2005年08月31日
二百十日
早いもので8月も今日で全国的に終わりである。
もう残暑見舞いと挨拶をする地区もあるようだけど 沖縄はまだまだ酷暑、台風と例年に漏れなく今日も台風13号がまたまた先島を巻き込んでいます。立て続けに宮古、八重山諸島に来襲する暴風で農作物への被害は深刻である。
さて明日は9月1日「防災の日」である。
云われは大正12年(1923)9月1日大震災が関東地区を襲った。東京、横浜がすべて 灰燼となり、死者10万人という大参事となりその教訓を忘れないという意味で9月1日を防災の日と定めたという。
震災直後に添田さつきが「復興節」を作詞・作曲、裏詠みとして震災を逆手に取り復興節を唄い震災で歪んだ人々の心に勇気を与えたという、沖縄の小那覇ブーテン風的「命の祝」をしたというパワーはすごいものがある。
≪復興節≫
♪家は焼けても江戸っ子の 意気は消えない見ておくれアラッマ オヤマッ タチマチ並んだバラックに
夜は寝ながらお月さん眺めて エーゾ エーゾー
帝都復興エーゾ エーゾー
また 立春から数えて二百十日(暴風が来たり強風が吹き荒れる頃)となり、国民が自然災害から防災を呼びかける日がだいだい9月1日頃になるという。なんだか 沖縄先島はその通りに台風が吹き荒れている。
アメリカ南部でも大型ハリケーンがルイジアナ・ミシシッピー州を直撃し広範囲で洪水、家屋の倒壊を起こし犠牲者も多くでて、これまた深刻だ。
このところ地震が多発する日本列島、いつどこで何が起きるかわからない自然災害はいざと生った時には行政に頼らず「備えあれば・・」メイメイで対策を考える
しかないと思う。
しかし世は選挙、選挙である。そして投票日が9・11日である。なんと その日は奇遇にも立春から数えて二百二十日(天候が悪くなる、農家の三大厄日とされている)である。
自然災害も怖いけど 日本の将来を決めるという二百二十日目も怖い日になりそうな予感だ。
早く厄払いをしなくちゃ
もう残暑見舞いと挨拶をする地区もあるようだけど 沖縄はまだまだ酷暑、台風と例年に漏れなく今日も台風13号がまたまた先島を巻き込んでいます。立て続けに宮古、八重山諸島に来襲する暴風で農作物への被害は深刻である。
さて明日は9月1日「防災の日」である。
云われは大正12年(1923)9月1日大震災が関東地区を襲った。東京、横浜がすべて 灰燼となり、死者10万人という大参事となりその教訓を忘れないという意味で9月1日を防災の日と定めたという。
震災直後に添田さつきが「復興節」を作詞・作曲、裏詠みとして震災を逆手に取り復興節を唄い震災で歪んだ人々の心に勇気を与えたという、沖縄の小那覇ブーテン風的「命の祝」をしたというパワーはすごいものがある。
≪復興節≫
♪家は焼けても江戸っ子の 意気は消えない見ておくれアラッマ オヤマッ タチマチ並んだバラックに
夜は寝ながらお月さん眺めて エーゾ エーゾー
帝都復興エーゾ エーゾー
また 立春から数えて二百十日(暴風が来たり強風が吹き荒れる頃)となり、国民が自然災害から防災を呼びかける日がだいだい9月1日頃になるという。なんだか 沖縄先島はその通りに台風が吹き荒れている。
アメリカ南部でも大型ハリケーンがルイジアナ・ミシシッピー州を直撃し広範囲で洪水、家屋の倒壊を起こし犠牲者も多くでて、これまた深刻だ。
このところ地震が多発する日本列島、いつどこで何が起きるかわからない自然災害はいざと生った時には行政に頼らず「備えあれば・・」メイメイで対策を考える
しかないと思う。
しかし世は選挙、選挙である。そして投票日が9・11日である。なんと その日は奇遇にも立春から数えて二百二十日(天候が悪くなる、農家の三大厄日とされている)である。
自然災害も怖いけど 日本の将来を決めるという二百二十日目も怖い日になりそうな予感だ。
早く厄払いをしなくちゃ
Posted by 大工哲弘 at
17:04
2005年08月31日
たくみ君
那覇は台風13号の影響で今夕方から雨風がバァバァ~
その台風13号は明日宮古、八重山を襲うらしい。その後から追っかけてくる14号も気になる。進路図をみると週末に沖縄本島に着そうな雰囲気である。
「この時期はしょうがない」といえばそれまでだけど、しかし今週末はイベント目白押しだからだ、まず3日は琉球民謡音楽協会の第4回芸能祭出演の為、全国から大工ネットの皆さんが大勢沖縄入りするからである。
すごく気になる風の行方である。
芸能祭の翌日(4日)は9月24日糸満で開催される
「第一回とぅばらーま大会」の予選会が13:00時から糸満中央公民館で行われる(審査員)出場者申し込みがすでに30名を超えてしまって本選では20名の枠で10名は落とされることになる。我が教室からも3名の挑戦者がいる。Yくん、Aくん、Bくんの3名だが それに今日一人が加わった。その一人というのは細川拓君だ。
「センセェイ!とぅばらーま大会に申し込みました」はぁ~突然の電話だったので正直狼狽した。
まだ14歳の中学生。大阪三線クラブのメンバーだったら覚えていると思う。
大阪三線教室開設のころ兵庫県から参加して 当時まだ小学生のハスキーな声の拓くん。
独唱も望んだが、歌声がオクターブ下げで歌っているのを指摘され「ハイッ頑張ります!」といって愚生にサインを求めたのを憶えている。
しかし その細川親子が沖縄に移住し本格的に若狭公民館に通い、古典音楽は別のセンセイに習い、今年見事沖縄タイムス社主催・古典音楽の新人賞も合格した。
その拓くんが今日教室に来てとぅばらーまを聞いてくださいと訪ねてきた。
♪仲道から七けら通ようけ~・・・・
即 とぅばらーま大会出場をOKした。
この少年は 何か秘めたものを持っている。家庭の境遇も恵まれない沖縄で彼には歌しかない 闘志と歌魂みたいなものを感じた。ビッビッと何かを思いだす。
そういえば愚生の若いときに・・・・
拓君に愚生の作詞を歌ってみて~と提供した。
♪若さる中どぅ 思う事ん叶さーりる
真盛(まふくら)花ぬ 落てィから 落てぃだまでィ
<若い内にやらなければ思う事も叶わないんだよ
真盛の花が落ちたら もう元には戻らない>
この歌詞でおもい切り挑戦してみなさい!
「はいッがんばります!」
少年よ大志を抱け!!である
幸太といい 拓といい将来が楽しみな逸材にあうから師匠は辞められないのである。
芸能祭で来沖され4日まで残るネット皆さん 是非予選会の糸満に応援しに来てください。
