2005年09月29日
韓国公演
去った7月3日那覇の桜坂劇場で「パンソリと沖縄民謡 奄美島歌」共演日韓友情年2005年公開講座が大好評だったということもあり アンコール公演として韓国公演が文化庁主催で3日実現の運びになりました。
■「ソリカギョ(歌橋)~パンソリと沖縄民謡」
■平成17年10月3日(月)19:30~21:00
■貞洞劇場(ソウル市)
■出演者
チョ ジュウソン(パンソリ歌手)
キム チョマン(鼓手)
大工哲弘(うた・三線)苗子(囃子・踊り)屋嘉部充(笛・太鼓)神谷宏美(琉球琴)(囃子)玉城杉子(囃子)
今回奄美は加わらず沖縄だけでの構成、神谷、玉城を加えて舞台を盛り上げようと思っております。
二部のコラボレーションもいろいろ考案中。現地でワークショップも絡めながら構築したいと思ってます。
帰ってからいい報告ができると思います。
日韓民俗芸能交流公演PRの一環として日韓正常化40周年「韓日友情年2005」で舞台芸術、映画、メディア等様々な分野で両国の文化芸術事業が展開されいますが日本の民族芸能(勿論沖縄も)がパンソリと韓国での交流公演は初めてだとうこともありすでに入場整理券はなく、キャンセル待ちという嬉しい知らせがありました。
単なる韓琉ブームではなしに「芯」を問う双国の伝統芸能の交流をしてきたい!
台風19号接近の為(30日)明日の出発となります。
いざ 出陣!
■「ソリカギョ(歌橋)~パンソリと沖縄民謡」
■平成17年10月3日(月)19:30~21:00
■貞洞劇場(ソウル市)
■出演者
チョ ジュウソン(パンソリ歌手)
キム チョマン(鼓手)
大工哲弘(うた・三線)苗子(囃子・踊り)屋嘉部充(笛・太鼓)神谷宏美(琉球琴)(囃子)玉城杉子(囃子)
今回奄美は加わらず沖縄だけでの構成、神谷、玉城を加えて舞台を盛り上げようと思っております。
二部のコラボレーションもいろいろ考案中。現地でワークショップも絡めながら構築したいと思ってます。
帰ってからいい報告ができると思います。
日韓民俗芸能交流公演PRの一環として日韓正常化40周年「韓日友情年2005」で舞台芸術、映画、メディア等様々な分野で両国の文化芸術事業が展開されいますが日本の民族芸能(勿論沖縄も)がパンソリと韓国での交流公演は初めてだとうこともありすでに入場整理券はなく、キャンセル待ちという嬉しい知らせがありました。単なる韓琉ブームではなしに「芯」を問う双国の伝統芸能の交流をしてきたい!
台風19号接近の為(30日)明日の出発となります。
いざ 出陣!
Posted by 大工哲弘 at
22:00
2005年09月25日
優勝に思う
優勝 ブリ・モハメド(チュニジア)準優勝 三浦直信(北海道)
三位 小渡大海(具志頭村)13歳
特別賞 山城幸次郎(糸満)
奨励賞 細川拓実(兵庫県)13歳
昨夜の「とぅばらーま大会」の結果である。
47名の厳しい予選を勝ち抜いた24名が本選に望み、その中から選ばれた勝者だ。
しかし どこを見ても探しても入賞者に八重山出身が居ない。
とうとう ここまで来たのか?
自分でも半信半疑でもあるが でも現実。
いつも全国ネットの皆さんにも地元の人が必ず優勝するとは限らない。江差追分、津軽三味線大会などなど見ても分かる。
日本の国技大相撲の横綱・朝青龍や琴欧州が今場所も盛り上げて頂点に立っているように。まぁ スポーツと芸能との違いはあったにしても、将来いつか沖縄の島うた世界にも県外の方が優勝する時期はくると一種の叱咤激励も含めて都度話しはしていたつもりだ。しかし これほどまでに自分で言ってたことが早く到来するとは正直思っても見なかった。
勿論 民謡コンクールで稽古を積んで確実に合格するのも嬉しいが、協会内での課題曲検定試験とはちがって、どっちかと言うととぅばらーま大会が本来のコンクールなのである。流派、会派を越え、一般大衆に日頃の稽古成果を問う絶好のチャンスの場である。歌審査以外に観衆の拍手喝采も大いに審査対象になるから面白い(観衆がよく知っているからである)
糸満観光農園&主催者発表によると入場者数 3,500名だそうだ、駐車場も入りきれなく やむなく帰った人も大分いたそうで、後半は大パニック状態。創設いらい始めての入場者と糸満市長や園長は喜んでおられた。
その大観衆が固唾を呑んで聞き入り一人一人に拍手を送っていたが、ブリのときは指笛、拍手が特別に多かった。これぞ とぅばらーま大会独特の雰囲気が会場一杯に漂った。
♪国ば越やー とぅばらーま歌ゆ
肝ば込めーいざば 聞き賜り
越境するとぅばらーま チュニジアにも届け! とばかり 肝心を込めた歌声が観衆と審査員に精通した瞬間であった。
また とぅばらーま会場になった糸満農園の向かいは平和記念館「平和の礎」があるところ、沖縄戦糸満
も多くの犠牲者をだした激戦地。意味軸も今年は戦後60年という節目、平和を希求する歌詞も多く見られたのも今回の特徴であった。
♪命ぬありばどぅ 60年の重に
ミルク世や 幾世までぃん
昨夜は恒久平和を願い、次世代を担う若者の参加もあり、これからとぅばらーまを本格的に勉強したい県内外者への門口を開いた大会でもあった。
糸満ワイン観光農園を活性化させ、糸満と八重山の交流も図られ、多くの人を動かしたすばらしいイベントだっと思う。
たかが歌「とぅばらーま」されど「とぅばらーま」である。
いろんな審査をしたことがあるが、今回はワイン園ということもあって、のっけからワインを飲みながらの審査は生まれて初めてだ!最高であった。
こんな素晴らしいイベントだったら毎年毎月もあっていいなぁ~
なにわ ともあれ ブリ 第一回とぅばらーま大会優勝おめでとう!!
心から喜びたい
記念写真攻めのブリ、モテモテブリでした。とぅばらーま大会には東京やいま会の岩井、札幌の照内夫婦も翔け付けてくれた。晩くまで祝勝会にも参加、
お疲れでした!!
Posted by 大工哲弘 at
13:00
2005年09月23日
アルツハイマー
第一回糸満とぅばらーま大会が明日に迫った。今日は最終告知の為FMラジオ糸満のコミュニティ「FMたまん」でとぅばらーま大会を呼びかけた。
AM10:00~12:00までの2時間「10時ゆっくい」という民謡番組を比屋根孝子さんが木曜日は八重山民謡を中心にパーソナリティをしていて今日のゲストにスーパーキジムナーの本竹裕助と愚生だったが、出番をすっかり忘れていて、1時間20分遅れで愚生は放送局のブースに入った。生放送である。裕助とも久しぶりで近況も報告しながら 勿論「とぅばらーま」話で盛り上がった。
番組を終え、真壁にある「ちなー」という沖縄料理屋にとぅばらーま実行委員会のメンバーも加わり
昼食をとりにいく。


