳節を歌って お墓を清める為演奏を御願いされていた。最近は土地もなくなり昔風に大きなお墓が作られないので 三線で清める風習はなくなってきている。

明日 石垣の我が実家(実際は弟家族が見ている)が
61年ぶりに新築され完成を向かえる
小生も本当に久しぶりに柳節を唄い新築家をムンヌキムンをし、晴れがましく嘉利(かりー)をつける予定だ。

また古くから新川部落に伝わる♪「松金ゆんた」新築祝いにうたう歌を新川ゆんた保存会と一緒に歌う。
明日は大工さんが新築祝を祝う この上ない喜びだ。

同じく明日は母校・八重山農林高校で小生が在学中創部した郷土芸能クラブがその演舞、活動ぶりが認められ沖縄代表として見事全国大会に出場することになり、生徒達の激励を兼ねて石垣市民会館で壮行公演が開催されます。時間を見て後輩達を励ましに行ってきます。

明日は石垣が熱く賑わうぞ~  
Posted by 大工哲弘 at 16:24

2005年06月23日

慰霊の日と我が実家

今日は6月23日、戦後60年目の「慰霊の日」を迎える。

沖縄戦で20万余の全戦没者のご冥福を祈り、二度と
戦争を起こしてはいけない、非戦を誓う日でもある。

そして各地では慰霊の日に因んで悲惨な戦争を風化させてはいけないとピースアクションが取り組まれている。

30年前「♪戦争を知らない子供達」というフォークソングが盛んに歌われたが、今はもう 「戦争を知らない親たちになり」段々戦争体験者が激少なっていく世代、次世代へどう戦争を伝えていくか 遺族も高齢化し難しい問題に直面していることは確かだ。
だからといって避けては通れない大事な歴史と おろかな人類の罪を確りと語り継がなければと思っている。

断っておくが 小生は団塊の世代で 実際戦争を知らない親世代である(やがておじいちゃんにもなるが・・)

母大工也(80歳)から聞いた話
我が石垣市字新川の実家は戦前ボロ家だったので将来新築しようと祖父が毎日山から木を切り出して家の庭に材木として積んで置いたが戦争が勃発して、八重山の住民を助けるはずの日本兵は祖父が山から切り出し難儀して積んである材木を勝手に捕り、いわば盗んでいった、それに怒った祖父は盗まれるよりは早く自分の家を建てたほうがいいと、戦時中思いっ切り新築したそうだ、すると 新しい瓦の屋根が目立ち空爆が新築家の周辺に沢山落とされたが 運良く難を逃れ家族命拾いしたそうだ。

話は続く・・・
民家を占領した日本兵は住民を野や山に追いやり
その為 生水を飲みそれが原因でマラリヤ病に苦しみ8、000人余の八重山島民が犠牲にあったそうだ。何ともやるせない話ではないか。民間人を助けるはずだった頼みの日本兵、何の為、誰の為の戦争だったか??
考えさせられる
今日一日中沖縄は各地で鎮魂を込めた祈りで包まれるであろう。 

確かに 戦後60年経っても多くの問題を抱えている
基地・核問題、憲法改正、靖国問題、歴史教科書、竹島、尖閣、北方領土、

いやっと言うほど山積している政治問題語るも大事だが・・・

慰霊の日と戦争をテーマとして伝えるとき
戦争体験のない小生は 実際戦さを体験した母から知らされた身近な周辺談から子に伝えることが いま大事だと思う。
おじぃ、おばぁから体験談聞くもよし、
沖縄で言うナースクブン スクブン<自分の持ちや持ちや>で継承しよう、である。

戦後60年目の慰霊の日、沖縄は梅雨前線からも抜け出し 今日あたり気象庁から梅雨明けが出そうだ。
本格的な沖縄の夏の到来と共に恒久平和が続く年の到来でもあるよう祈りたいです

戦争中建てて戦火と暴風雨を逃れてきた赤瓦木造建築の実家が61年目にしてコンクリート築に変わり明後日 目出度く 新築祝いを迎える。  
Posted by 大工哲弘 at 06:47

2005年06月21日

とぅばらーま予選大会

大阪地区で中秋の名月13夜に石垣島で行われる恒例の『とぅばらーま大会』の予選会が行われ、見事我がネットの岡山やいまうた会の主宰、あ!きらくんが見事第4回目のチャンピオンとなったのだ。
地元本大会は第58回を向かえ、戦後60年という節目年の本選大会に出場できる権利を得た

改めておめでとう!!

