2005年11月30日
うちなージョッキー
今年最後の放送(2日・18:00~18:50)NHKfmラジオ「うちなージョッキー」番組の収録を昨日終えた。
恒例になった最後の放送は「愚生の重大ニュース」と題して 今年を振り返り思い出に残ったライブや活動を紹介するという内容
今年も色んな所で歌わせて貰いましたけど、文化庁主催「日韓友情年2005」コンセトに十月韓国で実施されたソリカギョ(歌橋)~パンソリと沖縄民謡のコンサートが一番印象に残っている。で あの時の感動を もう一度と言う事でコンサートのライブの模様を編集して届けた。
①愚生のハングル語での挨拶
②「つんだら節」
③「富崎野ぬ牛なーまー」
韓国歌手・趙珠仙(チョジュソン)さんの口音(くーうん)と声だけのコラボレーション。
④斎州島(チェジュ)の子守唄と八重山地方の昼の子守唄。
⑤「てぃんさぐぬ花」
玄琴(コムンゴ)鉄玄琴(チェリョング)も加わり音的に厚みのあるてぃんさぐぬ花になった。また韓国にもてぃんさぐぬ花(ポンスンア)があり花を爪に染める習慣があるそうです。韓国で日本語学校の先生をしている八重山の後輩上間さんから教えてもらいました。
⑥「安里屋ゆんた」
会場とステージが一体になりハヤシの掛け声・手拍子もありでライブ盤の雰囲気が伝わる。
⑦「アリラン」 (出演者全員演奏)河合隼雄文化庁長官もフルートで参加。
音楽はすべて越境する!!エンディングは涙グルグル~感動しました。
日韓友情年として両国にふさわしい意義あるコンサートとなったと思います。
また 他にも重大ニュースに来年春の選抜に八重山商工の甲子園出場決定の喜びと愚生に初孫の誕生でオジィちゃんになった初めての喜びをも挙げた。
恒例になった最後の放送は「愚生の重大ニュース」と題して 今年を振り返り思い出に残ったライブや活動を紹介するという内容
今年も色んな所で歌わせて貰いましたけど、文化庁主催「日韓友情年2005」コンセトに十月韓国で実施されたソリカギョ(歌橋)~パンソリと沖縄民謡のコンサートが一番印象に残っている。で あの時の感動を もう一度と言う事でコンサートのライブの模様を編集して届けた。
①愚生のハングル語での挨拶
②「つんだら節」
③「富崎野ぬ牛なーまー」
韓国歌手・趙珠仙(チョジュソン)さんの口音(くーうん)と声だけのコラボレーション。
④斎州島(チェジュ)の子守唄と八重山地方の昼の子守唄。
⑤「てぃんさぐぬ花」
玄琴(コムンゴ)鉄玄琴(チェリョング)も加わり音的に厚みのあるてぃんさぐぬ花になった。また韓国にもてぃんさぐぬ花(ポンスンア)があり花を爪に染める習慣があるそうです。韓国で日本語学校の先生をしている八重山の後輩上間さんから教えてもらいました。
⑥「安里屋ゆんた」
会場とステージが一体になりハヤシの掛け声・手拍子もありでライブ盤の雰囲気が伝わる。
⑦「アリラン」 (出演者全員演奏)河合隼雄文化庁長官もフルートで参加。
音楽はすべて越境する!!エンディングは涙グルグル~感動しました。
日韓友情年として両国にふさわしい意義あるコンサートとなったと思います。
また 他にも重大ニュースに来年春の選抜に八重山商工の甲子園出場決定の喜びと愚生に初孫の誕生でオジィちゃんになった初めての喜びをも挙げた。
Posted by 大工哲弘 at
05:29
2005年11月27日
個人レッスン
愚生が師匠から歌を習っているころは録音機などというのはなかった。(世に出ていたと思うが買う金もなかった)
短い稽古時間に師匠の声と節回しをヒタスラ復声をしようと懸命だった。
しかし最近は録音(レコーダー)機械の発達は目覚しい進歩だ。
オープンリール式からカセット、DAT、CD、MD,はたまたデジタルレコーダー・HDDレコーダーと開発され日進月歩で進化を遂げている。
歌を覚えるに遠隔であればある程便利な録音機械は活躍する。
イチ音とも聞き逃すまいと録音された歌音に縋りつきネット諸君はすごく勉強熱心だ。
今年も実施された各地区特別出張稽古の際でも愚匠の歌を記録しようと多種な録音機はフル回転する。
どうしても大勢の出張総合稽古では細かい箇所は勉強できないということで 態々沖縄に足を運んで個人レッスンを授けにくる情熱的なネットのメンバーが今年から増えた。
大阪の○吉くん、○野、○○ねぇ、福岡の○木さん、青○くん、札幌の○橋さん、名古屋の○谷くん、東広島の○口さんや「ブカラス三線クラブ」・・・(漏れている方がいればゴメン)
昨日と今日(26・27日)大阪三線クラブの○野くんの3回目の個人レッスンがありました。
回を増す毎にいろんな意味で大きな成果がみられた。
当然といったら当然だが、テープレコーダや近代の録音機では教われない『面授・口訣』という奥義も授ける大切な師弟関係の空間が個人レッスンを通して生まれるからである。
レコーダが発達し時代と共に稽古の仕方や継がれ方に変遷はあるにしても面授によって歌から学ぶ肝心や歌門上は大切だと思う。(そこでは愚生の出張稽古も含む)
定着しつつある個人レッスン、来春早々大阪からの予約が4名ほど入った。
元気で迎えられるためにも愚生が 月並みの言葉ではあるが まず健康でいよう!
今年を回顧するには まだ早いが、振り返りながらつくづく思った。
短い稽古時間に師匠の声と節回しをヒタスラ復声をしようと懸命だった。
しかし最近は録音(レコーダー)機械の発達は目覚しい進歩だ。
オープンリール式からカセット、DAT、CD、MD,はたまたデジタルレコーダー・HDDレコーダーと開発され日進月歩で進化を遂げている。
歌を覚えるに遠隔であればある程便利な録音機械は活躍する。
イチ音とも聞き逃すまいと録音された歌音に縋りつきネット諸君はすごく勉強熱心だ。
今年も実施された各地区特別出張稽古の際でも愚匠の歌を記録しようと多種な録音機はフル回転する。
どうしても大勢の出張総合稽古では細かい箇所は勉強できないということで 態々沖縄に足を運んで個人レッスンを授けにくる情熱的なネットのメンバーが今年から増えた。
大阪の○吉くん、○野、○○ねぇ、福岡の○木さん、青○くん、札幌の○橋さん、名古屋の○谷くん、東広島の○口さんや「ブカラス三線クラブ」・・・(漏れている方がいればゴメン)
昨日と今日(26・27日)大阪三線クラブの○野くんの3回目の個人レッスンがありました。
回を増す毎にいろんな意味で大きな成果がみられた。
当然といったら当然だが、テープレコーダや近代の録音機では教われない『面授・口訣』という奥義も授ける大切な師弟関係の空間が個人レッスンを通して生まれるからである。
レコーダが発達し時代と共に稽古の仕方や継がれ方に変遷はあるにしても面授によって歌から学ぶ肝心や歌門上は大切だと思う。(そこでは愚生の出張稽古も含む)
定着しつつある個人レッスン、来春早々大阪からの予約が4名ほど入った。
元気で迎えられるためにも愚生が 月並みの言葉ではあるが まず健康でいよう!
今年を回顧するには まだ早いが、振り返りながらつくづく思った。
Posted by 大工哲弘 at
21:01
2005年11月25日
大田屋節
また ふるさと石垣の話題です。
八重山の新川村(我が村である)に大田屋節(うふだや~)という歌がある。
沖縄本島ではアレンジされ ♪ダイサナジャーとして親しまれエイサー曲でもよく使われているお馴染みの曲。「ダイ」とは緩んでいる「サナジャー」は褌のこと=今風に言うとルーズ褌
♪東方うすめー 藁サナジかきてぃ
目くす垂いかんてぃ 芋練(ゥンムニー)また前なち
イラーヨーダイサナジャー小 ヘイヨーシュラヨー
<東の方から老人が藁の褌をして目糞も垂らしながら芋団子を前にしているよ>
元歌の大田屋節は
新川村の大田家のカタカムリャ「醜男」が崎枝村のクヤーマー(乙女)に恋焦がれプロポーズをしに崎枝村まで通った(岳端道・ダキハズミツ)道行を歌ったうた。
♪岳端道ん我ん通いだる 網張(アンパル)道ん くり通いだる
<僕は岳端道も通ったよ~ アンパル道(この間ラムサール条約に登録された処)も通ったよ~>
今月帰省序に唐真叔父(母方)の農園に寄ってみると、大田屋節にでてくる「岳端道」が農園隣道にあったのは驚きであった。勉強不足でこんな近く(実家から約1,5k)に岳端道があるとは知りませんでした。

