2007年01月31日
明日から2月
早いもので新年の正月を迎えたかと思うと
もう明日から2月です。ライブスケジュールにも掲載しますが・・・
明日から各地で御世話になります!!
■1日(木)府中の森芸術劇場ふるさとホール
「大工哲弘・沖縄の心を歌う」
出演:大工苗子(琴)屋宜公(笛)大城朝雄(太鼓)
開演:午後7時
入場料:3,500円
問い合わせ:久保アートプロデュース
090-1055-4714(又吉)
■2日(金)NAKEDA・LOFUT
「新春の謡う」
ゲスト:永原元(ジャンベ)屋宜公(笛)
開演:午後7時30分
前売り3000円 当日:3,500円(自由席)
問い合わせ:03-5287-3766(上江州)
■3日(土)ハーモニーホール座間(神奈川)
午後2時
チケット:3,500円
■4日(日)大和ハミングホール(東京都 東大和市)
開演:午後1時
チケット:3、500円
※1・3・4日問い合わせ、出演者は同じです。
■5日(月)「沖縄食彩・がなは」茨城筑西(旧下館)
開演:7時予定
チケット3,000円
問い合わせ:090-4008-1991(我那覇)
■6日(火)「和伊寿」栃木県佐野市伊勢山町14-6
開演:午後8時
チケット:3,000円
問い合わせ:0283-20-5266(泉)
急遽決まったライブ
■7日(水)沖縄太陽食堂「てぃーだカンカン」
住所 武蔵野市吉祥寺本町2-15-2 手塚ビルB1
開演:19:00~
料金2,000円
電話 0422-21-8131
■17日(土)京都「prinzライブ」
京都府京都市左京区田中高原町5
TEL:075-712-3900
開演:19:00~
料金:3,000円+1オーダー
http://www.prinz.jp/index.html
スケジュールに載っていないスケジュール
■10日:大分県日田市・特別出張三線教室(14:30~)
■11日:福岡・がちまやぁ~定期出張三線教室(11:00~)
■18日:琉球民謡音楽協会定期総会(西原中央公民館)16:00~
■18日:琉球放送ラジオ・旧正月特別番組生出演(19:00~)
■20日:福岡県小郡市・宝城中学校修学旅行・ミニライブ
(恩納村字名嘉真・ゆめリゾート内)19:00~
■25日:若狭公民館祭り(13:00~)18:00から打ち上げあり
もう明日から2月です。ライブスケジュールにも掲載しますが・・・
明日から各地で御世話になります!!
■1日(木)府中の森芸術劇場ふるさとホール
「大工哲弘・沖縄の心を歌う」
出演:大工苗子(琴)屋宜公(笛)大城朝雄(太鼓)
開演:午後7時
入場料:3,500円
問い合わせ:久保アートプロデュース
090-1055-4714(又吉)
■2日(金)NAKEDA・LOFUT
「新春の謡う」
ゲスト:永原元(ジャンベ)屋宜公(笛)
開演:午後7時30分
前売り3000円 当日:3,500円(自由席)
問い合わせ:03-5287-3766(上江州)
■3日(土)ハーモニーホール座間(神奈川)
午後2時
チケット:3,500円
■4日(日)大和ハミングホール(東京都 東大和市)
開演:午後1時
チケット:3、500円
※1・3・4日問い合わせ、出演者は同じです。
■5日(月)「沖縄食彩・がなは」茨城筑西(旧下館)
開演:7時予定
チケット3,000円
問い合わせ:090-4008-1991(我那覇)
■6日(火)「和伊寿」栃木県佐野市伊勢山町14-6
開演:午後8時
チケット:3,000円
問い合わせ:0283-20-5266(泉)
急遽決まったライブ
■7日(水)沖縄太陽食堂「てぃーだカンカン」
住所 武蔵野市吉祥寺本町2-15-2 手塚ビルB1
開演:19:00~
料金2,000円
電話 0422-21-8131
■17日(土)京都「prinzライブ」
京都府京都市左京区田中高原町5
TEL:075-712-3900
開演:19:00~
料金:3,000円+1オーダー
http://www.prinz.jp/index.html
スケジュールに載っていないスケジュール
■10日:大分県日田市・特別出張三線教室(14:30~)
■11日:福岡・がちまやぁ~定期出張三線教室(11:00~)
■18日:琉球民謡音楽協会定期総会(西原中央公民館)16:00~
■18日:琉球放送ラジオ・旧正月特別番組生出演(19:00~)
■20日:福岡県小郡市・宝城中学校修学旅行・ミニライブ
(恩納村字名嘉真・ゆめリゾート内)19:00~
■25日:若狭公民館祭り(13:00~)18:00から打ち上げあり
Posted by 大工哲弘 at
14:11
2007年01月31日
千の音
昨夜は大先輩・平良亀之助氏の半生を書き上げた「けんかいふぎ」出版パーティ~が自治会館であった(後日に紹介したい)
パーティを中座し、久しぶり昨年5月道中・東ライブツアーを二人で回った永原元(ジャンベ奏者)が毎年この時期八重山・宮古・那覇ライブツアーを実施していて最終日の昨夜は(那覇・バンダーハウス)永原元のライブを聞いた。
←那覇出身・国吉亜耶子(現在東京で活躍している)元とのコラボ
久々に聞く元ちゃんの打楽音は幅がよく広がっていて、昨年に比べると表現力も凄く出ていた。・・・また他の楽器も(アジア中心に)多様に取り入れているのは本人の工夫と努力だと思う。2日(金)NAKEDA・LOFUT 「新春に謡う」ライブ一緒に演れるのが楽しみだ!