そのことは ちか姐が自分のブログにも書いてあるようにhttp://murikupana.exblog.jp/
全国ネットの師匠としても大変誇らしいことだ また 同じくネットのミンナもちか姐のように同門として誇りに思って下さるとありがたい。いや思って欲しい。

戦後間もない動乱の昭和22年から開催された「とぅばらーま大会」は戦災で荒廃した八重山の島民はこの「とぅばらーま」でどれだけ生きる勇気を与えられたか?

♪戦さ世んふけおーり我がけーら  
とぅばらーま歌んいざりる事んありら
(戦火を逃れた我らが まさかとぅばらーまを歌う事もあったの)

♪星ばかめーすかま~ぬ帰り道  
慰めひーそ とぅばら~ま歌たんがー
(畑の帰り道すがら空には満天の星 疲れを取って心を癒してくれるのはとぅばらーま歌だけだ)

その大会で多くの八重山出身者の歌者を輩出しているか第一回大会には故大浜安判先生、その後に仲宗根長一、山里勇吉先生などなど・・・
小生は1971年、第25回(市観光協会主催になって8回目)優勝と記憶している 当時若干24歳であった。

八重山の歌を本格的に勉強するには「とぅばらーま」が歌者の登竜門とされ また世間一般からも認められる雰囲気を持っている歌で、八重山の歌形式や要素が一杯詰まっているからである。

岡山出身のあ!きらが大阪予選大会の代表として選ばれたことは 全国ネットの皆さんも勇気と自身が付いた事であろう!やれば出来る。
先月出張稽古でお邪魔した際も県民性もあるでしょう 岡山やいま歌会は他動にがんばっている姿が目に映った。

その地味~にがんばって来た成果が今回の結果に結びついたものだと信じている

小生がいつも言っているように 江差追分、津軽三味線大会などなど他の全国伝統歌大会にも決して地元の人が優勝とは限らない

近い将来 「とぅばらーま大会」も地元出身に限らず県外の方が本選で優勝者が出るという日は遠くないであろう

今回のあ!きらの予選優勝によって ネットのみなさんもきっといい刺激となり これからも勇気を持ち歌に磨きを掛けどんどん大会にチャレンジして欲しい。そのことにより沖縄・八重山の歌が県外でも淘汰される事を望んでやまない。

「とぅばらーま」がすべてではない、歌学ぶ通過点であってそれを基本と考えあくまでも踏み台として 益々精進されることを祈っています。  
Posted by 大工哲弘 at 06:09

2005年06月19日

三線と三心

昨日我が教室のモハメド・ブリ君が「全国外国人による日本語弁論大会」で見事鳥取県知事賞を戴いた。
おめでとうございます!


演題が「三心」と三線を引っ掛け沖縄の①歴史の大事さ②生活や自然の大切さ
③魂&スピリッツを伝達としながらも①月②太陽③地という自然を3つの天地万物に譬え
歌心を「女絃」「中絃」「男絃」三線の三筋の糸に託する要素が島唄には一杯あると本人が悟り弁論大会に望んだ。結果よりも何よりも全国にその心を伝えられたことがよかったと小生は思う。

最近 国際通りを闊歩していると何処からも聞こえてくる三線の「音」「音」「音」いや 音というより
騒音が今奇跡の一マイルの“音”と化し三線弾きの光景が異名物になっている。

通りすがり聞いてみると まともに弾こうというより、三線の音でお客の目を引き誘客しようとする手段なのである
事は確かなようだ。ですから当然賑やかな歌が多い。♪ジャンジャンジャン弾いているものは沖縄に移住した本土の若者達が殆んど、とうとうここまできたか沖縄の三線文化の利用価値感は・・・

広がっているのは嬉しいが まだ三線ブームで引っ張っているのか?
しかしブームは所詮「廃れもの」である
いつかシッペ返しは無いのか?(これは何にもいえることだが)
その事を危惧している今日このごろである。

そんな中で二日間コンクールに向けて本物を確りと教わりたいと我がネットのメンバー(黒木、小野)がワザワザ指導を受けに那覇教室に来てくれたは大変嬉しい限りである。いまのまま三線の音が騒音とならない為にも「3和」する楽器の音とブリの唱える3つの心融合し悠久なる島歌を正しく伝える為にも全国大工ネットの皆で継承し築いて行きたいと改めて自分に誓った。


