2006年03月31日
濃密な3日間 3
26日は北区天神橋にある「ティダ」でのライブ最終日なので、キチット歌詞も覚えてライブに望もうと気合をいれ奄美料理居酒屋「ティダ」に入ったらすっかり歌詞カードをホテルに忘れてしまったのに気づく。実際は昨日のハイビスカスに忘れたようだ。完全にアルツハイマーである。
その夜はもう歌詞の覚えている歌からセレクトした。
今回ライブのプロモーションをやってくれた北口さんがウッドベース(コントラバス)奏者・中村尚美さんを急遽呼んであるよ、というのだが、尚美さんは沖縄の民謡も、勿論八重山島唄も始めて聞く、さて どうしてコラボレーションをもつか??ここがミュージシャン同士の技の見せどころだ。しかし本番1時間前だっただけに実際は苦労した。
結局、てぃんさぐの花、谷茶前、生活の柄、ゴンドラの歌、最後は安里屋ゆんた、かちゃーしーを三線と歌に見事ついてきてくれた。いい感じ♪ジプシー音楽も勉強しているだけあってアドリブも素晴らしい
演奏しながら三線とベースは同じストリングスなのに音もぶつからない、絡んでいくというか、包んでくるのは不思議な弦力なのか?でも演者の心が奏させているのだ。初めてコラボをする中村さんとのセッションにミュージシャン冥利に尽きると思った時間であった。
中村さんありがとうございました。ティダのオーナーをはじめスタッフの皆さん!お世話になりました。
ありがとうございました!
いつか また中村さんと一緒に共演したいと思った。
頂いた中村さんのCD「cafe` Manouche」もすばらしいアルバムです。これからも全国に素敵な演奏を届けてくださいね~
Posted by 大工哲弘 at
16:08
2006年03月31日
濃密な3日間 2
25日は滋賀から移動し14:00から大阪三線クラブのコンクール組の数名をチェックし、夜は旭区にある「ハイビスカス」でのライブ。
大阪三線クラブのAさんが特別飛び入り出演で「つんだら節」の歴史を詩情的に朗読してくれた。
お客から黒島とつんだら節の時代背景が分かってよかったと喜んでいただいた。A子さんは6月に中央公会堂で発表会があり朗読がまた聞けるそうですよ。
がんばってください!
いろんな形で八重山が紹介されるのは大変喜ばしいことだと思っている。
さて ハイビスカスのオーナは徳之島出身と知って奄美の歌を大目にライブで組み入れた。ワイド節は最高に盛り上がったかな♪
アンコールの安里屋ゆんたは客からエイサーの飛び入りがあり会場と舞台が一つになった瞬間であった。
何があるか分からないからライブは面白い、
ライブが終わり頃に堅田で共演したジョーくんもワザワザ着てくれた。
奄美龍郷町の青年やいろんな方々との交流は楽しかった。これからもいろんな人とあって元気をもらい。次に繋げたいと思っている。
大阪三線クラブのAさんが特別飛び入り出演で「つんだら節」の歴史を詩情的に朗読してくれた。お客から黒島とつんだら節の時代背景が分かってよかったと喜んでいただいた。A子さんは6月に中央公会堂で発表会があり朗読がまた聞けるそうですよ。
がんばってください!
いろんな形で八重山が紹介されるのは大変喜ばしいことだと思っている。
さて ハイビスカスのオーナは徳之島出身と知って奄美の歌を大目にライブで組み入れた。ワイド節は最高に盛り上がったかな♪
アンコールの安里屋ゆんたは客からエイサーの飛び入りがあり会場と舞台が一つになった瞬間であった。
何があるか分からないからライブは面白い、
ライブが終わり頃に堅田で共演したジョーくんもワザワザ着てくれた。奄美龍郷町の青年やいろんな方々との交流は楽しかった。これからもいろんな人とあって元気をもらい。次に繋げたいと思っている。
Posted by 大工哲弘 at
00:50
2006年03月29日
濃密な3日間 1
24日・滋賀・堅田(ハックルベリー)25日・大阪(ハイビスカス)26日・大阪(ティダ)ライブツアーでは店のオーナを始め沢山の人々にお世話になりました。ありがとうございました!