今日収録があるNHKfmラジオ「うちなージョッキー」公開放送に出演してもらった。
放送日・2月2日(金)18:00~18:50
元さん 急なお願いにも関わらず出演ありがとう!
お陰で素晴らしい番組が出来ました。
また 多くのリスナーの皆さんもありがとうございました!
パーティを中座し、久しぶり昨年5月道中・東ライブツアーを二人で回った永原元(ジャンベ奏者)が毎年この時期八重山・宮古・那覇ライブツアーを実施していて最終日の昨夜は(那覇・バンダーハウス)永原元のライブを聞いた。
←那覇出身・国吉亜耶子(現在東京で活躍している)元とのコラボ久々に聞く元ちゃんの打楽音は幅がよく広がっていて、昨年に比べると表現力も凄く出ていた。・・・また他の楽器も(アジア中心に)多様に取り入れているのは本人の工夫と努力だと思う。2日(金)NAKEDA・LOFUT 「新春に謡う」ライブ一緒に演れるのが楽しみだ!

今日収録があるNHKfmラジオ「うちなージョッキー」公開放送に出演してもらった。
放送日・2月2日(金)18:00~18:50
元さん 急なお願いにも関わらず出演ありがとう!
お陰で素晴らしい番組が出来ました。
また 多くのリスナーの皆さんもありがとうございました!
Posted by 大工哲弘 at
01:00
2007年01月29日
カジャ(匂い)
楽友の知名定男が以前・東京の東○○○の農町でライブをした時の話である
ライブの主催は有機無農薬法を奨めている若者達であった。
初っ端からMCで「この町は肥溜めの匂いがしていいですね~!」と言ってブーイングされたことがあったそうだ。定男さんの言いたかったことは、昔はどの町でも肥溜めの匂いや豚舎から匂う糞の匂いがあった。風から伝わってくる匂いは懐かしくもあり、何とも言えない郷愁感に漂うというものだ。と云いたかったのではと思う。本人はブラックジョークのつもりが真摯に生産農家を支援している若者達には受けなかった。

一昔前までは様々なにおいがどの町でも満ちていた。
旅行に行って飛行機のタラップ降りる瞬間からその土地のにおいがあるもので都会のにおい、田舎のにおい、夏なれば人々の汗匂いまでも濃密に大気中に流れていた。
それが最近では田舎も都会も「無臭化」が進んで脱臭イコール清潔とされる管理社会である。匂いは邪魔ものあつかいされがちだが、一方ではマツタケに人工の香りをつけたり、極端だがトイレにスプレー式の芳香剤をかけたりして簡単に使い易いものばかりを置いてあるのが現代の特徴といえる。
最近 愚生が思うのはうたに「カジャ」匂いをどうだすかである?
「エーマヌカジャグヮ~ヌスン!」<八重山の匂いがする>愚生の歌を聞いた年配の方からこう云われると歓心を得る瞬間である。それに「土の匂い、潮の匂いがする」なんて云われれば、島うたを歌っていてこんな冥加な誉められ言葉はない。
無臭化の傾向にある現代において、愚生のライブ空間で八重山のにおいが充満して客が息つまりしそうな濃いライブをいつか目指したいと思っている。
ライブの主催は有機無農薬法を奨めている若者達であった。
初っ端からMCで「この町は肥溜めの匂いがしていいですね~!」と言ってブーイングされたことがあったそうだ。定男さんの言いたかったことは、昔はどの町でも肥溜めの匂いや豚舎から匂う糞の匂いがあった。風から伝わってくる匂いは懐かしくもあり、何とも言えない郷愁感に漂うというものだ。と云いたかったのではと思う。本人はブラックジョークのつもりが真摯に生産農家を支援している若者達には受けなかった。

一昔前までは様々なにおいがどの町でも満ちていた。
旅行に行って飛行機のタラップ降りる瞬間からその土地のにおいがあるもので都会のにおい、田舎のにおい、夏なれば人々の汗匂いまでも濃密に大気中に流れていた。
それが最近では田舎も都会も「無臭化」が進んで脱臭イコール清潔とされる管理社会である。匂いは邪魔ものあつかいされがちだが、一方ではマツタケに人工の香りをつけたり、極端だがトイレにスプレー式の芳香剤をかけたりして簡単に使い易いものばかりを置いてあるのが現代の特徴といえる。
最近 愚生が思うのはうたに「カジャ」匂いをどうだすかである?
「エーマヌカジャグヮ~ヌスン!」<八重山の匂いがする>愚生の歌を聞いた年配の方からこう云われると歓心を得る瞬間である。それに「土の匂い、潮の匂いがする」なんて云われれば、島うたを歌っていてこんな冥加な誉められ言葉はない。
無臭化の傾向にある現代において、愚生のライブ空間で八重山のにおいが充満して客が息つまりしそうな濃いライブをいつか目指したいと思っている。
Posted by 大工哲弘 at
01:51
2007年01月27日
ムーチー
旧暦の12月8日(新暦・1月26日)は「ムーチー(餅)」であった。
スーパーの店頭にも並べられ町中がサンニンの香りが漂い、沖縄の季節を彩っていた。

「ムーチー」は元々 鬼餅の由来から来ている。サンニン(月桃)やクバ(ビロウ)などで餅を包み蒸したものを仏前に供えて厄払いし、子供が居る数だけ紐で結び天井に下げ、男の子が「力餅」になるように祈り、健やかな成長を願うという伝統行事である。

八重山には「ムーチー」の行事はない。
愚生が石垣に居た頃は糸満、久高、屋慶名の移住者達が初男の子誕生ということで盛大にムーチーを各家々に配っていたのを覚えている。
これが また美味しかったなぁ~