その台風13号は明日宮古、八重山を襲うらしい。その後から追っかけてくる14号も気になる。進路図をみると週末に沖縄本島に着そうな雰囲気である。
「この時期はしょうがない」といえばそれまでだけど、しかし今週末はイベント目白押しだからだ、まず3日は琉球民謡音楽協会の第4回芸能祭出演の為、全国から大工ネットの皆さんが大勢沖縄入りするからである。
すごく気になる風の行方である。
芸能祭の翌日(4日)は9月24日糸満で開催される
「第一回とぅばらーま大会」の予選会が13:00時から糸満中央公民館で行われる(審査員)出場者申し込みがすでに30名を超えてしまって本選では20名の枠で10名は落とされることになる。我が教室からも3名の挑戦者がいる。Yくん、Aくん、Bくんの3名だが それに今日一人が加わった。その一人というのは細川拓君だ。
「センセェイ!とぅばらーま大会に申し込みました」はぁ~突然の電話だったので正直狼狽した。
まだ14歳の中学生。大阪三線クラブのメンバーだったら覚えていると思う。
大阪三線教室開設のころ兵庫県から参加して 当時まだ小学生のハスキーな声の拓くん。
独唱も望んだが、歌声がオクターブ下げで歌っているのを指摘され「ハイッ頑張ります!」といって愚生にサインを求めたのを憶えている。
しかし その細川親子が沖縄に移住し本格的に若狭公民館に通い、古典音楽は別のセンセイに習い、今年見事沖縄タイムス社主催・古典音楽の新人賞も合格した。
その拓くんが今日教室に来てとぅばらーまを聞いてくださいと訪ねてきた。
♪仲道から七けら通ようけ~・・・・
即 とぅばらーま大会出場をOKした。
この少年は 何か秘めたものを持っている。家庭の境遇も恵まれない沖縄で彼には歌しかない 闘志と歌魂みたいなものを感じた。ビッビッと何かを思いだす。
そういえば愚生の若いときに・・・・
拓君に愚生の作詞を歌ってみて~と提供した。
♪若さる中どぅ 思う事ん叶さーりる
真盛(まふくら)花ぬ 落てィから 落てぃだまでィ
<若い内にやらなければ思う事も叶わないんだよ
真盛の花が落ちたら もう元には戻らない>
この歌詞でおもい切り挑戦してみなさい!
「はいッがんばります!」
少年よ大志を抱け!!である
幸太といい 拓といい将来が楽しみな逸材にあうから師匠は辞められないのである。
芸能祭で来沖され4日まで残るネット皆さん 是非予選会の糸満に応援しに来てください。
Posted by 大工哲弘 at
00:57
2005年08月30日
鷲ぬ鳥考3
5、東は「あがる」か「あがろう」か?
①保存会は一貫して「東=あがる」
②安室流保存会は「あがろ」「あがろぅ」
③八重山方言では東を「あーる」「あーり」東「あがる」の略。
蔵下さんは「あがろ」は「あがろうざ」から真似たものであるから個人的にはあまり感心はできないと証している。
★ 確かに八重山では東を「あーる」と言う。「が」が脱落。
≪月ぬ美しゃ≫でも
♪あーるから上-りおる大月ぬ夜・・・
これまで愚生も安室流会員という観点から「あがろ」と発音していたが時間をおいて再考の余地を残しておく必要があると思う・・・勉強不足で申し訳ありません。
6、はやし詩をどう考えるか?
①千鳥節では「ハリ弥勒ヨーヌヨー千鳥」は千と鳥を歌っているが鷲ぬ鳥では鷲は現れず具象化された内容。
②「鷲ゆんた」の場合は「おもろそうし」「クイニャ」などの詩形と似て対句を多用し「サーユイサー サーヨー鷲ヌヨー鳥ヨー ニガヨナー鷲」にゆんたという労働歌の特徴を見ることができる。
節歌にする過程で囃子を省略簡潔に整理して祝歌として昇華し囃子の部分がタイトルになった。
★ゆんたの囃子はきっちり本うたと意味が繋がっているのとまったく関係ないのがありますが・・・
鷲ヌ鳥は歌の内容と囃子の意味とすごく関連しています。
これから囃子の本題を見ると分かります。
7、鷲ヌ鳥「ユ」か「ヤウ」か?
①ユ説は明治45年の安冨祖流工工四下巻に見られる。
②宮良當壮の「鷲の歌」にある「鷲の鳥、世願ゆナ 鷲」で大浜安判もそれに支持。
③八重山安室流工工四上巻(山里勇吉監修)も支持。
④玉城憲文は格助詞の「を」と解釈して「ヤウ」は千鳥節の「ヤウ」と同じく、歌の調子を整える感動詞である。
★ ここではやっぱり「ユ」が「ヤウ」ヨウに変化したのではないかと思う。
例えば「豆とーま」の♪ウーヤキ 「ユ」ーナウレー が「ヨ」ナホーレー変化するように 何時の「世」になろうと 平和「ユー」願うのが世界人類の常であると思うのだが・・・
鷲ヌ鳥考4に続く
①保存会は一貫して「東=あがる」
②安室流保存会は「あがろ」「あがろぅ」
③八重山方言では東を「あーる」「あーり」東「あがる」の略。
蔵下さんは「あがろ」は「あがろうざ」から真似たものであるから個人的にはあまり感心はできないと証している。
★ 確かに八重山では東を「あーる」と言う。「が」が脱落。
≪月ぬ美しゃ≫でも
♪あーるから上-りおる大月ぬ夜・・・
これまで愚生も安室流会員という観点から「あがろ」と発音していたが時間をおいて再考の余地を残しておく必要があると思う・・・勉強不足で申し訳ありません。
6、はやし詩をどう考えるか?
①千鳥節では「ハリ弥勒ヨーヌヨー千鳥」は千と鳥を歌っているが鷲ぬ鳥では鷲は現れず具象化された内容。
②「鷲ゆんた」の場合は「おもろそうし」「クイニャ」などの詩形と似て対句を多用し「サーユイサー サーヨー鷲ヌヨー鳥ヨー ニガヨナー鷲」にゆんたという労働歌の特徴を見ることができる。
節歌にする過程で囃子を省略簡潔に整理して祝歌として昇華し囃子の部分がタイトルになった。
★ゆんたの囃子はきっちり本うたと意味が繋がっているのとまったく関係ないのがありますが・・・
鷲ヌ鳥は歌の内容と囃子の意味とすごく関連しています。
これから囃子の本題を見ると分かります。
7、鷲ヌ鳥「ユ」か「ヤウ」か?
①ユ説は明治45年の安冨祖流工工四下巻に見られる。
②宮良當壮の「鷲の歌」にある「鷲の鳥、世願ゆナ 鷲」で大浜安判もそれに支持。
③八重山安室流工工四上巻(山里勇吉監修)も支持。
④玉城憲文は格助詞の「を」と解釈して「ヤウ」は千鳥節の「ヤウ」と同じく、歌の調子を整える感動詞である。
★ ここではやっぱり「ユ」が「ヤウ」ヨウに変化したのではないかと思う。
例えば「豆とーま」の♪ウーヤキ 「ユ」ーナウレー が「ヨ」ナホーレー変化するように 何時の「世」になろうと 平和「ユー」願うのが世界人類の常であると思うのだが・・・
鷲ヌ鳥考4に続く
Posted by 大工哲弘 at
01:34
2005年08月26日
ミーバイ