↓ハックルベリー

堅田駅の近くにあるハックルベリーはなかなか落ち着いたライブハウスだ。そこのオーナが愚生との共演者を募ったところ、地元でがんばっているランブリン・ジョーが出演を買って出てくれた。
ランブリンとはボブ・ディランの先生で、その名を肖ってつけたそうだ。

↑ジョー(25日・翌日のハイビスカスで) http://www.honkytonk21.com/ramblin-joe/
ジョーはアメリカのカントリーミュージックコンテストでチャンピオンの実力をもち全国で意欲的にライブをこなしている若手ミュージシャンである。
ジャンルの違ったミュージシャンとは別の意味ですごく刺激になるし年の差は関係なくストレートに話が出来て心が解ける。
打ち上げは堅田から草津(沖縄料理居酒屋・よいどころ)に場所を変えて話が盛り上がり とうとうジョーは翌日の大阪ハイビスカスのライブにまで来てくれた。

↑「よいどころ」マスターと奥さん(幻の酒、泡波をいただく)ありがとうございました!
翌日も大阪M食堂でジョーと音楽の話で時間の経つのを忘れていた。
モリハナさん 無理な時間までごめんなさい
ジョーはこれから楽しみな逸材だと思った。
チバリヨージョー!
↓ハックルベリー

堅田駅の近くにあるハックルベリーはなかなか落ち着いたライブハウスだ。そこのオーナが愚生との共演者を募ったところ、地元でがんばっているランブリン・ジョーが出演を買って出てくれた。
ランブリンとはボブ・ディランの先生で、その名を肖ってつけたそうだ。

↑ジョー(25日・翌日のハイビスカスで) http://www.honkytonk21.com/ramblin-joe/
ジョーはアメリカのカントリーミュージックコンテストでチャンピオンの実力をもち全国で意欲的にライブをこなしている若手ミュージシャンである。
ジャンルの違ったミュージシャンとは別の意味ですごく刺激になるし年の差は関係なくストレートに話が出来て心が解ける。
打ち上げは堅田から草津(沖縄料理居酒屋・よいどころ)に場所を変えて話が盛り上がり とうとうジョーは翌日の大阪ハイビスカスのライブにまで来てくれた。

↑「よいどころ」マスターと奥さん(幻の酒、泡波をいただく)ありがとうございました!
翌日も大阪M食堂でジョーと音楽の話で時間の経つのを忘れていた。
モリハナさん 無理な時間までごめんなさい
ジョーはこれから楽しみな逸材だと思った。
チバリヨージョー!
Posted by 大工哲弘 at
01:49
2006年03月23日
宮良長包の映画完成
「えんどうの花」-宮良長包・その生涯と音楽の映画試写会を観た。
先週 全国上映に先駆け八重山で専攻試写会を済まし、今日琉球新報社でも試写会があった。上映前に出演者とスタッフの舞台挨拶もあり、大勢の関係者があつまり明治、大正、激動の昭和時代を音楽家として教育者としても君臨した沖縄音楽の先駆者・宮良長包の生涯を描いた映画を熱心に見入っていた。
愚生も憚りながら歌だけ「荒磯の歌」で参加している。久米島の阿嘉の髭水のシーンで流れる。
その久米島で作られたという宮良作品の中から「桑の実」を紹介しよう。
宮里静湖・作詞(昭和6年・1931年)
1、桑の実うれた みんなして おいで
縁の 葉かげで
えんらほら えんやほら
たんとうれたよ たんとうれたよ
2、桑の実 やろか みんなすそ
ひろげ この枝ゆすって
えんらほら えんやほら
たんろうれたよ たんとおちたよ
愚生が幼少のときは春から桑の実がなると桑の木の枝に登り実を取り唇を真っ赤に染まるまで食べたものです。
沖縄では「なんでんしー」八重山では「なねーず」と呼び、その甘酸っぱい味覚は
愚生の世代でしたら誰しも味わったとおもう。
そんな情景を知れば「桑の実」の作品は郷愁を誘い童話の世界に誘ってくれる名曲である。
同じ八重山石垣・新川の先輩に こんな素晴らしい音楽家がいたかとおもうと幸せと誇りを感じた。
また 沖縄音楽が今県内外に多く発信されているのも こう云った先輩達が苦難な時代を乗り越え植えこんだ種が現在は実を結びオキナワ「おんがくの花」が開花しているのではないかと改めて考えさせられた映画であった。
映画「えんどうの花」上映スケジュールは↓
http://www.endounohana.jp
