2007年03月28日
春の夢
昨年の春センバツ高校野球大会で八重山商工が長年の「夢」を実現し甲子園で活躍したこともあり大変盛り上がりを見せていた。今年のセンバツは沖縄からの出場校がないので、残念ながら自分の気持ちでもまったく盛り上がっていない。
しかし来年のセンバツを狙って春季高校野球大会がいま沖縄で行なわれ熱戦が繰り広げられております。昨日は16強を目指し皮肉にも八重山高校と八重山商工の同じ「やいま」対戦があった。7-5で八重山商工が「やいま」対決に辛くもけりをつけ面目を保った。
今朝 愚生家の隣にある野球グランドから響く「さんば~ん・ピッチャ~○○く~ん」アナウンスに目覚め、金属バットの音と元気な野手の声に惹かれ野球好きな愚生はグランドに足が向いた。すると昨日、八重山商工に敗退した八重山高校が首里高校と練習試合をしていた。こちらでも序盤から八重山高校は劣勢に立たされて敗戦となった。 夏に期待したい。

グランドの近くにある梯梧(デイゴ)の木に昨年の今頃は、春のセンバツと共に真っ赤に咲いていはずのデイゴ花が今年はまったく咲いていないことふと気付く。
今年、梯梧の花が咲かないのは沖縄県の森林資源研究センターの調べだと「ヒメコバチ」の害虫が八重山・沖縄本島全域に猛威を振っているのが原因だと云う。


↑今年のデイゴの木 ↑昨年のデイゴの木(まったく同じ木です)
一応 対策として「イミダクロプリド」という成虫駆除剤は効果があり実験をもって駆除に乗り出すというが、一日も早く成果をあげ、沖縄の県花である真っ赤な梯梧の花を咲かせて欲しい。
因みにデイゴの花言葉は「夢」である。
しかし来年のセンバツを狙って春季高校野球大会がいま沖縄で行なわれ熱戦が繰り広げられております。昨日は16強を目指し皮肉にも八重山高校と八重山商工の同じ「やいま」対戦があった。7-5で八重山商工が「やいま」対決に辛くもけりをつけ面目を保った。
今朝 愚生家の隣にある野球グランドから響く「さんば~ん・ピッチャ~○○く~ん」アナウンスに目覚め、金属バットの音と元気な野手の声に惹かれ野球好きな愚生はグランドに足が向いた。すると昨日、八重山商工に敗退した八重山高校が首里高校と練習試合をしていた。こちらでも序盤から八重山高校は劣勢に立たされて敗戦となった。 夏に期待したい。

グランドの近くにある梯梧(デイゴ)の木に昨年の今頃は、春のセンバツと共に真っ赤に咲いていはずのデイゴ花が今年はまったく咲いていないことふと気付く。
今年、梯梧の花が咲かないのは沖縄県の森林資源研究センターの調べだと「ヒメコバチ」の害虫が八重山・沖縄本島全域に猛威を振っているのが原因だと云う。

↑今年のデイゴの木 ↑昨年のデイゴの木(まったく同じ木です)
一応 対策として「イミダクロプリド」という成虫駆除剤は効果があり実験をもって駆除に乗り出すというが、一日も早く成果をあげ、沖縄の県花である真っ赤な梯梧の花を咲かせて欲しい。
因みにデイゴの花言葉は「夢」である。
Posted by 大工哲弘 at
14:18
2007年03月26日
スタートの季節
定期出張三線稽古の為、先週末は大阪でした。
今回レッスンの目的は全体独唱会や初めて試みる民謡太鼓、横笛稽古の強化でもあった。
沖縄の島唄の伴奏楽器に使用される島太鼓と八重山歌・琉球古典音楽に欠かせない横笛を習いたいというメンバーが増えた為である。
それに伴い琉球民謡音楽協会も一昨年から器楽の部門(筝曲、横笛、太鼓、胡弓)をコンクールに取り入れている。



太鼓は打てば音が出る。いうなれば一番分かりやすい楽器、でもリズム感が要求される。しかし笛は吹孔からちゃんと息を吹きあたえないと横笛としての音が出ないから難しい楽器(尺八は首ふり3年)であるが、逆にやりがいがあると思う。
伴奏楽器を習っておれば演奏のとき自分のバック(伴奏者)への気配りができるし、音の幅が持てるようになり、また相手の歌を活かす引き立て者になれるという利点もある。まぁ 試行錯誤しながら器楽稽古はスタートしたばっかりである。
午後3時からは玉川コミュニティセンターで全体練習会&独唱会は100名近くの会員が集い沖縄祝歌3題(かじゃでぃ風、鷲ぬ鳥、とーがにあやぐ)の特別稽古をした。
夕方からは愚生の歓迎会と交流会も大変盛り上がった。