昔のムーチーは白が主流であったが、最近は色とりどりだ。どちらも食欲をそそるムーチは日本の行事には欠かせない存在だ。
島くとぅば(方言)に「ムチッテンぐゎ~」<餅のように粘っこい>という表現があるが。今年は歌声も粘っこくムチッテングヮ~した歌を歌えるよう、ガンバッテみたい!!
スーパーの店頭にも並べられ町中がサンニンの香りが漂い、沖縄の季節を彩っていた。

「ムーチー」は元々 鬼餅の由来から来ている。サンニン(月桃)やクバ(ビロウ)などで餅を包み蒸したものを仏前に供えて厄払いし、子供が居る数だけ紐で結び天井に下げ、男の子が「力餅」になるように祈り、健やかな成長を願うという伝統行事である。

八重山には「ムーチー」の行事はない。
愚生が石垣に居た頃は糸満、久高、屋慶名の移住者達が初男の子誕生ということで盛大にムーチーを各家々に配っていたのを覚えている。
これが また美味しかったなぁ~

昔のムーチーは白が主流であったが、最近は色とりどりだ。どちらも食欲をそそるムーチは日本の行事には欠かせない存在だ。
島くとぅば(方言)に「ムチッテンぐゎ~」<餅のように粘っこい>という表現があるが。今年は歌声も粘っこくムチッテングヮ~した歌を歌えるよう、ガンバッテみたい!!
Posted by 大工哲弘 at
02:54
2007年01月24日
マジムン除け
「虎の尾」を沖縄では「トゥラヌジュウ」と呼ぶ。

リュウゼツラン科に属し学名(サンセベリア)原産(アフリカ西部)アフリカ産である為 乾燥にも究めて強く、気を配って水をかけなくても至って良く生育するから愚生みたいなフユーなムン(怠け者)にも打って付け育て易い抜群の観葉植物である。
愚生がまだ石垣島に居た頃はどの家の庭にも雑草の如く生えていた虎の尾は、ある○○「人気TV番組」により紹介されマイナスイオン効果があるという風評を呼び、病院、美容院、学校、喫茶店、レストランなど何処にいっても最近は見受けられる。
まぁ効果あるか?無いかは別として「信ずるものは救われる?」にしたいが・・・

何を隠そう!「トゥラヌジュウ」は我が家の玄関にも置いてある
しかし 我が家の場合はマイナスイオン効果というより沖縄民間の風習として「マジムン(魔物)除け」としての効果が大であるという事で「トゥラヌジュウ」を片隅に置いてある。
「島唄コラム」~見なり聞きなり~ティーダブログに今日から移転しました。
ハチウクシィ~(初御越し)のティーダブログ「見なり聞きなり」にトゥラヌジュウを閲覧し「邪気」を払い 百鬼夜行するマジムンが訪問しないように願いつつ 今日から心機一転「島唄コラム」グレートアップしたいと考えておりますので、どうぞこれまで同様ティーダをよろしくお願いします!

リュウゼツラン科に属し学名(サンセベリア)原産(アフリカ西部)アフリカ産である為 乾燥にも究めて強く、気を配って水をかけなくても至って良く生育するから愚生みたいなフユーなムン(怠け者)にも打って付け育て易い抜群の観葉植物である。
愚生がまだ石垣島に居た頃はどの家の庭にも雑草の如く生えていた虎の尾は、ある○○「人気TV番組」により紹介されマイナスイオン効果があるという風評を呼び、病院、美容院、学校、喫茶店、レストランなど何処にいっても最近は見受けられる。
まぁ効果あるか?無いかは別として「信ずるものは救われる?」にしたいが・・・

何を隠そう!「トゥラヌジュウ」は我が家の玄関にも置いてある
しかし 我が家の場合はマイナスイオン効果というより沖縄民間の風習として「マジムン(魔物)除け」としての効果が大であるという事で「トゥラヌジュウ」を片隅に置いてある。
「島唄コラム」~見なり聞きなり~ティーダブログに今日から移転しました。
ハチウクシィ~(初御越し)のティーダブログ「見なり聞きなり」にトゥラヌジュウを閲覧し「邪気」を払い 百鬼夜行するマジムンが訪問しないように願いつつ 今日から心機一転「島唄コラム」グレートアップしたいと考えておりますので、どうぞこれまで同様ティーダをよろしくお願いします!
Posted by 大工哲弘 at
22:34
2007年01月23日
辰野の風
信州・長野県・辰野町に三浦久氏(フォークシンガー・英訳者)が経営するライブハウス「オーリアッド」で昨年もライブをさせて貰った。
ライブ終了後は三浦さんの奥さんが地元信州で取れた新鮮な野菜や特産物を活かした手料理が楽しみである。定番になった打ち上げは三浦さんの独演会が始まる。昨年は新しく作曲したという「千の風」も発表くれた。

作詞・作曲の経緯は2003年11月12日三浦さんの母(92才)が亡くなった。
母が亡くなる一週間前から毎朝同じ時間に家のデッキや木に鳥がとまっている。
その鳥が来なくなると母は大往生。母の魂は鳥になって飛んでいったという。
元々オリジナルの歌詞1番(風)2番(光)は仕上がっていたのですが母の死から3番(鳥)という歌詞が生まれ、自然と「千の風」の作詞作曲ができたという。
<三浦さんの詩>
1、私の墓の前に立ち 涙流さないで
私はその石の下に、眠ってはいません
私は風、千の風、大空を吹き渡る
お前がどこにいようとも おまえの側にいるよ
春は名のみの風の中に 夏の緑の草原に
金色に揺れる稲穂の波に きらめき踊る風花にも
2、私の墓の前に立ち、涙流さないで
私はその石の下に 眠ってはいません
私は光 千の光 いつもおまえの側にいるよ
どんなに暗い道を行こうと おまえを照らしているよ
3、私の墓の前に立ち 涙流さないで
私はその石の下に 眠ってはいません
私は鳥 千の鳥 いつもおまえの側にいるよ
耳を澄ませば聞こえるでしょう おまえを呼ぶ声が
だから、私の墓の前に立ち 涙流さないで
私はその石の下に 眠ってはいません
歌った後 三浦さんから「是非 大工さんも歌って欲しい!」CDを貰った。