先週 全国上映に先駆け八重山で専攻試写会を済まし、今日琉球新報社でも試写会があった。上映前に出演者とスタッフの舞台挨拶もあり、大勢の関係者があつまり明治、大正、激動の昭和時代を音楽家として教育者としても君臨した沖縄音楽の先駆者・宮良長包の生涯を描いた映画を熱心に見入っていた。愚生も憚りながら歌だけ「荒磯の歌」で参加している。久米島の阿嘉の髭水のシーンで流れる。
その久米島で作られたという宮良作品の中から「桑の実」を紹介しよう。
宮里静湖・作詞(昭和6年・1931年)
1、桑の実うれた みんなして おいで
縁の 葉かげで
えんらほら えんやほら
たんとうれたよ たんとうれたよ
2、桑の実 やろか みんなすそ
ひろげ この枝ゆすって
えんらほら えんやほら
たんろうれたよ たんとおちたよ
愚生が幼少のときは春から桑の実がなると桑の木の枝に登り実を取り唇を真っ赤に染まるまで食べたものです。
沖縄では「なんでんしー」八重山では「なねーず」と呼び、その甘酸っぱい味覚は
愚生の世代でしたら誰しも味わったとおもう。
そんな情景を知れば「桑の実」の作品は郷愁を誘い童話の世界に誘ってくれる名曲である。同じ八重山石垣・新川の先輩に こんな素晴らしい音楽家がいたかとおもうと幸せと誇りを感じた。
また 沖縄音楽が今県内外に多く発信されているのも こう云った先輩達が苦難な時代を乗り越え植えこんだ種が現在は実を結びオキナワ「おんがくの花」が開花しているのではないかと改めて考えさせられた映画であった。
映画「えんどうの花」上映スケジュールは↓
http://www.endounohana.jp
Posted by 大工哲弘 at
01:04
2006年03月22日
今週末ライブ
生まれて初めて滋賀県堅田にいきます。
■「春一番・島唄一番」ツアーライブ
■3月24日(金)
■オープン18:00 スタート19:00
■滋賀県大津市 堅田5丁目16-18 ライブハウス ハックルベリー
■¥3,800
■077-574-1022
■「春一番・島唄一番」
■3月25日(土)
■オープン18:00 スタート19;30
■大阪市旭区高殿4-4-21 沖縄料理ハイビスカス
■¥4,000(ワンドリンク付)
■06-4254-5253
完売したそうです。
■「春一番・島唄一番」
■3月26日(日)
■オープン17:00 スタート18:00
■大阪市北区天神橋5-5-19 奄美料理ティダ
■¥4,000(ワンドリンク付)
■06-6881-3639
完売したそうです。
ありがとうございました!
どうぞ よろしくお願いします。
Posted by 大工哲弘 at
01:42
2006年03月22日
幸福岡
福岡出張定例稽古は19日(日)実施された。昨年 福岡から鹿児島に人事で移動した川崎くんも来てくれた。
また宮古島(伊良部)に仕事で移動した北之馬くんと石垣に居を移した前田さんと結婚の嬉しい知らせも届いた。がちまやぁ~教室同士のカップルは固い三線の糸で結ばれていたのでしょう?おめでとうございます!
懇親会では垣田さんが定年退職したという報告や、山口さんも近いうち大幅な異動でどこに飛ばされるか分からないという。「でも大工ネットは全国にあるから どこにいっても心配ないさぁ」。最寄りネットに行ったら山口さんよろしくお願いしますね~
この時期はそれぞれの移動、別れ、旅立ち、出会いの季節だなぁ~と実感しました。
午前11時から始まった稽古方も今回から古賀教室で教えている飯尾さんの弟子2名も参加してコンクールの課題曲を独唱してくれた。
素直に通る声でしっかりと歌っていた。
コンクールもチャレンジ、全国ネットと沖縄で会えることを心待ちにしているそうです。
前半はコンクール組を個人レッスンし、後半は全体の稽古、土曜のポップス部から5名も参加し先輩達に刺激されたようです。
練習曲をリクエストも入れながら17時頃まで練習が続いた。
さぁ 後のお楽しみ交流会と場所(琉球居酒屋)を変え、最後は福岡名物 屋台と流れた。



愚生は翌日飯尾さんが朝早いGOLFをセッティングしてあったので、帰り時間はシンデレラボーイに徹した。
GOLF日(20日)は昨年ちょうど福岡西方沖地震があった日で、すごかった地震当日の話しを飯尾さんからも聞いた。


もう一年も経っているというのに まだ219世帯、580人が仮設住宅生活の実状は悲しい、自国の復興、支援はできないで他国の平和、国際貢献を口実に自衛隊活動は余りにも矛盾しているのでは?などと考えながらザ・クラッシック倶楽部のタフなコースを攻め倦んだ。スコアーは聞かないで欲しい