本竹と比屋根さん
「ちなー」でゆっくり食事をしていたら、まるみかなー小浜司さんから電話があり「約束の場所で12時に待っているよう~」エッ何か約束しましたか?「アイッ!一週間前フイリッピン歌手とのインタビューのアポ取ったでしょう!」
あぁ~~ そうだったね~
ちょうど今食事を注文したばっかりで、食べたら直ぐいきます。
ここでも約1時間30分遅れ。約束のアルテ喫茶店で待たせてしまった。
・・・・・
申しわけないです。
フイリッピンのメッセンジャーシンガーサンチャゴさんとは約1時間小浜司の通訳で行われた。
フィリピンンは沖縄がまだ日本復帰をしない頃、バーやクラブではフイリッピンバンドが殆ど幅を利かせていた。その為沖縄との交流もすごくあった。その内容はいつか機会をみて紹介したいと思います。
99年に愚生もアジアンファンタジーコンサートツアーでフイリッピンで公演した際に共演しお世話になったジョイアヤラもサンチャゴさんのファストアルバムに参加していた。
サンチャゴさんは11月まで滞在して沖縄のミュージシャンと交流を持ち、戦争・平和と歌手のかかわりを探っていくそうだ。
是非 母国に帰ってら八重山の唄も練習してフイリッピンで唄いたいと抱負も述べておられた。
♪「安里屋ゆんた。デンサー節、とぅばらーま」を
前回ブログで長寿・敬老の話題しておきながら 今回は愚生がアルツの話とは情けない。比屋根孝子さん。小浜司さん ご迷惑をお掛けしました。
→サンチャゴさん
Posted by 大工哲弘 at
01:17
2005年09月20日
高齢化
「高齢化」と叫ばれて久しくなるが、5人に1人が65歳以上と新聞の見出しを見て、あぁ~急速にここまできたか「高齢化社会」と声が出た。総務省が発表した総計調査票によると65歳以上の高齢者人口は2、556万人昨年より71万人増えたそうである。因みに沖縄では21万104人、百歳を迎える長寿者も253人となり高齢化社会も本格的となる雰囲気だ。
琉歌によく歌われているかじまやぁ~(97歳)の歌詞に
♪七橋ゆ渡てぃ 74辻越ちゅてぃ
誠かじまやぁや 神ぬう祝
神の祝いといわれていた「かじまやぁ~」の祝いも近い将来かじまやぁ~の祝いをすることが珍しくない時代がくるかもしれない。