昨日(25日)の朝といえば全国を震撼させたは能登半島地震。その余波が大阪でも感じることができるくらいだから震度の大きさがわかる。
大阪三線の弟子達は阪神淡路地震の事を思い出していた。
地震から北陸地方の一日も早い復興を願いながら小心者の愚生を別の意味で震撼させたのは独唱会で一曲ずつ披露(あまり人数が多いので1番のみ)してワンポイントレッスンを受ける曲が全員(33名)八重山の歌だったのには驚かされた。


2・3年前までだったら八重山民謡を歌う人は僅かであった。殆んど沖縄の歌かポップス(ビギンの世界)が多かった。
勿論 そこまでたどり着くにはポップスから入り、初級クラス、中級クラス、上級クラスというシステム化もあるが、指導者・世話人には敬服させられた。
いずれにせよ新しい息吹と八重山の脈を大阪で感じることが出来たのには嬉しい限りだ。
新しく入会された三線兄弟達よ。八重山歌チャレンジはスタートしたばっかりである。いつか更なるチャレンジ目指し沖縄であえることを願っています。
今回レッスンの目的は全体独唱会や初めて試みる民謡太鼓、横笛稽古の強化でもあった。
沖縄の島唄の伴奏楽器に使用される島太鼓と八重山歌・琉球古典音楽に欠かせない横笛を習いたいというメンバーが増えた為である。
それに伴い琉球民謡音楽協会も一昨年から器楽の部門(筝曲、横笛、太鼓、胡弓)をコンクールに取り入れている。



太鼓は打てば音が出る。いうなれば一番分かりやすい楽器、でもリズム感が要求される。しかし笛は吹孔からちゃんと息を吹きあたえないと横笛としての音が出ないから難しい楽器(尺八は首ふり3年)であるが、逆にやりがいがあると思う。
伴奏楽器を習っておれば演奏のとき自分のバック(伴奏者)への気配りができるし、音の幅が持てるようになり、また相手の歌を活かす引き立て者になれるという利点もある。まぁ 試行錯誤しながら器楽稽古はスタートしたばっかりである。
午後3時からは玉川コミュニティセンターで全体練習会&独唱会は100名近くの会員が集い沖縄祝歌3題(かじゃでぃ風、鷲ぬ鳥、とーがにあやぐ)の特別稽古をした。
夕方からは愚生の歓迎会と交流会も大変盛り上がった。



昨日(25日)の朝といえば全国を震撼させたは能登半島地震。その余波が大阪でも感じることができるくらいだから震度の大きさがわかる。
大阪三線の弟子達は阪神淡路地震の事を思い出していた。
地震から北陸地方の一日も早い復興を願いながら小心者の愚生を別の意味で震撼させたのは独唱会で一曲ずつ披露(あまり人数が多いので1番のみ)してワンポイントレッスンを受ける曲が全員(33名)八重山の歌だったのには驚かされた。


2・3年前までだったら八重山民謡を歌う人は僅かであった。殆んど沖縄の歌かポップス(ビギンの世界)が多かった。
勿論 そこまでたどり着くにはポップスから入り、初級クラス、中級クラス、上級クラスというシステム化もあるが、指導者・世話人には敬服させられた。
いずれにせよ新しい息吹と八重山の脈を大阪で感じることが出来たのには嬉しい限りだ。
新しく入会された三線兄弟達よ。八重山歌チャレンジはスタートしたばっかりである。いつか更なるチャレンジ目指し沖縄であえることを願っています。
Posted by 大工哲弘 at
22:19
2007年03月22日
モハメッド・ブリ
5年前、首里公民館(島唄サークル)に三線習いたいと、国籍不明の留学生モハメッド・ブリ(伝統芸能「能」を研究生)が入門してきた。
片言の日本語で「沖縄の歌わかるよ~!歌っていい?」と話す。歌ってごらん。歌った歌が「花」であった。
正直言って、どうしようもないくらいの音痴外人だった。

あれから本格的に愚生の元で八重山島うたを勉強するようになって2004年・琉球民謡音楽協会の民謡コンクールで「新人賞」。2006年「優秀賞」を見事受賞。「競演の島うた」では「奨励賞」。他に宮古民謡も勉強し2005年には「最高賞」昨年は「グランプリー」も受賞。同年には全国外国人による弁論大会で「鳥取県知事賞」受賞。5年間で輝かしい数々の受賞である。





しかし彼を世に出したのは何と言っても2005年「第一回糸満とぅばらーま大会で外人初「優勝」である。本人の努力は勿論だが、母国ではみなかった自分の才能を沖縄で再発見したのであろう、矜持を保ったのもこの頃からだった。