飛行機の出発まで時間があるので篠栗にある南蔵院を観せようと飯尾さんが連れて行ってくれた。南蔵院の「ねはん像」は全長41メートル、高さ十一㍍、重さ約3百tとブロンズ製では世界一の大きさでニューヨークの自由の女神を横にした大きさと匹敵するそうです。健康長寿と八重山商工がいい試合が出来るようにと札に書き入れお祈りをした。
飯尾さん、S谷さん、K木さん、見送りありがとうございました。 Posted by 大工哲弘 at
00:50
2006年03月18日
プレッシャー
春の選抜甲子園で八重山商工が24日の第3試合目に富山の高岡商校と対戦日が決まり 観戦ツアーの申し込みが殺到 旅行業界もホクホク顔らしい。JTA,JALも15便臨時便を出し春の八重山・うちなー民族が甲子園に大移動となりそうだ。
ただ メディアや周囲が余り騒ぎ過ぎはしていないか?最南端離島の高校出場とあって話題は豊富なのは分かるが ある新聞は「全国制覇も夢ではない!」「狙うは頂点!」オーバーな見出し、それによって子供達がプレッシャーを受けなければいいが・・・
冬季オリンピックの日本選手を観てもワールドベースボール(WBC)野球中継観ていても大きな舞台というプレッシャーなのか、伸び伸びとした日ごろのプレーを発揮することが出来ないのは外国人と比べて国民性の違いなのでしょうか
ずっと昔ですが、愚生と同じ石垣・新川出身の具志堅用高が防衛戦に備え沖縄キャンプを張っていた頃、琉球放送のラジオで取材したことがある。用高さえも試合にはすごくプレッシャーを感じ「試合ではリングから逃げ出したい気持ちですぅよ、それを補うのはトレーニングを相手の何十倍もして自信付けるしかないでしゅ!」話してことを思い出す。
世界のスポーツジャンルと規模は換わるが、愚生の三線弟子ブリ・モハメド(チュニジア人)は本番にもの凄く強い男なのだ。出番寸前までなかなか直せない箇所を本番になったらチャント堂々と歌っている、ふてぶてしいというか、ご立派というか、彼には舞台でアガルとか、プレッシャーとう言葉はあるのか、これも国民性なのか、ブリの先天的にある才能なのか?我がネットの皆さんもブリにそのアガラナイコツを習った方がいいのかもしれない
棚からボタ餅、WBCで天は日本を見捨てはしなかった。メキシコがアメリカに勝った為日本の準決勝進出が決定し3度目の韓国と対戦が19日と決まった。
「臥薪嘗胆」の八重山商工 WBC日本チームもプレッシャーを跳ね除けハツラツとプレーし 日本中・世界中を楽しませて欲しいね。いま 野球が一番面白い!
ただ メディアや周囲が余り騒ぎ過ぎはしていないか?最南端離島の高校出場とあって話題は豊富なのは分かるが ある新聞は「全国制覇も夢ではない!」「狙うは頂点!」オーバーな見出し、それによって子供達がプレッシャーを受けなければいいが・・・
冬季オリンピックの日本選手を観てもワールドベースボール(WBC)野球中継観ていても大きな舞台というプレッシャーなのか、伸び伸びとした日ごろのプレーを発揮することが出来ないのは外国人と比べて国民性の違いなのでしょうか
ずっと昔ですが、愚生と同じ石垣・新川出身の具志堅用高が防衛戦に備え沖縄キャンプを張っていた頃、琉球放送のラジオで取材したことがある。用高さえも試合にはすごくプレッシャーを感じ「試合ではリングから逃げ出したい気持ちですぅよ、それを補うのはトレーニングを相手の何十倍もして自信付けるしかないでしゅ!」話してことを思い出す。
世界のスポーツジャンルと規模は換わるが、愚生の三線弟子ブリ・モハメド(チュニジア人)は本番にもの凄く強い男なのだ。出番寸前までなかなか直せない箇所を本番になったらチャント堂々と歌っている、ふてぶてしいというか、ご立派というか、彼には舞台でアガルとか、プレッシャーとう言葉はあるのか、これも国民性なのか、ブリの先天的にある才能なのか?我がネットの皆さんもブリにそのアガラナイコツを習った方がいいのかもしれない
棚からボタ餅、WBCで天は日本を見捨てはしなかった。メキシコがアメリカに勝った為日本の準決勝進出が決定し3度目の韓国と対戦が19日と決まった。
「臥薪嘗胆」の八重山商工 WBC日本チームもプレッシャーを跳ね除けハツラツとプレーし 日本中・世界中を楽しませて欲しいね。いま 野球が一番面白い!