UPは愚生の「うちなージンタ」のCDジャケット写真である。
デザインをした方が竹富島で道歩くオジィーを撮ったときの写真だそうだが当時95歳のオジィー。このCDがリリースされたときは、このオジィーが愚生かと皆思っていたらしく、本物見ると若いね~?といわれた時期があったが今は「うちなージンタ」の写真のようなステキなオジィーになるように長生きして現役で唄が歌える元気長寿でありたいと願うものだが・・・ でも無理でしょうね~
この長寿の原則として良く唱えられるのは「動、食、心、環」が揃えば誰でも100歳まで生き長らえるそうです。
動(体を動かす、働く)食(自分あった食べ物に気を配る)心(ストレスをためずおおらかに)環(自然環境、家庭環境の整ったところ)これを四貫すればのことだが、信州・長野県がこれを早くから取り組み功を奏している。とうとう男性の長寿は沖縄を抜いて1位にまで踊りでた。
沖縄はここで「長寿ブランド」が消えると心配したのでは沖縄の「心」のテーゲー精神が失う。そこで愚生が思うには、ようやく本土(信州も含めて)も沖縄に近づき、沖縄並みになったのだねぇ~と考えたほうがいいのではと思う。
沖縄県は15日の敬老の日から21日までの1週間を「敬老週間」とし、キャンペーンを展開しようと取り組んでいる。
琉歌によく歌われているかじまやぁ~(97歳)の歌詞に
♪七橋ゆ渡てぃ 74辻越ちゅてぃ
誠かじまやぁや 神ぬう祝
神の祝いといわれていた「かじまやぁ~」の祝いも近い将来かじまやぁ~の祝いをすることが珍しくない時代がくるかもしれない。

UPは愚生の「うちなージンタ」のCDジャケット写真である。
デザインをした方が竹富島で道歩くオジィーを撮ったときの写真だそうだが当時95歳のオジィー。このCDがリリースされたときは、このオジィーが愚生かと皆思っていたらしく、本物見ると若いね~?といわれた時期があったが今は「うちなージンタ」の写真のようなステキなオジィーになるように長生きして現役で唄が歌える元気長寿でありたいと願うものだが・・・ でも無理でしょうね~
この長寿の原則として良く唱えられるのは「動、食、心、環」が揃えば誰でも100歳まで生き長らえるそうです。
動(体を動かす、働く)食(自分あった食べ物に気を配る)心(ストレスをためずおおらかに)環(自然環境、家庭環境の整ったところ)これを四貫すればのことだが、信州・長野県がこれを早くから取り組み功を奏している。とうとう男性の長寿は沖縄を抜いて1位にまで踊りでた。
沖縄はここで「長寿ブランド」が消えると心配したのでは沖縄の「心」のテーゲー精神が失う。そこで愚生が思うには、ようやく本土(信州も含めて)も沖縄に近づき、沖縄並みになったのだねぇ~と考えたほうがいいのではと思う。
沖縄県は15日の敬老の日から21日までの1週間を「敬老週間」とし、キャンペーンを展開しようと取り組んでいる。
Posted by 大工哲弘 at
10:55
2005年09月19日
弥栄村
中国山地の中にある自然の恵まれた島根県弥栄村でライブをしてきました。
弥栄村は来月から浜田市と合併するので弥栄村という村名でするのは最後の記念するライブとなりました。

今回は全国から弥栄村に農林業研修の為移り住んでいる青年達も多く手伝ってくれてもらって青年達と中秋の名月を愛でいがら夜啼くいろんな虫の鳴き声を聴きながら夜明けまで広いガーデンで飲み明かした。
上UPの一軒屋は我々の宿で、屋嘉部との二人泊まるにしてはあまりにもひろすぎる。
管理人から鍵を預かって玄関開けると 大きな蛇が玄関にいた。つかもうとすると床下にもぐりこんでいった。急いで管理人を呼ぶと、アオダイショウだから大丈夫ですよ~山とつながっているから どうしようもないですね~って言うんですぅ
しかし 愚生の床下にアオダイショウであれなんであれ居るかと思うと気持ち悪いナァ~思いつつも 飲んで床に就いたときには アオダイショウ すっかり忘れていた。



メンバーの一人が家からトランペットを持ってきて夜中から吹いたり屋嘉部くんの笛のミニライブあり、
三線とトランペットのセッションありで面白かった。
朝から稲刈りがあると言ってたけれど 大丈夫でしたでしょうかね?

弥栄村の伝統芸能、五穀豊穣を祝う「田ばやし」の踊りはライブの前に駐車場とライブ会場で披露してもらった。

↑弥栄村から広島へ移動の途中石見町にある縄文村で昼食をとることにした。


縄文村のオーナー駅場さんとは9年前ここでライブして依頼9年ぶりで再会を祝し
昼からアリッ かんぱ~い!
縄文村は標高4000もあり石見町が一望できる景観の素晴らしいところだ

今回も色々とご面倒を見てくれた弥栄村ふるさと体験村の下岡夫婦

↑左・ふるさと弥栄振興公社の小池さん、屋嘉部、愚生、広島の柴田さん、レストランさんの山崎さん
縄文村を後に夜ライブする広島へと向かった。
広島で第一回「うちなー」ライブにも沢山の方々来ていただいてライブを盛り上げて貰いました。
ありがとうございました!!
濃い二日間でした
弥栄村は来月から浜田市と合併するので弥栄村という村名でするのは最後の記念するライブとなりました。