弁論大会の内容を抜粋してみる
①自然に対する心「月、太陽、地」があって地には花、海、山を天から与えられた3つの天地万物を拝する心が沖縄の三線・歌にある。
②歌に対する心、歌詞の並べ方、また言葉の選び方も大切、いかにして自分の気持ちを伝えるか、言わば肝心(ちむくくる)を伝える。
③人間に対する心、人間は心が通いあうように謡う。人と互いに語ること、行逢りば兄弟、昔から伝えられてきた道徳を次ぎの世代に伝えることが大切。一つの歌を習うのに一つの歴史、文化は一つの生活や自然もわかることができるから歌、三線は素晴らしい心の魂をしる大事なオキナワン・スピリッツだと思います・・・・・
2005年・弁論大会で「三心・さんしん」と題して堂々と弁論大会で発表し唱えたブリの声や歌がいまでも聞こえてきそうである。
沖縄三線留学で学んだスピリッツを何時までも心に留めチュニジアと日本(沖縄)と文化を伝える架け橋、旗手になってくれると信じております。
外人特有のポジテブで人懐っこく、日本語も愚生よりも巧く、良く笑う性格は皆に愛されたブリ君。長いようで、短かった沖縄での留学生活にも終止符を打ち、とうとう昨日(春分の日)にドバイ経由で母国チュニジアに帰国しました。
多くの皆さんに御世話になり ありがとうございました!




那覇空港から飛行機に搭乗する直前 メールが届いた。
「セェンセイ・いっぺーにふぁいゆ~。がんじゅうでね!マッタハーリ
元気にしてね~」って
また合える日までを「マッタハーリ」と引っ掛けたのでしょうが・・・
親父ギャグまで先生に似せるな!
ブリが言うように、また合える時まで 本当に元気で居とこう!

さようなら!また や~ ブリ
片言の日本語で「沖縄の歌わかるよ~!歌っていい?」と話す。歌ってごらん。歌った歌が「花」であった。
正直言って、どうしようもないくらいの音痴外人だった。

あれから本格的に愚生の元で八重山島うたを勉強するようになって2004年・琉球民謡音楽協会の民謡コンクールで「新人賞」。2006年「優秀賞」を見事受賞。「競演の島うた」では「奨励賞」。他に宮古民謡も勉強し2005年には「最高賞」昨年は「グランプリー」も受賞。同年には全国外国人による弁論大会で「鳥取県知事賞」受賞。5年間で輝かしい数々の受賞である。




しかし彼を世に出したのは何と言っても2005年「第一回糸満とぅばらーま大会で外人初「優勝」である。本人の努力は勿論だが、母国ではみなかった自分の才能を沖縄で再発見したのであろう、矜持を保ったのもこの頃からだった。





弁論大会の内容を抜粋してみる
①自然に対する心「月、太陽、地」があって地には花、海、山を天から与えられた3つの天地万物を拝する心が沖縄の三線・歌にある。
②歌に対する心、歌詞の並べ方、また言葉の選び方も大切、いかにして自分の気持ちを伝えるか、言わば肝心(ちむくくる)を伝える。
③人間に対する心、人間は心が通いあうように謡う。人と互いに語ること、行逢りば兄弟、昔から伝えられてきた道徳を次ぎの世代に伝えることが大切。一つの歌を習うのに一つの歴史、文化は一つの生活や自然もわかることができるから歌、三線は素晴らしい心の魂をしる大事なオキナワン・スピリッツだと思います・・・・・
2005年・弁論大会で「三心・さんしん」と題して堂々と弁論大会で発表し唱えたブリの声や歌がいまでも聞こえてきそうである。
沖縄三線留学で学んだスピリッツを何時までも心に留めチュニジアと日本(沖縄)と文化を伝える架け橋、旗手になってくれると信じております。
外人特有のポジテブで人懐っこく、日本語も愚生よりも巧く、良く笑う性格は皆に愛されたブリ君。長いようで、短かった沖縄での留学生活にも終止符を打ち、とうとう昨日(春分の日)にドバイ経由で母国チュニジアに帰国しました。
多くの皆さんに御世話になり ありがとうございました!




那覇空港から飛行機に搭乗する直前 メールが届いた。
「セェンセイ・いっぺーにふぁいゆ~。がんじゅうでね!マッタハーリ
元気にしてね~」って
また合える日までを「マッタハーリ」と引っ掛けたのでしょうが・・・
親父ギャグまで先生に似せるな!
ブリが言うように、また合える時まで 本当に元気で居とこう!

さようなら!また や~ ブリ
Posted by 大工哲弘 at
02:23
2007年03月20日
冥加なこと
東広島コンサート大成功でした。

愚生のコンサート「沖縄の心うたう」はたくさんの協賛を得て成功裡にたどり着くことが出来ました。 心から感謝申し上げます。
協力していただいた団体・個人は東広島ゆんたくうるま会、全国ネット大工哲弘八重山うた会、東広島市教育委員会(後援)玉城流流扇会平田行正舞踊道場広島支部、廣島ちんどん倶楽部、流呉太鼓、南風エイサー隊、平井剛治(シンセイ)平賀伸一・大崎清子(司会)他多くのスタッフの方々でした。 ありがとうございました!