Posted by 大工哲弘 at
00:26
2006年03月14日
花粉症
スギの木が無い故花粉症がない沖縄へ避粉地として求め来県される観光客も少なくないようです。
今年は昨シーズンよりは花粉の飛散は少ないと聞きましたが、それにしてもハナの東京で道歩く人々はマスクをした人が目立った。
なんと東京やいま歌会のメンバーにも3名いたよ~
愚生はまだ花粉症にかかったことはないが、かかった人は大変みたいだね?繰り返しくしゃみ、さらさら鼻水、鼻つまり、それは症状の始めで、目のかゆみ涙目があれば完全なるスギ花粉の飛散をあびた悲惨な花粉症だそうですね。
東京の天気予報をみていても「花粉情報」などというのがあって沖縄にないものを発見したときは異国の風を感じて嬉しくなる。
風といえば11日コンサートをした板橋の文化会館の隣に立派な梅の花が咲いて東京にも春を告げていた。
逆に県外の人が沖縄に来て異国を感じるのは何であろうか?
今年は昨シーズンよりは花粉の飛散は少ないと聞きましたが、それにしてもハナの東京で道歩く人々はマスクをした人が目立った。
なんと東京やいま歌会のメンバーにも3名いたよ~愚生はまだ花粉症にかかったことはないが、かかった人は大変みたいだね?繰り返しくしゃみ、さらさら鼻水、鼻つまり、それは症状の始めで、目のかゆみ涙目があれば完全なるスギ花粉の飛散をあびた悲惨な花粉症だそうですね。
東京の天気予報をみていても「花粉情報」などというのがあって沖縄にないものを発見したときは異国の風を感じて嬉しくなる。
風といえば11日コンサートをした板橋の文化会館の隣に立派な梅の花が咲いて東京にも春を告げていた。逆に県外の人が沖縄に来て異国を感じるのは何であろうか?
Posted by 大工哲弘 at
00:50
2006年03月11日
チュニジア大使

↑「譚亭」から見た首里城
ブリ・モハメドが今日 在京チュニジア特命全権大使ハンナシ氏を沖縄に招いた
初めて沖縄御訪問なので色々紹介したいとの沖縄ホスピタリティ精神で分刻みでのスケジュールとなった。
首里城見学、昼食、県立芸術大学学長表敬訪問、県庁で副知事表敬挨拶、芸大での沖縄伝統芸能演奏会出席、途中軽い夕食、那覇空港VIPルームからJALで帰路
幸い 元外務省チュニジア日本大使歴任後初代沖縄大使であった原島秀毅さんに今回の用件をお願いしたら快く引き受けてくれて出迎えから送りまで同行してくれた。救われました。(原島さんは現在那覇に住んでいる)

ランチタイムは愚生の担当で首里の高台にある「譚亭」で八重山料理を味わって貰おうとセッティングした。
大使は愚生のCDアルバム「伝」に入っているウードとコラボレーション「月ぬ美しゃがものすごく気に入ってる。是非 生で聞きたい」ということで、チュニジアの楽器ウードを唯一弾ける国仲勝男も呼びかけたら喜んで駆けつけてくれた。勝男さんとはレコーディング以来のセッションとなった。

演奏終 大使から大変お褒めの言葉をいただいた。
「是非母国チュニジアでも演奏してください!」と誘われた。
因みに今年は日本とチュニジアは国交が正常化されて50周年だそうです。
本当にいきたいね

最後は「安里屋ゆんた」を原島さん、壷屋やちむん館館長の前原さん、ウードの国仲さんとブリくんで
♪サーチュニジアよいとこ何度もおいで 春夏秋冬オリーブの国よ・・・合唱した。
最後はカチャーシーをブリと大使も踊り、譚亭で食事をしていた観光客も大喜びであった。
大使をはじめ原島さんお疲れさんでした。ブリくんも重荷がおりてホットしていることでしょう八重山料理はとても上品で美味しかったと大使も喜んでくれました。
譚亭の宮城玲子さん(ゆんたしょーらの実行委員長の奥さん)ありがとうございました!
