2006年01月31日

鳩の巣

ハトポッポ ようやく孵化した。

昨年7月8日、目白が鉢に植えてあるベンジャミンの枝に巣をなし、見事孵化・巣立っていったのは このコラムでも紹介した。

今度は鳩だ

愚生家の隣は高校野球グランドでバックネット周辺は様々な郡林があるのに 何故 あえて猫の額くらいの我が家の黒木に巣をつくるのだろうか?

過去にも二度 二個卵まで産んだまではよかったが
孵化までにはいかなかった。
28日に三度目の正直だ。

友人が「鳩が庭に巣を作るというのは、家に幸せを鳩がもって来ているよ~!」と語ってくれたが
本当かな?
信じることにしよう!


一羽ではあるが なにわともあれ よかった よかった!
元気に育ち
東の空 太陽に向かって翼を大きく広げ飛んでいっておくれ!
  
Posted by 大工哲弘 at 00:58

2006年01月28日

第一回理事会

昨日那覇市民体育館・会議室で琉球民謡音楽協会の本年度初の理事会がありました。

①来週に控えた総会へ向けての準備と平成18年度事業計画や予算報告
②山里勇吉師匠の功労賞へ向けての準備
③その他いろいろな問題が質疑がされ、熱い理事会でした。

平成18年度事業計画↓
「ryukyuminyo.rtf」をダウンロード


今年協会に入会またはコンクールを受験されるネットの会員は年間スケジュールです。
ご参照ください。
○印は重要なイベント
6月11日の舞台勉強会、12月16日の宮古島公演が新しく加わった計画  
Posted by 大工哲弘 at 00:10

2006年01月26日

金々節

♪金だ、金々、金々だ、金だ金々この世は金だ 金だよ誰が何と言おうと金だ金々黄金万能
金だ力だ その金欲しや、欲しや欲しやの顔色目色、宮だ血眼 熊鷹眼

♪1も2も3・4も金だ 金だ金々だ
明けても 暮れても金、金だ 夜だ夜中も夢にも金だ 泣くも金なら笑うも金だ馬鹿が賢く見えるも金だ 酒も金なら女も金だ 神も仏も坊主も金だ

♪学者、議員も政治も金だ、チップだ小用も金々だコミッションも賄ろ金だ 夫婦親子の中裂くも金だ、強慾非道とそしらうが 我利々々亡者とののしろが 痛くも痒くもあるのものか 金になりさへすればよい 人の難儀や迷惑に遠慮してもゐちゃ身がたたぬ 

♪金の世や金の世や 互いに血眼皿眼 
食ひ合へ捕り合ひみしり合ひ 負けりゃ乞食か泥棒か のたれ死ぬ土佐衛門 鉄道住生首くくり 死ぬより外に道はない ああ 金の世や金の世や

21番まであるので割愛をさせてもらう


最後も「みんな金だ  この世は金だ」結んでいる

曲・添田唖蝉坊、作・後藤紫雲(茂雄) 『金々節』
大正14年関東大震災直後にできヒットした昔の歌なのに今のご時世にもピッタリだ。 

日本列島拝金主義覆う思想や野望をもつ人は昔も今もまったく変わっていない。
金がすべて支配する世の中を象徴するかのように
「心も金で買える」といってのけたHモンさん。世界一を目指して上り詰めトップに立ったインターネット関連企業がうその情報を公表し関連会社株価を意図的に吊り上げたとしてトップ4人が逮捕され、Hモンさんはとうとう急転直下してしまった。「勝って兜の緒しめよ!」という諺を知っておれば・・・そして「買って株殿悪しめよ!」であった。
天網恢恢疎にして漏らさず。とは良く言ったものだ。