できらた国際通り会も武将・織田信長の政策の一つだった「楽市楽座」を商売の心として多くの観光客に接客して精神を伝えている模範の滋賀県・長浜の黒壁通りを学んでみてはどうだろうか?
小生も以前訪れた事あるが いろいろ心打たれ楽しめた、何度も行きたくなるステキな町だ。

これからもずっと沖縄が好きといわれる魅力ある国際通り、ウチナー料理、三線が3心として伝わる文化であって欲しいと思うからである。  
Posted by 大工哲弘 at 18:39

2005年06月18日

ライブツアー


吉祥寺での初日「曼陀羅2」ライブには東京やいま歌会のメンバーが
大勢来てくれて、ライブ終了後 近くの居酒屋で終電車を逃した何名かと飲み明かした。
メンバーの山田さんがこの秋結婚するというフィァンセを連れて来てくれた。
「おめでとうございます!!」
森くんが「二人とも好男子だねって?!」
是非新婚旅行は沖縄に来てね~


楽曲は東京、名古屋、京都、大阪と雰囲気に会わそうと その都度変えた。
その為リハーサルの前の音あわせが肝心(かんじん)になってくる。

しかしチンドン通信社は絶対に譜面を見ないで即興で演奏するのが基本
もう音曲が体に身に付いているのでしょうね。
そして そのパフォーマンスはヨーロッパのジプシーを思い出す。


ライブ始まる前には必ず近くの一杯屋で前景気をつけにチンドン通信社のジャジ川口さんと
行った。
行くところ行くところの一杯屋さんで必ず沖縄の「ゴーヤーチャンプルー」のメニューがあるのは
それだけゴーヤーはメジャーになった証拠なんでしょうかね


京都では地元の知人高野さんが2月の京都ライブ以来先斗町の店に
舞妓さんを呼んでくれて
4ヶ月ぶりに「市笑ちゃん」と再会をよろこんだ。


舞妓の髪かんざしは季節に合わせて変るそうです。
この季節は柳をイメージ  ナカナカ綺麗ですね


京都の磔磔には地元出身の松田美緒さんも楽屋に訪れた。
実は今月22日リリースするコンピレーションCD「リゾート・エアーパシフッカ」でポルトガル語で「島唄」を歌っている。
また この夏にはビクターからメジャーデビューする自分のアルバム「アトランティカ」のデモCDも戴いた。売れるといいですね~
美緒さん 頑張ってくださいね!


京都を終え千秋楽大阪に向かう前に皆で温泉に行こうというリクエストがあり
運転手の石崎さんに御願いし(今回のツアーはキャラバン隊のようにスタッフともに車の移動)鞍馬温泉に寄った。
雨上がりの涼しい天気の中
露天風呂は森林欲とともに心が癒される時間であった。
残念ながら鞍馬温泉はコンユではない


いよいよ千秋楽は大阪レインドックスでのライブ。
レインドックスの場所はバナナホールの近くにあるという事でバナナとHIPの社長もご楽屋にご挨拶に
きてくれた。
打ち上げはそのバナナの経営する「カラカラ」でチンドンの若い衆と話が弾み酒もワンカラ ワンカラと
(自分でドンドン)喉に落ちる。


チンドンも大阪地元ですので本職チンドンの化粧に戻った。本番前にハイ ゴーヤー!!


千秋楽はやっぱり大阪でよかった! 地元チンドンも異口同音「盛り上がりがちがう!」
勿論 大阪三線クラブのメンバーも 応援しに着てくれた。
京都の高野さんも二日間ありがとうございました(テツの左)


しーぶん(サービス)↓↓↓

京都の町でこんな看板を見つけた。


残念ながら名古屋ではカメラ撮りそこないました。スミマセン!

今回も沢山の人にお会いでき、好きな歌が歌え最高なツアーが出来ました。

すべてに感謝!!  
Posted by 大工哲弘 at 00:25

2005年06月12日

コンクール審査会



琉球民謡音楽協会の民謡コンクールに向けての審査員会が西原町社会福祉センターで(研修室)行われました。


開会の挨拶(会長)
議題
審査員への委嘱状の交付式
閉会のあいさつ(理事長)