安里勇が八重山からミーバイ(ミズキ目・ハタ科)を大漁し持ってきたので一緒に飲まないか~と電話があり、
ミーバイには目がない愚生は即OKした。
場所は當間武三のお姐さんが経営している若狭の小さな居酒屋(店の名前忘れた)で集合した。
武三も後で合流、また後冨底周二の兄一良くんも一緒でした。武三のお姐さんにミーバイを刺身に
裁いてもらい、煮付け、また頭はお汁にして昨夜はミーバイ三昧、最高に堪能した。

↑写真は携帯で撮ったもの愚生に似てでボケております。
考えてみると集まった4名はオール八重山産である。
懐かしく八重山ふるさと話に花が咲き弾んだ・・・で「勇が那覇に来た理由は?」と聞くと、
実は12月21日にふるさと八重山で還暦祝リサイタルを企画しているので、その話と相談に来たのだと言う。
旨くミーバイにつられ呼び出されたのである。
それにしても勇は還暦とは 若く見えるね~肖りたいね~
また 後冨底一良は来月糸満で行われる「第1回とぅばらーま大会」にチャレンジするそうです。
それも楽しみだね。
■平成17年12月21日(水)
■『安里勇が還暦に歌う ばがー島ぬうた』
■石垣市民会館大ホール
で開催されるのである。
頑張って欲しい 初リサイタルのご成功を祈ります。
Posted by 大工哲弘 at
17:36
2005年08月26日
鷲ぬ鳥考2
3、ビル羽?
①綾羽との対句で「白羽」説
②ポルトガル語の「天鵝絨羽・ビロード」説
③あや壷から転化
④ビル(へる)説<縦糸を布にのばし揃えて機にかけて織れるようにすることをいう>方言のビィーリに繋がる。
⑤ピロード<青緑の美しい色、カラスの羽のこと>
⑥ビーリ<色とりどりの意>説。
⑦ハビル(蛾)与那国のアヤミ、ハビルとの関係も満更否定できないと
蔵下さんは持論を唱えている
★小生もこれっと言ったビル羽説はないのですが、以前インドネシアには
「ビル染め」があると聞いたが(ビル羽と関係あるかは分からない)
さこだ婆(あっぱ)という歌の中に
♪綾ざりぬ美しゃや 布ざりぬ美しゃや
<美しく織りあがった布を表現した対句> 参考までに
皆さんのご教示を仰ぎたい!
4、元日ぬ朝端?
①正月ぬ朝 元日ぬ朝端→新年(あーらとぅす)又は(みーとぅす)
が八重山の言葉として正しいのでは・・・
「元日」「大大和(うふやまとぅ)ぬ島ん飛びつけ」という表現は皇民化教育がすすんだ段階で中央語ではないか?
★確か新川のゆんた集にも元日を「新年・あーらとす」とある。
大宜味信智が工工四作譜されたときに鷲ゆんたの新年(あーらとす)を元旦に直したのではないか?
小生も「ゆんた&じらば」の鷲ゆんたでは「あーらとす」と歌っている。
当時から「ゆんた」と「節歌」を区分けして楽しんだと思う。
鷲ぬ鳥考3へ
①綾羽との対句で「白羽」説
②ポルトガル語の「天鵝絨羽・ビロード」説
③あや壷から転化
④ビル(へる)説<縦糸を布にのばし揃えて機にかけて織れるようにすることをいう>方言のビィーリに繋がる。
⑤ピロード<青緑の美しい色、カラスの羽のこと>
⑥ビーリ<色とりどりの意>説。
⑦ハビル(蛾)与那国のアヤミ、ハビルとの関係も満更否定できないと
蔵下さんは持論を唱えている
★小生もこれっと言ったビル羽説はないのですが、以前インドネシアには
「ビル染め」があると聞いたが(ビル羽と関係あるかは分からない)
さこだ婆(あっぱ)という歌の中に
♪綾ざりぬ美しゃや 布ざりぬ美しゃや
<美しく織りあがった布を表現した対句> 参考までに
皆さんのご教示を仰ぎたい!
4、元日ぬ朝端?
①正月ぬ朝 元日ぬ朝端→新年(あーらとぅす)又は(みーとぅす)
が八重山の言葉として正しいのでは・・・
「元日」「大大和(うふやまとぅ)ぬ島ん飛びつけ」という表現は皇民化教育がすすんだ段階で中央語ではないか?
★確か新川のゆんた集にも元日を「新年・あーらとす」とある。
大宜味信智が工工四作譜されたときに鷲ゆんたの新年(あーらとす)を元旦に直したのではないか?
小生も「ゆんた&じらば」の鷲ゆんたでは「あーらとす」と歌っている。
当時から「ゆんた」と「節歌」を区分けして楽しんだと思う。
鷲ぬ鳥考3へ
Posted by 大工哲弘 at
11:33
2005年08月24日
鷲ぬ鳥考 1
先月大阪三線クラブの小野くんから八重山毎日新聞文化欄に掲載された「鷲ぬ鳥考・上・中・下」(蔵下芳久氏)論考記事をスクラップされ送ってこられた。
八重山民謡を嗜んでいる人なら必ず歌ったり、聞いたりする名曲「鷲ぬ鳥節」説をイマイチ解っていないネットの方も多いと思うので是非解明してほしいとの意向があったので本コラムで小生なりに『見なり、聞きなり』した話を紹介したいと思います。
新聞で論考されていた蔵下さんはこれまで八重山の先生方が出版された著書の鷲ぬ鳥説考を時代を推移しながら批評されておられたが・・・記事内容を前文紹介すると小欄の行数をもっては語れないので小生なりに纏めて意訳、解説したいと思います。
1、鷲か?
①鷲ぬ鳥の「鷲」は鳥船か(見送る船を鳥にみたてて歌う) ②作詞の仲間サカイがおもろそうしの語より新しい表現法を駆使して「鷲」説?
★小生が聞いた範囲ではカンムリワシと烏はちょうど同じ大きさなので烏とカンムリワシを間違えたのではとの説を聞いたことがある。まぁ~鳥に希望と夢を仮託した内容のうただけにどんな鳥でもいいではないか!
2、大阿香ぬ 根ざしに
①イチチグ属のアコウ木の実は(生木・しょうき)はカンムリワシが雛を安全に孵化させる木として適当でないので生態を知らないのが付け加えたのではないか?
★もしそうだとしても八重山だけに生息するカンムリワシは沖縄南部以南に生えるアコウ木実を食い巣作るのは当然だ。カンムリワシがそんな生態がなくも、動物がよくなにか異変を予期してお告げを示す行為だったのか?
作詞者の仲間サカイは神司(つかさ)だっただけに鷲の異生を気づき「世願い」をし即興で「鷲ゆんた」を詠み八重山島の弥勒世を祈ったとも言われている。
今年は猫の額ほどの我が庭の木(黒木)に鳩の巣、鉢に植えてあるベンジャミンの木に目白の巣が作られた。長く 人間しているがこの現象は初めてである。
(因みにその鳥たちは我が家に幸をもってきている)
「鷲ぬ鳥考2」へつづく
八重山民謡を嗜んでいる人なら必ず歌ったり、聞いたりする名曲「鷲ぬ鳥節」説をイマイチ解っていないネットの方も多いと思うので是非解明してほしいとの意向があったので本コラムで小生なりに『見なり、聞きなり』した話を紹介したいと思います。
新聞で論考されていた蔵下さんはこれまで八重山の先生方が出版された著書の鷲ぬ鳥説考を時代を推移しながら批評されておられたが・・・記事内容を前文紹介すると小欄の行数をもっては語れないので小生なりに纏めて意訳、解説したいと思います。
1、鷲か?
①鷲ぬ鳥の「鷲」は鳥船か(見送る船を鳥にみたてて歌う) ②作詞の仲間サカイがおもろそうしの語より新しい表現法を駆使して「鷲」説?
★小生が聞いた範囲ではカンムリワシと烏はちょうど同じ大きさなので烏とカンムリワシを間違えたのではとの説を聞いたことがある。まぁ~鳥に希望と夢を仮託した内容のうただけにどんな鳥でもいいではないか!
2、大阿香ぬ 根ざしに
①イチチグ属のアコウ木の実は(生木・しょうき)はカンムリワシが雛を安全に孵化させる木として適当でないので生態を知らないのが付け加えたのではないか?
★もしそうだとしても八重山だけに生息するカンムリワシは沖縄南部以南に生えるアコウ木実を食い巣作るのは当然だ。カンムリワシがそんな生態がなくも、動物がよくなにか異変を予期してお告げを示す行為だったのか?
作詞者の仲間サカイは神司(つかさ)だっただけに鷲の異生を気づき「世願い」をし即興で「鷲ゆんた」を詠み八重山島の弥勒世を祈ったとも言われている。
今年は猫の額ほどの我が庭の木(黒木)に鳩の巣、鉢に植えてあるベンジャミンの木に目白の巣が作られた。長く 人間しているがこの現象は初めてである。
(因みにその鳥たちは我が家に幸をもってきている)
「鷲ぬ鳥考2」へつづく
Posted by 大工哲弘 at