作曲の添田唖蝉坊は「金万能の世の中」はごめんだという思いをコミカルに揶揄し逆歌として心の大事さを訴えているのである。

故嘉手刈林昌うたうところの「意見あやぐ」の中にも
♪銭やこの世の回り物 玉黄金産子 御天ぬ授き物 やくとぅ人ぬ達 富貴貧乏や 坂ぬ下り上り <金は天下のまわりもの、子玉は天からの授かりもの、富貴貧乏は上り下り>

金で何でも買えるとういう拝金思想があるなら是非沖縄の重い重く負担になっている普天間基や嘉手納基地をまるごと買収して貰えばよかったのかなぁ~と思ってもみた。  
Posted by 大工哲弘 at 02:06

2006年01月22日

先客万来

昨日は大阪三線クラブ所属なおきちの個人レッスン。夜は久しぶりにジャンベの元さんと再会した。

なおきちは昨年の個人レッスンでは風邪を拗らせて思うように稽古が出来なかったが今年は十分自己の練習も熱し指導受けに今年は臨んだと伺えた。
八重山の二揚り節を歌う声にだんだん近づいてきた。
真摯に遠方から八重山の歌を習い、師匠の歌を受け継ぎたいという若者の姿は美しいものがある。

若者は将来がある、今こまかい箇所より大きく伸び伸びとした歌い手や指導者になるためには腰を添えて奥の深い八重山のうたを習って欲しいと思う。なおきちの次回のレッスンが楽しみだ。

稽古の後は腹ごしらえしに義兄の店「南風」で麻○ちゃんや偶然沖縄旅行に来ていた同じ大阪三線クラブの横○さんと元大阪三線クラブの○賀さんも加わり新鮮な魚類で胃袋を満たした。

昨年夏、葉山ビーチライブに共演させてもらった永原元さん湯川トーベンさんのライブをライブハウス「ばくさん」になおきちを連れた。

さすが遅い時間だったので、店に入ると同時に「ラストナンバーです」と最後の歌とアンコール曲併せて2曲は聴いたね。

久しぶりに会う元ちゃんは元気であった。初めて宮古、波照間で演るソロライブにも意欲を燃やしていた。
元ちゃんの音楽に取り組む姿勢が好きだ。
湯川トーベンさんとも10年ぶりかな?何と実娘・湯川潮音が25日東芝EMIから新譜をリリースするそうです。BGで試聴したがなかなかいい感じだったよ。
自分の娘の事話す顔が緩み誇らいでいた。どの親もそうだよね~がんばって欲しいです。

ライブ後飲みニケーションしながら話が盛り上がり 気づいたら一番鳥が啼く時間になっていた。
愚生のシンデレラ伝説が崩れてしまった

なおきちくん!遅くまで引っ張ってゴメンナサイね。
元さん、湯川さん、ありがとうございました。
まだ残っているライブスケジュールがんばってください!  
Posted by 大工哲弘 at 21:10

2006年01月21日

冬将軍

昨日は暦の上では大寒であるのに沖縄は夏を思わせる大暑がこのところつづいている。

暦どおりに日本列島は相変わらず厳しい冬将軍である。
積雪により生活が脅かされていると 先日新潟(十日町)から帰ってきた嫁の姉が言っていた。

昔「軍隊は晴天の唐傘」といった人が居たそうです。
<天気が良いのに傘要らない>それと同じように平和のときには基地や軍隊は無用だということでしょう。

北陸地方では冬の間雨も降るかも知れない不安定な天気なので「弁当を忘れても傘を忘れるな」という諺があるそうです。この諺を引用すると「食べることを忘れても いつ起きる戦争に備えて軍隊を持たなくてはならない」とういう意味にも捉えられる。
世界がそういう雰囲気にならないように祈るだけだ。

故嘉手刈林昌さんの歌の歌詞にも「妻や雨降いぬ傘どぅやゆる♪」<奥さんは雨降ったときの傘みたいなものだ>いまだったら人権問題だ。林昌さんが言うから許せる歌詞だと思う。