東広島は広島市内から車だと1時間くらいでいける県の中南部に位置する落ち着いた街。山々に囲まれた東広島は盆地特有の寒さの中でのコンサートでしたが沖縄・八重山の熱い島唄の風を感じていただけたのか?いつものことだが不安である、多くは八重山の歌を始めて生で聴く人が多かったように思う。でも みんな熱心に手拍子、拍手をおくってくれました。そして コンサートのバロメターであるアンケートも200余りも寄せていただきました。きっと辛い注文もあるのかと不安を持ちながらアンケートチェックしたのですが、幸い「感動、必ず来年も来てください、一生の思い出・・・・」等などの声が多く、ホッ 胸をなでおろしました。
最近はコンサートでアンケートを書いてくれる人が少ない中、三分の一の客が書いてくれたというから、島唄への感心度がわかります。嬉しい限りですね 多謝!
東広島は「未来に羽ばたく国際学術研究都市」「豊かな自然環境・文化・歴史を活かしたまちづくり」をかかげ市像を新構築する新しい街づくりと古い歴史をもつ酒蔵の白壁と赤レンガ煙突通りはタイムスリップさせてくれる。きっと何時かこの地区は世界遺産になるであろう東広島・西条の見所だ。


酒蔵通りには「酒の旨いところに旨い水がある」いたるところに銘水が湧き出る井戸があり、甘く美味しい水を飲むことが出来る。
そこで見つけたのが「冥加の水」(みょうがのみず)井戸である。冥加とは「目に見えない神仏のお助けを戴くことができる」と言い伝えられてきた故事に由るものであります。


我がふるさと八重山でも栄誉、名誉、誉れなことを「みょうが」と云う。まったく冥加の水と同意語であるということが東広島・西条で知った。
東広島のみなさん!みょうがゆ すめーとーり、しかいとぅ・にふぁいゆ~
東広島のみなさん!栄誉なことをさせていただき、ありがとうございました!!

愚生のコンサート「沖縄の心うたう」はたくさんの協賛を得て成功裡にたどり着くことが出来ました。 心から感謝申し上げます。
協力していただいた団体・個人は東広島ゆんたくうるま会、全国ネット大工哲弘八重山うた会、東広島市教育委員会(後援)玉城流流扇会平田行正舞踊道場広島支部、廣島ちんどん倶楽部、流呉太鼓、南風エイサー隊、平井剛治(シンセイ)平賀伸一・大崎清子(司会)他多くのスタッフの方々でした。 ありがとうございました!

東広島は広島市内から車だと1時間くらいでいける県の中南部に位置する落ち着いた街。山々に囲まれた東広島は盆地特有の寒さの中でのコンサートでしたが沖縄・八重山の熱い島唄の風を感じていただけたのか?いつものことだが不安である、多くは八重山の歌を始めて生で聴く人が多かったように思う。でも みんな熱心に手拍子、拍手をおくってくれました。そして コンサートのバロメターであるアンケートも200余りも寄せていただきました。きっと辛い注文もあるのかと不安を持ちながらアンケートチェックしたのですが、幸い「感動、必ず来年も来てください、一生の思い出・・・・」等などの声が多く、ホッ 胸をなでおろしました。
最近はコンサートでアンケートを書いてくれる人が少ない中、三分の一の客が書いてくれたというから、島唄への感心度がわかります。嬉しい限りですね 多謝!
東広島は「未来に羽ばたく国際学術研究都市」「豊かな自然環境・文化・歴史を活かしたまちづくり」をかかげ市像を新構築する新しい街づくりと古い歴史をもつ酒蔵の白壁と赤レンガ煙突通りはタイムスリップさせてくれる。きっと何時かこの地区は世界遺産になるであろう東広島・西条の見所だ。


酒蔵通りには「酒の旨いところに旨い水がある」いたるところに銘水が湧き出る井戸があり、甘く美味しい水を飲むことが出来る。
そこで見つけたのが「冥加の水」(みょうがのみず)井戸である。冥加とは「目に見えない神仏のお助けを戴くことができる」と言い伝えられてきた故事に由るものであります。


我がふるさと八重山でも栄誉、名誉、誉れなことを「みょうが」と云う。まったく冥加の水と同意語であるということが東広島・西条で知った。
東広島のみなさん!みょうがゆ すめーとーり、しかいとぅ・にふぁいゆ~
東広島のみなさん!栄誉なことをさせていただき、ありがとうございました!!
Posted by 大工哲弘 at
16:00
2007年03月15日
東広島
♪名も知らぬ 遠き島より流れよる椰子の実一つ・・・・ご存知、島崎藤村の抒情詩。田中寅二(作曲)『椰子の実』である。
石垣市観光協会は1988年から「名も知らぬ遠き島を石垣に見立て」石垣から詩の舞台である、愛知県渥美町恋路が浜に届け!とロマンを求めて椰子の実を放流していました。
それが、なんと14年目の2002年に見事1,600㌔も離れた渥美町の伊良湖岬に漂着したのである。(因みに石垣観光協会と渥美町。岡崎市と石垣市は姉妹都市として交流してます)