今回は全国から弥栄村に農林業研修の為移り住んでいる青年達も多く手伝ってくれてもらって青年達と中秋の名月を愛でいがら夜啼くいろんな虫の鳴き声を聴きながら夜明けまで広いガーデンで飲み明かした。
上UPの一軒屋は我々の宿で、屋嘉部との二人泊まるにしてはあまりにもひろすぎる。
管理人から鍵を預かって玄関開けると 大きな蛇が玄関にいた。つかもうとすると床下にもぐりこんでいった。急いで管理人を呼ぶと、アオダイショウだから大丈夫ですよ~山とつながっているから どうしようもないですね~って言うんですぅ
しかし 愚生の床下にアオダイショウであれなんであれ居るかと思うと気持ち悪いナァ~思いつつも 飲んで床に就いたときには アオダイショウ すっかり忘れていた。



メンバーの一人が家からトランペットを持ってきて夜中から吹いたり屋嘉部くんの笛のミニライブあり、
三線とトランペットのセッションありで面白かった。
朝から稲刈りがあると言ってたけれど 大丈夫でしたでしょうかね?

弥栄村の伝統芸能、五穀豊穣を祝う「田ばやし」の踊りはライブの前に駐車場とライブ会場で披露してもらった。

↑弥栄村から広島へ移動の途中石見町にある縄文村で昼食をとることにした。


縄文村のオーナー駅場さんとは9年前ここでライブして依頼9年ぶりで再会を祝し
昼からアリッ かんぱ~い!
縄文村は標高4000もあり石見町が一望できる景観の素晴らしいところだ