沖縄の人はよく雨が降っても傘は差さないといわれていますが、実際、雨が激しく強風のため傘が役に立たないということもあります。いわば「雨が降っても傘は役立たず」なのだ。

沖縄の過去の歴史から「戦争・テロが起きても基地・軍隊は役たたず」ということになりはしないかと疑心暗鬼している。

日米両政府が合意した米軍再編の共同文章では「辺野古沖海上」に新基地を作ろうという計画が成されている。「軍事基地は晴天のアメ(アメリカ)傘」という表現がぴったりと思うのだが・・・

米軍普天間飛行場移設受け入れ、基地新設が最大の争点になるであろう。明日任期満了に伴う名護市長選の審判が下る。

沖縄にはこの時季 冬将軍はないが
基地将軍はつづく  
Posted by 大工哲弘 at 03:07

2006年01月20日

女と農業

一年振りにアイルランドに嫁いだ上○江○子が旦那を連れて正月休みで沖縄に帰ってきた。
嫁ぐ前は東京で○花○子(現在はクイチャーパラダイス)と二人で「真南風」とういうユニット結成し各地でライブ活動を続けていた。

久しぶりに会う江○子さんはすっかり1児の娘お母さんの風貌になっていた。(言い意味で)
アイルランドでは果樹園から多種にわたる野菜栽培と朝からどっぷり自然の中で暮らし
旦那さんがミューシャンということもあり二人でライブ活動もしながら夜は音楽で心を癒しているという。理想の生活だねぇ~って羨ましく思った。

大○功さんも加わり酒の入った談は弾んだ。
この夏には家も増築し何名でも宿泊できるそうです、憧れのアイルランドいつか是非行きたい。
同郷の江吏子さんから外国での活動話を聞くと肝強(くぃむずー)さんである。心強い!
国際化が進んでいる証拠だ。


偶然か 先日は名護東村に移住した○岡○子さんから「島ごはん」という自然と暮らしの著作本が贈られ届いていた。(発行所(株)ネコ・パブリッシング)
内容は愚生でも分かるレシピやハーブに癒される土の上に暮らすetc


○岡さんは東京出身。自然農法の創始者福岡正信氏によって生み出された農法を学び沖縄の北部東村
で自給自足に近い自流のライフワークを生かしながらロウケツ染めやアフリカポストカードを作り人気を博す。
今は二人の娘も大きくなり子育て家事、畑仕事に精を出している。

いつも私に大きなエネルギー(元気)を与えてくれる自然
そして沖縄 そして出会ったみなさんに感謝。「島ごはん」で結んである。

どちらも他の島に移住し母として農業を営み自然に生きる力強い女の姿を魅せられた一日であった。  
Posted by 大工哲弘 at 01:58

2006年01月18日

ネット放送

昨日東京の旧友と久しぶりに再会した。

その旧友とは20年前TBS放送で「音楽の旅はるか」という番組があった。
沖縄ロケをしたとき愚生と当時絶頂の金沢明子や江藤潤といったメンバーなどと共演させて頂いた名プロデューサーの○辺氏である。なつかしい~!
(因みに江藤潤は3月一杯、明治座で公演中)と今年も賀状をいただいた。

○辺氏今回来沖の目的は来る3月15日から発信されるインターネットテレビ放送に沖縄のテレビ局で制作され埋もれた番組も発信したいという要求があり、沖縄テレビ局の関係担当者を愚生がコンタクトを取り直に番組内容の説明をしたいということで久しぶりの再会となった。

もし その話が実現したならインターネットをアクセスすると毎年正月恒例の「民謡紅白歌合戦」や「東西民謡歌合戦」他のローカル番組なども見られるという仕組みは県外や海外の沖縄ファンには夢のような世界である。
そしてゆくゆくは沖縄だけのチャンネルを作り沖縄で行われた個人のライブやコンサートも載せたい方向に持って活きたいと熱く語っていた。
しかし これには出演者との肖像権や著作権などクリアしなければならない問題もある。

