2006年12月31日

行く年・来る年

今年も後数時間となった、2006愚生の重大ニュース回顧録

3月付けで長年(36年間)勤めた那覇市役所を勧奨退職し音楽活動に専念できる生活環境を整えたのが今年一番重大な出来事だった。

音楽活動の始めは永原元(パーカッション)と道中東(札幌、小樽、芦別、釧路、佐呂間、帯広)を5月春爛漫な時期にミニキャラバンカーで廻りライブを実現できたことだ。 ライブ終了後は その土地の人たちとの心温まる交流があるから、地方ライブはやめられないのである。むしろ これを演りたかったから フリターになったと言っても過言ではない。

7月にはジンタシリーズ第3弾「ジンターランド」CDをオフノートからリリースし、大阪チンドン通信社と東京、名古屋、京都、大阪ライブを 林幸次郎さん率いるチンドン一行とこれまたキャラバンカーで同乗し巡回できたことも楽しかった。

また ソロライブでは始めてライブをやった大阪(野崎観音)や甲府の「桜座」は一番印象に残っている。「あまんじゃく」の今村さんには大変お世話になった。

また 尊敬していた故竹中労セェンセイの妹が管理している父・故竹中英太郎記念館を訪問出来たことも嬉しかった。

今年自然災害が日本列島各地を襲ったのを象徴するかのように大洪水が起きた直後(7月22日)に長野(辰野町)ライブも印象に残る


今年から全国の大工ネットが出張で各地へ移動教室とは別途に個人的に沖縄に来て三線の稽古を面授する三線兄弟が増えたことも 特筆であろう。


プライベートでは亡き父・善三郎の大焼香(うふしょうっこう・33年忌)の法事を済ませたことだ。親がいて愚生がいる。 これは一番大事な回顧録と記したい。

いろいろあった2006年 皆さんにとっては どんな年でしたでしょうか?

♪「月日(つぃちふぃ)走(は)い過(すぃ)ぢてぃ一夜(いちや)隔(ひ)ざみたる 年ぬ中垣(なかがち)ん今宵(くゆい)なたさ」

<月日も走るように過ぎてきたが一夜隔ての(旧年と新年)垣根(大晦日)も今宵になったね>

今年一年 拙い「島唄コラム」ありがとうございました!!
良い年をお迎えください。  
Posted by 大工哲弘 at 01:56

2006年12月28日

去った16日宮古島市誕生一周年記念公演で久しぶり宮古島に訪れた時の話である。


観光バスガイドさんがコース案内中 いきなり宝貝を持ち出して「昔 中国はお金の変わりに貝で物買いをしていたそうです」ですから 物を買う字には「貝」が入っている。それが語源になっていると説明していた。成るほど!
早速 携帯辞書で貝へんの漢字を調べてみた。遺、員、韻、唄、賀、慣、貴、顕、賢、顧、鎖、貢、項、賜、資、賛、質、順、責、賞、損、測、貸、頂、賭、敗、賑、貧、貰、頼・・・・いくらでもある。


その証に物の貸し借りや モノを買いすぎて失敗して貧乏になるにもみんな「貝」へんがついている。ですから「買い物は賢くなるべし」とユーモアーを交えて説明しているうちに城辺・保良に1600種2万6000点の貝が世界から収集され展示されている観光スポット海宝館にバスは止り。ショッピングと貝の博物館を見学した。

そう云えば我々が嗜んでいる唄も貝へんでコンクールで賞を頂くのも、先生から頼りにされる。平和を祈願する。
忘年会で賑わうのも。と例を挙げれば切がない。


もう一つ  人から物を貰うのも「貝」へんだ。
全国の皆さん(札幌、帯広、東京、岡山、大阪、香川、福岡、愛媛、長野、群馬、茨城、石垣)からと特産物のお歳暮を賜った。