叔父曰く 万勢岳の端にあるので岳端道とその名が付けられたという、昔はこの旧ロードで名蔵村・崎枝村を越え川平村に通っていたという。
道中には名蔵川という橋のない大川や、網張澪や潮の引くのを待って干潟を悪戦苦闘して渡っていくカタカムリャの道行姿を想像するだけで昔の八重山の原風景が浮かばれる。
愚生も小学校の頃 同級生であり親戚でもある宮良勝弘(大阪在)の親父がアメリカのダージー車を改良して川平線を八重山で初めて有料往復運搬していたのを便乗させてもらったことがあるが名蔵大橋やアンパル大橋もない頃で 満潮時には渡れないので干潮になるのを待って実際干潟を車走らせていたのを覚えている。(運転席は潮のしぶきが入りでビショビショに濡れました)
「うちなージンタ」の川平線風景時代を思い出しながら岳端道を探訪した。
八重山の新川村(我が村である)に大田屋節(うふだや~)という歌がある。
沖縄本島ではアレンジされ ♪ダイサナジャーとして親しまれエイサー曲でもよく使われているお馴染みの曲。「ダイ」とは緩んでいる「サナジャー」は褌のこと=今風に言うとルーズ褌
♪東方うすめー 藁サナジかきてぃ
目くす垂いかんてぃ 芋練(ゥンムニー)また前なち
イラーヨーダイサナジャー小 ヘイヨーシュラヨー
<東の方から老人が藁の褌をして目糞も垂らしながら芋団子を前にしているよ>
元歌の大田屋節は
新川村の大田家のカタカムリャ「醜男」が崎枝村のクヤーマー(乙女)に恋焦がれプロポーズをしに崎枝村まで通った(岳端道・ダキハズミツ)道行を歌ったうた。
♪岳端道ん我ん通いだる 網張(アンパル)道ん くり通いだる
<僕は岳端道も通ったよ~ アンパル道(この間ラムサール条約に登録された処)も通ったよ~>
今月帰省序に唐真叔父(母方)の農園に寄ってみると、大田屋節にでてくる「岳端道」が農園隣道にあったのは驚きであった。勉強不足でこんな近く(実家から約1,5k)に岳端道があるとは知りませんでした。

叔父曰く 万勢岳の端にあるので岳端道とその名が付けられたという、昔はこの旧ロードで名蔵村・崎枝村を越え川平村に通っていたという。道中には名蔵川という橋のない大川や、網張澪や潮の引くのを待って干潟を悪戦苦闘して渡っていくカタカムリャの道行姿を想像するだけで昔の八重山の原風景が浮かばれる。
愚生も小学校の頃 同級生であり親戚でもある宮良勝弘(大阪在)の親父がアメリカのダージー車を改良して川平線を八重山で初めて有料往復運搬していたのを便乗させてもらったことがあるが名蔵大橋やアンパル大橋もない頃で 満潮時には渡れないので干潮になるのを待って実際干潟を車走らせていたのを覚えている。(運転席は潮のしぶきが入りでビショビショに濡れました)「うちなージンタ」の川平線風景時代を思い出しながら岳端道を探訪した。
Posted by 大工哲弘 at
01:45
2005年11月22日
クバ・蓑笠
先週所用があって石垣に帰っていた。
いつも元気な叔父が迎えてくれる、その名も元気な照屋玄さん