大使はご公務多用と存じていますが・・・ひょっとしたら明日の「来夏ぬ宴」コンサートに来るかもしれない?
チュニジア大使沖縄御訪問の模様はRBCTVから13日放送するそうです。
Posted by 大工哲弘 at
00:15
2006年03月08日
トリノ
歌の話題ではないが 冬の五輪オリンピック!
冬のオリンピックが閉幕してからもう早いもので一週間が経った。
イタリアのトリノには愚生はまだいったことないが、沖縄が復帰まえ(1969~71年)実は浦添の城間にあった「トリノモータス」とういうところで勤めていた。扱っていた車種は当然のようにファイアット
愚生の仕事はパーツ係りであった。当時沖縄はイタリア製ファイアットが国産より圧倒的に強かった。
小型化されていたイタリア製は沖縄の道路事情にもあっていたのでしょう。
その後沖縄が本土復帰を向かえトリノモータスは琉球プリンス自動車商会に変わり車種・日産スカイラインを中心に販売していた。「鍵は二人でもつ!」キャッチコピーに若者に大変人気があった。現在は琉球日産に変わっている。
あれっ~いつの間にか愚生の回顧録になってしまったが
ですからトリノと聞いただけで ファイアット車を思い出し
昔勤めていた自動車会社がなつかしい。
しかしオリンピック始まる前はTV報道でも最低5つはメダル取るものと各選手がクローズアップされたが、結果はフィギュアで取った至宝の金一つのみで終わった。正に「取らぬ狸の皮算用」とはこのこと
前に愚生の友人とこんな話をしたことがある。
何故 フィギュア演技のとき、バックミュージックは必ずクラシックでなければいけないのか?荒川静香が沖縄の音楽をバックで滑ってたらどうなんだろう、例えば「加那ヨ~天川」とか「瀧落とし」「とぅばらーま」「とうがにあやぐ」などなどの曲でイナバウアを想像しただけでも楽しくなるのになぁ~と言うフリ・ユンタク(余多話)の内容だった。
沖縄は 元々ウィンタースポーツが無いだけに 冬季オリンピックはまったく無縁だ。朝寝坊までしてTVも観戦しない。「冬季オリンピックはトオキにありて思うもの、そして悲しくも金ひとつ?!」
「悔しさを忘れないで」次回のバンクーバーに期待しよう!
五輪旗が表す世界平和を願いつつ
冬のオリンピックが閉幕してからもう早いもので一週間が経った。
イタリアのトリノには愚生はまだいったことないが、沖縄が復帰まえ(1969~71年)実は浦添の城間にあった「トリノモータス」とういうところで勤めていた。扱っていた車種は当然のようにファイアット
愚生の仕事はパーツ係りであった。当時沖縄はイタリア製ファイアットが国産より圧倒的に強かった。
小型化されていたイタリア製は沖縄の道路事情にもあっていたのでしょう。
その後沖縄が本土復帰を向かえトリノモータスは琉球プリンス自動車商会に変わり車種・日産スカイラインを中心に販売していた。「鍵は二人でもつ!」キャッチコピーに若者に大変人気があった。現在は琉球日産に変わっている。
あれっ~いつの間にか愚生の回顧録になってしまったが
ですからトリノと聞いただけで ファイアット車を思い出し
昔勤めていた自動車会社がなつかしい。
しかしオリンピック始まる前はTV報道でも最低5つはメダル取るものと各選手がクローズアップされたが、結果はフィギュアで取った至宝の金一つのみで終わった。正に「取らぬ狸の皮算用」とはこのこと
前に愚生の友人とこんな話をしたことがある。
何故 フィギュア演技のとき、バックミュージックは必ずクラシックでなければいけないのか?荒川静香が沖縄の音楽をバックで滑ってたらどうなんだろう、例えば「加那ヨ~天川」とか「瀧落とし」「とぅばらーま」「とうがにあやぐ」などなどの曲でイナバウアを想像しただけでも楽しくなるのになぁ~と言うフリ・ユンタク(余多話)の内容だった。
沖縄は 元々ウィンタースポーツが無いだけに 冬季オリンピックはまったく無縁だ。朝寝坊までしてTVも観戦しない。「冬季オリンピックはトオキにありて思うもの、そして悲しくも金ひとつ?!」
「悔しさを忘れないで」次回のバンクーバーに期待しよう!