尚 今回は器楽の部コンクール審査が初めて実施されるので
今後のことも含めて慎重に論議された。

●笛の場合:地謡(じかた)伴奏者は二人まで許されます。
●受験者:正座で受験されます。
●地謡の場合は今回に限って少々違っても審査外とみなすそうです。
●地謡は譜面台を前に置いて歌詞を見る事も許されました正確に弾く為にも(但し工工四は駄目です)
●地謡は正座椅子使用もできます。
●また 地謡を探せない方はMD録音でも良いそうです。
●正座ですので コスチュームは着流し・八重山の部、地謡も同じ
 

※但し我がネットの地謡は笛受験する各支部の仲間内で舞台馴れも含めて生の演奏を基本にしたいと思います。養成・育成の為です。それと笛受験者は地謡に対する負担、配慮は各自でして下さるよう御願いします。


↓↓また隣の大広間では着付け、カラジ結いの勉強会があり、我が教室からも玉城杉子、事務局の東澤くんも参加。なかなか 上手に着こなしておりますよね?


その後18時から受験生が一番気にしているコンクール課題曲・受験番号(優秀、最高、大賞)
の抽選会が行われた。
その件はうた会の事務局から何らかの手段で連絡が行くと思います。
また コンクール受験生へのタイムスケジュールなどは協会事務局から
直接郵送されると思われます。


いよいよ 本番を待つのみになりました♪
体調を整え普段通りに
あわてず、落ち着いて 、確実に歌い通せるよう
心かけてくださいね~
悔いが残らない為にも・・・・  
Posted by 大工哲弘 at 18:26

2005年06月11日

梅雨入りおめでとう!

今日10日は沖縄各地で旧暦の5月4日「ユッカヌヒー」ということで航海安全と今年の豊魚を願う海神まつり「ハーレー・爬龍船競槽」が行われた。
いわば海人の伝統的な神事の祭りである。

ハーリーとハーレーは同義語(地方によって呼び方違う)

小生も石垣島にいて小学校の頃は二大まつり
豊年祭(畑人・あぎんちゅ祭)ハーリー(海人・うーみんちゅ祭)であった。
そのハーリー会場にリヤカーか自転車の後ろのボックスにアイスキャンディー、アイスボンボン(これ分かっている人はいい年頃です!)を入れてチリリン チリリンと鈴を鳴らして売り歩く行商人から
キャンデーを買って涼を取りながらハーリー観戦し帰りは祖父に玩具を買って貰うのが唯一楽しみの一つでした。

沖縄では「ハーレー鐘が鳴ると梅雨が明ける」という季語があるが
気象庁からはまだ沖縄の梅雨明け宣言はしておりませんが、でも 明けるのは間近、一足先夏快来です。

逆に今日 関東・甲信越・九州地方が梅雨入りを発表した。お目でとうございます!
北海道を除いて日本列島これから鬱陶しい日々が続きます。

八重山では梅雨を「ゆどぅん」と言う<淀む>からきている。

この梅雨時期で日本列島のさまざまな“淀”んだものを雨でキレイニ洗い流し一ヶ月後
スカッとした夏を迎えたいものだ。  
Posted by 大工哲弘 at 02:48

2005年06月06日

福岡がちまやぁ~

カウントダウンが始まったコンクールの強化出張稽古が大阪と福岡でリンクさせ実施された




コンクールには新人2名、優秀3名が挑戦します♪

優秀課題曲には皆苦労しているようだね

優秀にチャレンジする飯尾さんが古賀で生涯学習として公民館で教えている
生徒達も4名見学にきていて八重山島唄の難しさを知ったようだ


福岡も大阪には負けては居られないと、
手前右の垣田さんが三線で博多ドンタク節、六調節を替え歌(春歌バージョン)を色気たっぷりに歌ってくれた。

♪君と僕とは羽織の紐よ昼は別れて夜結ぶ
♪君と僕とは羽織の紐よ確り結んで胸に置く
♪・・・・


福岡に行ってここに行かにゃ着た気分にはなれない そうそう そうです「屋台があるから福岡たい!!」
福岡飲み会の最後は本当の“がちまやぁ~”になり揃って屋台ラーメンに行くことにした。
夜風が心地よく体に染みながら長浜ラーメン美味しかったです。

福岡がちまやぁ~の皆さん どうもありがとうございました。
みんな今日の仕事大丈夫かなぁ?