今回も色々とご面倒を見てくれた弥栄村ふるさと体験村の下岡夫婦

↑左・ふるさと弥栄振興公社の小池さん、屋嘉部、愚生、広島の柴田さん、レストランさんの山崎さん
縄文村を後に夜ライブする広島へと向かった。
広島で第一回「うちなー」ライブにも沢山の方々来ていただいてライブを盛り上げて貰いました。
ありがとうございました!!
濃い二日間でした
Posted by 大工哲弘 at
21:20
2005年09月16日
行ってみたい国
台風15号は先島を通過して中国でも荒れまくり多くの被害をだした。その前14号台風の爪跡も日本列島に残して、今年も自然災害の怖さを知らされた14、15号であった。(でもまだ15号だ、後7,8個は来襲すると思う)
しかし14号と同じ時期にアメリカ(ニューオーリンズ)に直撃した大型ハリケーンの膨大な被害の物凄さはTV報道を観て感じる、犠牲者も1千人近く、日を増すごとに増えている、歴史的な被害はなんと百年ぶりだという。
また居住登録されている邦人156名の行方も不明とニュースから聞いた。安否が気になるところだ。
なんと言ってもニューオーリンズといえば黒人ソウルを歌ったジャズの町、ルイ・アームストロングを生んだジャズゆかりの地でもある。音楽をやっている人だったら 否 そうでなくても一度は是非行ってみたい町のひとつであろう。
何度も訪れたことがある友人曰く、町全体が音楽で溢れストリートからライブハウスと町全体が音楽で染まる楽しい町だからゼッタイ行くべきと進められていた。
しかし 表社会と違って貧しい事件事故や略奪も多発する裏社会もあるという。今回ハリケーン被害の多くは貧しい人たちに牙をむき 云わば弱者をいじめたカトリーナ。町中が「貧すれば鈍する」状態である。
まだイラク増兵を決めているアメリカ「自分の国民が苦しんでいるのに・・・」
六カ国協議、自分の国は核を持っていて相手の国に造るな、持つな!とう理屈は通るのだろうか?地球も狂ってオカシイが、アメリカの常識もオカシク狂って感じるこの頃である。
ニューオーリンズは黒人が元々何もない所からジャズ音楽を作り新しい町を創造し繁栄させた町。そのときのパワーを呼び戻し、完全復興まで何年かかるかは分からないが、一日も早く町中にジャズが流れる時を祈りたい。
しかし14号と同じ時期にアメリカ(ニューオーリンズ)に直撃した大型ハリケーンの膨大な被害の物凄さはTV報道を観て感じる、犠牲者も1千人近く、日を増すごとに増えている、歴史的な被害はなんと百年ぶりだという。
また居住登録されている邦人156名の行方も不明とニュースから聞いた。安否が気になるところだ。
なんと言ってもニューオーリンズといえば黒人ソウルを歌ったジャズの町、ルイ・アームストロングを生んだジャズゆかりの地でもある。音楽をやっている人だったら 否 そうでなくても一度は是非行ってみたい町のひとつであろう。
何度も訪れたことがある友人曰く、町全体が音楽で溢れストリートからライブハウスと町全体が音楽で染まる楽しい町だからゼッタイ行くべきと進められていた。
しかし 表社会と違って貧しい事件事故や略奪も多発する裏社会もあるという。今回ハリケーン被害の多くは貧しい人たちに牙をむき 云わば弱者をいじめたカトリーナ。町中が「貧すれば鈍する」状態である。
まだイラク増兵を決めているアメリカ「自分の国民が苦しんでいるのに・・・」
六カ国協議、自分の国は核を持っていて相手の国に造るな、持つな!とう理屈は通るのだろうか?地球も狂ってオカシイが、アメリカの常識もオカシク狂って感じるこの頃である。
ニューオーリンズは黒人が元々何もない所からジャズ音楽を作り新しい町を創造し繁栄させた町。そのときのパワーを呼び戻し、完全復興まで何年かかるかは分からないが、一日も早く町中にジャズが流れる時を祈りたい。
Posted by 大工哲弘 at
01:22
2005年09月12日
鷲ぬ鳥考 4 最終回
♪綾羽ば生らしょうり、ビル羽ば産だしょうり
※ 鷲ぬ鳥ヨウニ ガユナ 鷲
8、「がゆーなー」か「かゆーな」か?
①カヨンー(通う)の連用形カヨイにナがついたもので
「鷲の鳥に通いな鷲に」説。
②「鷲の鳥のように雄大な働きを見せて呉れ」説。
③ある先生は「にがゆな」を「にがようーら」としてとらえ「大空をかけめぐる大鷲に願いを託そう」大胆な意訳、
しかし カヨ(ユ)-ラを鷲の鳥のように大自然を飛びたいと約してチンプンカンプな解しかたをしている。
★諸説あるこの囃子の意味は<鷲ぬ鳥考NO3>にも述べたように「鷲ヌ鳥 世願うゆな鷲」であって東の大空に飛翔していく鷲に将来の八重山を託している願望歌と訳したほうが本望ではないでしょうか?
9、鷲ぬ鳥の作者をめぐって?
①仲間サカイが与那国の神司であったなら与那国旅の航海安全と関係の無病息災を祈願するのが努めであるから「大大和ぬ島ん 舞いつけ」の発想は出てくるはずはない。
また 明和津波の予言をしたとか、きっと他者が勝手に仲間サカイを解釈したものではないか?
②本土の和歌やおもろそうしなどの影響も大いに受け、多くの人々の手直しもあって鷲ぬ鳥として進化させたのではないか?
★愚生もお年寄りから聞いた範囲では確かに神司であった仲間サカイの作詞であると聞いた。
(後 サカイの鷲ゆんたを1842年・大宜味信智が三線音楽に編曲する)
小浜、古見、新城島、宮良村の豊年祭のヨウに神事でありながら目出度い鷲ゆんた(節も)タブー化され
意味不明なので「はっきりさせたい」との気持ちで
蔵下さんも八重山毎日新聞に論考を寄稿されたのであろう。
