2007年05月30日
福岡がちまやぁ~
福岡中央区渡辺通り1丁目にある琉球料理の店「がちまやぁ~」は博多駅から2分おきに巡回している100円バスに乗れば15分くらいで渡辺1丁目「がちまやぁ~」に連れて行ってくれる。本当に便利だ!
がちまやぁ~恒例のレッスンはコンクール組(9名)と全体稽古が11時~6時まで実施された。新しく今回は「ゆんた」を勉強した。




懇親会は「くいだおれ」から始まり2次会、そして飲み納めはやっぱり福岡名物「屋台」に行かなければ、フクオカではナイタイ! いわばフルコースである。



愚生は翌朝、飯尾さんの当選祝勝コンペと名を打って、がちまやぁ~教室の〇下さんらと芝刈り(golf)があるので、ここでもやっぱりシンデレラボーイに徹した。
福岡・古賀は至福の3日間でした。
福岡空港までワザワザお土産と見送りに来てくれたミキティさん。ありがとうございました!
来月コンクールでは全員合格をなし、打ち上げでハチキレル余興を楽しみにしております。
がちまやぁ~恒例のレッスンはコンクール組(9名)と全体稽古が11時~6時まで実施された。新しく今回は「ゆんた」を勉強した。




懇親会は「くいだおれ」から始まり2次会、そして飲み納めはやっぱり福岡名物「屋台」に行かなければ、フクオカではナイタイ! いわばフルコースである。



愚生は翌朝、飯尾さんの当選祝勝コンペと名を打って、がちまやぁ~教室の〇下さんらと芝刈り(golf)があるので、ここでもやっぱりシンデレラボーイに徹した。
福岡・古賀は至福の3日間でした。
福岡空港までワザワザお土産と見送りに来てくれたミキティさん。ありがとうございました!
来月コンクールでは全員合格をなし、打ち上げでハチキレル余興を楽しみにしております。
Posted by 大工哲弘 at
23:12
2007年05月30日
古賀市
福岡は空港から街へアクセスがよく、町もバリエーションがあって好きだ。
先週末(26、27日)は福岡がちまやぁ~と古賀市へ出張稽古の上福であった。


古賀に行く途中「志賀の島」に連れって行ってもらった。金印公園の前でサザエとイカをゲット。ノッケからすばらしい出会い。
古賀市は博多から車で1時間くらいのところに田畠が広がる落ち着いた町である。(人口5万)平成9年10月に市制施行して今年は10年という節目に古賀市で三線を教えている我が大工ネットの飯尾さんが先月行なわれた古賀市市会議員に立候補し見事上位初当選した。文化藝術振興・アートタウン構想を目指す美しい古賀市には相応しい人材の飯尾さんと思う。これからは行政に携わり地域活性化に三線サークル指導と「誰からも親しまれる」生涯学習を目標に躍進する古賀市のために頑張って貰いたいです。



↑古賀教室には最高齢83歳の昔乙女がいて、現役のドライバー(ニックネームがスピード違反)みんな青春そのものである。
来月のコンクールには飯尾さんが指導する門弟からは6名の新人賞と飯尾さんが最高賞に挑戦する。頑張ってね~!
古賀の宿はシンデレラボーイの掟を守り「ゆったりランド薬王寺」の温泉宿で泊まった。



翌朝、飯尾さん宅(小山田)にお邪魔した後、町を飯尾さんが案内してくれた。すぐ裏手には「小山田斎宮社叢」がある。社叢内にはガシの大木(高さ30メートル、樹齢千年は経っているそうです)歴史を感じさせる。
歴史といえば「十三仏碑」にも出会った。仏板は個人(高川家)の邸内に祀られている。高川さんがご親切にお茶を出してくれた。(人情が熱いね)

