2006年10月31日

奇跡の一マイル

那覇の中心街に国際通りがある。

敗戦直後 沖縄の一大商店街が立ち並らび奇跡的に発展を遂げたので人々は「奇跡の一マイル」と呼ぶようになった(那覇署から安里までの距離)
ちょうど安里三叉路門の二階に その通称名の「1MILE・イチマイル」というカフェがある。

去った(土曜日)京都からオフノート所属のミュージシャン「薄花葉っぱ」というアコースティクユニットのライブが1MAILEであった。

ノスタルジックな楽曲を得意とし、地元京都で活躍している京都美童3人。下村ようこ(唄)坂巻沙子(ピアノ、ウクレレ、コーラス)宮田あずみ(コントラバス、コーラス)とウエッコ(ギター)の編成。デパートリーもオリジナル曲からハートランド・第九までと幅広いのには驚かされる。ボーカルの下村ようこは戸川純を彷彿させる個性的な歌声とユニークなMCはファンタスティックな気分にさせてくれる


ライブ終了後「1MAILE」の近くの国際通りに面した場所に愚生の弟子・屋嘉部充(コーニーズ)が明日(1日)ライブ居酒屋『石垣島』がオープンする(そのレポートは後日)。オープン前に皆で晩くからお邪魔した。


盛夏には同じ奇跡の一マイルにコーニーズメンバーの吉川が島唄ライブハウス「鳩間島」をオープンしたばっかりだ。
また 来春は宜野湾で活働している「島唄」のネーネーズが国際通りにライブハウスを移転開業する。
「波照間」「鳩間島」「とぅばらーま」「石垣島」「ふがらさ」「チャクラ」他 愚生が分かる情報だけでも10軒はあるだろうか

国際通りの一マイルは益々これからライブハウスで賑やかになるのか?それとも地元の人は まったく行かない別世界の歓楽街になり「奇跡の一マイル」が「島唄ライブ一マイル」に変容するかも知れないという不安がある。
島唄ライブハウスが多様にあって観光客は歌い手を選べると言う利点はあるが、逆に多すぎて客が引く可能性だってある。75年の海洋博覧会当時の沖縄ブームの“二の舞”に成らなければと祈るばかりだ。

まずは明日「石垣島」の開店を祝い、繁盛を願おう!!


↑「石垣島」オープン前に今月1日にCD・BEGINの上地等がプロデュース「つぼみ」をリリースしたという春山祐希枝ちゃん(寄宮出身・22歳)がミニライブで嘉利(カリー・縁起)をくけてくれた。
ストリートライブで鍛えられた力強い歌声と明るい性格は 近々全国を駆け巡るであろう
祐希ちゃん がんばってね~!  
Posted by 大工哲弘 at 11:38

2006年10月29日

沖縄フォーラム 

昨日「沖縄に学ぶ」フォーラムin NAHA 2006があった。

東京の和光小学校が沖縄に修学旅行を実施して20年、兄弟校の和光鶴川小学校も10年平和学習、芸能体験、沖縄から学ぶというテーマで継続してきた両校に沖縄県から感謝状が贈られた。
その節目の年に これまで修学旅行(平和学習)を通し沖縄戦の平和ガイドをされている体験者を招いて琉球新報ホールでシンポジウムが行なわれ「戦後61年 今こそ伝えたい」と証言者達が熱く語った


○金城重明さん(渡嘉敷島で一斉に家族同士の殺し合いが始まった。少年も無我夢中で母の命を絶った。捕虜になることの恐怖は生きることへの恐怖へと変わった・・・)

○宮良ルリさん(南風原陸軍病院での凄惨な看護婦活動の日々、さらに南部では、教師を夢見ていた少女が「人間が人間でなくなる」現実追い込まれていった・・・)

○島袋淑子さん(南風原陸軍病院から糸数分室へ、増え続ける負傷兵を相手に看護は不眠不休で続いた。最後にたどり着いた伊原第1外科壕で悲劇が・・・)