愚生も自慢にならないが多チャンネル、いわばケーブル局放送に加入しているが
一度も映画やドラマなどを見たこと まず無い。時間が合わないということもあるが これからは局放送(おくりぱっなし)デジタル化云々より自分が見たい時間に頭から観られる番組をセレクトできるチャンネル配送があると どんなに助かるか

沖縄番組は先送りになるが いずれにしてもネット放送(地方TV局で制作され埋もれた番組)は3月からスターとする。興味深い  
Posted by 大工哲弘 at 01:48

2006年01月14日

世去れ

今月に入っても日本海側を中心にした記録的な豪雪が続き豪雪災害事故が各地で続出しています。一転して今日は全国的に4月上旬並みに陽気で暖かく、また そのことで雪による犠牲者も多く出ているという。

愚生をはじめ南国の沖縄ん人は雪といえばロマンチックというイメージをもっているだけに雪で苦しいでいる北雪国の人々を思うと痛みを知らないウチナーン人はチムヤミー(心が痛む)する。
雪がこんなに凶器になるなんて考えられないからである。

また南の石垣島や西の与那国島でも昨年暮れから悪天候が続き、多大な農作物への被害や漁獲量が減り市民生活に大きな影響が出始めているという。
またまた今年に入っても自然災害の怖さを見せ付けられている。
一日も早く災害年から「世や直れ」し雪国の豪雪「世去れ」を願いたい。

そんな折今朝近くの公園を散歩した
すると一際目立つピンク色の花を咲かせた琉球避寒桜がもう3~5部咲きをしている、
例年より一週間も早い開花で寒暖が交互につづくと開花が早くなるという。
来週21日から全国一番早い桜祭りが本部町の八重岳で行われる。

桜を見るたび昨年の桜満開時に開催された全国ネットリーダー会議を思いだす。
今夜はまた 今年初めの満月15夜である。

我が家の窓からも見える冬の夜空に映える満月は綺麗だ。

来る17日は阪神淡路大震災から11年目を迎える「♪満月の夕べ」が歌い響くであろう。そして今は豪雪地帯の復旧を一日でも早く
「復興節」を歌い祈りたいものです。  
Posted by 大工哲弘 at 20:22

2006年01月13日

NHK

わたしとNHK

島ぬ歌者  大工哲弘

1964年は東京オリンピックが行われた年である。
日本は経済成長とスポーツレベルを世界にアピールした年であった。当時八重山にはまだテレビもなく初の試験放送が石垣のバンナー岳で初めて実施したが試験放送は見事失敗、映るのはザァザァとした粒子画像のみ、それでも初めて観る生テレビ放送に感動したのを覚えている。
3年後ようやく67年に先島にNHKテレビ放送が開始されたが一日遅れての放送、沖縄が日本復帰してからようやくリアルタイム放送が実現、世の変遷があっても地域に根ざしたローカル番組「沖縄の歌と踊り」は時間帯を変え今尚健在、これからも高邁な沖縄の心を伝える番組継続を強く願うものである。
今年は豊見城から新都心に移転、新時代のデジタル化放送に向けてニューNHKが誕生する。余談だが 昨年は沖縄本島・那覇に台風が珍しくも来襲がなかった。過去にないと沖縄気象台から教えてもらった。しかしNHKは不祥事により大逆風が吹き荒れた年。沖縄には「初お輿し・はちうくし」という言葉がある。旧年が悪ければ悪いほど沢山お輿をかけ新年に果報を祈るとうお呪いは今NHKに向けられている。「新生・共創」される放送局をチバリヨー会としても願っている。

☆☆☆☆☆
NHK沖縄放送局の『ゆんたく』という月間情報誌の新年号のコラムである。

沖縄も今年の4月1日よりデジタル放送を開始するそうです。
開始初は豊見城市エリアと一部ですが いよいよ沖縄も序所にデ~ジータル~になる
それにともない 放送局もいまの豊見城から新都心に新放送会館の完成オープンレセプション
パーティの案内状が先週届いた。残念ながら3月11日愚生は東京でコンサートがあるため欠席である。


因みにチバリヨー会とは著名な方々が(100名程度)さまざまな角度からNHK沖縄放送局をサポートする会  
Posted by 大工哲弘 at 00:37

2006年01月09日

真の成人

三連休の今日は全国一斉成人の日、昨日から各地で新成人を向かえた若者達の門出を祝う式典が行われた。おめでとうございます!