同じ「千の風」で秋川雅史が大ブレイクしている。NHK紅白に出場したのが反響を呼び(12日現在)オリコンシングルチャート1位を獲得したという。
クラシック出身の歌手としては初めての快挙。三浦さんの曲は秋川氏の歌った曲とはまったく異なるが。詩も三浦久の詩訳とは若干違う。原作者の詩はアメリカの女性メアリー・フライ(主婦だった)1905年。2004年9月に没(享年99歳)♪私の墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 死んでなんかいません(眠ってなんかいません)・・・・
心に沁みる「千の風」はこれからも多くの人に口ずさまれていくでしょう?
喜納昌吉の「花」だってビギンの「涙そうそう」だって 他の歌い手がカバーしてヒットした経緯を考えると「千の風」もいろんな人が歌って欲しいな
愚生もいつか三浦久さんの詩と曲の「千の風」を歌って見たい。

ライブ終了後三浦さんのオーリアッドで↑
ライブ終了後は三浦さんの奥さんが地元信州で取れた新鮮な野菜や特産物を活かした手料理が楽しみである。定番になった打ち上げは三浦さんの独演会が始まる。昨年は新しく作曲したという「千の風」も発表くれた。

作詞・作曲の経緯は2003年11月12日三浦さんの母(92才)が亡くなった。
母が亡くなる一週間前から毎朝同じ時間に家のデッキや木に鳥がとまっている。
その鳥が来なくなると母は大往生。母の魂は鳥になって飛んでいったという。
元々オリジナルの歌詞1番(風)2番(光)は仕上がっていたのですが母の死から3番(鳥)という歌詞が生まれ、自然と「千の風」の作詞作曲ができたという。
<三浦さんの詩>
1、私の墓の前に立ち 涙流さないで
私はその石の下に、眠ってはいません
私は風、千の風、大空を吹き渡る
お前がどこにいようとも おまえの側にいるよ
春は名のみの風の中に 夏の緑の草原に
金色に揺れる稲穂の波に きらめき踊る風花にも
2、私の墓の前に立ち、涙流さないで
私はその石の下に 眠ってはいません
私は光 千の光 いつもおまえの側にいるよ
どんなに暗い道を行こうと おまえを照らしているよ
3、私の墓の前に立ち 涙流さないで
私はその石の下に 眠ってはいません
私は鳥 千の鳥 いつもおまえの側にいるよ
耳を澄ませば聞こえるでしょう おまえを呼ぶ声が
だから、私の墓の前に立ち 涙流さないで
私はその石の下に 眠ってはいません
歌った後 三浦さんから「是非 大工さんも歌って欲しい!」CDを貰った。


同じ「千の風」で秋川雅史が大ブレイクしている。NHK紅白に出場したのが反響を呼び(12日現在)オリコンシングルチャート1位を獲得したという。
クラシック出身の歌手としては初めての快挙。三浦さんの曲は秋川氏の歌った曲とはまったく異なるが。詩も三浦久の詩訳とは若干違う。原作者の詩はアメリカの女性メアリー・フライ(主婦だった)1905年。2004年9月に没(享年99歳)♪私の墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 死んでなんかいません(眠ってなんかいません)・・・・
心に沁みる「千の風」はこれからも多くの人に口ずさまれていくでしょう?
喜納昌吉の「花」だってビギンの「涙そうそう」だって 他の歌い手がカバーしてヒットした経緯を考えると「千の風」もいろんな人が歌って欲しいな
愚生もいつか三浦久さんの詩と曲の「千の風」を歌って見たい。

ライブ終了後三浦さんのオーリアッドで↑
Posted by 大工哲弘 at
01:58
2007年01月18日
選ばれた歌
14日、文化庁から『日本の歌100選』なるものが発表された。
沖縄関連では「花」や「涙そうそう」などが選ばれ、文化庁は「歌を通して家族のきずなを確かめるきっかけ」と発案し昨年の9月から11月に全国からハガキや電子メールなどで公募。計6、671通、895曲の中から101曲を選らんだそうだ。
入選作には昨年オフノートからリリースした愚生のCD「ジンターランド」にもカバーさせてもらった中山晋平作曲「あの町この町」「雨降りお月さん」「しゃぼん玉」などの童謡も3曲が入っていた。
一昨年愚生に初孫が誕生した。日本の古き良き時代に生まれた歌たちを純粋で無邪気な子供達や孫たちと一緒に歌えたらいいなぁ、 もう一度日本の素晴らしいメロディーを再生させ肝心を伝えたい、そんなコンセプトで制作されたのがジンターランドであった。ある意味では今回の文化庁企画「親子で歌いつごう日本の歌100選」を先取りしたと言っても過言ではあるまい。改めてドゥフミー(自分を誉める)もしたくもなる名盤である。
時代は遡り1994年に沖縄では「沖縄の歌100選」なるものを発表していた。これも一般から公募し上位120曲を総合得票数ベスト10部門、古典音楽部門、琉球民謡(しまうた)部門、沖縄歌謡曲部門、琉球ポップス部門、ロック部門、ニューミュージック部門の6部門に分類し、それぞれの部門で選出された。
その中で圧倒的に支持されているのが宮良長包作曲「新・安里屋ゆんた」「えんどうの花」「汗水節」が上位にあり、肝がなさ、てぃんさぐぬ花、芭蕉布、とぅばらーま、なーくにー、なりやまあやぐ、花がベスト10で、島唄(19の春、芋の時代他数十曲)沖縄歌謡は(ゆうなの花、美わしき琉球 外)琉球ポップス(島唄、ハイサイおじさん、ミルクムナリ他)ロック(ガンバッテヤンド、君を抱きしめたい他)譜久原勇男メロディーも目立つ存在だ。