心暖まる贈り物に感謝しております。
ありがとうございました!
今年は久しぶりに皆集まり家で正月するので貴重に正月使わせて貰おうと思っています。



残念な事はノロウイルスの感染症がカキやアサリなどにあるなどの風評で大被害を被っている広島、仙台、北海道のカキ名産地が今の書き入れときに悲しい口コミならぬマスコミウイルスに襲われている。その責任はどこにあるのだろう・・・カキも貝類。一日も早くウイルスから解かれ旨いカキが食える元の流通復興を願っています。

「冬は牡蠣鍋 牡蠣フライ」と♪マクラム道路に乗せた自慢の唄も聴ける日が待ち遠しい
「貝殻で海を量る」話で申し訳ないです。

バスガイドさんの貝話の落ちは「この世で一番うるさいカイは、婦人カイだそうです?!」

「・・・・・・」

タンディガー タンディ!!  
Posted by 大工哲弘 at 22:51

2006年12月26日

キリシタン

沖縄にクリスチャンとはまったく関係ないが 昔から「キリシタン祭り」という行事が残っているという村があった。
名護市は久志区である。今日平成18年度の「切支丹」まつりが区民総出の元 久志公民館で今夕(25)開催された。

「久志村誌」によると前年11月9日から当日迄に生まれた幼児を部落事務所に集め、部落総員参加の下に酒宴を開き、子供達の前途を祝福する行事がキリシタンまつりと記されている。

知識不足で そんな素晴らしい祭りが沖縄にあるとはまったく知りませんでした

その祭りのアトラクションで招かれ今年2006年最後のライブを公民館で演ってきました。


クリスマスだからと言って幕開けはジングルベルでもなければクリスマスの歌でもない。 
やっぱり ♪かじゃでぃ風節


↑♪谷茶前を踊る平安山裕子/西村綾乃


↑♪加那よー天川を踊る宮城昭博/東江祐吉


この行事は 旧藩時代基督教の取り締まりが厳しく行なわれていた時代。切支丹宗門改帳が各村で作成させられ、11月10日該当児の記名をなくして首里王庁の大興座(当時の戸籍役場)に提出する日で記帳後に行なわれた祝宴をキリシタンチョウーと称し、切支丹禁制に起因したのは遺風であると記され当区ではキリシタン祝には該当する子供の家庭は心盛り(シンムイ)と称し、沢山ご馳走を山盛りにして供応し村屋で区民総出でのお祝いが昔は行なわれていたそうです。最近は折り詰めが該当家庭に配られるようになった。

戦後になって旧暦11月9日に開催されていたが 現在はクリスマスの25日に行なわれるようになったそうです。


今年の平成18年度は13名の可愛い子供達が祝福を受けた。可愛い!!


キューバ独立の英雄ホセ・マルティさんも、「子供は世界の希望であり、愛することを知る存在」子供が強く健康に成長し、自由な大人になれるよう環境を整えるのも大人の責任・・・」と

本当に子供は島・国の宝、すくすく育って欲しいと願っています。

久志公民館長の島袋さんお世話になりました。 ありがとうございました!!  
Posted by 大工哲弘 at 00:58

2006年12月23日

柳節と墓の祝

八重山では人間が住む家を「前ぬ家」<まいぬやー>終の住み家「墓」を「後ぬ家」<しぃぬやー>として呼び分けている。


石垣在の朋友(當山・同級生)が後の家を新築完成させたという事で祝嘉利(かりー)を付けに故郷・石垣に蜻蛉返りで行ってきました。

墓の中に納骨する前に三線で落成の喜びと、此れまでの苦労をねぎらって「墓祝事」の歌詞で歌う↓

●土(つぃち)ん引(ふぃ)ち美(ぢゅ)らしゃ 石(いし)ん居(ゐ)し美(ちゅ)らしゃ、風(ふん)水(し)真(ま)塚(ちか)根(に)ぬ 向(ん)けぬ美らしゃ(かじゃでぃ風節)

●白銀(なんぢゃ)森(むい)くさてぃ 黄金森前(くがにむいめ)なち、風水真塚根ぬ 居ちょる美らさ(恩納節)

●まかやかやぶちや かいやどぅどぅやゆる、風水真塚根や 末代(まちで)までぃん(辺野喜節)