五輪旗が表す世界平和を願いつつ
Posted by 大工哲弘 at
01:15
2006年03月04日
三線・ケース 完
つい20年前までは旅に行くとき三線のハードケースを空港カウンターに預けると「これ何ですか?」と聞かれた。
ひどいのになると「空けてもいいですか?」とケースの中身を確認する係りもいた。
ところが今は若い受付カウンター嬢でも「三線ですね」ニコニコして預かってくれる。
確か1979年だっただろうか?東京で公演があり共演者があの宮古民謡の国吉源次兄(あざ)であった。東京はちょうどG7サミットが開催されていて、翌日公演も済ましタクシーで帰る途中、空港まで5回も検問にひっかかり、その都度三線のハードケースの中を入念に調べられた。どうも検問警察は助手席に乗っていた国吉源次さんのゴツイ顔をみて「ケース開けて?」と言ったのか、それとも三線ハードケースの形とサイズが怪しげだったからなのか?いまもって解決していない。
お陰で搭乗にやがて乗り遅れそうになった苦い経験があった。
ところが今は空港ターミナルや駅などで必ず若者達が三線のソフトケースを肩に掛けた姿はよく見かけるで
あろう。まぁこれだけ三線が普及している証拠だ。
ケースを持ったお陰でオジィ・オバァからよく話を掛けられると愚生の弟子達もたいへん喜ばれている。いわばケースコミュニケーションが図られるのは沖縄独特な風情なのかもしれない。
さぁ~今日は琉球放送のラジオ電波にのり12時~21時まで時報合図で「かじゃでぃ風」を弾き多くの歌者たちが読谷の鳳ホールで出演、数々の歌・三線を紹介する。いわばサンシンアニバーサリーデーである。
ミンナで祝おう、歌おう!かじゃでぃ風節・・・愚生の出番は16時40分頃
そして 今月は1942年・昭和17年3月に沖縄で初のラジオ放送が発信された月でもある。今日の沖縄は9時間琉球放送の電波と地上で三線の音が響き渡り大ロマンが展開される。
『さんしんの日』放送まで後~10時間!!!!
ひどいのになると「空けてもいいですか?」とケースの中身を確認する係りもいた。
ところが今は若い受付カウンター嬢でも「三線ですね」ニコニコして預かってくれる。
確か1979年だっただろうか?東京で公演があり共演者があの宮古民謡の国吉源次兄(あざ)であった。東京はちょうどG7サミットが開催されていて、翌日公演も済ましタクシーで帰る途中、空港まで5回も検問にひっかかり、その都度三線のハードケースの中を入念に調べられた。どうも検問警察は助手席に乗っていた国吉源次さんのゴツイ顔をみて「ケース開けて?」と言ったのか、それとも三線ハードケースの形とサイズが怪しげだったからなのか?いまもって解決していない。
お陰で搭乗にやがて乗り遅れそうになった苦い経験があった。
ところが今は空港ターミナルや駅などで必ず若者達が三線のソフトケースを肩に掛けた姿はよく見かけるで
あろう。まぁこれだけ三線が普及している証拠だ。
ケースを持ったお陰でオジィ・オバァからよく話を掛けられると愚生の弟子達もたいへん喜ばれている。いわばケースコミュニケーションが図られるのは沖縄独特な風情なのかもしれない。
さぁ~今日は琉球放送のラジオ電波にのり12時~21時まで時報合図で「かじゃでぃ風」を弾き多くの歌者たちが読谷の鳳ホールで出演、数々の歌・三線を紹介する。いわばサンシンアニバーサリーデーである。
ミンナで祝おう、歌おう!かじゃでぃ風節・・・愚生の出番は16時40分頃
そして 今月は1942年・昭和17年3月に沖縄で初のラジオ放送が発信された月でもある。今日の沖縄は9時間琉球放送の電波と地上で三線の音が響き渡り大ロマンが展開される。
『さんしんの日』放送まで後~10時間!!!!