18:18
2005年08月21日
でっかい優勝!
日本最大の祭「第87回全国夏の高校野球」が昨日南北海道の駒大苫小牧高校の優勝で幕を閉じた。
夏二連覇の偉業はなんと1948年小倉が達成して以来 57年ぶりの大快挙だそうだ。
愚生の生まれた年でわかりやすいが
エッ!もう そんな歳になったの?
これまでの北海道球児達といえば一回戦ボーイと雪国のひ弱なイメージが強かった。
でも それを逆手に取り、雪の日も厳しい練習、毎日努力を積み重ね緻密さと豪快さも備え素晴らしいモチベーションでの戦いぶりは感動をよんだ。勿論 監督の指導法も光るが、見事なまでにハンデを克服して達成したプロセスがなんと言っても すっばらし~い
でっかい優勝 おめでとう!!
この時期プロ野球、毎日のようにTV中継しているが高校野球と観比べると なんか プロ野球が色あせて見えるのは愚生だけだろうか?
トーナメント戦という緊張感もあって、あの炎天下の中 下向きに戦っている姿、また破れたときの悔し涙 すべて感動もんである。
高校野球を見て今の政治家たちも見習って欲しいのはピンチに起たされたとき、ナインがピッチャーを中心にマウンドに集まって次なる対策を立てる姿は如何なる状況においても頑張って切り抜こう~という一心の素晴らしい光景だ。
一部が反対したから否決、廃案、解散、そして選挙、それにある党の執行部は法案に反対した立候補者にたいして「刺客」として対立候補を立て潰す作戦、まったくやくざの世界だ。それに争点が見えなくなってしまっている。
「マジック」に国民は騙されてはいけない。
状況がピンチに立ったとき、みんな中心にあつまり それを乗り越える知恵と英知を結集すれば 国民を混乱に巻き起こさなくても済んだのにと思ったりもする。
ついつい またゴウグチ(剛愚痴)を言ってしまったが・・・
話題を高校野球に戻そう
TVで高校野球観戦していると勝った高校の「校歌」を勝ち進むにつれ毎回聴く すると段々親しみを覚え 面白い
優勝した駒大苫小牧高校の校歌の
作詞がなんと あの北原白秋
作曲が山田耕作なのだ
知ってましたか?
♪新人立てり 立てり 竹は波打つ 晴れたり この空
この我が駒澤みなぎる緑は 光と渦巻く
栴檀林 栴檀林 時代は正しく 飛躍しきたれり
捉えよ 輝くこの現実
我らが校旗は 雲と起これり
すばらしい校歌だ!!
ホントニ時代は正しく飛躍して欲しいと願うのである。
ついでに我が母校の
八重山農林高校の校歌を紹介しよう。
作詞は南島詩人といわれた伊波南哲(八重山育ち、新ションカネーの作詞者でもある)
作曲が新城正一
①八重の潮路に囲まれて もゆる大地の八重山は
無限の宝庫埋めつつ 若き男を 差し招く
②白雲たなびく オモト岳 裾野を流れる宮良川
自然の恵み いと深く 愛郷愛土の 血ぞたぎる
⑤青空高く 大鷲の 翼ならして はばたけば
輝く真理の 朝ぼらけ これぞ われらの 望みなれ
③④は略
音を聞かされないのが非常に残念だが 校歌というより八重山民謡としても親しまれている。
おそらく我が母校の校歌は愚生が生きている間 甲子園のセンターポールに校旗がひるがえり
校歌を聴くことはまずゼッタイないと思うが・・・これぞ「われらの望みなれ」
今年の熱き 熱き高校球児達の“夏の陣”は終った。
大きな望みを持って また来夏世が待ち遠しい
夏二連覇の偉業はなんと1948年小倉が達成して以来 57年ぶりの大快挙だそうだ。
愚生の生まれた年でわかりやすいが
エッ!もう そんな歳になったの?
これまでの北海道球児達といえば一回戦ボーイと雪国のひ弱なイメージが強かった。
でも それを逆手に取り、雪の日も厳しい練習、毎日努力を積み重ね緻密さと豪快さも備え素晴らしいモチベーションでの戦いぶりは感動をよんだ。勿論 監督の指導法も光るが、見事なまでにハンデを克服して達成したプロセスがなんと言っても すっばらし~い
でっかい優勝 おめでとう!!
この時期プロ野球、毎日のようにTV中継しているが高校野球と観比べると なんか プロ野球が色あせて見えるのは愚生だけだろうか?
トーナメント戦という緊張感もあって、あの炎天下の中 下向きに戦っている姿、また破れたときの悔し涙 すべて感動もんである。
高校野球を見て今の政治家たちも見習って欲しいのはピンチに起たされたとき、ナインがピッチャーを中心にマウンドに集まって次なる対策を立てる姿は如何なる状況においても頑張って切り抜こう~という一心の素晴らしい光景だ。
一部が反対したから否決、廃案、解散、そして選挙、それにある党の執行部は法案に反対した立候補者にたいして「刺客」として対立候補を立て潰す作戦、まったくやくざの世界だ。それに争点が見えなくなってしまっている。
「マジック」に国民は騙されてはいけない。
状況がピンチに立ったとき、みんな中心にあつまり それを乗り越える知恵と英知を結集すれば 国民を混乱に巻き起こさなくても済んだのにと思ったりもする。
ついつい またゴウグチ(剛愚痴)を言ってしまったが・・・
話題を高校野球に戻そう
TVで高校野球観戦していると勝った高校の「校歌」を勝ち進むにつれ毎回聴く すると段々親しみを覚え 面白い
優勝した駒大苫小牧高校の校歌の
作詞がなんと あの北原白秋
作曲が山田耕作なのだ
知ってましたか?
♪新人立てり 立てり 竹は波打つ 晴れたり この空
この我が駒澤みなぎる緑は 光と渦巻く
栴檀林 栴檀林 時代は正しく 飛躍しきたれり
捉えよ 輝くこの現実
我らが校旗は 雲と起これり
すばらしい校歌だ!!
ホントニ時代は正しく飛躍して欲しいと願うのである。
ついでに我が母校の
八重山農林高校の校歌を紹介しよう。
作詞は南島詩人といわれた伊波南哲(八重山育ち、新ションカネーの作詞者でもある)
作曲が新城正一
①八重の潮路に囲まれて もゆる大地の八重山は
無限の宝庫埋めつつ 若き男を 差し招く
②白雲たなびく オモト岳 裾野を流れる宮良川
自然の恵み いと深く 愛郷愛土の 血ぞたぎる
⑤青空高く 大鷲の 翼ならして はばたけば
輝く真理の 朝ぼらけ これぞ われらの 望みなれ
③④は略
音を聞かされないのが非常に残念だが 校歌というより八重山民謡としても親しまれている。
おそらく我が母校の校歌は愚生が生きている間 甲子園のセンターポールに校旗がひるがえり
校歌を聴くことはまずゼッタイないと思うが・・・これぞ「われらの望みなれ」
今年の熱き 熱き高校球児達の“夏の陣”は終った。
大きな望みを持って また来夏世が待ち遠しい
Posted by 大工哲弘 at
22:01
2005年08月17日
旧盆 限定
沖縄は今日から旧盆である。
「無事においてください」とご先祖様を迎える17日(うんけー)。先祖さまをゆっくり寛いでもらう滞在の日
18日(なかぬひ)。 家庭親族が一同が集まり先祖さまをお墓に送る日「来年もまた 元気でおいでくださいね~」と線香を家の門焚いて仏壇にお供えした品もおすそ分けして送る19日(うーくい)は午前0時近くに行う風習である。
因みに沖縄本島のウンケーの呼び方を八重山では「んかいるぴん」。ナカヌヒ「なかぬぴん」。ウークイ「うくるぴん」
沖縄では元々エイサーも念仏踊りとして3日間の間しか踊られなかったが、最近はどこに行ってもいつどこでも踊られる変容したエイサーにご先祖さまも さぞビックリされていることでしょうか?
それとも こんなに全国普及しているエイサーに 喜んでおられることでしょうか?
インターネットでご先祖さまに交信して聞いて見たい気もするが・・・
祖霊たちが「本質を忘れていなければ 上等だよ~」と言ってくれれば嬉しんだが
さて その本質を今に伝えているのが八重山のアンガマ芸能である。
3日間の盆にしか演じない伝統芸能も青年会活動として
今年も我が実家で新築記念として招かれ演じられますが、残念ながら 仕事で小生は実家(弟の家)に帰れなく
電話で音曲だけ楽しもうと思っているが 切ないね~
旧7月に入ってしか歌えない無蔵念仏も時期限定歌としても有名だがアンガマの座開きの歌としても 親しまれている。