将来の夢を抱いて巣立った新成人たちは いつかは日本を背負っていくかもしれない人材も多いだろう。
期待しております。

♪大人なりコネコーマーよ  高人なりコネコーマーよ
(あがろうざ節)

「大人」という表現は背丈を高くという意味より
沖縄の(ウフッチュ)八重山の(ウフピィトゥ)は心身ともにオトナになりなさい。
ウフピィトゥ・マーピトゥ(真の大人に)なることを願っているのである。


しかし 真の大人に成りきれない一部の悪が居てグループごと色とりどりの袴を身に包んだ新成人たちが警官と小競り合いをしている場面に昨夕直面した。
またかぁ~ 恒例になった荒れ模様の沖縄版成人式は沖縄成人病とまで言われ すっかり定番の全国版は不名誉な事だ。


せっかく出身校の先輩や地域人々が大人の仲間入りを祝っているのに・・・本人達にはまったく大人になったという自覚がないのか、残念である。

でんさー節や物知り節を沢山聞かせてあげたいね


やがて3回も成人式を迎えようとする愚生が成人の日を迎えた37年前は石垣に帰省する船代、背広もネクタイも買うお金がなく、浦添の小料理店で何名か集まりささやかに成人を仲間内で祝ったことが今でも懐かしい。

中に将来絶対看板屋になるのだと夢見ているのがいて「成人の日」バックのタイトル字を書いてもらったが、実際石垣在で夢を実現させ看板屋を営んでいる屋比久というのが居る。

屋比久曰く「セメントビルの壁を観るとミンナキャンバスに見える」といって大きな夢を語っていたのが昨日のようだ。

さぁ今日成人を迎えた若者達は自分の人生というキャンバスにどんな夢を描き歩んでいくであろうか・・・  
Posted by 大工哲弘 at 22:04

2006年01月07日

ムーチーと弾き初め

昨夜からの記録的な豪雪で日本列島たいへんですね
お見舞い申し上げます!

日本では新年を無事迎えられたという慶びを込めた行事で今日は七草粥である。
15年前から沖縄でも定着した行事

沖縄暦の今日は12月8日(ムーチー寒サー)でもある。
年中で一番寒い日にあたり(今日は本当に寒くて12℃です。北国には笑われそうですが)

そんな寒さにも負けないように「力餅」をつくり元気で健康に育つように仏前に餅をお供えし厄払いをする元々鬼餅伝説から来ている伝統行事である。
(残念ながら八重山地方にはムーチ行事はない)


紅芋のムーチ

男子がいる家庭ではその歳の数だけサンニン(月桃)やクバ(ビロウ)芭蕉の葉っぱで包んだ餅を紐で結んで天井に下げ親戚やお隣に配るという習慣がいまだに残っています。、今年の我が家は初孫のムーチが下げられ肖りを込め従兄弟兄弟に配りました。


さてさて 昨夜は今年戌年我がやいま歌教室の弾き初めであった。
歌い始めは「鷲ぬ鳥節」である。
個個のレッスンもコンクールを目指す課題曲や他の目標を目指すとぅばらーま、しょんかね~ありで弟子達のそれぞれ目的が伺えてうれしかった。
ブリ君はつんだら節とあがろうざ節の歌持ち(イントロ)を間違い、「アガ~りました?!」・・・
親父ギャグまで師匠譲りだねって受けておりました。