Posted by 大工哲弘 at
02:16
2006年03月03日
三線・サンスエン 2
以前 琉球新報のコラムに糸州さんがサンシン(三線)は中国表記で、沖縄は「三味線」と書き<サンシン>
と読ませるべきなどと論壇にお書きになっておられた。
確か八重山民謡「やぐじゃーま」の中にも
♪うりが隣ぬ白かちゃーや うりに合わしゅてぃ三味線ば弾き眺めおーる
「黒島口説」きにも
♪歌や三味線テントゥルテントゥル面白むんさみ
<三味線・さんしん>とある。
しかし宮城信勇先生の石垣方言辞典や
宮良當壮先生の全集の「山原ゆんた」の紹介では
♪三線で竿やクバぬウディば三線でし
<三線・さんしん>と記されている
ちょっと前まではサンシンという表記は他に「三絃」「三弦」「三味線」と書き統一されていなかったが、最近は「三線」という表記に落ち着いているようだ。
これから島唄を本格的に勉強する人は三味線から「味」が抜けた「三線」になった分、歌情けの「味付け」は不可欠に要求されていることを忘れてはなるまい。
いずれせよ悠久なる歴史の中で培われてきたウチナーの「三味線」は三筋の糸に歌声を乗せて大味必淡・大音必稀しながら、ときには強く、ときには曲にあわせ風と水のリズムとなり人々の心に触れ全国を駆け巡り、人と人をも繋ぎ島と島も結び越境し続ける三線はこれからも進化していくだろう
3月4日の「さんしんの日」まで後~イチニチである。
と読ませるべきなどと論壇にお書きになっておられた。
確か八重山民謡「やぐじゃーま」の中にも
♪うりが隣ぬ白かちゃーや うりに合わしゅてぃ三味線ば弾き眺めおーる
「黒島口説」きにも
♪歌や三味線テントゥルテントゥル面白むんさみ
<三味線・さんしん>とある。
しかし宮城信勇先生の石垣方言辞典や
宮良當壮先生の全集の「山原ゆんた」の紹介では
♪三線で竿やクバぬウディば三線でし
<三線・さんしん>と記されている
ちょっと前まではサンシンという表記は他に「三絃」「三弦」「三味線」と書き統一されていなかったが、最近は「三線」という表記に落ち着いているようだ。
これから島唄を本格的に勉強する人は三味線から「味」が抜けた「三線」になった分、歌情けの「味付け」は不可欠に要求されていることを忘れてはなるまい。
いずれせよ悠久なる歴史の中で培われてきたウチナーの「三味線」は三筋の糸に歌声を乗せて大味必淡・大音必稀しながら、ときには強く、ときには曲にあわせ風と水のリズムとなり人々の心に触れ全国を駆け巡り、人と人をも繋ぎ島と島も結び越境し続ける三線はこれからも進化していくだろう
3月4日の「さんしんの日」まで後~イチニチである。
Posted by 大工哲弘 at
01:25
2006年03月02日
三線サンスエン 1
3月4日「サンシンの日まで後・・日!」と毎日琉球放送のラジオ番組でもカウントされ沖縄は三線ムード一色に高まっている。
そこで改めてさんしんを再探索してみよう。
沖縄の音楽には欠かせない三線は昔中国の福建省の?人36姓を琉球に賜ったときに(1392年)「始めて音楽ヨ節シ礼法ヨ制ス」という記事があり三線を携えてきた可能性があると文献に記されてあり、それが伝来の始めとされている。
歴然と中国から伝来された三線は改良を重ねて今の落ち着いた型になった経緯はもう愚生が語らずにも人口に膾炙されている。
昨年 名古屋でライブ行った際 偶然 徳川美術館で「琉球楽器展」が開催されていたので訪れてみた。そのときのストック写真である。(三板やドラ、琴、太鼓、笛の写真は省略)





興味があるのはすっかりお馴染みになった十二楽坊で演奏されている二胡・二絃(ルウヒエン)長線(チャンスエン)短・長三線(サンスエン)夜雨金(ヤウキン)胡琴(ホウキン)四線(スウスエン)中国の演奏会で見かける多くの楽器が昔琉球王府でも演奏されていたかと思うと嬉しくなってくる。島津藩管轄後琉球が江戸上りの際名古屋にも寄り演奏されたと説明文にあった。
その文を紹介しよう!
「中山王府の華麗を極めた楽器セットである。江戸時代尚王家の楽人たちが来朝したときには、将軍の恩前で演奏するならわしであった。寛永十年(1798)尾張徳川家の戸山屋敷で島津家の家臣が演奏した記録がある。尾張徳川家伝来のこの琉球楽器は、寛永2年(1790)に琉球使節が来朝した時に携えてきたものと推定される。
江戸時代に、このような多種な楽器を用いて演奏されたことは稀有なことで、その豪華さは想像を絶するものであったろう・・・・」
当時 琉球楽器でどんな曲を演奏されたかは記されてはないが、当時としては物珍しさもあってか、稀であると評され改めて琉球楽器展を観てサンシンの歴史を垣間見ることができた。
Posted by 大工哲弘 at
00:40




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