高川さんの果樹園には倒卵形の実が黄橙色に熟し、たわわに枇杷が実っていた。


沖縄にない初めて見る枇杷、木から実を摘みそのまま食べるのも 勿論初めてである。これが甘くて美味しいんだなぁ~。飯尾さんの豪邸の庭には赤く熟したグミが実っている。飯尾さんが食べ方を教えてくれた。甘酸っぱく、不思議な味がしたが、旨かった。
歴史と古賀町の自然の贈り物は初めて尽くめ。
断っておくが・・・古賀市には観光で訪れた訳ではない。飽く迄も歌・三線稽古の出張。
古賀のみなさん ありがとうございました。
来月再会できることを楽しみにしております。!
先週末(26、27日)は福岡がちまやぁ~と古賀市へ出張稽古の上福であった。


古賀に行く途中「志賀の島」に連れって行ってもらった。金印公園の前でサザエとイカをゲット。ノッケからすばらしい出会い。
古賀市は博多から車で1時間くらいのところに田畠が広がる落ち着いた町である。(人口5万)平成9年10月に市制施行して今年は10年という節目に古賀市で三線を教えている我が大工ネットの飯尾さんが先月行なわれた古賀市市会議員に立候補し見事上位初当選した。文化藝術振興・アートタウン構想を目指す美しい古賀市には相応しい人材の飯尾さんと思う。これからは行政に携わり地域活性化に三線サークル指導と「誰からも親しまれる」生涯学習を目標に躍進する古賀市のために頑張って貰いたいです。



↑古賀教室には最高齢83歳の昔乙女がいて、現役のドライバー(ニックネームがスピード違反)みんな青春そのものである。
来月のコンクールには飯尾さんが指導する門弟からは6名の新人賞と飯尾さんが最高賞に挑戦する。頑張ってね~!
古賀の宿はシンデレラボーイの掟を守り「ゆったりランド薬王寺」の温泉宿で泊まった。



翌朝、飯尾さん宅(小山田)にお邪魔した後、町を飯尾さんが案内してくれた。すぐ裏手には「小山田斎宮社叢」がある。社叢内にはガシの大木(高さ30メートル、樹齢千年は経っているそうです)歴史を感じさせる。
歴史といえば「十三仏碑」にも出会った。仏板は個人(高川家)の邸内に祀られている。高川さんがご親切にお茶を出してくれた。(人情が熱いね)

高川さんの果樹園には倒卵形の実が黄橙色に熟し、たわわに枇杷が実っていた。


沖縄にない初めて見る枇杷、木から実を摘みそのまま食べるのも 勿論初めてである。これが甘くて美味しいんだなぁ~。飯尾さんの豪邸の庭には赤く熟したグミが実っている。飯尾さんが食べ方を教えてくれた。甘酸っぱく、不思議な味がしたが、旨かった。
歴史と古賀町の自然の贈り物は初めて尽くめ。
断っておくが・・・古賀市には観光で訪れた訳ではない。飽く迄も歌・三線稽古の出張。
古賀のみなさん ありがとうございました。
来月再会できることを楽しみにしております。!
Posted by 大工哲弘 at
11:07
2007年05月25日
琉球フェスティバル‘07
今年は久しぶりに東京「琉球フェスティバル‘07」に出演します。
6年ぶり、7年振り、かな?
ライブスケジュールにも記してありますが・・・
公演日・開演時間:7月29日(日)4:00PM
会場・ 日比谷野外大音楽堂
席種・料金 指定・6800円 / 一般発売中
出演:大城美佐子/ 大工/ 朝崎郁恵/ パーシャークラブ/ 大島保克/よなは徹/
池田卓/ 桑江知子/ かりゆし58 他
その関連でテレビ朝日が琉球フェスティバルへ向けて特別番組を制作して放送するそうです。その番組で今回琉フェスの出演者にインタビューをする内容。
今日 愚生が好きな首里のすば屋「しむじょー」で収録が行われました。

インタビューの内容はTV(BS朝日)放送を観てから楽しみにした方がいいと思います。あまり大した事喋ってないからね?
放送日時と番組名が決まったらお知らせします。
Posted by 大工哲弘 at
18:10
2007年05月24日
カツオ
「先生!ハチ・カチュー」(初鰹)です!本部港に初鰹があがったそうだ。弟子の大濱くんが新鮮なカツオをゴルフ帰りの手土産に戴いた。
早速 稽古を終え、小ぶりの初鰹を捌き、ぶつ切り刺身にして晩酌の肴にした。
ここだけの話だが、いやぁ~ホントニ旨かった!