↑今日うんけー ジュウシーと八重山スバを作ってもらいました。(膾は大好きな北海道の真蛸)
今年は帰れないので島のとーとーめー(仏壇)に向かって念仏節を歌おう♪
1、親ぬ御恩(うぐぬ)は深きむん 父御(ちちぐぬ)ぬ御恩は山高さ 母御(ははぐぬ)御恩は海深さ
<親のご恩は深い、 父の恩は山の高さ 母の恩は海の深さのようだ>
2、山の高さはさばがりん 海ぬ深さん さわかりる 昼は父御ぬ足が上
<一番で父を山の高さ、母を海深さに譬え 2番で恩の深さを強調して昼は父と戯れている子の様子>
3、扇の風にあをがりてぃ 夜は母御の懐に 十重 二十重(とやい はたい)の御衣がうち
<暑い時は母の団扇で煽がれ 寒い時には懐に中ですやすやおねんねしておくれ>
4、濡りる方には母ゆくてぃ 乾く方には子を寝して 諸共濡りれば 胸が上
<子供が用便して夜具や畳がぬれると母は濡れたところに寝、乾いたところには子供を寝かせるが、両方寝床が濡れると懐(胸)の上に寝かせて手落ちなく子供の世話をする>と歌詞は13番までつづく・・・・
最近ヒットしたどっかの子守歌の歌詞によく似ているのですが、こんないい歌詞で歌われる
「無蔵念仏節」は旧暦の7月限定期間だけとは なんか勿体ないような気もするが。
仏教の教えが歌や盆行事の中に定着してる祖先崇拝の精神を
うちなーの魂としてこれからも継承したいです。
「無事においてください」とご先祖様を迎える17日(うんけー)。先祖さまをゆっくり寛いでもらう滞在の日
18日(なかぬひ)。 家庭親族が一同が集まり先祖さまをお墓に送る日「来年もまた 元気でおいでくださいね~」と線香を家の門焚いて仏壇にお供えした品もおすそ分けして送る19日(うーくい)は午前0時近くに行う風習である。
因みに沖縄本島のウンケーの呼び方を八重山では「んかいるぴん」。ナカヌヒ「なかぬぴん」。ウークイ「うくるぴん」
沖縄では元々エイサーも念仏踊りとして3日間の間しか踊られなかったが、最近はどこに行ってもいつどこでも踊られる変容したエイサーにご先祖さまも さぞビックリされていることでしょうか?
それとも こんなに全国普及しているエイサーに 喜んでおられることでしょうか?
インターネットでご先祖さまに交信して聞いて見たい気もするが・・・
祖霊たちが「本質を忘れていなければ 上等だよ~」と言ってくれれば嬉しんだが
さて その本質を今に伝えているのが八重山のアンガマ芸能である。
3日間の盆にしか演じない伝統芸能も青年会活動として
今年も我が実家で新築記念として招かれ演じられますが、残念ながら 仕事で小生は実家(弟の家)に帰れなく
電話で音曲だけ楽しもうと思っているが 切ないね~
旧7月に入ってしか歌えない無蔵念仏も時期限定歌としても有名だがアンガマの座開きの歌としても 親しまれている。