○宮城喜久子さん(津嘉山の32軍経理部、食料調達・水汲み・看護と、南部に撤退した彼女たちを待ち受けていたのは解散命令だった。追い詰められた荒崎で機銃掃射があびせられた・・・)

○稲福マサさん(負傷兵が折り重なる識名の壕、その夜はいつも寝ている場所に親友が休んでいた。そこに直撃弾が炸裂した。戦場では生と死は紙一重だった・・・)

○宮城巳知子さん(日本軍の南部撤退。負傷患者を薬殺するための注射器を渡された時の恐怖、南部撤退後はただ砲弾の嵐にさらされる日々が待ち受けていた・・・)

○崎山麗子さん(南部・八重瀬岳山腹の第24師団野戦病院。突然の除隊命令で女学生だけの逃避行が始まる米軍上陸寸前に北部へ脱出。しかし空爆で友人は命を落した・・・)

<プロフィールはフォーラムのパンフレットから転載>


これだけの証言者が一同に揃いシンポジウムも珍しい。
悲惨な戦争体験談には一言一句重みがあった、だんだん聞き入っていると日本軍の行動には憤りさえ感じた。
どの証言者も結びに「二度と戦争を起こしては成らない、命どぅ宝」を涙を浮かべながら訴えていた。

その和光小学校と云えば95年に卒業した愚生の弟子に伊藤幸太くんが居る。当時、新聞に掲載された愚生の記事を読み八重山民謡を歌い平和を訴えている内容に感心を示し、文通が始まり、高校卒業と共に沖縄国際大学に入学。本格的に弟子入り、歌を学ぶ。今年卒業、琉球民謡音楽協会のコンクール「最高賞」受賞。来月19日は「競演の島唄」全琉からヤカラ者が集まり島歌を競う大会にもエントリーした。健闘を期待したい。
シンポジウムで伊藤幸太は卒業生代表のパネラーとして、「沖縄から学ぶ・三線から学ぶ・平和の心を学ぶ」を堂々とスピーチしました。 
出会って10年経った月日を感じたな~

内容の濃いフォーラムであった。
逆に沖縄の学校側が和光小学校から大いに学ぶのがあると思うのだが

オープニングでは師弟共演で3曲披露した。
①ヒヤミカチ節
②安里屋ゆんた

久しぶりに沖縄へ返せ(21世紀バージョン)
♪「沖縄かがやけ」をうたった

♪遠く彼方に望み置き 海をかけ 世界に繋ぐ島
 南風流れて人の誠届ける 平和を伝える沖縄は 
 心満たせ沖縄に夢を結べ沖縄に 沖縄かがやけ 

作詞:高田昇 作曲:荒木栄

21世紀は 基地もなく戦もない時代を迎えられるようにと願望し創られた歌、もう 歌わないと思っていたが・・・昨日は何故か 最近沖縄で起きているワジィワジィーする現状には歌いたくなった 

先日 防衛庁長官はパトリオット(PAC3)沖縄に配備する地対誘導弾について「沖縄の人は喜んでもらいたい」と参院外交防衛委員会で述べたそうだ。

以前と変わらない永田町と沖縄の温度差には呆れている

衝撃的な話題がまた 今朝の沖縄両新聞はトップで伝えた!!

太平洋戦争末期沖縄戦で鉄血勤皇隊(16歳以下の少年隊)を県が軍に名簿を提出し覚書を交わしていたとのニュースには驚かされた。

これまでは行政側が軍の被害者として語られてきたが、県と教育機関が一体となって子供達を戦場に送り込んでいた有事の実態が暴かれた、昨日の沖縄で学ぶシンポジウムで証言された体験者達はこの事実をどういう風に受け止められたのであろうか?
悲しくなるばかりである