歳は80歳 今でも現役で毎日田や畑に出るというバリバリの現役畑人(あぎんちゅ・はるさー)である。
作物を作り育てて収穫をする その楽しみが心と体を動かし元気の元になっているそうです。
その叔父のもう一つの楽しみが八重山特産の「クバ笠」「蓑笠」を作って子や孫親戚に与え、その民具を通して つい一昔まで八重山の民百姓が実際田や畑に使っていたことを伝え、また先人たちの見事な生活の知恵を伝道したい思いで毎日手が空いたら、仕事小屋にこもり作っているという。
頭が下がります
愚生も土産に蓑とくば笠をいただいた。


沖縄の歌の中にも多くクバ笠や蓑は多く出てくる
♪「芋ぬ時代」クバ笠かんとーてぃ夏ぬ日ん・・・
♪「クバぬ葉ゆいうた」風ぬすぶ夜やクバぬ葉ぬどぅフルフルすんど・・・
♪「麦ぐるクバーサー」むんぐるクバーサーや羨みしむぬ・・・
♪「真南風乙」親ぬ居(お)れるか~コウのある笠(立派なクバ笠)ん被びみるんさ・・・
♪「祖慶漢那節」汝がムンジュル笠小や張いようぬ悪っさぬ 我んクバ笠小買うみそうれ・・・
♪「崎山節」天ぬ雨ゆまぬ粒やりばどぅ 笠ば取り蓑ばきしぱんさり
<天から降る粒雨であれば 笠や蓑笠をつけて防げる、しかし首里王のお察しは防げない・・・>
と沖縄や八重山の歌にはフンダンに登場するクバ笠と蓑
「蓑」は雨よけ用と日よけ用があってクバ笠も蓑の材料もすべてオモト岳(沖縄一高い山)にしかなくそのオモト山に登って取ってくるのが大変な苦労だそうです。



雨蓑の編方は鳥の羽に真似て作られているそうだ。
日よけ用は また通気がよく涼しく 仕事がはかどるよう巧妙に作られている。
愚生がまだ田や畑で親父の手伝いをしている頃まで実際愛用されていた民具だ。
最近は八重山でもクバ笠や蓑笠を作る人も減少していて将来が危ぶまれているという。
愚生の身近に元気な玄叔父さんが元気な内に是非そのクバ笠、蓑の作りを伝授したと思いました。
いつも元気な叔父が迎えてくれる、その名も元気な照屋玄さん

歳は80歳 今でも現役で毎日田や畑に出るというバリバリの現役畑人(あぎんちゅ・はるさー)である。
作物を作り育てて収穫をする その楽しみが心と体を動かし元気の元になっているそうです。
その叔父のもう一つの楽しみが八重山特産の「クバ笠」「蓑笠」を作って子や孫親戚に与え、その民具を通して つい一昔まで八重山の民百姓が実際田や畑に使っていたことを伝え、また先人たちの見事な生活の知恵を伝道したい思いで毎日手が空いたら、仕事小屋にこもり作っているという。
頭が下がります
愚生も土産に蓑とくば笠をいただいた。


沖縄の歌の中にも多くクバ笠や蓑は多く出てくる
♪「芋ぬ時代」クバ笠かんとーてぃ夏ぬ日ん・・・
♪「クバぬ葉ゆいうた」風ぬすぶ夜やクバぬ葉ぬどぅフルフルすんど・・・
♪「麦ぐるクバーサー」むんぐるクバーサーや羨みしむぬ・・・
♪「真南風乙」親ぬ居(お)れるか~コウのある笠(立派なクバ笠)ん被びみるんさ・・・
♪「祖慶漢那節」汝がムンジュル笠小や張いようぬ悪っさぬ 我んクバ笠小買うみそうれ・・・
♪「崎山節」天ぬ雨ゆまぬ粒やりばどぅ 笠ば取り蓑ばきしぱんさり
<天から降る粒雨であれば 笠や蓑笠をつけて防げる、しかし首里王のお察しは防げない・・・>
と沖縄や八重山の歌にはフンダンに登場するクバ笠と蓑「蓑」は雨よけ用と日よけ用があってクバ笠も蓑の材料もすべてオモト岳(沖縄一高い山)にしかなくそのオモト山に登って取ってくるのが大変な苦労だそうです。



雨蓑の編方は鳥の羽に真似て作られているそうだ。
日よけ用は また通気がよく涼しく 仕事がはかどるよう巧妙に作られている。
愚生がまだ田や畑で親父の手伝いをしている頃まで実際愛用されていた民具だ。
最近は八重山でもクバ笠や蓑笠を作る人も減少していて将来が危ぶまれているという。

愚生の身近に元気な玄叔父さんが元気な内に是非そのクバ笠、蓑の作りを伝授したと思いました。
Posted by 大工哲弘 at
11:20
2005年11月19日
お土産
モハメッド・ブリ君が2週間ブリにチュニジアから帰って来た。
「テクノロジーのチュニジアと日本文化セミナー」がチュニジアで開催されブリ君も特別参加し「能への誘い」と題して講演、最後は「安里屋ゆんた」「てぃんさぐぬ花」「なりやまあやぐ」歌って会場を和やかにしたそうだ。
その活躍ブリはもう立派な沖縄文化大使だね。
前回のチュニジアの帰国お土産は水煙草(ウォーターシガレット)を持ってきてくれたが、
今回は どんな土産を持ってくるのだろう~期待していたら
なんと! 三線をもって来てくれた。
これが また型や組み合わせや音もしっかりしていて
ナカナカいい 沖縄の下手な三線屋で買う三線よりずっといいです。
彼が滞在中にチュニジアの楽器屋さんに御願いして地元の材料を使い特別に製作させて貰ったそうだ。
弦はチュニジア楽器のウード弦を使い、棹は地元の木なのだけど、木の名前は分らないそうです(木の硬さもなかなかいいです)
ティーガ~(手掛け・胴のカバー)も地元の刺繍で綺麗です。