出発までちょっと時間があったので博多駅の近くにある櫛田神社を観て来た。

櫛田神社は博多では一番古い総氏神さまが祭られてあるそうです。
ご存知博多っ子の心意気を見せる勇壮かつ粋美な伝統的な神事山笠まつり
もこの神社で奉納されるそうです。
まだ小生も見たことはないが、今年こそと思ったが日程がちょうどコンクールと重なる。

すでに境内ではクレーン車も動き 祭の舞台準備工事が始まっていた。

♪さても見事な 櫛田の銀杏 枝も栄ゆりゃ 葉も繁る

神社通りのには伝統工芸館もあり、
博多帯の歴史展示や織る実演コーナーなどボランティアの方が一生懸命説明教えてくれる。

♪博多帯締めて 筑前しぼり 歩む姿が柳腰 
♪操たて縞 命も献上 かたく結んだ博多帯

基本的なことだが縦糸と横糸が確り組み込めないと
いい帯はできない 

八重山の諺にも『ぬきぃなり かしなり』<縦糸(たていと)と緯糸(よこいと)が互いに協力して布を織り上げていくように、社会においても物心両面総合協力していかないとすべて物事は成功しない。

織りが教えてくれる人生訓・黄金言葉だ。

さぁ我が琉球民謡音楽協会の執行部も立派に「ぬきなり かしなり」でコンクールの舞台準備は整いつつあります。

その舞台で皆さんがどれだけ普段通りに気持ちよく歌えるか・・・

3日の夜美味しいビールが苦く感じない為にも
ちばってくださいよ~  
Posted by 大工哲弘 at 23:45

2005年06月06日

出前指導稽古・大阪三線クラブ



大きな教室に成長した大阪三線クラブのコンクール受験者の強化稽古に行ってきました。
10名づつの3組に分けて(新人23名、優秀7名、笛3名・2名はダブル受験)会わせて31名
の6時間。



まだ三線を習って一年そこそこという若いメンバーが難なく「つんだら、デンサー、鷲ぬ鳥」を歌う。
ミミを疑いたくなるくらい上手だ。沖縄とは違ってまったく先入観がなく八重山の歌を取り組んだ
のが結果として発音、節回しも素直にうたえているのではないか?もちろん先輩指導のお陰もあるが
楽しみな新人が多くいる。

優秀賞課題曲からは それなりに難しいので、それなりに苦労してるようだ。
後3週間とちょとです。
人事を尽くして天命をまつ
良結果を祈ってます。


コンクール受験者ではないが交流会にだけ参加したいいう会員も多く
交流会は50名あまりで大阪特有の盛り上がりだ。


↑手前の三名は大阪白百合クラブといって
古(こ)ギャルメンバーが新人に挑戦しますよ

田中律子さん(古ギャル) 古久保麗子さん(うちなー出身)ストラップオオキニィ!
大事につかわせて貰います。

生まれて初めて大阪で一番鳥が鳴かないうちにホテルに帰って寝た。
翌朝 佐々忠さんに空港まで送られ伊丹から福岡へと向かった。


いつも大阪では逆に元気を貰ってかえる。  
Posted by 大工哲弘 at 21:48

2005年06月01日

東広島・西条 ツアー6 

岡山の翌日は東広島の井口さんが昨年「うるまゆんたく会」を立ち上げ歌・三線を通して沖縄の文化を学ぶという会に招かれての出張稽古になった。


少人数ではあるが全体の練習、鷲ぬ鳥、でんさー節、安里屋ゆんた を中心稽古をした。個人指導は3名、笛の指導2名、

その日は真夏のように暑かった、しかし公民館はクーラーがなく熱い、熱いといいながらの稽古であったが
その熱いのが功を奏したのか?窓を開けて稽古していたら広島大学の学生が三線の音を聞いて駆けつけて「サークルに入りたい」と即入会した。
実はその若者は竹富島の新田観光の息子だそうだ。
皆大歓迎 歓迎 いちやく人気モノになった。↓


個人指導で笛の手ほどきも受けたいという二人


個人指導は後で追加申し込みもあったが 
時間が足りなく 出来なかった方には申し訳ありません。
次回に したいと思います。

さぁ~交流会&親睦会は日曜ということもあり三線教室には参加できなかったが交流会には3名も増えた。
広島らしく 名物お好み焼きを中心に数々地元名産が
トコロ狭しと・・・特性のソースが(どっちかと言うと広島ではソースが料理の主役?)