食感が、いつものカツオとはちがって、サクッ、トロッ、舌と歯に伝わってくる。
江戸時代に山口素堂が「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」と詠んだ詩がある。それだけ5月の新緑季に初鰹を食べるというのが魚好きな男達の願望であっただろう。
ところが2006年の「水産白書」によると、子供達の食卓から魚離れが進んでいるという。肉類より割高、骨取ったりの調理が面倒くさいと言うのが原因で欧米化・魚食離れが多いという。
でも 最近オジン達を脅かしているメタポリック・シンドローム、アルツハイマー病も魚や野菜を取ることによって抑制することもできるという疫学発表もある。また(DHA・脳や神経組織機能維持)(EPA・血栓予防)の効果もあると言うくらいだ。いろんな意味においても大人も子供達も魚を大いに摂取したいものです。
全然話しは違うが・・・幼い頃我が実家の食卓からはカツオは欠かせない源であった。同集落(新川)の具志堅〇高の親父もバリバリでカツオ漁船の乗り組み員だった。それをバックボーンに画家の与那覇朝大(同じ新川出身)大先輩が作詞、普久原恒勇さんが作曲して「新川大漁節」(カツオの大漁を歌った)を世に出したのは有名である。
愚生にとってカツオは故郷の味でもある。「目には涙 山ソーミナー(目白)ハツ・カチュー」
大濱くん ありがとうね~!
早速 稽古を終え、小ぶりの初鰹を捌き、ぶつ切り刺身にして晩酌の肴にした。
ここだけの話だが、いやぁ~ホントニ旨かった!

食感が、いつものカツオとはちがって、サクッ、トロッ、舌と歯に伝わってくる。
江戸時代に山口素堂が「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」と詠んだ詩がある。それだけ5月の新緑季に初鰹を食べるというのが魚好きな男達の願望であっただろう。
ところが2006年の「水産白書」によると、子供達の食卓から魚離れが進んでいるという。肉類より割高、骨取ったりの調理が面倒くさいと言うのが原因で欧米化・魚食離れが多いという。
でも 最近オジン達を脅かしているメタポリック・シンドローム、アルツハイマー病も魚や野菜を取ることによって抑制することもできるという疫学発表もある。また(DHA・脳や神経組織機能維持)(EPA・血栓予防)の効果もあると言うくらいだ。いろんな意味においても大人も子供達も魚を大いに摂取したいものです。
全然話しは違うが・・・幼い頃我が実家の食卓からはカツオは欠かせない源であった。同集落(新川)の具志堅〇高の親父もバリバリでカツオ漁船の乗り組み員だった。それをバックボーンに画家の与那覇朝大(同じ新川出身)大先輩が作詞、普久原恒勇さんが作曲して「新川大漁節」(カツオの大漁を歌った)を世に出したのは有名である。
愚生にとってカツオは故郷の味でもある。「目には涙 山ソーミナー(目白)ハツ・カチュー」
大濱くん ありがとうね~!
Posted by 大工哲弘 at
14:38
2007年05月22日
岡山
久しぶりの投稿です。
「てぃだブログ」の3日間メンテナンスと岡山ライブが重なり新規投稿が出来ませんでした。今回は一年振りに岡山へ行って来た報告をさせていただきます。