「うた・音楽の島」沖縄の場合は毎日のように新歌(みーうた)が発表されるという土地柄なのでジャンル別にしないと収集が付かないくらいにうた・音楽が抱負なのである。
選ばれた歌以外に歌にまつわる人生はそれぞれだ。それを心の歌として謡い継げればいい。
沖縄関連では「花」や「涙そうそう」などが選ばれ、文化庁は「歌を通して家族のきずなを確かめるきっかけ」と発案し昨年の9月から11月に全国からハガキや電子メールなどで公募。計6、671通、895曲の中から101曲を選らんだそうだ。
入選作には昨年オフノートからリリースした愚生のCD「ジンターランド」にもカバーさせてもらった中山晋平作曲「あの町この町」「雨降りお月さん」「しゃぼん玉」などの童謡も3曲が入っていた。
一昨年愚生に初孫が誕生した。日本の古き良き時代に生まれた歌たちを純粋で無邪気な子供達や孫たちと一緒に歌えたらいいなぁ、 もう一度日本の素晴らしいメロディーを再生させ肝心を伝えたい、そんなコンセプトで制作されたのがジンターランドであった。ある意味では今回の文化庁企画「親子で歌いつごう日本の歌100選」を先取りしたと言っても過言ではあるまい。改めてドゥフミー(自分を誉める)もしたくもなる名盤である。
時代は遡り1994年に沖縄では「沖縄の歌100選」なるものを発表していた。これも一般から公募し上位120曲を総合得票数ベスト10部門、古典音楽部門、琉球民謡(しまうた)部門、沖縄歌謡曲部門、琉球ポップス部門、ロック部門、ニューミュージック部門の6部門に分類し、それぞれの部門で選出された。
その中で圧倒的に支持されているのが宮良長包作曲「新・安里屋ゆんた」「えんどうの花」「汗水節」が上位にあり、肝がなさ、てぃんさぐぬ花、芭蕉布、とぅばらーま、なーくにー、なりやまあやぐ、花がベスト10で、島唄(19の春、芋の時代他数十曲)沖縄歌謡は(ゆうなの花、美わしき琉球 外)琉球ポップス(島唄、ハイサイおじさん、ミルクムナリ他)ロック(ガンバッテヤンド、君を抱きしめたい他)譜久原勇男メロディーも目立つ存在だ。

「うた・音楽の島」沖縄の場合は毎日のように新歌(みーうた)が発表されるという土地柄なのでジャンル別にしないと収集が付かないくらいにうた・音楽が抱負なのである。
選ばれた歌以外に歌にまつわる人生はそれぞれだ。それを心の歌として謡い継げればいい。
Posted by 大工哲弘 at
11:39
2007年01月15日
世界を繋ぐ空
♪「太陽(てぃだ)アカラ 波キララ」作詞:外間完邦・外間完人 作曲:宮沢和史(THE BOOM)の歌を知っているだろうか?
知らない人も多いと思うので書き留めたい。
1995年と云えば沖縄戦終結から50年節目ということで、沖縄戦から得たもの、また 失ったものもある。廃墟の中からも生きる勇気を与えてくれたのがウチナーの<うた・三線>であった。
灰の中から宝を拾うように沖縄魂が三線に乗り移り三線の花を咲かせ生き抜いた戦後50年、沖縄から恒久平和を発信し大切な肝心を次世代へ?げようと3000人三線で大合奏するという大イベント「天に響め!さんしん3000」が1995年8月26日奥武山運動公園でありました。

3000人で歌え弾ける民謡曲も選曲、外に戦後50年に相応しい新しいメッセージソングも作ろうという企画案があった。
詩は那覇市(主催)が一般から公募をした2450点の中から故外間完邦さんと長男の完人さんの「太陽(てぃだ)アカラ 波キララ」親子共作が優秀作として採用された。(愚生も審査員であった)
作曲は当時「島唄」などで人気絶頂であった宮沢和史(THE BOOM)に作曲を依頼し「太陽アカラ 波キララ」の曲が仕上がった。

この歌を3000人で歌えるように音源を頼りに三線の工工四に書き換る作業を愚生が受け持った。
仕上がった工工四を一人でも多くに人に馴染んでもらおうと那覇市の各公民館・老人ホームを毎日巡回してオジィ・オバァを指導した。
これが至難の業であった。
年配の方は「大和歌小や弾ちぐりさぬ!」<日本語の歌は弾き辛い>リズム・節回しも難しいと言って簡単に馴染んで貰えなかった。(逆に若者達は「島唄」効果もあり簡単に弾けた)
そうして 3ヵ月余り猛稽古の成果があってオジィ・オバァも歌えるようになり、本番の奥武山運動公園には2万人の観衆も集まり3000人がグランドのスタンドで「かじゃでぃ風節」から「祝節」「安波節」「御縁節」「辺野喜節」「鷲ぬ鳥」「なりやまあやぐ」「屋嘉節」を弾いた後、 最後は会場・ステージが一体となり「太陽 アカラ 波キララ」を大合唱演奏した。
♪きれいな花が咲いたよ ずっと枯れない花だよ 送りたい 愛する貴方へ
♪きれいな鳥が鳴いたよ ずっと消えない声だよ 届けたい 見知らぬ貴方へ
♪南の島の 祈りを込めて 三線に声あわせ高らかに 高らかに
青い空に響(とよ)ませて 太陽アカラ 波キララ 世界をつなぐ空ひとつ