↑今日うんけー ジュウシーと八重山スバを作ってもらいました。(膾は大好きな北海道の真蛸)
今年は帰れないので島のとーとーめー(仏壇)に向かって念仏節を歌おう♪
1、親ぬ御恩(うぐぬ)は深きむん 父御(ちちぐぬ)ぬ御恩は山高さ 母御(ははぐぬ)御恩は海深さ
<親のご恩は深い、 父の恩は山の高さ 母の恩は海の深さのようだ>
2、山の高さはさばがりん 海ぬ深さん さわかりる 昼は父御ぬ足が上
<一番で父を山の高さ、母を海深さに譬え 2番で恩の深さを強調して昼は父と戯れている子の様子>
3、扇の風にあをがりてぃ 夜は母御の懐に 十重 二十重(とやい はたい)の御衣がうち
<暑い時は母の団扇で煽がれ 寒い時には懐に中ですやすやおねんねしておくれ>
4、濡りる方には母ゆくてぃ 乾く方には子を寝して 諸共濡りれば 胸が上
<子供が用便して夜具や畳がぬれると母は濡れたところに寝、乾いたところには子供を寝かせるが、両方寝床が濡れると懐(胸)の上に寝かせて手落ちなく子供の世話をする>と歌詞は13番までつづく・・・・
最近ヒットしたどっかの子守歌の歌詞によく似ているのですが、こんないい歌詞で歌われる
「無蔵念仏節」は旧暦の7月限定期間だけとは なんか勿体ないような気もするが。
仏教の教えが歌や盆行事の中に定着してる祖先崇拝の精神を
うちなーの魂としてこれからも継承したいです。
Posted by 大工哲弘 at
02:57
2005年08月17日
戦後 還暦
昨日は終戦60年を向かえ全戦没者追悼式が日本武道館で政府主催でしめやかに行われその模様をTV中継され 正午の時報の合図で黙祷をささげ遺族らを始め全国の皆様も不戦を誓い世界平和を願ったことでしょう。
日本の小泉首相もその日は参列し終戦記念日にあたり「アジアの平和と発展を目指す・・・」と中韓との連帯を言及しておられた。
しかし 黙祷、首相が挨拶している最中、沖縄の金武町伊芸地区では都市型訓練実弾演習が強行されていた。住民は 沖縄を逆なでするアメリカの いや日本の容認した訓練にはやるせない 憤りをあらわにしていた。
戦争の為の訓練は世界平和の思いには程遠い遠い実情である。
まったく 言っていることと
やっていることが違うのである。
このコラムでも何度書いたことか 恒久平和願うことを・・・これからも風化をさせないためにも
日本の小泉首相もその日は参列し終戦記念日にあたり「アジアの平和と発展を目指す・・・」と中韓との連帯を言及しておられた。
しかし 黙祷、首相が挨拶している最中、沖縄の金武町伊芸地区では都市型訓練実弾演習が強行されていた。住民は 沖縄を逆なでするアメリカの いや日本の容認した訓練にはやるせない 憤りをあらわにしていた。
戦争の為の訓練は世界平和の思いには程遠い遠い実情である。
まったく 言っていることと
やっていることが違うのである。
このコラムでも何度書いたことか 恒久平和願うことを・・・これからも風化をさせないためにも
Posted by 大工哲弘 at
01:46
2005年08月12日
奄美 番外編 2
このところ日航機のトラブルが目立つ中、今日は群馬県上野村「御巣鷹山」に日航機が
墜落してから早や20年になる。
犠牲者の冥福を改めてお祈りします。
さて 沖縄でもJAL系列のJTAの大トラブルがあった。
10日の朝JTAカウンター(琉球エアーコミューター)で受付をした。
沖縄から奄美便は一便しかない、RACは小さな飛行機なので身軽に乗ろうと三線、
太鼓楽器あつかい手渡し、ほかの荷物も全部預けた。
そして一時間のフライトで奄美空港11時到着 後コンベアーに荷物が出てくるのを待っていたら、
いくら待っても出てこない、とうとう痺れを切らして 係りに申しつけたら「荷物預かり半券見せてください」と出したら なんと半券に「ヨロン」と書いてある。あいやぁ~「お客の荷物はヨロンに行ってます!」「なんでそうなったの?」真っ青 !!ステージで使う道具は何もない。奄美に何しに来たの~??
三線はどうにか坪山さんから借りることできても女性軍の衣装はどうすることもできないのである。
緊急で問い合わせたらヨロン便が13時30分に奄美にあるので 着次第15時までには
瀬戸内の寿老園まで届けると約束をした。
一段落
一応 約束通りに会場に楽器と荷物はとどいたのはいいが、もしも届かなかったらどうなっていたかと想像するだけでもゾットする。 どう考えてもJTAミスは重いと思う。
JTAの上の方からお詫びの電話があった。翌日の帰り奄美空港でも係員が揃って詫びを入れにきた。
「大変申し訳ないことをしました」「いや 大丈夫心配しないで、無事すんだから・・」と相手を慰めたが、那覇空港でも 我々の到着を待って係員が4名で詫びにきた。
なんとその一人に以前小生の勤労青少年ホームの弟子もいた。「先生 覚えていますか?」
あいっ!元気ねぇ~ 会話は弾み ミスした係のC嬢(歳にして23頃)も泣きながら
「近いうち私も三線買って 習いに行きま~す!」 三線の話が出たら怒った心も和むのは不思議だ
だって三線は和する楽器 平和の和、おきなわ の和 だからね~
これから 気をつけてがんばってね~ とC嬢を元気つけた。
夏の大トラブルの結末は結局「和」に収まった。
これからは反省として 荷物預かり半券も気をつけて見ることにしよう
番外編 3 へ
墜落してから早や20年になる。
犠牲者の冥福を改めてお祈りします。
さて 沖縄でもJAL系列のJTAの大トラブルがあった。
10日の朝JTAカウンター(琉球エアーコミューター)で受付をした。
沖縄から奄美便は一便しかない、RACは小さな飛行機なので身軽に乗ろうと三線、
太鼓楽器あつかい手渡し、ほかの荷物も全部預けた。
そして一時間のフライトで奄美空港11時到着 後コンベアーに荷物が出てくるのを待っていたら、
いくら待っても出てこない、とうとう痺れを切らして 係りに申しつけたら「荷物預かり半券見せてください」と出したら なんと半券に「ヨロン」と書いてある。あいやぁ~「お客の荷物はヨロンに行ってます!」「なんでそうなったの?」真っ青 !!ステージで使う道具は何もない。奄美に何しに来たの~??
三線はどうにか坪山さんから借りることできても女性軍の衣装はどうすることもできないのである。
緊急で問い合わせたらヨロン便が13時30分に奄美にあるので 着次第15時までには
瀬戸内の寿老園まで届けると約束をした。
一段落
一応 約束通りに会場に楽器と荷物はとどいたのはいいが、もしも届かなかったらどうなっていたかと想像するだけでもゾットする。 どう考えてもJTAミスは重いと思う。
JTAの上の方からお詫びの電話があった。翌日の帰り奄美空港でも係員が揃って詫びを入れにきた。
「大変申し訳ないことをしました」「いや 大丈夫心配しないで、無事すんだから・・」と相手を慰めたが、那覇空港でも 我々の到着を待って係員が4名で詫びにきた。
なんとその一人に以前小生の勤労青少年ホームの弟子もいた。「先生 覚えていますか?」
あいっ!元気ねぇ~ 会話は弾み ミスした係のC嬢(歳にして23頃)も泣きながら
「近いうち私も三線買って 習いに行きま~す!」 三線の話が出たら怒った心も和むのは不思議だ
だって三線は和する楽器 平和の和、おきなわ の和 だからね~
これから 気をつけてがんばってね~ とC嬢を元気つけた。
夏の大トラブルの結末は結局「和」に収まった。
これからは反省として 荷物預かり半券も気をつけて見ることにしよう
番外編 3 へ
Posted by 大工哲弘 at
18:45
2005年08月11日
奄美 番外編 1