しかしながら新聞論考を排読する範囲では いつものパターンだが書き手は啓蒙主義者のように先人達の論説や解説を揶揄しながら持論を正統化していく手順はあまり好きではない。
昔は何の資料もなく不便な時代、模索しながら先人達が聞き取り調査をして謠の解説集を作成し大変ご苦労なさったのだと考えると。当然のように後には誤論箇所も出てくる。
現代みたいな情報社会にあって 瞬時に調べられるインターネット、参考資料、何の不自由があろうか?
先人達の解説や論説がベースあってそれを踏み台にして今の参考書本があると言うことを忘れてはならないのである。
八重山を代表する島歌<鷲ぬ鳥節>はイマイチ意味が解らない。解説して欲しいと要望が多かったので愚生のコラムに掲載しましたが・・・ちょっとでも鷲ぬ鳥愛唱家の参考になれば幸いである。
でも まだまだ愚生の勉強不足で限られたコラムで詳しく説明し語りつくされない部分も 多々あるとは存じますが 機会があれば さらに鷲ヌ鳥を研究し紹介したいと思います。
<鷲の鳥節>
どこからともなく 大鷲が飛んできて 深山の中に聳え立つあのアコウ木の巨木に巣をつくり 七羽の雛をかえし 正月の黎明、元旦の朝ぼらけ大和の国へ 子鷲を従えて 飛び立った。
(伊波南哲評伝より)
※ 鷲ぬ鳥ヨウニ ガユナ 鷲
8、「がゆーなー」か「かゆーな」か?
①カヨンー(通う)の連用形カヨイにナがついたもので
「鷲の鳥に通いな鷲に」説。
②「鷲の鳥のように雄大な働きを見せて呉れ」説。
③ある先生は「にがゆな」を「にがようーら」としてとらえ「大空をかけめぐる大鷲に願いを託そう」大胆な意訳、
しかし カヨ(ユ)-ラを鷲の鳥のように大自然を飛びたいと約してチンプンカンプな解しかたをしている。
★諸説あるこの囃子の意味は<鷲ぬ鳥考NO3>にも述べたように「鷲ヌ鳥 世願うゆな鷲」であって東の大空に飛翔していく鷲に将来の八重山を託している願望歌と訳したほうが本望ではないでしょうか?
9、鷲ぬ鳥の作者をめぐって?
①仲間サカイが与那国の神司であったなら与那国旅の航海安全と関係の無病息災を祈願するのが努めであるから「大大和ぬ島ん 舞いつけ」の発想は出てくるはずはない。
また 明和津波の予言をしたとか、きっと他者が勝手に仲間サカイを解釈したものではないか?
②本土の和歌やおもろそうしなどの影響も大いに受け、多くの人々の手直しもあって鷲ぬ鳥として進化させたのではないか?
★愚生もお年寄りから聞いた範囲では確かに神司であった仲間サカイの作詞であると聞いた。
(後 サカイの鷲ゆんたを1842年・大宜味信智が三線音楽に編曲する)
小浜、古見、新城島、宮良村の豊年祭のヨウに神事でありながら目出度い鷲ゆんた(節も)タブー化され
意味不明なので「はっきりさせたい」との気持ちで
蔵下さんも八重山毎日新聞に論考を寄稿されたのであろう。
しかしながら新聞論考を排読する範囲では いつものパターンだが書き手は啓蒙主義者のように先人達の論説や解説を揶揄しながら持論を正統化していく手順はあまり好きではない。
昔は何の資料もなく不便な時代、模索しながら先人達が聞き取り調査をして謠の解説集を作成し大変ご苦労なさったのだと考えると。当然のように後には誤論箇所も出てくる。
現代みたいな情報社会にあって 瞬時に調べられるインターネット、参考資料、何の不自由があろうか?
先人達の解説や論説がベースあってそれを踏み台にして今の参考書本があると言うことを忘れてはならないのである。
八重山を代表する島歌<鷲ぬ鳥節>はイマイチ意味が解らない。解説して欲しいと要望が多かったので愚生のコラムに掲載しましたが・・・ちょっとでも鷲ぬ鳥愛唱家の参考になれば幸いである。
でも まだまだ愚生の勉強不足で限られたコラムで詳しく説明し語りつくされない部分も 多々あるとは存じますが 機会があれば さらに鷲ヌ鳥を研究し紹介したいと思います。
<鷲の鳥節>
どこからともなく 大鷲が飛んできて 深山の中に聳え立つあのアコウ木の巨木に巣をつくり 七羽の雛をかえし 正月の黎明、元旦の朝ぼらけ大和の国へ 子鷲を従えて 飛び立った。
(伊波南哲評伝より)
Posted by 大工哲弘 at
14:30
2005年09月10日
9月10日?
昨日 9月9日ゾロ目できり番は(緊急の日、クジラの日)だったそうで今日9月10日は(車点検の日・全国下水道促進デー、野外広告の日)だそうです。
しかし9・10は沖縄では「クトゥ・琴」の日と提唱し箏曲興陽会の役員が昨日は前夜祭と題して若狭の朝日ケ丘公園内にある琴の先達を祭った先師 顕彰灯碑の前で奉納演奏が行われた。
そして今日9月10日は6時からパレットくもじイベント広場で
「箏美らさ御万人と」と題して500名が参加され合同演奏される予定だが 生憎 台風15号の影響が心配されるが、雨天の場合は2階デッキで開催されるそうです。
箏は沖縄の伝統芸能楽器演奏には欠かせない重要な楽器である。今年から琉球民謡音楽協会のコンクールにも「箏」の部門も新しく築かれた。これから箏は単なる伴奏楽器ではなしに琴の独創曲や演奏家を育てる
意味でも箏曲部門は大事だと思う。
諺の中にも箏から来ている「琴瑟(きんしつ)相和す」「琴柱を膠(にかわ)す」と人生訓句も多くある。
それにしても毎日、毎日何の日?というのがあるのにはおどろく。そう言えば明日11日沖縄は旧暦8月8日にあたり(トーカチ)米寿を祝う日である。トーカチを迎えるオジィ、オバァの長寿を肖りたいものです
♪米(ゆに)ぬ寿ぬ 祝いぬ盃ぬ酌盛ゆし 子孫栄てぃ 百歳みしょーれ