岡山県・栄町アーケード商店街のど真ん中にある居酒屋ライブハウス「あたらし屋」はオープンして今月で一年を迎えるということで愚生の記念ライブが(19日)ありました。



「ライブしよう」と決めてから準備期間が2週間という短期間にもかかわらず大勢の島唄ファンがきてくれました。ライブ中、岡山県庁職員(全国都市緑化おかやまフェスタ2009事務局)から、岡山の銘菓「きび団子」もいただきました。嬉しかったです。ありがとうございました!
また 大阪の三線仲間達もライブ観楽ツアー「大人の遠足」と称しあたらし屋の升席を満たしてくれました。なによりも遠足組は打ち上げで帰る終電の心配もなく、岡山の夜を一緒に遅くまで楽しみました。
翌日(20)は岡山やいま歌会教室と東広島三線クラブ「ゆんたくうるま会」の合流強化稽古も朝10時から18:40まで長時間に渡りコンクール組と全体稽古が実施されました。
岡山は瀬戸内海に面して海産物にも農作物にも恵まれて温暖で暮らしもよいせいなのだろうか、あくせくしない温和な気質が多い、それ故かは知らないが、ゆったりした八重山の唄と岡山のリズムが溶け合っているように愚生には聞こえた。
さて なんと言っても岡山の名物と言えば愚生は蛸料理である。
お楽しみお疲れさん会では、メンバーがちゃんと蛸の美味しい「鳥好」という居酒屋で持て成してくれた。


岡山唄会の主宰・小林くんが2次会は雰囲気のいいビールの店「ドイツパブ」に東広島のメンバーと美味しいビールを味わいながら話しは弾む。

帰る日(21)新幹線出発時間まで時間があったので東広島から稽古に来ていたメンバーと金沢の兼六園、水戸の偕楽園と日本の3名園の一つである「後楽園」と岡山の名所「岡山城」を散策した。



旭川を隔てた岡山城址と対する回遊式庭園の典型の公園は五月晴れの好天に新緑が映え、すごく綺麗だった。
烏城で知られる岡山城も五月晴れの真っ青の空に金色の鯱がまぶしい
井口さん、麻子さん、吉田くん、玉ちゃん、奥原さん、中村くん見送りありがとうございました!

来月は沖縄で再会を楽しみにしております!
「てぃだブログ」の3日間メンテナンスと岡山ライブが重なり新規投稿が出来ませんでした。今回は一年振りに岡山へ行って来た報告をさせていただきます。

岡山県・栄町アーケード商店街のど真ん中にある居酒屋ライブハウス「あたらし屋」はオープンして今月で一年を迎えるということで愚生の記念ライブが(19日)ありました。



「ライブしよう」と決めてから準備期間が2週間という短期間にもかかわらず大勢の島唄ファンがきてくれました。ライブ中、岡山県庁職員(全国都市緑化おかやまフェスタ2009事務局)から、岡山の銘菓「きび団子」もいただきました。嬉しかったです。ありがとうございました!
また 大阪の三線仲間達もライブ観楽ツアー「大人の遠足」と称しあたらし屋の升席を満たしてくれました。なによりも遠足組は打ち上げで帰る終電の心配もなく、岡山の夜を一緒に遅くまで楽しみました。
翌日(20)は岡山やいま歌会教室と東広島三線クラブ「ゆんたくうるま会」の合流強化稽古も朝10時から18:40まで長時間に渡りコンクール組と全体稽古が実施されました。
岡山は瀬戸内海に面して海産物にも農作物にも恵まれて温暖で暮らしもよいせいなのだろうか、あくせくしない温和な気質が多い、それ故かは知らないが、ゆったりした八重山の唄と岡山のリズムが溶け合っているように愚生には聞こえた。
さて なんと言っても岡山の名物と言えば愚生は蛸料理である。
お楽しみお疲れさん会では、メンバーがちゃんと蛸の美味しい「鳥好」という居酒屋で持て成してくれた。


岡山唄会の主宰・小林くんが2次会は雰囲気のいいビールの店「ドイツパブ」に東広島のメンバーと美味しいビールを味わいながら話しは弾む。

帰る日(21)新幹線出発時間まで時間があったので東広島から稽古に来ていたメンバーと金沢の兼六園、水戸の偕楽園と日本の3名園の一つである「後楽園」と岡山の名所「岡山城」を散策した。



旭川を隔てた岡山城址と対する回遊式庭園の典型の公園は五月晴れの好天に新緑が映え、すごく綺麗だった。
烏城で知られる岡山城も五月晴れの真っ青の空に金色の鯱がまぶしい
井口さん、麻子さん、吉田くん、玉ちゃん、奥原さん、中村くん見送りありがとうございました!