↑沖縄市で撮った今日の空
「世界をつなぐ空は」いつまでも平和をつなぐ空間であって欲しいと誰しも願っていることでしょう!
戦後50年、70年、いや100年も幾年も戦後を続けることが戦争元年に繋がらないことだと思う・・・だが 最近日本政府の動向を見ていると何か“きな臭く”感じるのは愚生一人であろうか?
平和のメッセージソング「太陽アカラ・波キララ」の作詞者・外間完邦さんが先週12日脳梗塞のため他界されました。70歳
心からご冥福をお祈りいたします。合掌
完邦さんの心を繋ぐためにも「太陽アカラ 波キララ」を歌い継ぎたいと思います。
知らない人も多いと思うので書き留めたい。
1995年と云えば沖縄戦終結から50年節目ということで、沖縄戦から得たもの、また 失ったものもある。廃墟の中からも生きる勇気を与えてくれたのがウチナーの<うた・三線>であった。
灰の中から宝を拾うように沖縄魂が三線に乗り移り三線の花を咲かせ生き抜いた戦後50年、沖縄から恒久平和を発信し大切な肝心を次世代へ?げようと3000人三線で大合奏するという大イベント「天に響め!さんしん3000」が1995年8月26日奥武山運動公園でありました。

3000人で歌え弾ける民謡曲も選曲、外に戦後50年に相応しい新しいメッセージソングも作ろうという企画案があった。
詩は那覇市(主催)が一般から公募をした2450点の中から故外間完邦さんと長男の完人さんの「太陽(てぃだ)アカラ 波キララ」親子共作が優秀作として採用された。(愚生も審査員であった)
作曲は当時「島唄」などで人気絶頂であった宮沢和史(THE BOOM)に作曲を依頼し「太陽アカラ 波キララ」の曲が仕上がった。

この歌を3000人で歌えるように音源を頼りに三線の工工四に書き換る作業を愚生が受け持った。
仕上がった工工四を一人でも多くに人に馴染んでもらおうと那覇市の各公民館・老人ホームを毎日巡回してオジィ・オバァを指導した。
これが至難の業であった。
年配の方は「大和歌小や弾ちぐりさぬ!」<日本語の歌は弾き辛い>リズム・節回しも難しいと言って簡単に馴染んで貰えなかった。(逆に若者達は「島唄」効果もあり簡単に弾けた)
そうして 3ヵ月余り猛稽古の成果があってオジィ・オバァも歌えるようになり、本番の奥武山運動公園には2万人の観衆も集まり3000人がグランドのスタンドで「かじゃでぃ風節」から「祝節」「安波節」「御縁節」「辺野喜節」「鷲ぬ鳥」「なりやまあやぐ」「屋嘉節」を弾いた後、 最後は会場・ステージが一体となり「太陽 アカラ 波キララ」を大合唱演奏した。
♪きれいな花が咲いたよ ずっと枯れない花だよ 送りたい 愛する貴方へ
♪きれいな鳥が鳴いたよ ずっと消えない声だよ 届けたい 見知らぬ貴方へ
♪南の島の 祈りを込めて 三線に声あわせ高らかに 高らかに
青い空に響(とよ)ませて 太陽アカラ 波キララ 世界をつなぐ空ひとつ

↑沖縄市で撮った今日の空
「世界をつなぐ空は」いつまでも平和をつなぐ空間であって欲しいと誰しも願っていることでしょう!
戦後50年、70年、いや100年も幾年も戦後を続けることが戦争元年に繋がらないことだと思う・・・だが 最近日本政府の動向を見ていると何か“きな臭く”感じるのは愚生一人であろうか?
平和のメッセージソング「太陽アカラ・波キララ」の作詞者・外間完邦さんが先週12日脳梗塞のため他界されました。70歳
心からご冥福をお祈りいたします。合掌
完邦さんの心を繋ぐためにも「太陽アカラ 波キララ」を歌い継ぎたいと思います。
Posted by 大工哲弘 at
17:13
2007年01月12日
炭坑節
弟子達から「先生 是非見て欲しい映画がある!感動しました」と勧められて「フラガール」を観て来ました。
あらましは愚生が説明するまでも無いと思うが・・・福島(いわき市)出身のある人物が炭鉱村から脱皮させハワイアンセンターを誕生させようというベンチャー構想とレトロな村人の反対にあえぎながら炭鉱村を救おうとフラダンサーを育成させ将来観光レジャーセンターの成功を夢見ながら実話に基づいた常磐炭鉱村娘達のサクセス・ストーリーである。
フラガールと平山まどか先生(ダンス)との美しい師弟愛は感動の連続でした。それと全体を暖かく包み込んでいるのは何と言っても独特な福島弁であろう。
キャスティングも皆よく役に嵌った迫真の演技であった。監督、美術、音楽、みんな素晴らしく纏まっていた。
それも 其のはず、2006年度のキネマ旬報「日本映画ベスト・テン」で見事1位に選出され、助演女優賞も主演を勤めた蒼井優さんが受賞された
という実績をみても解るように。優秀な映画であることは間違いない