日本の国民歌としても愛唱されている椰子の実「遠き島・・・」が我がふるさと八重山島と実証(推定ではあるが)されたときは、椰子の実が身近な歌として歌いたくなった。その記念に愚生のCDアルバム「蓬莱行」にもカバーされています。
その椰子も八重山(石垣、西表)だけに自生する新種と発見をした佐竹利彦氏は八重山椰子を自分の名前にちなんで「サタケンチャ・リュウキュウエンシス」と命名し、和名を「琉球八重山やし」といい、天然記念物に指定され、佐竹利彦椰子記念館も2005年に米原にオープン完成、石垣島を訪れる観光の名所になっている。
その椰子博士である、佐竹さんのご尽力で2005年、広島大学創立50周年記念に大学キャンパス内に素晴らしいサタケメモリアルホールが建った。キャパは1000名を要し、多目的ホールである。
www.hiroshima-u.ac.jp/memorialhall/p_437a74.html
明後日(17日)愚生のコンサートは由緒あるサタケメモリアルホールでのコンサートである。
器が大きいだけに 観客動員が心配される。
近くに遊びにこられる方はコンサートのご光来をお待ち申し上げております。
「大工哲弘しまうたコンサート」の案内
■日時:3月17日(土)
■場所:広島大学内・サタケメモリアルホール
■料金:前売り3,000 当日3、500円
■16時開場 17時開演
■問い合わせ:090-9412-9320(井口)
■協賛:東広島ゆんたくうるま会、大工哲弘八重山唄会全国ネット
勿論 サタケメモリアルホールで「椰子の実」も歌います。
広島の皆さん 御世話になります!!
石垣市観光協会は1988年から「名も知らぬ遠き島を石垣に見立て」石垣から詩の舞台である、愛知県渥美町恋路が浜に届け!とロマンを求めて椰子の実を放流していました。
それが、なんと14年目の2002年に見事1,600㌔も離れた渥美町の伊良湖岬に漂着したのである。(因みに石垣観光協会と渥美町。岡崎市と石垣市は姉妹都市として交流してます)

日本の国民歌としても愛唱されている椰子の実「遠き島・・・」が我がふるさと八重山島と実証(推定ではあるが)されたときは、椰子の実が身近な歌として歌いたくなった。その記念に愚生のCDアルバム「蓬莱行」にもカバーされています。
その椰子も八重山(石垣、西表)だけに自生する新種と発見をした佐竹利彦氏は八重山椰子を自分の名前にちなんで「サタケンチャ・リュウキュウエンシス」と命名し、和名を「琉球八重山やし」といい、天然記念物に指定され、佐竹利彦椰子記念館も2005年に米原にオープン完成、石垣島を訪れる観光の名所になっている。
その椰子博士である、佐竹さんのご尽力で2005年、広島大学創立50周年記念に大学キャンパス内に素晴らしいサタケメモリアルホールが建った。キャパは1000名を要し、多目的ホールである。
www.hiroshima-u.ac.jp/memorialhall/p_437a74.html
明後日(17日)愚生のコンサートは由緒あるサタケメモリアルホールでのコンサートである。
器が大きいだけに 観客動員が心配される。
近くに遊びにこられる方はコンサートのご光来をお待ち申し上げております。
「大工哲弘しまうたコンサート」の案内
■日時:3月17日(土)
■場所:広島大学内・サタケメモリアルホール
■料金:前売り3,000 当日3、500円
■16時開場 17時開演
■問い合わせ:090-9412-9320(井口)
■協賛:東広島ゆんたくうるま会、大工哲弘八重山唄会全国ネット
勿論 サタケメモリアルホールで「椰子の実」も歌います。
広島の皆さん 御世話になります!!
Posted by 大工哲弘 at
14:52
2007年03月13日
ふるさとで歌う
石垣市市制施行60年、石垣市市民会館始動20年という記念する節目に『やいまうたながれ』コンサートが(11日昼夜)石垣市民会館大ホールでありました。
出演者は、成底ゆう子、日出克、ミヤギマモル、新良幸人、大工、宮良康正、(司会)野底美智代、平田大一。
愚生始め出演者全員地元という構成メンバー。いつもとは雰囲気が変わってリハーサルから力が入り緊張感が漂っていた。当然ながら地元では親兄弟、親戚、知人・友人が多く聴きにくる、絶対ヘマは許されないからである。
お陰でコンサートも引き締まった内容で島の人たちにも喜んでもらい無事 盛会裏に終ることが出来ました。
何よりも多忙な中、会場に足を運んで頂いた皆さんありがとうございました!
そしてスタッフ、実行委員、出演者の皆さん。本当にお疲れさんでした!

↑リハーサル風景(エンディングの六調節)
この3ショットは初めての共演、幸人とは琉球フェスティバルのステージで何度も共演はあるが、宮良康正さんとは以前 石垣に南宝劇場という芝居小屋があったが、そこで共演して以来35年振りの共演舞台だ。幸人も憧れの先輩・康正さんとの共演は始めてだそうだ。これも不思議な感じ
打ち上げの席で異口同音「これからはもっと八重山出身だけ集ったコンサートをやろう!」と云う要望が多かった。愚生も賛成だ!