奄美のばしゃ山のビーチは抜けるような青空、青い海 ホントニ綺麗だ!
空港から途中、ばしゃ山で食事を取る、これ ↓シーフードサラダと奄美と言えば名物「鶏飯」。ケッコウ!これがまた ボリュームがあって腹一杯になる


寿老園の経営と理念を紹介しよう

小生の息子も介護士なので 他の老人ホームの理念や運営が気になる自分が 気になる?
いやぁ~こんな立派な運営のホームだったら 近い将来入園してお世話になろうかと 園長に御願いした。
いやぁ まだ早いですよ~と言う園長の返事を期待したら「フフフッ」と笑うだけだった。
これが また気になる返事。
変って 奄美はどんどん若手の唄い手が育っている。
夏祭りのプログラムにも


島歌 独唱(米田みのり)
島歌 独唱(保田大介)まだ二人とも十代
いやぁ 中孝介も中村瑞樹もウカウカできないよ~と云うくらい 上手かった。
そして公演終了後 追い討ちをかけるように坪山豊兄が まだ中学生でうた旨い弟子がいるから「哲ちゃん紹介するよ~」と楽屋に連れてきてくれた。
里 歩寿(ありす)と呼びます。写真の真ん中、左がお母さん
将来が楽しみですぞ と豊兄のお墨付きであるから 間違いないでしょう
それにしても 奄美は名瀬 失礼! 何故こんなに若手が育つんでしょうかね~ と考えてみた。
これは 地元で確りした指導者がいるのと、先輩の元ちとせや、リッキを目指している若者が多く
将来は私も先輩みたいにという夢を抱いているようだ。 まぁ 先輩効果と指導者効果が大きい。
しかし 残念なのは 元ちとせや リッキ 見たいにメジャーを目指してそれだけ唄に取り組んで
いく過程はどうかなぁ~ それがとっても気になるのだ。 小生の老爺心なのか?
聞いた話では奄美も段々八月おどりや 村のまつり、歌垣の遊びも廃れていく唄う環境、そして若者達がうたをうたっていく場所も限られ ステージのみで歌う島歌、 そのためミンナ県外やメジャーに進出していく現状、
それはけっして奄美だけではなしに 沖縄も含めてこれから本格的に歌い手を目指していくスタイルは本質的な「島うた」の“芯”が失っていくのは否めない。 その固有の民謡、島歌という名の呼び方も将来変っていくのかも知れない・・・
いい意味でも悪い意味でも
ともあれ 歩寿ちゃんを楽しみに見守って行きましょう!!
がんばれ里歩寿
Posted by 大工哲弘 at
23:35
2005年08月11日
夏祭り 寿老園
瀬戸内町古仁屋にある老人ホーム寿老園の夏祭りに行ってきました。以前にも2度出演したこともあり、今度で3度目の出演となる寿老園の夏祭りである。
それ故 知り合いも出来オジィ オバァには これまでよりも親しんで貰った。
老人ホームでオジィ オバァに曲の受けがいいのは島歌は勿論だが、なんといってもジンタである。園長の話だと 今回小生が再度の依頼を受けたのも園内で「蓬莱行」や「うちなージンタ」を聴いて「もう一度」という話が挙がったそうだ。
盛大な打ち上げバーベキュ交流会の席で園長が「来年も御願いしますよ~」と頼まれましたが・・・
ありがたいことです。


坪山豊兄、皆吉佐代子さんも応援に着てくれました。
アリギャタ サマヨウタ!


エイサーは最近何処に行ってもあるようだ ここ奄美の寿老園では「琉球祭り太鼓沖永良部支部」のみなさんが勇壮な演舞をみせていました。 そして最後は一緒にお客との乱舞
今回は久しぶりにロケット・マツさん、玉城杉子、苗子のコーラスも入ってのステージは楽しかった。
ずっと一人会唄会ライブが調子く最悪のコンディションだったので、昨夜の夏祭りは存分に舞台で遊んだなぁ~
これぞ 正しくプレイヤーというのだろうか?!
また 昨日は8月10日(ハートフル)な一日だったように思う。
寿老園のみなさん ありがとうございました!!
Posted by 大工哲弘 at
14:44
2005年08月09日
寿老園 夏祭り
明日(10日)は二年振りに瀬戸内町にある社会福祉法人(潤生会)養護老人ホーム・寿老園
の「2005年夏祭り納涼大会」に出演依頼をうけ行くことになりました。
ただ老人ホームの夏祭りではなしに地域住民を巻き込んでのイベントは村・町あげての祭だ。
前回もリッキのお母さんともお会いできたし、きっと今回も来てくれると思う。楽しみにしている。
楽しみといえば 歌者の坪山豊兄も「哲っちゃん!遊びにいくるからや~」と電話があり、これも楽しみ!
合間を見て共演でもしてみようかと思っているが・・・豊兄には内緒だ
その豊兄から聞いた話だけど 瀬戸内はとにかく島歌のうた者が多いので有名
先ず大先輩の竹下和平、リッキ、元ちとせ、朝崎郁恵さんとミンナ瀬戸内の出身だそうだ。
これも瀬戸内の前には一面に広がる綺麗な海、加計呂間や島々の数々、素晴らしい自然が残っている環境、
そこから島歌が生まれ、そして歌者が生まれる。
なんか 八重山の白保村の歌環境もそれに近いものがある
歌者が多いのは前に海がある環境 いつか外へ出て行く運命と開拓精神が同居し 新しい歌い手がどんどん生み出されるのであろうか?
また 楽天的な性格も似ている でも そこには歴史的に苦労の難を凌いだ したたかさが
そんな歴史を刻んだ 入園の元気な寿オジィ オバァ~達にあえるのも 楽しみだ
夏祭りから帰って 瀬戸内での「寿老園・夏祭り大会」の報告をしたいとおもっている。
の「2005年夏祭り納涼大会」に出演依頼をうけ行くことになりました。
ただ老人ホームの夏祭りではなしに地域住民を巻き込んでのイベントは村・町あげての祭だ。
前回もリッキのお母さんともお会いできたし、きっと今回も来てくれると思う。楽しみにしている。
楽しみといえば 歌者の坪山豊兄も「哲っちゃん!遊びにいくるからや~」と電話があり、これも楽しみ!
合間を見て共演でもしてみようかと思っているが・・・豊兄には内緒だ
その豊兄から聞いた話だけど 瀬戸内はとにかく島歌のうた者が多いので有名
先ず大先輩の竹下和平、リッキ、元ちとせ、朝崎郁恵さんとミンナ瀬戸内の出身だそうだ。
これも瀬戸内の前には一面に広がる綺麗な海、加計呂間や島々の数々、素晴らしい自然が残っている環境、
そこから島歌が生まれ、そして歌者が生まれる。
なんか 八重山の白保村の歌環境もそれに近いものがある
歌者が多いのは前に海がある環境 いつか外へ出て行く運命と開拓精神が同居し 新しい歌い手がどんどん生み出されるのであろうか?
また 楽天的な性格も似ている でも そこには歴史的に苦労の難を凌いだ したたかさが
そんな歴史を刻んだ 入園の元気な寿オジィ オバァ~達にあえるのも 楽しみだ
夏祭りから帰って 瀬戸内での「寿老園・夏祭り大会」の報告をしたいとおもっている。
Posted by 大工哲弘 at
23:59
2005年08月09日
ツンマーセー

円形に積んだレンガ&ブロックの中に植栽されている大樹木をどこでも見かけるであろう。
↑は名古屋の徳川美術館の庭園(8月3日撮影)
その円形積み回しを
沖縄(チンマーサー)八重山(ツンマーセー)と呼んでいる
八重山では市街地を抜けていくと境界地点あたりにY字路もしくわX字路に積み回されているところが多い。
このツンマーセーはどのような意図で造られたのか?詳しい資料はないが、おそらく厄払い、魔よけの為、
また村の石巌当の役割を果たすように設置されたという説もある。
小生が幼少の頃は親父が田や畑から帰りが遅いと新川村の西(具志堅用高の実家に近い)にあるツンマーセーに行って親父を待つ場所でもあった。 また親父が颯爽と馬に乗って用事に出かける時、ミンナとの待合い場、話し合いの場所ように記憶もしている。
また ツンマーセーに植えてある大きなガジュマルの枝に鐘が下げられてあり、火事や緊急事態が生じた
時 その鐘が打ち鳴らされ村中に鳴り響き、事態を知らせる大事な用を果たしていた。
ツンマーセーは村人達にとってはコミュニティの場と同時に欠かせない場所でもあった。