●五(いち)ぬ錠(さし)うるち 七(なな)ぬ錠うるち、風水真塚根ぬ 止(とど)めさびら(止めかじゃでぃ風節)


納骨し墓の門口を閉めてご馳走のお供えが終えたら 今度は祈祷歌「柳・天川節・チルン節」で邪気を払い墓主の子孫繁栄と健康を願う意味で長々と唱う。


♪柳は緑、花は紅、人はただ情け、梅は匂い(柳節)

人間の自然体を歌った柳節は八重山でも墓の落成や家の棟上式にも必ず演奏された歌であったが最近は、簡略化されテープ「柳節」を流して行なう処も増えてきた。その理由として家のすべてコンクリート建設とされお墓地も段々狭くなり大勢招待して昔風の祝ができなくなってきているということもあるでしょう
ですから うた・三線で柳節を歌い嘉利をつける墓祝は最近稀である。

↓儀式的な柳の歌の演奏が終ると その後は普段の祝座で歌う歌で雰囲気を盛り上げる


石垣在の新垣重雄氏と同級生の森田佐知夫(太鼓)


以前の八重山は1日と15日に朝親子ラジオから必ず流れる柳節でその月の「物除く」<むんぬき>としても生活に密着していた歌であった。

琉歌体が8886の30音を定形とするのに、柳節は口説節調に、7786の28音で構成されているのは和歌の影響が大であることが解る。その例として似たような歌詞がある。

♪梅は匂いよ木立は要らぬ 人は心よ姿は要らぬ。
♪梅は匂いよ桜は花よ 人は心よ振り要らぬ。

今年も残すところ9日である。
「柳節」を歌い嫌物を払い 人間自然体で無事無難に過ごし新年を向えたいものです。


発電をつけ夜晩くまで祝はつづく・・・愚生は飛行機の時間まで

↓料理は特別に猪鍋とバーベキュウが振舞われた。実に美味かった!


追伸:
今年 八重山商工が甲子園で活躍した一人に金城長靖くんがいた。その父と墓の祝座でも野球談義で花が咲いた。「卒業後は沖電に就職が決まっているが、大阪の皆さんは「阪神タイガースに入って欲しい」と願ってましたよ~と伝えると、どうしても本人の希望で それを尊重したいと父も語っていました。
長靖本人も墓に着てましたけど、愚生が三線弾いて居る間に帰ってしまった。



晴天の元 盛大で素晴らしい墓の祝(よい)でした。末代までも當山家の繁栄を祈っています。  
Posted by 大工哲弘 at 12:51

2006年12月20日

慣山あやぐ・歌碑めぐり

公演の翌日は朝から宮古島観光で楽しんだ。
元々コースに入っていなかったのですがバスの運転手にお願いして昨年城辺のイムギャーに建立されたと云う「なりやまあやぐ」の歌碑に寄って貰った

宮古でもっとも親しまれている島唄と言えば誰しも「なりやまあやぐ」と答えるであろう


1、サー なりやまや なりてぃぬなりやますみやま すみてぃぬすみやま
イラユマーン サーヤヌ すみてぃぬすみやま
<私たちは馴れ親しんだ仲、馴れた山でも心を許してならない>

2、サー なりやま参(んみゃ)いてぃ なりぶりさまずな主(しゅ)すみやま参(んみゃ)いてぃ すみぶりさまずな主
<夫よ、行き慣れた山だからといって甘く見てはなりません>

3、サー 馬(ぬま)ん乗(ぬ)らば 手綱(たづな)ゆゆるすな主(しゅ)美童(みやらび)家(や)行き心ゆるすな主
<馬に乗るなら手綱を緩めてはならない、まだ付き合ったばかりの美童の家に行って心を許してはいけない>

4、サー 馬(ぬま)ぬ美(かぎ)さや 白さどぅ美(かぎ)さ美童(みやらび)美(かぎ)さや 色(いる)どぅ美さ
<馬の美しいのは白馬で娘は色白いのが美人と言われている>