被害者が加害者でもあった。哀れな戦争の実態
歴史の教訓を学ばなければ 

昨年地元の理解が得られぬまま米軍再編・中間発表があってちょうど今日(29日)で一年目である。

和光小学校・鶴川小学校の関係者の皆さんお疲れさんでした!  
Posted by 大工哲弘 at 15:09

2006年10月26日

渋谷散策

東京行くと駅の急階段を登り下りは 物凄くキツイ。車社会の沖縄に居ると いかに日頃運動不足で歩いていないかと言うのが分かる。

先月のライブツアー中 老体にムチを打ちながら渋谷の道玄坂・山の手教会の地下にあった思い出のジャンジャン(200年1月に22年間をもって閉館)を見たくて渋谷界隈を闊歩してみた。


ジャンジャンの在った場所はまったく昔の面影はなくオシャレなカフェになっていた。


↓楽屋入り口だった地下駐車場



ジャンジャンといえば菱形のキャパスティー130席で小劇場としては日本では草分け的な存在で民謡、フォーク、ロック、落語、トークショー、様々なジャンルの芸人達が活躍された小劇場であった。 故高橋竹山先生や雪村いずみ、故淡谷のり子、永六輔、松島とも子、長谷川きよし、おすぎとピーコ、ダウンタウン、清水ミチコなど著名なアーチストと出会う場でもあった。


遅れて沖縄でも那覇なみさとビル(今はスターバックス横の地下)に1980年2月20日沖縄ジャンジャンがオープンした。↓(?落しのコンサートのチラシ)

舞踊、芝居、ミュージシャン達が刺激受け、活動を続けていたが 惜しまれつつ93年・13年間をもって沖縄ジャンジャンも閉幕した。

思い出が走馬灯のように浮かんでくる  
Posted by 大工哲弘 at 15:58

2006年10月23日

あの感動をもう一度

去った10月9日「第12回・琉球フェスティバル2006」の写真が届きましたので何枚か紹介します。
当日 写真の記者として許可を貰った愚生の友人が撮ったスナップです。

↓普天間かおり (クリックすると画像拡大)


↓ディアマンテス


↓下地勇とTWO TONES(内田勘太郎と島袋優)


↓パーシャクラブ


↓あれ~っ どっかで見たことある お姐さんや


↓大島保克


↓ハンカチ オ~ジィ


↓屋嘉部充


フィナーレでお客と一体になる


↓お客さんが主役です。


↓フィナーレ 


他の出演には 津波恒徳、知名定男、坪山豊、我如古より子、ネーネーズ、よなは徹、中村瑞希、鳩間加奈子、神谷千尋、白百合クラブ(特別出演)沖縄かりゆし会(エイサー)琉鼓会(エイサー)琉ゆう会(エイサー)
司会:玉城満、大塚由美

コンサートは6時間という長丁場にも関わらず、大阪のみなさん 最後まで盛り上げていただき
ありがとうございました!  
Posted by 大工哲弘 at 23:07

2006年10月22日

手書き工工四集完成

待望?の工工四が完成した。


20年も那覇市勤労青少年ホーム(今年閉講)三線講座や那覇市内の首里公民館(14年)若狭公民館(16年)の島唄サークルの三線講座を通して歌や三線の普及に努めてきたが、教則用の楽譜はその公民館のレベルや雰囲気、季節に合わせて工工四を作成し皆に配布し勉強していた。


其々が自分のファイルを作り綴ってそれぞれの工工四を持っていたのが実状であった。
その為ページがまちまちで、「さぁ○○○節を歌おう!」と呼びかけても、その曲を探すまで時間が掛かった。公民館サークルは(7時から始まり9時まで講座時間)特に後半の8時からはリクエストタイム称しお互い歌いたいうた、聴きたい唄、やって見たい歌をリクエストし皆で演奏して楽しむという時間には統一の楽譜がない為、大変不便を来たしていた。