♪米ぬ高坂ん安々と登てぃ 花ぬかじまやぁん 車当原(くるまとうばる)
♪いちん くぬ宿や 子孫揃るてぃ 代々ぬつみましゅる 米ぬまぢん
最近 登川誠仁(せぇぐぁ~)さんがテレビ、ラジオのコマーシャルで明日9・11衆議院選挙の投票を呼びかけている。
「みんな投票場にレッツゴーよ!!」と
せぇぐぁ~先輩に言われると投票しに行きたくなるのは不思議だ! 何でかねぇ~
これから益々高齢化社会を迎える。
オジィ、オバァが楽に生き住めるニッポンにする為にも
そして若者や中高年、将来 子や孫が
「すばらしい国」と言えるように let's goよ!!
しかし9・10は沖縄では「クトゥ・琴」の日と提唱し箏曲興陽会の役員が昨日は前夜祭と題して若狭の朝日ケ丘公園内にある琴の先達を祭った先師 顕彰灯碑の前で奉納演奏が行われた。
そして今日9月10日は6時からパレットくもじイベント広場で
「箏美らさ御万人と」と題して500名が参加され合同演奏される予定だが 生憎 台風15号の影響が心配されるが、雨天の場合は2階デッキで開催されるそうです。
箏は沖縄の伝統芸能楽器演奏には欠かせない重要な楽器である。今年から琉球民謡音楽協会のコンクールにも「箏」の部門も新しく築かれた。これから箏は単なる伴奏楽器ではなしに琴の独創曲や演奏家を育てる
意味でも箏曲部門は大事だと思う。
諺の中にも箏から来ている「琴瑟(きんしつ)相和す」「琴柱を膠(にかわ)す」と人生訓句も多くある。
それにしても毎日、毎日何の日?というのがあるのにはおどろく。そう言えば明日11日沖縄は旧暦8月8日にあたり(トーカチ)米寿を祝う日である。トーカチを迎えるオジィ、オバァの長寿を肖りたいものです
♪米(ゆに)ぬ寿ぬ 祝いぬ盃ぬ酌盛ゆし 子孫栄てぃ 百歳みしょーれ
♪米ぬ高坂ん安々と登てぃ 花ぬかじまやぁん 車当原(くるまとうばる)
♪いちん くぬ宿や 子孫揃るてぃ 代々ぬつみましゅる 米ぬまぢん
最近 登川誠仁(せぇぐぁ~)さんがテレビ、ラジオのコマーシャルで明日9・11衆議院選挙の投票を呼びかけている。
「みんな投票場にレッツゴーよ!!」と
せぇぐぁ~先輩に言われると投票しに行きたくなるのは不思議だ! 何でかねぇ~
これから益々高齢化社会を迎える。
オジィ、オバァが楽に生き住めるニッポンにする為にも
そして若者や中高年、将来 子や孫が
「すばらしい国」と言えるように let's goよ!!
Posted by 大工哲弘 at
14:16
2005年09月07日
歓送迎会
「初秋の頃 ますますご健勝のこととお喜びを申し上げます」。お決まりの挨拶文から始まるハガキが昨日届く・・・
N○K某放送局で36年勤め8月をもって退職したと同郷の先輩Sさんからの知らせである。
そういえば先月も福岡N○K某放送局の同級生O浜さん、大阪局のこれまた先輩のNさんと北からのいやり(便り)は秋風と共に退職の知らせを貰う度に寂しさを感じ「もう こんな歳なのか 時代なのか?」自分にも当てはめ考えさせられる。
でもミンナ退職後はその長い間培った技術やノウハウを生かして世の中や地域に寄与したいと心強い決意がどちらの挨拶にもあった。
単なるリタイヤではなしにチャージシューターになっていただくことを願っています。長い間お疲れさんでした!
お疲れといえば全国ネットの皆さんは芸能祭という大きなイベントに参加してまだ 昨日まで残っていた帯広のTさんが個人レッスンと夜は全体の教室に参加し稽古をした。その後は隣のアルテ喫茶室で半年間我が教室で勉強した札幌のMさんの送別会。「去るものが入れば 来るものもあり」で八重山の島歌を本格的に勉強しに沖縄に移り住み着いたM耶ちゃんの歓迎会とささやかに歓送迎会をやった。
どちらも各地で これから本格的にチャージをかけて欲しい若者達だけにチバッテくださることを願っています。
その会に悪乗りして愚生の結婚記念日(9・6)33年目を祝ってもらった。
みんな ありがとう!晩くまで付き合ってくれて
N○K某放送局で36年勤め8月をもって退職したと同郷の先輩Sさんからの知らせである。
そういえば先月も福岡N○K某放送局の同級生O浜さん、大阪局のこれまた先輩のNさんと北からのいやり(便り)は秋風と共に退職の知らせを貰う度に寂しさを感じ「もう こんな歳なのか 時代なのか?」自分にも当てはめ考えさせられる。
でもミンナ退職後はその長い間培った技術やノウハウを生かして世の中や地域に寄与したいと心強い決意がどちらの挨拶にもあった。
単なるリタイヤではなしにチャージシューターになっていただくことを願っています。長い間お疲れさんでした!
お疲れといえば全国ネットの皆さんは芸能祭という大きなイベントに参加してまだ 昨日まで残っていた帯広のTさんが個人レッスンと夜は全体の教室に参加し稽古をした。その後は隣のアルテ喫茶室で半年間我が教室で勉強した札幌のMさんの送別会。「去るものが入れば 来るものもあり」で八重山の島歌を本格的に勉強しに沖縄に移り住み着いたM耶ちゃんの歓迎会とささやかに歓送迎会をやった。
どちらも各地で これから本格的にチャージをかけて欲しい若者達だけにチバッテくださることを願っています。
その会に悪乗りして愚生の結婚記念日(9・6)33年目を祝ってもらった。
みんな ありがとう!晩くまで付き合ってくれて
Posted by 大工哲弘 at
11:44
2005年09月05日
糸満第1回とぅばらーま大会予選会
昨日(4日)糸満第一回とぅばらーま大会の予選会が糸満中央公民館で13:00~16:30まで
緊張感と和やか雰囲気で行われました。