さて問題は胴の張り皮ですが?
実は魚の皮だそうだ。「どんな魚だったの?」名前が分らないので
黒板に図を書いてもらった。

以前 大工ネット交流板で東京のえり姐が沖縄は昔アバサー(針千本)の皮で三線を張っていたという証言を聞いての質問があったが、答えようと三線屋にいろいろ聞いてみたが、実証は得られなかった。
絵図からしてエイの仲間でしょうね?
チュニジアでも魚の皮で張れるのだから、キット沖縄にもあったものだと期待が持てた。これからも粘り強く聞いてみよう。
最近沖縄三線は以前からフイリッピンや東南アジアから製作輸入していますが、コストがあえばこれから十分チュニジアということも考えられると思った。
ブリは明日第9回芸能チャリティー公演(那覇市民会館大ホール・昼の出演)チュニジア三線でトゥバラーマ・デンサー節を歌います。
「テクノロジーのチュニジアと日本文化セミナー」がチュニジアで開催されブリ君も特別参加し「能への誘い」と題して講演、最後は「安里屋ゆんた」「てぃんさぐぬ花」「なりやまあやぐ」歌って会場を和やかにしたそうだ。
その活躍ブリはもう立派な沖縄文化大使だね。
前回のチュニジアの帰国お土産は水煙草(ウォーターシガレット)を持ってきてくれたが、
今回は どんな土産を持ってくるのだろう~期待していたら
なんと! 三線をもって来てくれた。
これが また型や組み合わせや音もしっかりしていてナカナカいい 沖縄の下手な三線屋で買う三線よりずっといいです。
彼が滞在中にチュニジアの楽器屋さんに御願いして地元の材料を使い特別に製作させて貰ったそうだ。
弦はチュニジア楽器のウード弦を使い、棹は地元の木なのだけど、木の名前は分らないそうです(木の硬さもなかなかいいです)
ティーガ~(手掛け・胴のカバー)も地元の刺繍で綺麗です。

さて問題は胴の張り皮ですが?
実は魚の皮だそうだ。「どんな魚だったの?」名前が分らないので
黒板に図を書いてもらった。

以前 大工ネット交流板で東京のえり姐が沖縄は昔アバサー(針千本)の皮で三線を張っていたという証言を聞いての質問があったが、答えようと三線屋にいろいろ聞いてみたが、実証は得られなかった。
絵図からしてエイの仲間でしょうね?
チュニジアでも魚の皮で張れるのだから、キット沖縄にもあったものだと期待が持てた。これからも粘り強く聞いてみよう。最近沖縄三線は以前からフイリッピンや東南アジアから製作輸入していますが、コストがあえばこれから十分チュニジアということも考えられると思った。
ブリは明日第9回芸能チャリティー公演(那覇市民会館大ホール・昼の出演)チュニジア三線でトゥバラーマ・デンサー節を歌います。
Posted by 大工哲弘 at
18:34
2005年11月17日
本気
辞書で「気」という字を引いてみると
万物が生ずる根源。天地正大、天地間を満たし、宇宙を構成する基本と考えられるもの、また その動き。と説明されている。
「气」のなかに「米」が入っているのは旧字体の「氣」 米を入れることにより人を養うエネルギーと解釈される人もいるという。
「?」を入れた「気」では封じ込めるということであまり好まない人もいる。
まぁ 日本人は縁起を大事にする慣習があるので考え方はそれぞれではある。しかし「気」を繋げた言葉が多いのに気づく。
気があう、気が改まる、気がある、気が多い、気が重い、気が進まない、気が済む、気がひく、気がつよい、気が長い、気が早い・・・・あぁ~もうスペースがない。
ここでは ディキヤーフゥーナー(物事を分ったふり)の話をしようとは思っていなく
我が大工ネットの出張特別教室を今年も実施してきたが(札幌を除く)先週の大阪三線教室を最後に今年のスケジュールは終了した。
云わば 大工ネット出張感想報告だ!
特別に「何処がどうだ・誰がどうだ!」と言うレベルでは無しに、早くからコンクールや個人レッスンを取り組んできたお陰か?
またリーダー的存在の指導者も育ち グイグイとサークルを引っ張っている活動結果の現われが全体や個人のレベル向上に結びつけているものだと思った。
一人一人島歌を学ぶ入り口は違っていたとは思うが、必然的というか 結果的には伝統的な島歌音楽にドゥプリのめり込んで入ったケースが多いようだ。
その切っ掛けよりプロセスが大事なのである。最近ネット各自の取り組みかたや考え方が以前とは違って段々『本気』でやる気を起こしているように見えた。
その本気のエネルギーが人と人を養い、唱(うた)という架空な夢を追い「元気」を生み出しているような「氣」もする。
愚生流(じぶんりゅう)に先人達が天地正大の間の中から苦労して生み出した八重山の歌たちは妙(たえ)ることなく歌い継がれているメロディーは「風は天の呼吸である」同様 八重山歌体は自然の息吹と万物を歌った内容が多く「元気」が入り込む「うた」という魔物に取り付かれる理由が其処にあるかも知れない。
その「気」を興し「元気・元氣」でいつまでも 何時までも悠久なる島歌をネットの皆さんと共有して行きたいと今年の出張稽古を振り返って「本気」で思うようになった。
万物が生ずる根源。天地正大、天地間を満たし、宇宙を構成する基本と考えられるもの、また その動き。と説明されている。
「气」のなかに「米」が入っているのは旧字体の「氣」 米を入れることにより人を養うエネルギーと解釈される人もいるという。
「?」を入れた「気」では封じ込めるということであまり好まない人もいる。
まぁ 日本人は縁起を大事にする慣習があるので考え方はそれぞれではある。しかし「気」を繋げた言葉が多いのに気づく。
気があう、気が改まる、気がある、気が多い、気が重い、気が進まない、気が済む、気がひく、気がつよい、気が長い、気が早い・・・・あぁ~もうスペースがない。
ここでは ディキヤーフゥーナー(物事を分ったふり)の話をしようとは思っていなく
我が大工ネットの出張特別教室を今年も実施してきたが(札幌を除く)先週の大阪三線教室を最後に今年のスケジュールは終了した。
云わば 大工ネット出張感想報告だ!
特別に「何処がどうだ・誰がどうだ!」と言うレベルでは無しに、早くからコンクールや個人レッスンを取り組んできたお陰か?
またリーダー的存在の指導者も育ち グイグイとサークルを引っ張っている活動結果の現われが全体や個人のレベル向上に結びつけているものだと思った。
一人一人島歌を学ぶ入り口は違っていたとは思うが、必然的というか 結果的には伝統的な島歌音楽にドゥプリのめり込んで入ったケースが多いようだ。
その切っ掛けよりプロセスが大事なのである。最近ネット各自の取り組みかたや考え方が以前とは違って段々『本気』でやる気を起こしているように見えた。
その本気のエネルギーが人と人を養い、唱(うた)という架空な夢を追い「元気」を生み出しているような「氣」もする。
愚生流(じぶんりゅう)に先人達が天地正大の間の中から苦労して生み出した八重山の歌たちは妙(たえ)ることなく歌い継がれているメロディーは「風は天の呼吸である」同様 八重山歌体は自然の息吹と万物を歌った内容が多く「元気」が入り込む「うた」という魔物に取り付かれる理由が其処にあるかも知れない。
その「気」を興し「元気・元氣」でいつまでも 何時までも悠久なる島歌をネットの皆さんと共有して行きたいと今年の出張稽古を振り返って「本気」で思うようになった。
Posted by 大工哲弘 at
00:53
2005年11月15日
同姓
先々週 東京やいま歌会の出張稽古のとき神田で宿を取ってもらった。これは二次会が神田界隈なので愚生へ便宜を図っての場所である。
翌朝 ホテルから近くにある神田駅まで歩いていると途中この看板に目がついた。