↑皆からリクエストを取る。下の○にある数字はページ

それが 今回の『作譜・編纂工工四楽集』完成により統一のページとなった為 一斉に曲題を探せてロスタイムが無くなり「スピーディで便利だ、見やすい、使いやすい」と若狭公民館・島うたサークルでは好評であった。

楽曲もこれまでの講座経験を活かし初心者も弾ける登竜門編からコアな島唄まで集めてみた。


例えば島唄ポップスからは童神、島人ぬ宝、島唄、涙そうそう、生活の柄 他。古典音楽集からも何曲、また 琉球民謡音楽協会・主催のコンクールの全課題曲(沖縄・宮古・八重山)や奄美大島(行きゅんな加那・永良部百合の花)の歌など130曲を編纂。(B4版とA4版とがある)
おまけ編として宮古根(ナークニー)の歌詞集、琉歌が読む人間一生節歌詞集なども挿入し充実した内容であると自負している。


だが 発刊後 誤字・脱字を発覚。若干 訂正しなければならない曲もある。各ネットの皆さんには交流板でお知らせしましたが、各教室の稽古時に改正したいと思っております。
お許しください!

来年は八重山節歌集(本調子・二揚)
ゆんた&じんた集(戯れ歌・遊び歌・大和歌集)を作成しようかと考えております。
断っておきますが、愚生の編纂・工工四楽集は大工教室ネットのみで教用するものでけっして市販されるものでもありません。


今回の教訓を活かし原稿の校正を何度もしてから製本に回したと思っております。
工工四の編集・デザインを担当した増井君にもご迷惑をかけましたね

その増井君が来年のダイアリー・沖縄手帳が仕上がったと昨日稽古場に持って来てくれた。
エッ もう来年の手帳なの~っと女性群はビックリしていたが

個人的には もう昨年から使い慣れているので迷いもないく増井くんデザインの沖縄手帳だと決めている(2007年版はすっきりして、サブノートのメモ帳もミシン目が入り多様な使い方が出来て便利だ)

↑表紙は赤と黒がある。


[発刊]編集工房 東洋企画 
098-831-7404(増井まで)
定価1,300円 

そう云えば今日郵便局に行ったら 来年の年賀ハガキの注文を受け付けていた。

アイッ!忘年会の会場をも早く予約しなくちゃ~  
Posted by 大工哲弘 at 01:23

2006年10月20日

航空書簡

朝日新聞の「どらく」2回目:街の人から生まれる音の「ちから」が掲載されました。
スペインの渡辺純子さんとの書簡です。

ビートルズ世代に贈る、こだわりのエンタティンメントサイト
↓興味ある方は覗いてみてください

http://doraku.asahi.com/kiwameru/travel/061017.html  
Posted by 大工哲弘 at 10:54

2006年10月20日

花は人の心を和ませてくれる
この世で花が嫌いと言う人はいないと思う、そう!例に漏れなく愚生も花大好きな一人である。


今の時季 皆さんの所にはどんな花が咲いているのでしょうか
10月後半でも残暑がある沖縄の我が家には まだ夏の花「松葉ボタン」が元気よく咲いております。

もう一つ夏の花と云えばキョウチクトウ科の「日々草」がある。

夏の暑さで他の鉢花が元気ないときでも、日々草は一日ごとに新しい花に先変わり夏の日を生き生きと過ごすありさまは まるで青春の象徴そのもののようで、花言葉も「若い友情」「楽しい思い出」として知られている。

沖縄本島では「にちにちか」「にちにちそー」八重山「にちにちぱな」宮古・多良間「につにんさくばな」と呼んで親しまれている。

我が家の側溝隙間から元気な日々草が力強く咲いているのを見つけた。以前 大根が道端で生えて「ど根性」と呼ばれていたのを思いだしたが。日々草の場合は何てよんだ方がいいのかな・・・ ド ニチソウ?!