当初申し込み者は20名越えれば良しと考えていたのが なんと最終締め切り8月31日まで46名と
なり、予選会をする運びになってしまい。本選枠も20名から24名と4名増やした。
↓予選会始まる前の出場者と応援団。

我が教室からはY嘉部、A馬、Mブリ、若狭からH拓実くんが出場し見事予選を通過しました。
また仕事の都合で予選会出場できなかった申し込み者はテープ審査され勤労ホーム(毛遊びクラブ)のY増くんも予選合格した。おめでとう!




拓実くん
予選会の審査は愚生と山里勇吉セェンセイ、八重山古典民謡保存会の比屋根孝子さんが勤めた。

予選会始まる前にルールを説明するセェンセイ
申し込み者の中で14歳の拓実くんが最年少と思っていたがなんと13歳の中学生(小渡Dスケ)が出てきた。
具志頭村出身、歌詞が「とぅばらーま歌し 平和の橋かきてぃ 肝の果報や 幾世までぃん」自然と会場から沢山の拍手があった。(Dスケくんは予選通過)今年は戦後60年の節目、子供達がとぅばらーまの節に載せて平和を願う意義はとっても大きい。そういえば糸満は沖縄戦では多くの犠牲者を出した激戦地なのだ。
そのとぅばらーま大会会場も平和記念館の向かい「ワイン農園」の野外ステージで行われる。
きっと24日の本大会では 平和の架け橋となるとぅばらーまであって欲しいと祈る。
しかし審査して22名は予選から落とさなくてはならない審査員はつらいものです。
思い思いの歌詞で自由に吐露し歌われるとぅばらーまは「いずすどぅ主」が生命力とされ その生命線に触れて頂き、落ちた方は懲りずに次回チャレンジされる事を願ってます。
とぅばらーま歌がこんな広がりをみせているかと思うと関係者として嬉しい限りである。
うたって良し、聞いて良し、語ってよしとされる名曲とぅばらーまはきっと幾世までも響ましてくれるであろう。
いまから 本選が楽しみである。
緊張感と和やか雰囲気で行われました。

当初申し込み者は20名越えれば良しと考えていたのが なんと最終締め切り8月31日まで46名と
なり、予選会をする運びになってしまい。本選枠も20名から24名と4名増やした。
↓予選会始まる前の出場者と応援団。

我が教室からはY嘉部、A馬、Mブリ、若狭からH拓実くんが出場し見事予選を通過しました。
また仕事の都合で予選会出場できなかった申し込み者はテープ審査され勤労ホーム(毛遊びクラブ)のY増くんも予選合格した。おめでとう!




拓実くん
予選会の審査は愚生と山里勇吉セェンセイ、八重山古典民謡保存会の比屋根孝子さんが勤めた。

予選会始まる前にルールを説明するセェンセイ
申し込み者の中で14歳の拓実くんが最年少と思っていたがなんと13歳の中学生(小渡Dスケ)が出てきた。具志頭村出身、歌詞が「とぅばらーま歌し 平和の橋かきてぃ 肝の果報や 幾世までぃん」自然と会場から沢山の拍手があった。(Dスケくんは予選通過)今年は戦後60年の節目、子供達がとぅばらーまの節に載せて平和を願う意義はとっても大きい。そういえば糸満は沖縄戦では多くの犠牲者を出した激戦地なのだ。
そのとぅばらーま大会会場も平和記念館の向かい「ワイン農園」の野外ステージで行われる。
きっと24日の本大会では 平和の架け橋となるとぅばらーまであって欲しいと祈る。
しかし審査して22名は予選から落とさなくてはならない審査員はつらいものです。
思い思いの歌詞で自由に吐露し歌われるとぅばらーまは「いずすどぅ主」が生命力とされ その生命線に触れて頂き、落ちた方は懲りずに次回チャレンジされる事を願ってます。
とぅばらーま歌がこんな広がりをみせているかと思うと関係者として嬉しい限りである。
うたって良し、聞いて良し、語ってよしとされる名曲とぅばらーまはきっと幾世までも響ましてくれるであろう。
いまから 本選が楽しみである。
Posted by 大工哲弘 at
13:59
2005年09月05日
表彰式と芸能祭


一昨日(3日)は琉球民謡音楽協会の第4回芸能祭とコンクールで見事合格された会員への
晴れての表彰式が芸能祭前に市民会館でありました。
今回からうた・三線部門以外に箏曲、笛の部もコンクール部門に加えられ見事大阪から小西、平口さんも表彰されました。おめでとう!!
本番前の様子↓





あれっ~UPはミンナ女ばっかりやんか? とお叱りを受けそうですが・・実はこのカメラは
大工教室のC鳥さんに預けて撮ってもらったのが結局 そんな感じになってしまいました。
舞台本番の写真は管理人のkuwaさんが交流板にてたくさUPされておりますので舞台裏を閲覧させてもらいました。
今年は沢山の県外大工ネットの皆さんも参加され主宰をはじめ関係者もとっても
よろこんでおられました。
また舞台出来も充実した内容だったと思います。
朝からリハーサル、表彰式、舞台発表、そして晩くまで打ち上げ&交流会と益々大工ネットの
契りを深めておりました。
台風14号の接近で帰れないのではと心配されていた県外のネットの皆さんは順調に帰れたでしょうか?
おつかれでした。
Posted by 大工哲弘 at
13:00




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