稽古を終了し教室初起こしということもあり
オードブルとちょっとしたドリンクは教室から準備し、仲本さんの奥さんの手作り料理とワインの差し入れがあり、初の試みで弾き初めの為に心を込めて作ったという麻耶ちゃんの紅芋ケーキ?を美味しく舌鼓しながら遅くまで今年の抱負と決意を語り交わした。  
Posted by 大工哲弘 at 14:06

2006年01月05日

国旗

正月3日

首里界隈を歩いていたら  
日本国旗を掲揚している家を見かけた。

懐かしい~ !?      

愚生が小学校の頃は国旗や竿・ボール(竿の天辺につける)はミナ学校で先生方達が生徒に売っていた。
それを買い年の初めに家の門に建てる慣習があった。
ですから 当たり前のように国旗が各家掲揚されているのは八重山の正月風物詩でもあった。

そして音楽の時間でも
♪年の初めの 例(ためし)とて 終わりなき世の めでたさを  松竹立てて 門ごとに 祝う 今日こそ 楽しけれ

♪初日の光 さし出でて 四方に輝く 今朝の空 
 君がみかげに 比(たぐ)えつつ 仰ぎ見るこそ 尊とけれ
原曲の作詞・作曲(千家尊福・せんけ たかとみ/上真行・うえ なねみち)

もともとは
初日のひかり 明(あきら)けく始まる御代の 今朝の空・・・
しかし「明けく始まる」「明治」が終わってしまい、大正となったのでいまの歌詞になったそうです。

みんな歌わされました。
いま思うと これも皇民化政策・教育であったのでしょうね

当時 当然がごとく国旗が学校で推奨され売られ各家庭が
掲揚していたかと思うとゾットする。

政治が滅びても国家は滅びないが
教育が滅びると国家は滅びる
という言葉を思いだす。

日本国が変な方向に行かないためにも


あいっ!
正月から難しい話はよそう

皆さんの「年の初め」はいかがでしたか?
明日は若狭の島うたの会の弾き初めです。

宮古島の邦歌・君が代と言われている「とうがに あやぐ」をうたう予定です。

今年も昨年より増して素晴らしい年でありますように!  
Posted by 大工哲弘 at 02:29

2006年01月02日

正年

謹賀新年

あけましておめでとうございます!

元旦2006年の幕開けです。
♪正月ぬ早朝 元旦ぬ朝端 
♪東かい飛びつけ 太陽ばかめ舞いつけ

正月には何故か鷲ぬ鳥を歌うとピリット気持ちが引き締まる
一年の計は元旦にあり

今年はもう一度初心に戻り普遍的なうたの核心を追及していこうかと思っています。(声の力・音感などなど)チャレンジ精神を忘れずに軒昂(けんこう)な歌者&指導者になるためにもギバロウ!(がんばろう・石垣方言)と計を建てた。


今年の正月は石垣在の弟の状態が悪いので質素な正月をすることにした。
鏡餅(かんがんむち)も今年はスーパーからのものだ。


元々鏡餅は三段重ねであったがいつ頃からニ段になったのでしょうかね?

でも鏡餅の下に敷く色紙(イルンガビ)黄色、赤、白色、は昔から沖縄風の飾りつけである。
黄色はワタンジ(綿衣)赤色はスディナ(婦女子の着物)白色は婦女子の肌着と八重山毎日新聞にあったが。愚生が祖父から教えて貰ったのは、黄は(中国)赤は(日本)白は(沖縄)と国を表現したものであると聞かされました。

まぁ色も国によっても表現違うと思うけれど
以前香港に行ったとき赤は商売繁盛を意味するといっていた。

でも何となしに赤と白があるだけで祝事という雰囲気が出るのは面白い。

さぁ犬年はまず健康(けんこう)に留意しワン ダフルな年にしようと願っている  
Posted by 大工哲弘 at 01:36