「やいまうたながれ」コンサートの翌日石垣で一番大きい老人保健施設「太陽の里」で慰問ライブをしてきました。
オープニングは鳩間節。ノッケから手拍子と一緒に歌ったり終始賑やかな雰囲気のライブでした。
親戚のオバァーやオジィ、高校の頃、歌の指導をして貰った。とぅばらーまの名人の石垣さん、宮良村で御世話になった遊びうたの頭・前花のお父さん達も入園者として会場に居た。歌いながら昔の思い出が走馬灯のように浮かばれ、先輩達に微力だが、ご恩返しを出来たようでうれしかった。
ライブが終わり入園者代表で愚生にお礼をするという竹富出身のオバァー(105歳)はマイクを確り持ってラッパ節に載せて歌をプレゼントしてくれた。
♪ないない尽くしの敬老員、誰でも歳は取りたくない
白髪が生えても仕方がない、頭がはげても仕方がない
♪腰がまがっても仕方がない、杖もつくのも仕方がない
施設に行くのも仕方がない、それでもグチは溢せない
♪若い世代はまた来ない、思い悩むも仕方がない
男女の区別も抜けきれない、体の一部が感じない
(ハッハ~と ここで笑う)・・・会場も大爆笑
♪それでも人生終れない、健康第一死なれない
故にこの世は捨てきれない、死んだら年金貰えない
(歌い終わり、もう一曲歌うというが係員に止められる)
意味深な歌詞。105歳で足腰もしっかりして声も艶があり、こんな歌が歌えるパワーはどこにあるのかなぁ~。オバァ~が最後に「健康長寿でこれからもがんばろう!」って。皆に呼びかけた。一体 何歳まで生き抜くおつもりなんでしょうかね。お元気さを肖りたいものだ。
老人施設は全国数多くあれど島唄一つで昔の青年男女達がこんなに共通のよろこび、楽しんでもらう入園者施設は他府県にあるだろうか。だからふるさとで歌う慰問ライブは楽しい。
これからも帰省するたび、ふるさとの施設を訪問し慰問ライブしようと思っている。
出演者は、成底ゆう子、日出克、ミヤギマモル、新良幸人、大工、宮良康正、(司会)野底美智代、平田大一。
愚生始め出演者全員地元という構成メンバー。いつもとは雰囲気が変わってリハーサルから力が入り緊張感が漂っていた。当然ながら地元では親兄弟、親戚、知人・友人が多く聴きにくる、絶対ヘマは許されないからである。
お陰でコンサートも引き締まった内容で島の人たちにも喜んでもらい無事 盛会裏に終ることが出来ました。
何よりも多忙な中、会場に足を運んで頂いた皆さんありがとうございました!
そしてスタッフ、実行委員、出演者の皆さん。本当にお疲れさんでした!

↑リハーサル風景(エンディングの六調節)
この3ショットは初めての共演、幸人とは琉球フェスティバルのステージで何度も共演はあるが、宮良康正さんとは以前 石垣に南宝劇場という芝居小屋があったが、そこで共演して以来35年振りの共演舞台だ。幸人も憧れの先輩・康正さんとの共演は始めてだそうだ。これも不思議な感じ
打ち上げの席で異口同音「これからはもっと八重山出身だけ集ったコンサートをやろう!」と云う要望が多かった。愚生も賛成だ!

「やいまうたながれ」コンサートの翌日石垣で一番大きい老人保健施設「太陽の里」で慰問ライブをしてきました。
オープニングは鳩間節。ノッケから手拍子と一緒に歌ったり終始賑やかな雰囲気のライブでした。
親戚のオバァーやオジィ、高校の頃、歌の指導をして貰った。とぅばらーまの名人の石垣さん、宮良村で御世話になった遊びうたの頭・前花のお父さん達も入園者として会場に居た。歌いながら昔の思い出が走馬灯のように浮かばれ、先輩達に微力だが、ご恩返しを出来たようでうれしかった。
ライブが終わり入園者代表で愚生にお礼をするという竹富出身のオバァー(105歳)はマイクを確り持ってラッパ節に載せて歌をプレゼントしてくれた。
♪ないない尽くしの敬老員、誰でも歳は取りたくない
白髪が生えても仕方がない、頭がはげても仕方がない
♪腰がまがっても仕方がない、杖もつくのも仕方がない
施設に行くのも仕方がない、それでもグチは溢せない
♪若い世代はまた来ない、思い悩むも仕方がない
男女の区別も抜けきれない、体の一部が感じない
(ハッハ~と ここで笑う)・・・会場も大爆笑
♪それでも人生終れない、健康第一死なれない
故にこの世は捨てきれない、死んだら年金貰えない
(歌い終わり、もう一曲歌うというが係員に止められる)
意味深な歌詞。105歳で足腰もしっかりして声も艶があり、こんな歌が歌えるパワーはどこにあるのかなぁ~。オバァ~が最後に「健康長寿でこれからもがんばろう!」って。皆に呼びかけた。一体 何歳まで生き抜くおつもりなんでしょうかね。お元気さを肖りたいものだ。
老人施設は全国数多くあれど島唄一つで昔の青年男女達がこんなに共通のよろこび、楽しんでもらう入園者施設は他府県にあるだろうか。だからふるさとで歌う慰問ライブは楽しい。
これからも帰省するたび、ふるさとの施設を訪問し慰問ライブしようと思っている。
Posted by 大工哲弘 at
13:13
2007年03月08日
20周年目に
石垣市市制施行60周年記念・石垣市民会館20周年記念事業コンサート
「やいまうたながれ」の案内です。
場所:石垣市民会館 大ホール
日時:3月11日(日)昼13:30開演
夜18:00開演2回コンサートです。
チケット:¥2500(昼夜)
取り扱い:根間楽器、HOTSPAR、山田書店、TSUTAYA 他
やいまうたながれ実行委員会0980-82-1515(石垣市民会館内)
出演:宮良康正・大工哲弘・日出克・ミヤギマモル・新良幸人&サンデー
成底ゆう子・ナビゲーター平田大一・野底美智子。