元々奉公していた職人・大工さんが多く住んでいたので[大工町]に命名されたという由来の看板であった。思わずパチリ!
昨年 茨城に行ったときも同じような大工町の看板をみた。
幼少の頃までこの妙な大工姓は八重山にしかないものだと当然のように思っていた、が しかし全国を回ってみて大工と名がつく町や姓が以外にあるもんだと自身と誇りがついた。

そして おととい(12日)大阪泉佐野で決定的な同姓を見つけた。

前にべっちのブログで「大工食堂」の紹介をされていた。

沖縄の食堂では普通 チャンプルー系を注文するとご飯、味噌汁はセットで付いてくるが大阪では単品なので 御飯と味噌汁は別に注文するようにと、ちかねぇとべっちさんに教えてもらった。
野菜炒め組み合わせは懐かしいお袋の味がした。
大工さんのティーアンダ(あったかい心の味といおうか・年数の入った味)が沢山こめられていてまこと(店主名)の味でした。

帰る前に店主にご挨拶をすると 厨房から飛んできて逆に丁寧にご挨拶を戴いた。
「昔はよく大工という名は恥ずかしく コンプレックスがあった」「でも人様に一度聞いただけで覚えられる名前」という話もお母さんから伺えた。どうも共通の悩みと喜びをもっていたようだ。
これからも大工の先祖に恥じないようがんばっていきましょうね~!!
まことさん 沖縄に来る機会があるときは是非ご一報ください 大工一門そろって歓迎しますよ。
大工食堂で美味しく腹ごしらえした後 大阪三線教室へと向かった。
べっちさん 大工食堂につれていってもらってありがとう!
Posted by 大工哲弘 at
00:51
2005年11月10日
ヨロンと与論
与論(ヨロン)島に「ヨロン今昔」という情報誌がある事を
知ったのは我が教室の○田くんから貰ってからである。
その情報誌に与論島歌CDが付録として付いている。
歌は高田英光さん、声からして60歳の半ばと聞こえるが・・・
素朴ですごくいい
1、デンサー節
2、ニゾヨイカナヨイ
3、イヨーヨーサー
デンサー節はご存知八重山の歌であるが、完全にヨロン風デンサーになっているのが面白い。
♪デンサー節なれんち 大宮 通ゆてぃ はいた打つ転げてぃ膝わいきょうち デンサースーリーデンサー
<デンサー節習うために 大宮通って間違えて転び膝を怪我してしまった。
♪忘れたんちん うとぅじゃ ヤバナ嫁なるな
大宮ぬバンタ 登いぬちゅらさ
<忘れても友よ 上の集落に嫁に行くなよ 大宮の坂道は登るのきついよ>
大宮の坂道は登っても良いですよ 想う人さえ 縁があってからは・・・と最後は人の縁を大切にしようという内容ですが。
ニゾヨイカナヨイも宮古のクイチャ~に似ている
イョーヨーサーは沖永良部の子守唄に似ている
それからすると昔の島人たちの方が盛んに文化交流をされていたのだなぁ~と実証される島々の歌である。
先日ヨロン今昔の社長に会うことができた。社長と言ってもすべて一人で編纂している、いわば
ワンマン編集長兼社長という元気なオキさんは来年早々自分の子供出産相談の為奥さんと共の来沖だった。
まだ若干22歳という若い典型的ヨロン青年である
伝統芸能の継承や島が観光の島としての将来性等等
いろいろ話を伺えてうれしかった。
沖縄本島最北端の岬、辺戸岬からは晴れた日に与論島が見えて近い島なのに意外と交流がないのは不思議である。
これからどんどん交流をしなくては思い年2回発行の情報誌「ヨロン今昔」を購買することにした。
今回 沖くんとヨロン献奉(けんぽう)が出来なかったのは残念だったけど 次会は是非5献奉したいと思っている。トートゥガナシ ありがとう!!
知ったのは我が教室の○田くんから貰ってからである。
その情報誌に与論島歌CDが付録として付いている。歌は高田英光さん、声からして60歳の半ばと聞こえるが・・・
素朴ですごくいい
1、デンサー節
2、ニゾヨイカナヨイ
3、イヨーヨーサー
デンサー節はご存知八重山の歌であるが、完全にヨロン風デンサーになっているのが面白い。
♪デンサー節なれんち 大宮 通ゆてぃ はいた打つ転げてぃ膝わいきょうち デンサースーリーデンサー
<デンサー節習うために 大宮通って間違えて転び膝を怪我してしまった。
♪忘れたんちん うとぅじゃ ヤバナ嫁なるな
大宮ぬバンタ 登いぬちゅらさ
<忘れても友よ 上の集落に嫁に行くなよ 大宮の坂道は登るのきついよ>
大宮の坂道は登っても良いですよ 想う人さえ 縁があってからは・・・と最後は人の縁を大切にしようという内容ですが。
ニゾヨイカナヨイも宮古のクイチャ~に似ている
イョーヨーサーは沖永良部の子守唄に似ている
それからすると昔の島人たちの方が盛んに文化交流をされていたのだなぁ~と実証される島々の歌である。
先日ヨロン今昔の社長に会うことができた。社長と言ってもすべて一人で編纂している、いわば
ワンマン編集長兼社長という元気なオキさんは来年早々自分の子供出産相談の為奥さんと共の来沖だった。
まだ若干22歳という若い典型的ヨロン青年である
伝統芸能の継承や島が観光の島としての将来性等等
いろいろ話を伺えてうれしかった。
沖縄本島最北端の岬、辺戸岬からは晴れた日に与論島が見えて近い島なのに意外と交流がないのは不思議である。
これからどんどん交流をしなくては思い年2回発行の情報誌「ヨロン今昔」を購買することにした。
今回 沖くんとヨロン献奉(けんぽう)が出来なかったのは残念だったけど 次会は是非5献奉したいと思っている。トートゥガナシ ありがとう!!
Posted by 大工哲弘 at
16:55
2005年11月09日
続く嬉しい知らせ