来月は沖縄で再会を楽しみにしております!
Posted by 大工哲弘 at
10:57
2007年05月16日
札幌
札幌教室のレッスンは人数が多いので2日間(12・13日)に渡って行なわれた。

稽古は午後からだったので小林くんにお願いしてランチはスープカレー屋に連れて行ってもらった。絶対 先生行くんでしたら「村上カレー店プルプル」がいい。いや「ボイジュ」といろいろ他薦はあったが・・・


結局 オナー(久保田信さん)はミュージシャンということもあり、即「GOP」に決った。昨年も同じ時期に訪れている(壁に愚生のサインを見て、5月14日とあった)


Gopのカレーはダイナミックなタマネギ、ニンニク、ショウガ、レンコン、ニンジンの新鮮な野菜とチキンの具にトリガラとスパイスの香りが独特でいい。愚生は中辛で20度を注文した。
また 「モモ」も出てきたが・・・果物のモモと思った?チベットの蒸し餃子のことらしい。アジアを感じさせて美味しかった。

最近 札幌といえばラーメンでも、蟹でもホッケでもない。スープカレーである。その数140軒以上はあると言われ、観光客も入り乱れスープカレーフリークが増えて、いまでは札幌はカレー・キャピタルを誇っているようだ。
札幌にはインド好きが多い、気候的にもネパールと似ているところからカレーが広まった説と、札幌農学校(現在の北大)寮の洋風食がアレンジされ、カレーおじや、ライスカレー、スープカレーと進化して現代の美味しい独自な食文化を生み出したと云われている。
生兵法で申し訳ない


あれっ~話が随分逸れた。本筋に戻そう
そうそう今回のレッスン。いわば面授である。様々に個人の日頃練習過程が見えて歌声は絶対嘘は付かない。人の心をも写しだす鏡のように伝わるから怖いものだ。
遠隔が故に、このレッスン方法は機会もって続ければいいな~と思った。

昨年から今年に入って札幌会員から沖縄移住組も増えて、寂しい思いをしているかなぁ~と思いや、新人も多く入会され むしろ活気が出ている雰囲気があって安心しました。
その沖縄移住組も来月コンクールで皆さんとお会いできることを楽しみにお待ちしておりますよ~!

小林くん夫婦を始め 札幌のみなさ~ん。お疲れさんでした。
そして ありがとうございました!

稽古は午後からだったので小林くんにお願いしてランチはスープカレー屋に連れて行ってもらった。絶対 先生行くんでしたら「村上カレー店プルプル」がいい。いや「ボイジュ」といろいろ他薦はあったが・・・


結局 オナー(久保田信さん)はミュージシャンということもあり、即「GOP」に決った。昨年も同じ時期に訪れている(壁に愚生のサインを見て、5月14日とあった)


Gopのカレーはダイナミックなタマネギ、ニンニク、ショウガ、レンコン、ニンジンの新鮮な野菜とチキンの具にトリガラとスパイスの香りが独特でいい。愚生は中辛で20度を注文した。
また 「モモ」も出てきたが・・・果物のモモと思った?チベットの蒸し餃子のことらしい。アジアを感じさせて美味しかった。

最近 札幌といえばラーメンでも、蟹でもホッケでもない。スープカレーである。その数140軒以上はあると言われ、観光客も入り乱れスープカレーフリークが増えて、いまでは札幌はカレー・キャピタルを誇っているようだ。
札幌にはインド好きが多い、気候的にもネパールと似ているところからカレーが広まった説と、札幌農学校(現在の北大)寮の洋風食がアレンジされ、カレーおじや、ライスカレー、スープカレーと進化して現代の美味しい独自な食文化を生み出したと云われている。
生兵法で申し訳ない


あれっ~話が随分逸れた。本筋に戻そう
そうそう今回のレッスン。いわば面授である。様々に個人の日頃練習過程が見えて歌声は絶対嘘は付かない。人の心をも写しだす鏡のように伝わるから怖いものだ。
遠隔が故に、このレッスン方法は機会もって続ければいいな~と思った。

昨年から今年に入って札幌会員から沖縄移住組も増えて、寂しい思いをしているかなぁ~と思いや、新人も多く入会され むしろ活気が出ている雰囲気があって安心しました。
その沖縄移住組も来月コンクールで皆さんとお会いできることを楽しみにお待ちしておりますよ~!