サー ぶり押(ゆ)し波(なん)や 笑(あま)いどぅ押(ゆ)しずばんぶなりゃ 笑(あま)いどぅ迎(んか)い
<寄せ来る波は愛らしい娘が笑っているかのように我を迎えてくいるようだ>・・・・だけど優しい海・山でも美しい娘も時には恐ろしいことに成りかねないので万事気を付けよ、自然の怖さと「親しき中にも礼儀あれ」人生の教訓を問いている。八重山の「でんさ節」沖縄の「てぃんさぐぬ花」を人呼んで3題教訓歌として知られるようになった。


最近はカラオケでも大抵の人が口ずさむほどポピュラーな「なりやまあやぐ」の歌碑前で会員全員が大合唱をした。バスガイドさんも始めての経験と感激しておりました。

歌碑を訪れたことにより親しみを感じ、なりやまあやぐが益々好きになった会員が多くなったに違いない。
大いに歌い継ぎたい歌である
有意義な2日間でした。
  
Posted by 大工哲弘 at 01:27

2006年12月18日

んみゃーち・みゃーくずま

宮古島に行ってきました。

宮古島市一周年記念事業として琉球民謡音楽協会の会員120名の大ツアーとなり、マティダ市民劇場も此れまでにない大出演者のバラエティに富んだ(沖縄・宮古・八重山・伊江島の歌・舞踊)舞台に多くの地元の皆さんに喜んで頂きました。


当日の宮古島は物凄い雨風と台風のような悪天候だった為、客入りがどうなるか心配されましたが、多くのファンが来場され3時間に余る歌や演舞に盛んな拍手をいただきました。

打ち上げでは公演実行委員長の棚原恵照さんや教育委員会の古堅宗和さん奥平徳松さん・市民劇場の親泊宗秀さん重信民謡研究所の平良重信さん地元有志達とご一緒出来たことは有意義な時間であった。勿論 我が協会会員との交流も楽しかった。

そうそう 後で楽友の下地暁とも久しぶりに再会出来、来年の音楽活動抱負も伺えて嬉しかったです。

そして今日は宮古島観光(池間島・来間島・東平名岬・なりやまあやぐ歌碑・地下ダム貯水場)後に報告します
すっかり観光客気分で宮古島を堪能しました。


地元の皆さんから愚生の舞台をミャークフツ(宮古方言)で「ズゥミィ!」(最高)と誉めていただきましたよ
ありがとうございました。

島の言葉で表現してくれると重みがあり 素直に凄く嬉しいですね
宮古島の皆さんこそ「ズゥミィ!」さいが(ですよ)

たんでぃがータンディ!!

二日間大変 お疲れでした  
Posted by 大工哲弘 at 01:38

2006年12月16日

宮古公演

今日から宮古島公演です。
宮古島市が誕生して一周年記念チャリティー公演です。

主催:琉球民謡音楽協会・宮古島市教育委員会
後援:宮古島市・宮古島市文化協会・(社)宮古観光協会・他

琉球民謡音楽協会の会員も120名参加出演されます。

宮古島は何と15年ぶりくらいご無沙汰しておりました。
存分宮古島を楽しんで来たいと思います。
宮古島の皆さん お世話になります!

ところ:マティダ市民劇場
時間:午後5時開場  午後6時開演
入場料:前売り1,500 
当日2,000  
Posted by 大工哲弘 at 02:09

2006年12月15日

宜野湾から生番組

琉球放送i-ラジオ番組「民謡で今日拝なびら」45周年記念スペシャルウィークデー公開番組が今日(14日)宜野湾市・JAおきなわ宜野湾支店会館(ジュビランス)でありました。


沖縄の今日は朝から雨、悪天にも関わらず多くのリスナーが早くから会場に集まり 本番始まる頃にはジュビランス会場は満杯になり、上原直彦の軽妙な司会と数々の島唄が披露され会場を訪れたファンを大いに楽しませた公開生特別番組でした。