初めて八重山出身の歌者達が生まれふるさとで出揃う。
多く八重山島からアーティストを排出し、現在メジャーでもたくさん活躍しているミュージシャンが居るのにこういった企画がこれまでなかったのが不思議な感じです。
何はともあれ市民会館20周年の記念事業として企画をして頂いたコンサート実行委員会には感謝を申し上げたい。
久しぶりに会うメンバー多く再会を楽しみにしてます。
さぁ~ 今週末は生まれ里「やいま」に集合だ!
「やいまうたながれ」の案内です。
場所:石垣市民会館 大ホール
日時:3月11日(日)昼13:30開演
夜18:00開演2回コンサートです。
チケット:¥2500(昼夜)
取り扱い:根間楽器、HOTSPAR、山田書店、TSUTAYA 他
やいまうたながれ実行委員会0980-82-1515(石垣市民会館内)
出演:宮良康正・大工哲弘・日出克・ミヤギマモル・新良幸人&サンデー
成底ゆう子・ナビゲーター平田大一・野底美智子。

初めて八重山出身の歌者達が生まれふるさとで出揃う。
多く八重山島からアーティストを排出し、現在メジャーでもたくさん活躍しているミュージシャンが居るのにこういった企画がこれまでなかったのが不思議な感じです。
何はともあれ市民会館20周年の記念事業として企画をして頂いたコンサート実行委員会には感謝を申し上げたい。
久しぶりに会うメンバー多く再会を楽しみにしてます。
さぁ~ 今週末は生まれ里「やいま」に集合だ!
Posted by 大工哲弘 at
01:40
2007年03月05日
濃い一日
3月4日は語呂合わせ記念日としてもすっかりメジャーになった第15回・ゆかる日・まさる日『さんしんの日』は昼の出演。大阪三線クラブの個人レッスン。夕方から山里勇吉(名誉会長)愚生が会長を務める八重山音楽安室流・室山会の定期総会&懇親会に出席。その後は大挙大阪から参加された弟子達と居酒屋「石垣島」で安里勇氏も交わり時間の忘れるまで久しぶりに気持ちよくアルコールで胃袋を洗浄した。

さんしんの日のメイン会場・読谷文化センターのロビーには様々な三線が展示され普通の価格より20%も安く販売されていた。

12時の時報音と同時に「かじゃでぃ風」が舞台演奏と会場に三線を持参して来ている客とが同時に大合奏となる。オキナワならでわの瞬間である。

宮崎から特別ゲストで出演されたゴッタン奏者の竹内和正が自分の出番を待つ(楽屋で)

左は竹内さんの奥さんの道子さんです 八重山音楽安室流・室山会の定期総会の幕開け↑

午後7時から時報と同時にかじゃでぃ風演奏した後、RBCラジオのラジオカーが入り、総会の模様を会場から生中継された(山里勇吉先生と金城盛長をインタビューするレポーターの比嘉真史と王田あずみ)

2部は各研究所の余興。すっかり定番になった金城盛長教室の「きーぷぞう」

安里勇の「新ションカネー」

山里勇吉教室の「真謝井戸」

↑大阪三線クラブの「目出度節」 大工やいま歌会「桃里節」「みなとーま」

最後は特別にお招きしたゴッタン奏者の竹内和正夫婦による宮崎民謡の「しゃんしゃん馬道中歌」他数曲

竹内さんと一緒に宮崎民謡の「ひえつき節」と鹿児島のハイヤ節を共演させてもらった。
お返しにと竹内さんが安里屋ゆんたをうたった。
フィナーレーはやっぱり山里勇吉先生の音頭で「ミルク節・やーらーよー」を全員で合唱し、平成19年度安室流・室山会総会・親睦会の幕を閉じた。
総会の会場だった「メルパルク」は小泉前首相が打ち出した郵政民営化のあおりを受け今月中で閉鎖されるそうです。 後利用はどうなるのでしょう?
気になった
充実した一日であった
お疲れさんでした!