けっして恵まれない環境でも一生懸命咲いているド日草には感心させられた。今の人間社会に何か問いかけているような日々の生き方を日々草が教えているようだ。


ド日々草のように逆境においても力強く元気で日々生きて行けば 花言葉のように、将来は楽しい思い出が語られるかも知れない

♪節々ぬ花や庭に咲かしょうり  
心ぬ花や日々咲かしょうら(自作・とぅばらーま)
<季節の花は庭に咲かそう  そして心の中に日々の花を咲かそう>  
Posted by 大工哲弘 at 00:18

2006年10月16日

河ぬ下・カヌシチャ

♪沖縄の毛遊(もーあしび)歌に「汀間(てぃまー)とぅ」という歌がある。
ある歌本には「汀間当」と当ている題名もあるが、明らかに誤題名である。

①汀間とぅ安部境(あぶさけ)ぬ河(か)ぬ下(しちゃ)ぬ 浜下りてぃ汀間ぬ丸目加那とぅサー請人神谷とぅ恋ぬ話 サーふんぬかなひゃー誠かやー

(汀間とは久志村、今は名護市にあたる)と安部の境界の河下の浜に下りて、汀間の丸目加那と首里役人の請人神谷と恋をしているそうな、それは本当か、どんなものか。
<首里の役人と田舎娘の恋を、村人が風刺を込めてスキャンダラスに歌った内容の歌>

一番の♪汀間とぅと打ち出すところから「汀間とぅ」とうタイトルが付けられた。
他にも♪加那よー歌詞が出るところから「加那ヨ~」とうタイトルに、今日ぬーと始まる♪かじゃでぃ風節が「今日ぬ~」に♪月ぬ美しゃは「チョウガー節」だが「月ぬ美しゃ」。♪赤だに節が「山崎ぬあぶじゃーま」になるなど他にも歌詞のうちだしがタイトルになったりする題名がある。

名護市にある「カヌチャベイリゾート」の名前はこの汀間とぅの歌詞に出てくる「河ぬ下ぬ」カヌシチャから「シ」を抜いて「カヌチャ」に銘々されたネーミングである。一見外来語ではないかと言うイメージだが立派なウチナーの地名である。

話は急変するが

先週の週末土・日はそこのカヌチャベイゴルフクラブでプレイとベイのコテージでバーベQと宿泊を従兄弟兄弟で楽しんだ。
ゴルフはここ数年出したこと無い まぐれか・パーティー(同伴者)がよかったのか? ベストスコアーで廻った。
エッ!ラウンドスコアー教えてって~? 稀なので自慢して70最後の数字79でした。


ヴィラズで夜風に吹かれながら 星空の下でのオリオンビールは本心に旨かったなぁ~
最近 うた声の調子もいい 3月以降 フリーターになって気持ちが吹っ切れた性なのか?


ヴィラズからパノラマのような美しい大浦湾が眼下に見える。


何年後には その湾に普天間のヘリポートを移設するために新たな軍基地が建設される予定である。
建設されると カヌチャベイは当然の様に飛行ルートになるので今の環境維持は難しいであろう
そして大浦湾海域には貴重なザン(じゅごん)天然記念物が生息していることも何度も確認されている。
ジュゴンが住むシンボリックな海に基地を作ろうとする事態が本当は大きなスキャンダラスではないかと思うのだが・・・


カヌチャから帰宅すると先月敬老の日スペシャル「芸能バラエティー」で演じた琉球講談(ザンぬ魚物語)の放送されたMDが届いていた。
早速音を聞いてみた
最後の行で「人間は自然と向き合って共に生きよう!」と云う台詞には思わず「そうだよね!」って舌打ちをしてしまった。

カヌチャベイリゾートには愚生の三線教室に名護から那覇まで通い一生懸命勉強している宗像出身の○谷さんが勤務している
カヌチャベイリゾートは今ウェディングツアーキャンペン中であると彼女は言う。
これから計画されているカップルはいかがでしょうか