会場に来ていただいた島唄ファンの皆さん イッペー ニフェーデェービタン!!
これからも島唄をよろしくお願いします。
  
Posted by 大工哲弘 at 00:07

2006年12月14日

民謡で今日拝なびら

琉球放送の人気民謡番組「民謡で今日拝なびら」15:00~16:00(月~金)が今年で45周年を迎えたということで今週はお出かけ出前放送を各地を廻り公開生放送を行なっています。


12月11日(月) 司会:上原直彦
名護市・JAファーマーズマーケット2階ホール
ゲスト:でいご娘・田場盛信・吉田康子
アシスタント:末吉りえ
12月12日(火)
宮古島市・JAおきなわ宮古地区本部2階ホール
ゲスト:金城実・山里ユキ・仲宗根豊・平良重信
アシスタント:和泉ゆかり
12月13日(水)
石垣市・大川公民館
ゲスト:金城実・山里ユキ・通事克重・野原政俊・黒島弘・大浜安則
アシスタント:金城ひろみ
12月14日(木)
宜野湾市・JAおきなわ宜野湾支店会館(ジュビランス)
ゲスト:ザ・フェーレー(松田弘一・徳原清文・波田間武雄・松田末吉)
大工哲弘・大工苗子
アシスタント:末吉りえ
12月15日(金)
豊見城市・JAおきなわ豊見城支店2階ホール
ゲスト:神谷幸一・神谷幸裕・玉城一美
アシスタント:末吉りえ
12月16日(土)那覇市・RBCホール
ゲスト:宮良康正・国吉源次・津波恒徳・女三人花じゃかい(山里ユキ・金城恵子・饒辺勝子)・崎間麗進・八木政男・名嘉睦稔
アシスタント:末吉りえ

放送日時
●12月11日(月)~15日(金)
 第1部 15:00~16:00(再放送24:00~25:00)
●       〃          
第2部 19:00~20:00
●12月16日(土)12:00~15:00(特番)

民謡番組が45年も続くのは凄いと云う他に無いと思います。
絶対他県の放送局には無い文化だと沖縄の民謡に関わって自負をしております。

長寿番組で愚生が知っている範囲では永六輔さんの「誰かと何処かで」というTBSラジオ番組がおそらく45年を越えている(正確には何年?)番組があるが それ以外はおそらく無いと思う? 

「民謡で今日拝なびら」が1961年スタートした当時は「お国言葉で今日拝なびら」として芝居役者達がパーソナリティーを勤め流暢なウチナーグチで番組を進行。
その役者達が地方巡業のときピンチヒッターとして登場したのが上原直彦氏でディレクター兼パーソナリティーとして番組を支え今日に至るという歴史がある。


↑「琉球放送50年史」より

上原さんがレギュラーになって八重山の歌、宮古の歌、奄美の歌を番組に多く流すようになると沖縄民謡ばかり聞いていたリスナー達は「意味が分からない民謡はかけないで欲しい」とお叱りもあったそうですが・・・
上原氏は「分からないから聞いてもらいたい」と突っぱねたそうです。
今は 宮古・八重山・奄美の歌は確実に市民権を得て多くの人に親しまれていますが、
勿論 先輩達の歌い手やプロデューサー・放送局の支えもあって こんにち島唄が隆盛を極めているものだと信じています。

担当の上原氏は「まだ道半ば」と言っています。
これかも益々健康に留意され 50年・100年(ちょっと無理か?)と記録を伸ばしてください。


「皆様へ感謝の意を込めてお届けします・・・」と上原直彦氏の司会から始まる「民謡で今日拝なびら」45周年スペシャルウィークデーは各地で盛り上がっています。
いよいよ今日 宜野湾では愚生とザ・フェーレーが登場します。  
Posted by 大工哲弘 at 00:54

2006年12月09日

イルミー

各地でイルミネーションが12月の夜空を彩っていると思いますが

何時頃から日本ではイルミネーションを装飾するようになったのであろうか?ある文献に古くは明治の頃から布教伝道師が教会に飾るようになったのが始まりとか・・・

↑沖縄一大きい規模のカヌチャべイのイルミネーション

イルミネーションと云えば近年は札幌の大通り公園、神戸、六本木、表参道などが有名だ。
毎年派手になっていく傾向があるが。それは世が景気回復、好況は「いざなぎ景気」を超えたからだと評され、また 不景気であるほど電飾は派手になるという残念ながら逆説を説く経済評論家もいるが・・・・
さて どうなのでしょうか?