→京都駅前のチンマーサー(8月5日撮影)
日本の古い歌に「ストライキ・東雲節」というのがある。
♪ 丸い卵も切りようで四角 焦がるる ナントショ モノも云いようで角が立つ
一つのモノの云いようで、ある選挙公約が支持されなかったから駄々をこねて、やけっぱちに衆議院が今日解散した。政治の駆け引きは凡人にはわからないが、
なぜ もっともっと議論して国民にわかるように その公約を
説明、話し合い出来なかったか?
角がなく円形石積み上げたツンマーセーのように大木をささえ 同志が一つになれなかったか?
政治屋セェンセイ達の不詳事で混乱を巻き起こし その付けをまたまた国民に押し付けようとしている。しかも血税で
♪島持つとぅ家持つ 船乗るとぅ 同様でん 船頭船子親子揃らにばならぬ
<島や国を治める人は家庭を治めるに同様 何事も円満に、舟は舵をとる船頭さんを中心に船員が一丸とならなければ舟は走らない>諄いようだが・・ 島を統治するには舟は船頭と船子、家庭は親と子が心を一つにならなければ治められないと教えている。
行き詰った政界人に 八重山のデンサー節でも聞かせたいね
毎日猛暑が続く日本列島 やがて9月11日の投票に向けて町中を駆けめぐる選挙カーから流れる大音量のスピーカーが聞こえてくると思うと嫌な日々が続きそうな予感がする。
一つの公約で一瞬にして破壊された日本の議会政治 それを優先より山積している諸問題があるのに・・・
明日は一瞬にして破壊された町、長崎被爆から60年を迎える。黙祷
ツンマーセーの意味をもう一度見直し 平和の語りも各地のツンマーセーでしてみてはどうだろう
Posted by 大工哲弘 at
00:00
2005年08月07日
レコーディング 始まる

京都レコーディングスタジオ「観峰会館」5日
大阪ちんどん通信社の皆さん
6月大阪ちんどん通信社と東京、名古屋、京都、大阪とライブをさせてもらったことがきっかけで
一人会ライブ終了後の翌日京都でレコーディングすることになりました。
95年「うちなージンタ」以来、チンドンとのコラボーレーションアルバムになる。
実に10年ぶりである。
曲は今 発表しないほうがいいのではと思う。別に勿体ぶっているのではない
仕上がってからの楽しみがなくなるからね~
インスト曲を含めると14曲
企画・制作のオフノートは秋にはりリースしたいと云っているのだが
個人的には先月初孫が生まれたので、これを記念に沖縄・日本の名曲を沢山歌って子や孫に聞かせてあげたい。 ここでもおじいちゃんバカが・・・
きっといいアルバムが出来ると思ってます。
自分自身も楽しみにしているアルバムだ。

まだ 録音作業は残ってますが 大阪チンドン通信社のみなさん ご苦労さんでした。
Posted by 大工哲弘 at
23:35
2005年08月07日
一人会ライブ お礼
8月1日から始まったライブツアー葉山「UMI・GOYA」東京・吉祥寺「まんだら」名古屋「得三」京都の「磔磔」で無事?終了しました。
ウィークにも関わらず会場に沢山の八重山のうたファンが来てくれてありがとうございました。

↑「吉祥寺・まんだら」にて2日(火)ジャンベは あの元さんのモノかりました。
やいま歌のみライブは初めて試みだったので不安であったが「案ずるより生むが如し」で熱い島歌ファンに支えながら、どうにかこうにかして 第一回の一人会は終えました。
この手ライブの話は4・5年前から八重山島歌を愛するファンからの要望もあったのですが、沖縄のさまざまな音楽が県外蔓延る中、八重山一本では 時期尚草 と断っていました。
県外の人が沖縄の歌を初めて聴いた頃は「沖縄の歌」は一つだと思って うた・三線に填ってとうとう三線を習い始めた人も多かったでしょう。
段々やるにしたがって 沖縄本島、宮古、八重山の歌の違いが解って来くようになり 聞き分けるようになって ようやく この頃は いい意味で沖縄の島歌に聴く耳をもつようになってきていると思う。
そう云った意味で今回のコアな八重山うただけのライブは企画的だったと思うのだが・・・
しかし三線一丁、八重山うたオンリーで一人会をオフノートが企画・開催してくれたのに
生憎 小生の声の調子がまったく八重山うたを歌う声としては ほど遠く 失格の声
野球のピッチャーなら ストレートは投げれず、変化球でだまし だまし 4日間を唄い消化した。
なんで調子崩したか・・・弁解の余地もない「不摂生」 それしかないのである。 ある意味では師匠としても失格なのである。
これから 小生は大好きな歌と酒とをどう付き合っていくか!んっ~難しいィ これって 洒落にもならないが“避け”ては通れない問題ではある?! 上手く付き合って行くしかない。 がんばります!!!
ウィークにも関わらず会場に沢山の八重山のうたファンが来てくれてありがとうございました。

↑「吉祥寺・まんだら」にて2日(火)ジャンベは あの元さんのモノかりました。
やいま歌のみライブは初めて試みだったので不安であったが「案ずるより生むが如し」で熱い島歌ファンに支えながら、どうにかこうにかして 第一回の一人会は終えました。
この手ライブの話は4・5年前から八重山島歌を愛するファンからの要望もあったのですが、沖縄のさまざまな音楽が県外蔓延る中、八重山一本では 時期尚草 と断っていました。
県外の人が沖縄の歌を初めて聴いた頃は「沖縄の歌」は一つだと思って うた・三線に填ってとうとう三線を習い始めた人も多かったでしょう。
段々やるにしたがって 沖縄本島、宮古、八重山の歌の違いが解って来くようになり 聞き分けるようになって ようやく この頃は いい意味で沖縄の島歌に聴く耳をもつようになってきていると思う。
そう云った意味で今回のコアな八重山うただけのライブは企画的だったと思うのだが・・・
しかし三線一丁、八重山うたオンリーで一人会をオフノートが企画・開催してくれたのに
生憎 小生の声の調子がまったく八重山うたを歌う声としては ほど遠く 失格の声
野球のピッチャーなら ストレートは投げれず、変化球でだまし だまし 4日間を唄い消化した。
なんで調子崩したか・・・弁解の余地もない「不摂生」 それしかないのである。 ある意味では師匠としても失格なのである。
これから 小生は大好きな歌と酒とをどう付き合っていくか!んっ~難しいィ これって 洒落にもならないが“避け”ては通れない問題ではある?! 上手く付き合って行くしかない。 がんばります!!!
Posted by 大工哲弘 at
20:58
2005年08月06日
葉山 うみ小屋

1日、葉山のうみ小屋から夕陽を眺める(ライブ始まるちょい前)


うみ小屋の看板

ステージ後から

↑噂のパーカッション(ジャンベ)の永原元との初セッションの演奏舞台。
本番30分前にチョコットしか打ち合わせ音あわせ できなかったのですが よくもいろんな沖縄のリズムにピタット合わせて撞いてくる元さんは素晴らしいミュージシャンだ。
それよりも なによりも歌い手を立てながら絡んでくる音の“妙”は元さんの技術は勿論、人間性も見えて嬉しい。
元さん熱烈ファンの紅美さん曰く「二人で会話しているみたい!ジェラシーを感じる」と誉めていただきました。
機会を作り またブッキングしたいね
二人のユニット命名も決まりました「大工の元さん」?

葉山の泊りも近くのコンドミニアムホテル同部屋の大ルームで一緒に朝まで音楽の話ができて楽しかった。
↓今回の葉山うみ小屋ライブを仕掛けてくれた 岩神さん
岩神さんとは10年前からのお付き合い


帰りの2日は山下洋輔が海外公演から帰ると必ず通うという手打ちそば屋さん「一色」で鴨そばをご馳走になりました。いやぁ~本当に美味しかった
岩神さん 打ち上げでの料理「佐島、久里浜」の真蛸も美味しかったです。
いろいろとお世話になりました。 ありがとうございました!
Posted by 大工哲弘 at
21:56




日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!