ただ一言言わせて貰うならば
福島「いわき市」といえば常磐炭鉱で育った「炭坑節」がある。
♪ハァ~朝も早よから カンテラさげてナイ(ア ヤロヤッタナイ)炭内通いも ドント主のためナイ
♪ハァ~娘よう聞け 炭夫のカカアは石がドンド来りゃ若後家よ
元々石切職人(または農民達との説もある)の唄を炭夫達が盛んに酒席で騒歌(さわぎうた)となり。後に三味線の手が付けられお座敷唄化して全国に伝播し「三池炭坑節」と並んで有名になった「常磐炭坑節」があるのに「フラガール」では村全体が共同暮らしをしている炭鉱の舞台で「炭坑節」の一節も歌うシーンが無かったのは残念であった。
福島にはたくさんいい歌がある。「会津磐梯山、さんさ時雨、新相馬節、相馬盆踊り唄、他」ただ愚生がそれを聞きたかっただけなのかも知れないが、
それを抜きにしても いい映画でした。
あらましは愚生が説明するまでも無いと思うが・・・福島(いわき市)出身のある人物が炭鉱村から脱皮させハワイアンセンターを誕生させようというベンチャー構想とレトロな村人の反対にあえぎながら炭鉱村を救おうとフラダンサーを育成させ将来観光レジャーセンターの成功を夢見ながら実話に基づいた常磐炭鉱村娘達のサクセス・ストーリーである。
フラガールと平山まどか先生(ダンス)との美しい師弟愛は感動の連続でした。それと全体を暖かく包み込んでいるのは何と言っても独特な福島弁であろう。
キャスティングも皆よく役に嵌った迫真の演技であった。監督、美術、音楽、みんな素晴らしく纏まっていた。
それも 其のはず、2006年度のキネマ旬報「日本映画ベスト・テン」で見事1位に選出され、助演女優賞も主演を勤めた蒼井優さんが受賞された
という実績をみても解るように。優秀な映画であることは間違いない

ただ一言言わせて貰うならば
福島「いわき市」といえば常磐炭鉱で育った「炭坑節」がある。
♪ハァ~朝も早よから カンテラさげてナイ(ア ヤロヤッタナイ)炭内通いも ドント主のためナイ
♪ハァ~娘よう聞け 炭夫のカカアは石がドンド来りゃ若後家よ
元々石切職人(または農民達との説もある)の唄を炭夫達が盛んに酒席で騒歌(さわぎうた)となり。後に三味線の手が付けられお座敷唄化して全国に伝播し「三池炭坑節」と並んで有名になった「常磐炭坑節」があるのに「フラガール」では村全体が共同暮らしをしている炭鉱の舞台で「炭坑節」の一節も歌うシーンが無かったのは残念であった。
福島にはたくさんいい歌がある。「会津磐梯山、さんさ時雨、新相馬節、相馬盆踊り唄、他」ただ愚生がそれを聞きたかっただけなのかも知れないが、
それを抜きにしても いい映画でした。
Posted by 大工哲弘 at
13:41
2007年01月11日
初ライブ
2007年の初ライブは小禄老人福祉センターの講演&新年会でした。

当初100名限定との振り込みでしたが、申し込み者が大幅に増え180名と小禄老人福祉センターの講演と新年会はお陰様で大盛況でした。
隔年で行なっている新年会の1部は日頃センターを利用し様々な講座の受講生達の琉球舞踊や日舞、カラオケなどの舞台発表があり昔の青年男女が童心に返り盛んに一つ一つの舞台演舞に拍手をおくっていた。

2部の「教養講演・~見習り聞き習り~」愚生の講演では歌や話でおジィ、おばぁ達が喜んでくれた。今年の初めのライブとしては親孝行した見たいに心地よかった、教養講座なんてトンでもない。逆にこっちがエネルギーを頂いたような不思議な嬉しい素直な気持ちになった。


地域住民にも貢献している小禄老人福祉センター施設の裏方職員さんは現在、那覇市から委託を受け半分ボランティアで頑張っている。
これから益々高齢化社会が進んでいくであろう。
がんばっていただきたいです。
後でスタッフと一緒に頂いた折り詰め弁当は美味しかった。包装紙も懐かしく「鶴と亀」。愚生の結婚宴のとき(34年前)の折り詰めの包装紙と同じである。
今年は初心に返り歌、唄、唱を大いに歌うぞ!と決意を新たにした。

当初100名限定との振り込みでしたが、申し込み者が大幅に増え180名と小禄老人福祉センターの講演と新年会はお陰様で大盛況でした。
隔年で行なっている新年会の1部は日頃センターを利用し様々な講座の受講生達の琉球舞踊や日舞、カラオケなどの舞台発表があり昔の青年男女が童心に返り盛んに一つ一つの舞台演舞に拍手をおくっていた。

2部の「教養講演・~見習り聞き習り~」愚生の講演では歌や話でおジィ、おばぁ達が喜んでくれた。今年の初めのライブとしては親孝行した見たいに心地よかった、教養講座なんてトンでもない。逆にこっちがエネルギーを頂いたような不思議な嬉しい素直な気持ちになった。


地域住民にも貢献している小禄老人福祉センター施設の裏方職員さんは現在、那覇市から委託を受け半分ボランティアで頑張っている。
これから益々高齢化社会が進んでいくであろう。
がんばっていただきたいです。
後でスタッフと一緒に頂いた折り詰め弁当は美味しかった。包装紙も懐かしく「鶴と亀」。愚生の結婚宴のとき(34年前)の折り詰めの包装紙と同じである。
今年は初心に返り歌、唄、唱を大いに歌うぞ!と決意を新たにした。
Posted by 大工哲弘 at
02:19
2007年01月06日
タスキ
今年の正月は初めて3が日をノンビリと過ごした。
毎年 正月気分が薄れてきている中でテレビ番組だけが盛大である
唯一テレビを観たのは箱根間往復大学駅伝のTV中継であった。
2位と6分差をつけ順大が6年ぶり11度目の総合優勝を挙げ 圧倒的な強さを見せ付けた
各区間を若者達が寒風の中必死で駆け抜く姿には心が打たれる。
駅伝は「個」のマラソンと違い どんなアクシデントが起きても次の走者に襷を渡さない限りそのチームは当然のようにゴールまで届かないのである。
伝統ある芸能文化も駅伝みたいなもだと思う
先人達が築き挙げた価値ある歌・三線の財産も先人から受け継がれ そして中堅が引継ぎ、将来は子や孫(弟子達)へ継承され発展を願うように次世代へ襷を渡さなければ永遠のゴールが見えなくなるぞと箱根駅伝を走破した若者が教えているかのようであった。