さんしんの日のメイン会場・読谷文化センターのロビーには様々な三線が展示され普通の価格より20%も安く販売されていた。

12時の時報音と同時に「かじゃでぃ風」が舞台演奏と会場に三線を持参して来ている客とが同時に大合奏となる。オキナワならでわの瞬間である。

宮崎から特別ゲストで出演されたゴッタン奏者の竹内和正が自分の出番を待つ(楽屋で)

左は竹内さんの奥さんの道子さんです 八重山音楽安室流・室山会の定期総会の幕開け↑

午後7時から時報と同時にかじゃでぃ風演奏した後、RBCラジオのラジオカーが入り、総会の模様を会場から生中継された(山里勇吉先生と金城盛長をインタビューするレポーターの比嘉真史と王田あずみ)

2部は各研究所の余興。すっかり定番になった金城盛長教室の「きーぷぞう」

安里勇の「新ションカネー」

山里勇吉教室の「真謝井戸」

↑大阪三線クラブの「目出度節」 大工やいま歌会「桃里節」「みなとーま」

最後は特別にお招きしたゴッタン奏者の竹内和正夫婦による宮崎民謡の「しゃんしゃん馬道中歌」他数曲

竹内さんと一緒に宮崎民謡の「ひえつき節」と鹿児島のハイヤ節を共演させてもらった。
お返しにと竹内さんが安里屋ゆんたをうたった。
フィナーレーはやっぱり山里勇吉先生の音頭で「ミルク節・やーらーよー」を全員で合唱し、平成19年度安室流・室山会総会・親睦会の幕を閉じた。
総会の会場だった「メルパルク」は小泉前首相が打ち出した郵政民営化のあおりを受け今月中で閉鎖されるそうです。 後利用はどうなるのでしょう?
気になった
充実した一日であった
お疲れさんでした!
Posted by 大工哲弘 at
23:18
2007年03月01日
ゴッタン

「ゴッタン」という楽器を初めて知ったのは1983年、愚生の「ゆんたしょーら」第一回リサイタルを労働福祉会館(後に東町会館・現在は県立郷土劇場)で開催した記念にLPアルバム「ゆんたしょーら」を制作・リリースしてくれたプロデューサー(CBSソニー)の三須純平氏が鹿児島でゴッタンという幻の楽器を弾く盲目瞽女・荒武タミさんを77年・LPレコードで世に紹介してから、ゴッタンという謎の三味線を知った。
翌年の78年、沖縄労働福祉会館で荒武タミさんは始めて公演されている。愚生もその会場に居た。
荒武タミさんは鹿児島県福山市(現霧島)比曽木野に生まれ、5歳の時にハシカがもとで失明。7歳の時に父を失い。16歳で母とも死別。13歳の時2ヶ月ほど三味線の師匠についた。生活苦のあまり、18歳になると三味線を抱え、こっそりと門付けもして歩く、19歳の秋に三味線の師匠として立つ。当時絶えてしまったと思われていたゴッタンを演奏しつづけた。昭和52年・南日本新聞文化賞受賞する。残念ながら平成4年(1992)4月に死去した。明治44年生まれ。81歳。


潮枯れたタミさんのもの悲しい歌声にゴッタンの寂響する絃の音は三味線というよりリュートのような素朴な共鳴の音が心に凍みたのを覚えている。
♪はんやはんやで半年しゃくれたナ後の半年しゃ サマ寝て暮らす
どっかからな鹿児島からな
♪あたしゃなぁ あたしゃな おまいさんにどうやら こうやら縁があるやら
さま惚れたやら
♪島はなぁ島はなぁ島はうとても(歌っても)まだ夜は夜中中心静かにさま寝ておじゃれ
タミさんが歌う「ハンヤ節」である。
ここで紹介できないくらい超色っぽい歌詞がたくさんあるが・・・
割愛をさせてもらう
ゴッタンとは「板三味線」「箱三味線」という別名もあるが、大和の三味線も黒檀や紫檀は最高の棹材料である。ゴッタンはこれにも及ばないからコクタンをモジッテ「ゴッタン」という名前が付けられた。説と「ゴツイ」=「タン」はバカスッタン、スカタン、アンポンタンのタンで「ごくつ不細工なもの」という意味の造語ではないかと云う説もある。

↑実際 荒武タミさんが使用していたゴッタン(大工コネクション)
そのゴッタンも第二次世界大戦後、またたく間に消失した。板ということもあってタキギに使われ哀れな運命をたどったのも消失要因になったのでしょう
幻の板三味線は、タミさんの活動や三須氏のレコード出版により、ゴッタンが甦り、世に紹介され身軽なゴツイ楽器として現在は普及の一途にある。
来る3月4日(さんしんの日)はゴッタンを演奏し九州民謡の普及に努めている、竹内和正さん(宮崎在)夫婦がメイン会場の読谷村文化センター・鳳ホールでゴッタン演奏と宮崎民謡を演奏披露してくれる。
楽しみな「さんしんの日」です。
Posted by 大工哲弘 at
15:02




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