今日札幌しま歌会のMキヨシから 札幌は15年振り遅い初雪が降りました。とメールが届いた。
ギョッ! 沖縄はまだまだクーラー無しでは生活が出来ない状態なのに北と南の温度差を感じる時季とは知っていても、マスコミ報道で知るより知人が知らせてくる情報は暖かく心に響いて嬉しい。
暖かいビッグニュースといえば先日来春の選抜出場を決めた八重山商工校の快挙に告ぐ嬉しい知らせがもう一つ今朝の各新聞が告げた。
そのニュースというのは国際的に重要な湿地の保全を目的とするラムサール条約第9回締約国会議(COP9)がアフリカ・ウガンダで8日開幕し新たに慶良間諸島海域と名蔵アンパル(石垣市)を含む20ケ所の国内湿地が新たにラムサール条約に登録されたそうだ。
アンパルと言えば「♪網張ぬ目高蟹ま~ゆんた」を思いだす。
♪網張ぬミダガーマでんどー
潮や干しゃ下ぬ家かい
下ぬ家や瓦葺でんどー
潮ぬ満ちゃ上ぬ家かい
上ぬ家や茅葺でんどー
八重山の生活風情をアンパルの湿地帯に生息する蟹たちの行動生態が人間の行動とオーバーラップさせている内容は学術的にも貴重なゆんたとして注目されている。
愚生も幼い頃旧暦3月3日(サニズ)には父母に名蔵アンパル湿地帯に連れて行かれバーキのミー(沢山)貝類を捕って自然を楽しんだ処だ。
日本の最南端の湿地帯アンパルとサンゴの美しい座間味・渡嘉敷諸島海域は登録により観光並びに保全と次世代へ伝える立派な島の宝になるであろうと期待している。
出来うるならば 今 日米軍の再編成で揺れに揺れている普天間飛行場移設地の辺野古海域もラムサールに登録してもらいたかったなぁ~
これからも安々とジュゴンが住める自然環境保全を育み新たな基地を作らさない為にも・・・
いま沖縄に額賀防衛庁長官が米軍再編成中間報告を受け就任後辺野古沿岸案に理解を求めるよう
地元市町村と協議しに来県しているが政府と沖縄の考え方にはあまりにも“温度差”がありすぎる。
いつの世になったら基地関係の暖かい嬉しい知らせがくるのだろうか
ギョッ! 沖縄はまだまだクーラー無しでは生活が出来ない状態なのに北と南の温度差を感じる時季とは知っていても、マスコミ報道で知るより知人が知らせてくる情報は暖かく心に響いて嬉しい。
暖かいビッグニュースといえば先日来春の選抜出場を決めた八重山商工校の快挙に告ぐ嬉しい知らせがもう一つ今朝の各新聞が告げた。
そのニュースというのは国際的に重要な湿地の保全を目的とするラムサール条約第9回締約国会議(COP9)がアフリカ・ウガンダで8日開幕し新たに慶良間諸島海域と名蔵アンパル(石垣市)を含む20ケ所の国内湿地が新たにラムサール条約に登録されたそうだ。
アンパルと言えば「♪網張ぬ目高蟹ま~ゆんた」を思いだす。
♪網張ぬミダガーマでんどー
潮や干しゃ下ぬ家かい
下ぬ家や瓦葺でんどー
潮ぬ満ちゃ上ぬ家かい
上ぬ家や茅葺でんどー
八重山の生活風情をアンパルの湿地帯に生息する蟹たちの行動生態が人間の行動とオーバーラップさせている内容は学術的にも貴重なゆんたとして注目されている。
愚生も幼い頃旧暦3月3日(サニズ)には父母に名蔵アンパル湿地帯に連れて行かれバーキのミー(沢山)貝類を捕って自然を楽しんだ処だ。
日本の最南端の湿地帯アンパルとサンゴの美しい座間味・渡嘉敷諸島海域は登録により観光並びに保全と次世代へ伝える立派な島の宝になるであろうと期待している。
出来うるならば 今 日米軍の再編成で揺れに揺れている普天間飛行場移設地の辺野古海域もラムサールに登録してもらいたかったなぁ~
これからも安々とジュゴンが住める自然環境保全を育み新たな基地を作らさない為にも・・・
いま沖縄に額賀防衛庁長官が米軍再編成中間報告を受け就任後辺野古沿岸案に理解を求めるよう
地元市町村と協議しに来県しているが政府と沖縄の考え方にはあまりにも“温度差”がありすぎる。
いつの世になったら基地関係の暖かい嬉しい知らせがくるのだろうか
Posted by 大工哲弘 at
16:36
2005年11月07日
東京稽古
東京での出張稽古は約一ヵ年振りである。
場所は芝にある増上寺という大きなお寺の研修室を貸しきっての三線教室、
芝といえば目の前が東京タワーが聳え立っている地方からくる観光の名所である。
さて 教室での曲順は
【斉・合唱】
1、赤馬節・しゅーら節
2、鶴亀節・橋ゆば
3、くいぬぱな
4、蔵ぬ花節
5、前ぬ渡
6、上原ぬ島節
7、でんさー節
8、ゆんたしょーら
9、むんぐるくばーさ
10、つんだら節・久場山越路節
【独唱:個人レッスン】
11、つんだら節
12、月夜浜・船越節
13、崎山節
14、古見ぬ浦
15、安里屋節
16、小浜節
17、仲筋ぬヌベーマー
18、月ぬ真昼間節
19、与那国ションカネ~
20、弥勒節・やーらーよー
こんなスケジュールであった。
肝心(かんじん)ないわいくんの「越城節」の独唱が時間がなく聞けなかったのが残念であった。
愚生の批評にみんな関心を寄せていましたが・・・
いわいくんが交流板で述べているように「発音」「強弱」「発声」が細かい節回しに捕らえすぎて弱いように思えた。
どうしても発声は都会故に 間借りの部屋で大声が出せないというハンディがあってか?
腹の底から声が出ていない それが原因で小さい歌にまとまっているように思えた。
大きな声を出す練習方法を考える必要があるのではないか?
来年は ネット合宿を企てて何処かで「発声法キャンプ」実施したいですね
また 稽古の曲順を見ていると 八重山の難曲といわれる2揚りが多い。