もう一度思い出してみよう!
以前 東京で三線稽古を増上寺でやったとき偶然「今月のことば」が『継続は力』という題で寺の正門の掲示板に書き留められてあった。
美しい歌 美しい心 美しい文化 美しみ教える
受け継いでいく 永遠の命のために
毎年 正月気分が薄れてきている中でテレビ番組だけが盛大である
唯一テレビを観たのは箱根間往復大学駅伝のTV中継であった。
2位と6分差をつけ順大が6年ぶり11度目の総合優勝を挙げ 圧倒的な強さを見せ付けた
各区間を若者達が寒風の中必死で駆け抜く姿には心が打たれる。
駅伝は「個」のマラソンと違い どんなアクシデントが起きても次の走者に襷を渡さない限りそのチームは当然のようにゴールまで届かないのである。
伝統ある芸能文化も駅伝みたいなもだと思う
先人達が築き挙げた価値ある歌・三線の財産も先人から受け継がれ そして中堅が引継ぎ、将来は子や孫(弟子達)へ継承され発展を願うように次世代へ襷を渡さなければ永遠のゴールが見えなくなるぞと箱根駅伝を走破した若者が教えているかのようであった。

もう一度思い出してみよう!
以前 東京で三線稽古を増上寺でやったとき偶然「今月のことば」が『継続は力』という題で寺の正門の掲示板に書き留められてあった。
美しい歌 美しい心 美しい文化 美しみ教える
受け継いでいく 永遠の命のために
Posted by 大工哲弘 at
02:08
2007年01月01日
島唄コラム・元旦 DJ

↑「波の上宮」の初詣で
皆様 明けまして おめでとうございます!新しい亥年の幕が開きました。
元旦に相応しく島唄コラムの初お輿(はちうく)しは「沖縄三大正月歌」を特集して見たいと思います
オープニングの座開きはやっぱり「正月かじゃでぃ風節」です。
♪粗玉(あらたま)る年に炭(たん)とぅ昆布飾(くぶかじゃ)てぃ 心から姿若くなゆさ
<新年になると 胆と喜ぶという(語呂合わせで)縁起を祝い 炭と昆布を飾り心も姿も若くなったような気がする>

↑我が家のこだわり
さて 2曲目は八重山の正月の歌で「鷲(ばすぃ)ぬ鳥節」で嘉利(かりー)をつけましょう!
♪綾羽(あやぱに)ば産(まら)しょうり びる羽ば生(すぃ)だしょうり
♪正月ぬ早朝(すぃとぅむでぃ)でぃ 元旦ぬ朝端(あさぱな)
♪東から飛びつけ 太陽ばかめ舞いつけ
♪大大和ぬ島(うふやまとぅぬすぃま)ん飛びつけ やすらりんぬ国ん舞つけ
<卵から綾をなした子鷲を孵化し綺麗な羽をした子鷲が育ち、正月の黎明、元旦の朝ぼらけ、大和の国へ子鷲を従えて飛び立っていった>

↑我が家の門松
3曲目は宮古島の正月唄です
普通は「とーがにあやぐ」でもいいのですが、やっぱり正月らしく目出度く「正月ぬあやぐ」を紹介しましょう
♪正月ぬ参(んみゃ)たりゃどぅよホーイー 新年ぬ参たりゃどぅよ
♪我巣出(ばんすでぃ)すしゃくどぅ思うよホーイー 羽や生い飛びしゃくよ
♪大瀬(うふし)だき吾が父よホーイー根岩だき吾が母よ
<正月迎えたので我は生まれ変って若返るほどに羽が生えて飛び立つほどだよ、大岩の如く我が父よ根岩の如く我が母よ 宮古島の続く限り親よ居座ってくれ>
雄大でかつ壮厳な曲にのせて沖縄・八重山・宮古島と3題の正月代表歌を聞いていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
音にしてお聞かせできないのが残念でしたが・・・近い将来ブログが進化して同時に声も聞かせられる時代が来るかも知れませんね?
スミマセン ちょっと横道にそれましたが・・・苦難な歴史年にも乗り越え耐え忍んできた力強い歌を生み出した先人の知恵を学び、かつ歌心を生活の中に少しでも生かし喜怒哀楽に生き、大いに飛翔できるよう、がんばって活きたいですね。
そろそろ「正月歌3大歌」のお別れの時間ですが、最後までお付き合いありがとうございまいした!
エンディングは八重山のミルク節を聞きながらお別れです。
予祝を願い再会を誓いあう歌です。
♪大国ぬミルク我が島にいもち うかきぶせみしょり 島ぬ主(あるじ)
・・・いよいよ閉幕です。
今年は平和世で豊年世も祈念し 亥々年(いいとし)になるよう 皆さんと共に願いましょう
どうぞ 今年も「島うたコラム」宜しくお願いします!
来年・2008年子年の元旦までお元気で・・・さようなら
Posted by 大工哲弘 at
19:54




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