湾内に基地ができたら この美しいロケーションは観られなくなるかも知れない  
Posted by 大工哲弘 at 22:35

2006年10月12日

「どらく」のインタビュー

先月JALの「航空書簡」どらくの取材をうけました。

『波音と海の青さに 心を解放つ』

JAL旬感旅行・・・・聞き手:いとう かおる

よかったら 見てください↓
http://doraku.asahi.com/kiwameru/travel/061010.html

「どらく」の「極める」コーナーのトップページ
http://doraku.asahi.com/kiwameru/index.html

次回は17日「音楽」です。

スペインに行きたくなりました。  
Posted by 大工哲弘 at 00:16

2006年10月11日

コラムでお礼参り

1日・東京やいま歌会のうた・三線特別稽古、ジンタライブ参り(東京・名古屋・京都・大阪)、大阪三線クラブ教室特別稽古。2006・琉球フェスティバル(大阪ドーム)の日程を終え昨夕無事那覇に10日振り生還しました。

(写真・安部マリエ)名古屋「得三」にて

各地で沢山の方々にお世話になりました。

東京→名古屋間は大阪チンドン通信社メンバーのキャラバンカーに同乗した。道中は色んな話が出来てチン道中?!楽しかった!
そのコミュニティーが活きステージでもその成果が生かされた思う。
出来たら一緒に日本中廻りたいくらいだった。
林さんはじめジャージ川口、小林、仮屋崎さん!また 機会を見て演りましょう♪

大阪三線クラブの特別稽古(笛)部門は始めて受指されるメンバーに愚生が笛に対しての確かな音感・音程を感受して貰いたいと力説し伝えたつもりだが 皆は戸惑っている様子でしたが・・・分かって貰えたでしょうか?
笛吹けば「煩い!!」と言われない為にもがんばってください


↑大阪三線クラブの田中律子さんが中秋の名月(6日)なのでご馳走を マツタケ御飯・・・・美味しかった。


↑フェスティバルのリハーサル風景


琉球フェスティバルは隔年で出場した今年は新鮮だった。気持ちよく遊べた。ステージ報告はドームでご観覧された さまざまな人が謗誉褒貶し評をやっていることでしょう?

琉歌にも・・・
♪誉(ふ)まれ謗(そ)しらりや世ぬ中ぬ習い、 
沙汰(さた)ん無(ね)んむんや ぬ 役立ちゅが
<誉められたり 貶されたりするのは世の中の常である、まったく沙汰の無いものは何の役にも立たない>

歌い手は ただ歌い 演ずるのみである。

これからも 大いに歌います。

どうぞ よろしくお願いいたします!

追伸 愚生が思うことは(どうちゅいムニィ) この3連休(7・8・9日)で沖縄は『那覇まつり』
<元々は10月10日 沖縄戦で多くの犠牲を出した那覇空襲(10・10)を風化させずにと復活された祭りである>大阪・兵庫でも『だんじり祭り』が各地で真っ盛りであった。


そして連休最終日の9日・大阪ドームで琉球フェスティバルが開催される其の朝、北朝鮮が核実験を実施したとのニュースには驚かされた。何の為に、誰の為に??

この問題だけに関しては北朝鮮だけの問題では無いのではないか?よくよく考えるとテロだって「体があるから影がある」のではないか?イラクの二の舞に成らない為にも 武力でもって制圧するのでなく根幹を探り、平和的対話でもって解決して欲しいと思う。「朝鮮」という字をよく見れば 朝が鮮やかと書く。本にその日を見たい。

残念だが その地下核実験に伴い在沖アメリカ軍は「抑止力」を口実にPAC3(パトリオット)を嘉手納基地に配備され益々の軍事力強化・基地負担増と懸念されている。 


平和という二字が続いているから「まつり」が各地で開催されるのである。来年も また再来年も・・・そして恒久平和を祈るのみである。

ジンタ参り、東京・大阪三線クラブの皆さん。琉球フェスティバル

ありがとうございました!!


大阪には 秋が・・・  
Posted by 大工哲弘 at 16:38