↑カヌチャベイのイルミネーション

そんな イルミネーション(電光飾)はデパートや大型店舗・ホテルなどにしか装飾点灯しないものと思っていたのだが、最近は個人の家屋・庭木やベランダにデコレーションする時代になった。

しかも 我が家でも何と 生まれて初めて疎らのイルミネーションが昨夜(8日)から点灯した。 ご存知8日は(太平洋戦争開戦日、ジョンレノンの命日) 



防衛庁から「省」に昇格して軍国国家が復活か?先の教育基本法や県のリーダーの不祥事といじめ・自殺問題など挙げればキリがないほど暗いニュースが多かったけど 電光飾でもって少しでも明るくミルク世(平和・豊年)にと残り少ない2006を祈願し 
何よりも 電光飾を初孫と楽しみたかったからである。 
5月は30年振りの鯉のぼりといい 
すっかり爺バカになったと
自分でも諦めている。  
Posted by 大工哲弘 at 21:10

2006年12月07日

大工話

名に恥じないようにと日曜大工?!


毎年 本(何時かは読むと思ってほとんど読んでいない)とCDは増える一方で 天井まである本棚に衝く本とCDを整理するのに苦労していた。
ただでさえ狭い四畳半の部屋なので脚立は座が憚る そこで思い切って年末の整理整頓も考え梯子を作ることにした。



↑壁にもピッタリと置けて便利だ

ホームセンターから角材を買ってきて寸法を測り切り込みネジを埋めサポートアングルを嵌めただけだが・・・なかなか自分でも上出来だと自画自賛している。 大工に面目躍如だ。

大工と言えば県外の人が沖縄にきて電柱や壁に貼り付けられている「大工」と云う看板が多いのにはビックリするそうだ。
しかもその看板が愚生の家近くにも多く見られるからやっかいだ。


↑電柱への張り紙は景観美化も考えていただきたいですね


去った10月、大阪三線クラブの弟子が東大阪のある○○郵便局の職員から名刺を貰ってきた。
大工先生の親戚ですか? と聞かれ名刺を見ると何と「大工真○」愚生の息子と同姓同名ある。 

東京には従兄弟に「真○」の同姓同名はいるが。まさか大阪に居るとは 嬉しさの余り郵便局に電話してみた。滅多にない同姓の電話に大阪の大工さんも関西弁でびっくりされ 大変喜んでくれた。

以前 大阪の泉佐野に大工食堂があると知り弟子に連れて行ってもらった事がある。茨城にも大工町、静岡にも、先月お邪魔した四国の香川にも大工町があった。字は違うが岡山にも大供町がある。そうそう東京にも大工町があったな~

共通していることは城を作っていた匠さんたちが住んでいた処から町名付けられたという由来が多い。

東大阪の大工さんは愚生と同じく団塊の世代 和歌山県出身。趣味 魚釣りだそうだ。いつか沖縄にも招きたい。来年 是非お会いしてゆっくり大工話をして見たいな~

年末 これから“第九”の季節である  
Posted by 大工哲弘 at 15:31

2006年12月03日

年忘りぬ月

2006・今年のカレンダーも残り一枚なり恒例の忘年会シーズンがやってきました。

例に漏れなく我が三線兄弟達も昨夜 居酒屋ライブ「石垣島」で望年会がありました。
若狭島うたの会、首里島唄サークル、やいま歌会が一同に会し歌・三線、踊り、狂言、カラオケありと賑やかに楽しい時間を過ごしました。
今年 定年退職し福岡から沖縄に移住。若狭島うたの会に所属している垣田さんの十八番♪「チョンチョンキジムナー」も久しぶりに聞けた。この歌に限って満面な笑顔で唄う垣田さんは魅力がある。