そこで問題になるのが初心者にはどうしても 取っ付きにくい歌ばかりだ、言葉のハンディ、声の出しかた、リズムのとり方、それぞれとは思いますが 全員がバランスよく学べるにはコンクール中心の課題曲は重すぎるような選曲だとは思いますが・・・
いわいくん曰く 各個人に好きな曲を申し出るように云うと どうしても八重山の二揚がりの歌になるという。
それと難しい歌を早くから手がけるとういう視点はベターという考えだ。
全国にいま沖縄の民謡が氾濫している中でコアな八重山のニ揚りを好む傾向性を考えると古い愚生は正直いってまったく嬉しい限りである。
しかし古典音楽を学ぶ諺に「ニ揚までぃ!」という言い伝えがあります。
<情緒あるニ揚り節(干瀬節、子持、散山、仲風、述懐節)だけ中心に習って満足し、もう古典音楽の情節(じょうぶし)は制したとう気分になり、
揚る声を自慢する人>を揶揄して 「あれ~二揚ぎまでぃやさ!」<あいつはニ揚り節までで他の歌は歌えない」という人に使われますが。
そういうことにならないように デパートリーも増やしこれからもいわいくんの元で益々精進される事を願うばかりです。
場所は芝にある増上寺という大きなお寺の研修室を貸しきっての三線教室、
芝といえば目の前が東京タワーが聳え立っている地方からくる観光の名所である。
さて 教室での曲順は
【斉・合唱】
1、赤馬節・しゅーら節
2、鶴亀節・橋ゆば
3、くいぬぱな
4、蔵ぬ花節
5、前ぬ渡
6、上原ぬ島節
7、でんさー節
8、ゆんたしょーら
9、むんぐるくばーさ
10、つんだら節・久場山越路節
【独唱:個人レッスン】
11、つんだら節
12、月夜浜・船越節
13、崎山節
14、古見ぬ浦
15、安里屋節
16、小浜節
17、仲筋ぬヌベーマー
18、月ぬ真昼間節
19、与那国ションカネ~
20、弥勒節・やーらーよー
こんなスケジュールであった。
肝心(かんじん)ないわいくんの「越城節」の独唱が時間がなく聞けなかったのが残念であった。愚生の批評にみんな関心を寄せていましたが・・・
いわいくんが交流板で述べているように「発音」「強弱」「発声」が細かい節回しに捕らえすぎて弱いように思えた。
どうしても発声は都会故に 間借りの部屋で大声が出せないというハンディがあってか?
腹の底から声が出ていない それが原因で小さい歌にまとまっているように思えた。
大きな声を出す練習方法を考える必要があるのではないか?
来年は ネット合宿を企てて何処かで「発声法キャンプ」実施したいですね
また 稽古の曲順を見ていると 八重山の難曲といわれる2揚りが多い。
そこで問題になるのが初心者にはどうしても 取っ付きにくい歌ばかりだ、言葉のハンディ、声の出しかた、リズムのとり方、それぞれとは思いますが 全員がバランスよく学べるにはコンクール中心の課題曲は重すぎるような選曲だとは思いますが・・・
いわいくん曰く 各個人に好きな曲を申し出るように云うと どうしても八重山の二揚がりの歌になるという。
それと難しい歌を早くから手がけるとういう視点はベターという考えだ。
全国にいま沖縄の民謡が氾濫している中でコアな八重山のニ揚りを好む傾向性を考えると古い愚生は正直いってまったく嬉しい限りである。
しかし古典音楽を学ぶ諺に「ニ揚までぃ!」という言い伝えがあります。
<情緒あるニ揚り節(干瀬節、子持、散山、仲風、述懐節)だけ中心に習って満足し、もう古典音楽の情節(じょうぶし)は制したとう気分になり、
揚る声を自慢する人>を揶揄して 「あれ~二揚ぎまでぃやさ!」<あいつはニ揚り節までで他の歌は歌えない」という人に使われますが。
そういうことにならないように デパートリーも増やしこれからもいわいくんの元で益々精進される事を願うばかりです。
Posted by 大工哲弘 at
14:57
2005年11月02日
レコーディング
明日から来春リリースするレコーディングの為久しぶりに上京する。
大阪チンドン通信社とのコラボレーションアルバムだ。
愚生(ボク)の大好きな中山晋平作品を中心に我が沖縄音楽の先駆者、宮良長包の曲も何曲か入れる。
大正ロマン時代と共に生き日本の音楽に着手し広く日本国民に親しまれてきた美しい童揺や国民歌謡の数々をカバーしての決定盤企画です (制作:オフノート)
レコーディング曲の中から一曲紹介してみると
曲:中山晋平 詩:野口雨情
『あの町 この町』という歌がある。
♪「あの町この町日が暮れる 今来たこの道帰りゃんせー」
今 世の中は危険な方向に向っていく、戦争の方向に向っている。だったらここから引き返さなきゃということを子どもの歌に託して「♪今来たこの道帰りゃんせ」と歌わせたそうだ。裏読みという言い方もありますけれども・・・という談を作詞した野口雨情の孫から永六輔さんが直接聞いたそうです。(NHK人間講座・人はなぜ歌うか)より。
こんな秘話があったとは ・・・
これからのニッポンが こんな道を歩まないことを祈ります。
今来たこの道がいつでも あの町に帰れるように
何時までも平和ロードであってほしい
もう100日を過ぎた初孫に沢山いい歌を聞かせてあげたい♪
そんな思いも来春リリースするアルバムには込められている。(乞うご期待ください!)
大阪チンドン通信社とのコラボレーションアルバムだ。
愚生(ボク)の大好きな中山晋平作品を中心に我が沖縄音楽の先駆者、宮良長包の曲も何曲か入れる。
大正ロマン時代と共に生き日本の音楽に着手し広く日本国民に親しまれてきた美しい童揺や国民歌謡の数々をカバーしての決定盤企画です (制作:オフノート)
レコーディング曲の中から一曲紹介してみると
曲:中山晋平 詩:野口雨情
『あの町 この町』という歌がある。