近くに大学もあるということで東広島は町全体が若者で活気あふれている。うるまゆんたく会にも何名か学生がいる。町もこれから将来伸びていく町だ三線クラブも当然のように素晴らしい素質をもったものもいた。楽しみだ。


今回いろいろ世話をしてくれた。広島の鉄っちと
もう一人は河北さん、エイサーもやっているという。


コラム「ツアーシリーズ1~6」では 岡山、東広島出張稽古の次いでにそれぞれの弟子達に観光もさせて頂き その感想を書かさせてもらった。

普通にブログを見ると なんだ、只の観光ではないか?と言われそうですが実際そうかも知れないが・・・ナインスタイムス(情宝誌)のネットを組んでから もうあれこれ5年にはなる。それから電子伝言版に変り、全国のさっぽろ、東京、岡山、大阪、福岡名古屋と交流して来た結果の表れが大工ネットだと自負している。

皆さんが大なり小なり沖縄のことを知り、学び、一生懸命なのに沖縄の人はあまりにも他府県のことは知らないと言われる。これでは 本当の交流には成れない、
小生もこれから皆様の出身地のことを遅まきながら勉強したいと思います。

極めて思う事は   日本はすばらしい国です。
これからも 大事に大事に三線を通し学び遊びたいです。

そして こんな素晴らしい都道府県地にいる我が大工ネットの
皆さんと共有できることが幸せだ。
他の教室の皆様も是非機会があれば岡山、東広島を訪れて観てください。
百文は一見に如かず・である
今回の案内版が皆さんの予備知識となれば幸いです。

歌・三線の個人指導では 全体的に確かにレベルが上がっている。岡山の皆さんは よく声が出るようになった。いわば歌を歌う基本が
出来てきた。ゆんたくうるま会は初回ということもあって まだ工工四と別の声楽の出し方がまだのようだけど、初体験なのだから仕方がないよね。
みんな 最初はそうだったのだから

♪下手からどぅ 習てぃ 勝りてぃや行ちゅる
  及ばらんとぅむてぃ 思案するな

(下手だからこそ 稽古して上手になるのだ とても及ばれないと思って
 卑屈になってはいけない)

最初から上手い人はいません。次回楽しみしております。

7月のコンクールに再会できることを大変楽しみにしております。

長いツアーの報告ブログはつたない文で失礼しました。
その代わり写真で許してください。  
Posted by 大工哲弘 at 17:04

2005年06月01日

東広島・西条 ツアー5 


西条は井口鉄っちさんのふるさと、お陰で小生も何度か訪れたことあるが訪れるたびに圧倒される、 民家屋根、淡い瓦色、鯱を載せ、沖縄のシーサーと同じく魔よけと聞くが貫禄さえある 他県とちがった独特なたたずまいの風景は大好きだ。


西条といえば酒、酒といえば西条と言われるぐらい広島では有名だ。白牡丹、加茂鶴、福美人、西条鶴の醸造所通りをほろ酔い案内探索させてもらった。


軒並みにある延宝健蔵物は圧巻

西条は水郷の異名をもつ、龍王山から恵みの水を受け、豊かな水は西条の美味しい酒と変るが
米が原料で水が80%の割合。やっぱり水の美味しいことろは酒も旨いとは良く言われたものだ。


白壁通りを歩いていると道路脇に豊富な水が手水鉢を受けるようになっていて、純粋な水に触れると心も洗われるような思いだ。

その手水鉢に「冥加の水」というところがあった。
その意味は「ありがたい」という感謝の意を表わすと説明があった。小生の石垣でも 普段に今でも「ミョーガ」「栄誉」という言葉を使う。
「でーずな みょーがゆんらー」<大変名誉なことだね~>みょーがの言葉ルーツを知った思いで 嬉しかった。

正に西条に来れた事事態が「冥加」なことなのだ。

~おまけ~

小生が帰るまでの時間を利用して東広島うるまゆんたく会の玉城Jさんが広島大学で両性類研究施設に勤めているという事でその施設をを案内してもらった。

世界の蛙をあつめて研究されている。
写真は宮古島から採集したそうだ(蛙名は忘れました)
同付属の蛙の餌にするコウロギ養育施設も特別に見学させて貰った。

洒落にもならないが帰る前に蛙見学とは
玉城さん。 貴重な研究所を見せていただき光栄でした。


その玉城さんと いつも広島に行く度にお世話になっている柴田のおっかー(通称・ママ)
見送りまでして貰って感謝です。

新幹線で福岡へ経由で那覇へ出発です。
なるべく1,2両目は避けたほうがいい
と鉄っちさんに教えてもらった。

たった一日半しかいなかったが
充実した内容でした。

ありがとうございました!  
Posted by 大工哲弘 at 12:22