携帯写真なので 調子悪いです。


↑完走を誓いあったのだが・・・(右)

また昨年 神奈川から終の棲家として那覇に移住した若井さん(先月大阪のTVおはよう朝日です、で取材うけ21日朝放送された)夫婦(若狭島うたの会)も参加し今日(3日)那覇マラソンに走る為9時頃早退席しましたけれど(今年の目標はハーフ)無事走破したでしょうか?ジョガー仲間では使い古された言葉「完走してたら 是非 感想ききたい!?」


愚生の編纂工工四楽集・琉歌節歌集『年忘りぬ歌』にも記されてあるように

♪忘(わ)してぃ為(たみ)なゆる 事ぬあみやすぃが、今宵(くゆ)や年忘(としぃわ)すぃてぃ 
百気(むむち)ぬびゃな

<忘れて為になるということは 無いけれど、今宵は忘年会で歳(年)も忘れて のんびりとすればきっと命も延びるだろう>

正に 夕べはそんな気分であった。

皆さんお疲れさんでした!

後 幾つも待っている2006・忘年会シーズン 始まったばっかりだ!  
Posted by 大工哲弘 at 22:22

2006年12月01日

歌碑

先週 石垣島・平得村に新しく歌碑が建立された


♪月夜浜だきぬ 岸ぬ浦ぬ木綿 木綿花作くてぃ
木綿かしかきら、 繰り返し返し 指はつぃき見あぎりば 筋持つぃぬ美らさ 読み美らさあむぬ 吹かば 飛ぶ手布 しゆてぃ待ちゅら

<伊野田(地名)の岸の浦という平野に作ってある木綿花が成熟して、白い綿を食み出している状態は宛然 月夜の浜のようだ、真っ白の綿を大弓の弦を偕棒で弾いて、その綿を幾度も繰り返すと繊維の雪のように美しいこと、このような上質な綺麗な木綿糸をもって、吹かば飛ぶ位の極上品の木綿布や手布などを織って誰がくるのを待つのだろう>

木綿を作付から収穫まで、立派に織った布で愛しい人がくるのを待つ・・・と女心を切々と謡う歌は類似歌も多く、久米島の「木綿花節」や奄美大島の「ちぎょいはまだけ節」などにみられる。

この歌は登野城・新本当法氏の祖先・黒島当応(とうおう・1723~1790)の作と云われている。
当応が平得(地名)与人(村長)を勤めていた時、平得の農民を1里離れた伊野田の肥沃な土地である平野に通わし綿花栽培をさせていた。

勿論 綿布は愛しい彼氏のモノでも彼女のモノでもなく男女に課せられた過酷な「人頭税」として納めなくてはならい婦女子が木綿布税の義務を完納するためであった。

厳しい歴史の背景とは裏腹に「月夜浜」のメロディーは美しい。ゆったりと高音・低音部がミックスして綺麗だ。「踊りよし 歌ってよし!」八重山民謡を嗜んでいる者なら一度は唄って見たい歌である。

そう云えば 先月札幌しまうた歌の会で個人レッスンした際も「月夜浜節」を習いたいという弟子達が多かった。
これから月夜浜歌碑に多くの八重山民謡ファンが訪れることを願っている。


余談だが・・・先月 国際通りにオープンした愚生の弟子・屋嘉部(コーニーズ)の居酒屋ライブハウス看板名をお願いされたので即 大好きな「月夜浜がいい!」と考案したのですが、それよりも「石垣島」がいいと却下されました!最初から その名が決まっていたら 人に依頼をするなって!そう思いません?

明日(2日)はその「石垣島」で東京から個人レッスンで来る岩井くん、同じくレッスンで大阪から来る小野くんを交え愚生の指導する若狭、首里、やいま歌会の合同忘年会ならぬ“望年会”を予定しております。
石垣島で会いましょう!  
Posted by 大工哲弘 at 01:39