♪「あの町この町日が暮れる 今来たこの道帰りゃんせー」
今 世の中は危険な方向に向っていく、戦争の方向に向っている。だったらここから引き返さなきゃということを子どもの歌に託して「♪今来たこの道帰りゃんせ」と歌わせたそうだ。裏読みという言い方もありますけれども・・・という談を作詞した野口雨情の孫から永六輔さんが直接聞いたそうです。(NHK人間講座・人はなぜ歌うか)より。
こんな秘話があったとは ・・・
これからのニッポンが こんな道を歩まないことを祈ります。
今来たこの道がいつでも あの町に帰れるように
何時までも平和ロードであってほしい
もう100日を過ぎた初孫に沢山いい歌を聞かせてあげたい♪
そんな思いも来春リリースするアルバムには込められている。(乞うご期待ください!)
Posted by 大工哲弘 at
14:09
2005年11月01日
明るい話題
大変なことが起きてしまった
日本の最南端の高校・八重山商工高校が来年春の選抜甲子園切符をほぼ手中にした。
第百十七回九州地区高校野球大会で昨日準々決勝・大分の明豊を4-3逆転さよならで下し。明日の準決勝にコマを進めた。
沖縄の離島勢としては始めての甲子園出場となる。
地元八重山毎日新聞は昨日の勝利をトップに告げ号外をだすなど新報・タイムスもスポーツ全面で紹介している。
しかし此処まで来たのも監督をはじめ選手一人一人の並ならぬ努力と周囲の暖かい支援と協力があったからだと思います。
3年前から在沖縄本島でも八重山出身の有志達が集い「八重山から甲子園に行かす会」を発足して側面的に応援をしていた。夢の甲子園出場決定に「思うだ事叶しょうり・願うだ事叶しょうり」その願望が実現しこれまでの苦労が報われたであろう。
行かす会会長は愚生のコンサート「ゆんたしょーら5」の実行委員長だった宮城氏である。
その宮城さんが発足当時「てっちゃん 面白い行進曲考えたよ~」笑みを浮かべながら愚生に話してくれた。
甲子園応援のマーチは定番の「ハイサイ・おじさん♪」では面白くないので八重山から甲子園に行く場合は八重山のカラーを前面に出させよう!お盆のときアンガマが各家を練り歩くとき使われるアンガマ行進の歌曲をアレンジしてアルプススタンドで応援させよう! という発想だった。
見事 宮城さんのアイデアで今回大会から沖縄市営球場スタンドで「アンガマ行進曲」が演奏され「ハイサイ・おじさん」ならぬ「ハイサイ・御主前!」で球児達をファイトアップさせたそうだ。
全国の皆さん! 来春の甲子園アルプススタンドからは 聴きなれない「アンガママーチ」が聞こえてくると思うが 一緒に「アンガマターのオウランケン・味噌(みしゅん)ん塩(まーす)ん かい取り食い・・?」声を出して応援してくださいね。
最近 世の中暗い政界ニュースが続き腹ふくるる思いがつづいていただけに南の八重山商工高校の子供達が閉塞感をふっ飛ばしてくれた。
「超明るい話題」
シカイトゥ ニファイ ドォ~!!(たくさん ありがとうね~!)
そう云えば今日11月1日は沖縄泡盛の日である。
昨日のベスト4進出を祝い 明日の準決勝、
優勝の予祝を祝い泡盛(出来たら八重山産の泡盛)で乾杯!!
日本の最南端の高校・八重山商工高校が来年春の選抜甲子園切符をほぼ手中にした。
第百十七回九州地区高校野球大会で昨日準々決勝・大分の明豊を4-3逆転さよならで下し。明日の準決勝にコマを進めた。
沖縄の離島勢としては始めての甲子園出場となる。
地元八重山毎日新聞は昨日の勝利をトップに告げ号外をだすなど新報・タイムスもスポーツ全面で紹介している。
しかし此処まで来たのも監督をはじめ選手一人一人の並ならぬ努力と周囲の暖かい支援と協力があったからだと思います。
3年前から在沖縄本島でも八重山出身の有志達が集い「八重山から甲子園に行かす会」を発足して側面的に応援をしていた。夢の甲子園出場決定に「思うだ事叶しょうり・願うだ事叶しょうり」その願望が実現しこれまでの苦労が報われたであろう。
行かす会会長は愚生のコンサート「ゆんたしょーら5」の実行委員長だった宮城氏である。
その宮城さんが発足当時「てっちゃん 面白い行進曲考えたよ~」笑みを浮かべながら愚生に話してくれた。
甲子園応援のマーチは定番の「ハイサイ・おじさん♪」では面白くないので八重山から甲子園に行く場合は八重山のカラーを前面に出させよう!お盆のときアンガマが各家を練り歩くとき使われるアンガマ行進の歌曲をアレンジしてアルプススタンドで応援させよう! という発想だった。
見事 宮城さんのアイデアで今回大会から沖縄市営球場スタンドで「アンガマ行進曲」が演奏され「ハイサイ・おじさん」ならぬ「ハイサイ・御主前!」で球児達をファイトアップさせたそうだ。
全国の皆さん! 来春の甲子園アルプススタンドからは 聴きなれない「アンガママーチ」が聞こえてくると思うが 一緒に「アンガマターのオウランケン・味噌(みしゅん)ん塩(まーす)ん かい取り食い・・?」声を出して応援してくださいね。
最近 世の中暗い政界ニュースが続き腹ふくるる思いがつづいていただけに南の八重山商工高校の子供達が閉塞感をふっ飛ばしてくれた。
「超明るい話題」
シカイトゥ ニファイ ドォ~!!(たくさん ありがとうね~!)
そう云えば今日11月1日は沖縄泡盛の日である。
昨日のベスト4進出を祝い 明日の準決勝、
優勝の予祝を祝い泡盛(出来たら八重山産の泡盛)で乾杯!!
Posted by 大工哲弘 at
15:54




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