小林くん夫婦を始め 札幌のみなさ~ん。お疲れさんでした。
そして ありがとうございました!
Posted by 大工哲弘 at
03:00
2007年05月15日
帯広
今の時季の北大地は長い冬を耐え抜いた花たちが百花繚乱、まさにベストシーズンだ!
帯広と札幌に愚生の三線ネットがある。その出張稽古に行ってきました。



↑札幌の?通りの綺麗な八重桜並木。
高を括って軽装でいったら、なんと11日の帯広は12度という寒さ。沖縄の真冬の寒さである。12・13日札幌では9度という。札幌の人はこの程度の寒さは「肌寒いという」。13日の沖縄は27度。縦に長い日本国を象徴したかのような温度差である。

↑稽古の最後は「ミルク節」で閉めた。
今回の出張稽古は来月22日から始まる「第6回コンクール」参加組の特別レッスンが主な目的であった。また個人の面授と遠隔が故、日頃の悩みや疑問も解決ができれば幸いと昨年から実施した帯広の出張稽古である。





カニづくし。ふきのとうの味噌と豆腐。真蛸と海老の活き作り。石垣の泡盛。
愚生の大好物のものばかり。感謝のみです。



左のケイちゃんは来月早々結婚します(おめでとうございます!お幸せに)大勢見送りに来てくれました。帯広駅から札幌に向かう「スーパー大空」の車窓から。いつになっても別れは辛い。
帯広のみなさ~ん!稽古お疲れさんでした。
そして ありがとうございました!
来月6月のコンクールに再会を楽しみにしております。
帯広と札幌に愚生の三線ネットがある。その出張稽古に行ってきました。



↑札幌の?通りの綺麗な八重桜並木。
高を括って軽装でいったら、なんと11日の帯広は12度という寒さ。沖縄の真冬の寒さである。12・13日札幌では9度という。札幌の人はこの程度の寒さは「肌寒いという」。13日の沖縄は27度。縦に長い日本国を象徴したかのような温度差である。

↑稽古の最後は「ミルク節」で閉めた。
今回の出張稽古は来月22日から始まる「第6回コンクール」参加組の特別レッスンが主な目的であった。また個人の面授と遠隔が故、日頃の悩みや疑問も解決ができれば幸いと昨年から実施した帯広の出張稽古である。





カニづくし。ふきのとうの味噌と豆腐。真蛸と海老の活き作り。石垣の泡盛。
愚生の大好物のものばかり。感謝のみです。



左のケイちゃんは来月早々結婚します(おめでとうございます!お幸せに)大勢見送りに来てくれました。帯広駅から札幌に向かう「スーパー大空」の車窓から。いつになっても別れは辛い。
帯広のみなさ~ん!稽古お疲れさんでした。
そして ありがとうございました!
来月6月のコンクールに再会を楽しみにしております。
Posted by 大工哲弘 at
01:30
2007年05月10日
琉歌と復帰の現状
来る15日の沖縄は日本復帰して35年を迎える。
1972年(昭和47)生まれた若者達を沖縄では「復帰子」と呼んでいる。その若者達も数え35歳になるのですね。
もう沖縄がアメリカの統治下にあったと言うことさえ知らない新人類が増える中で、沖縄の歴史的変遷を風化させてはいけない。そこで・・・
故嘉手苅林昌さんが復帰前後に読んだ歌を紹介しよう
沖縄が復帰する前・・
♪唐ぬ世から大和ぬ世 大和ぬ世からアメリカ世 ひるまさ変わたる此ぬ沖縄
(琉球王国の時代~明治維新で大和ぬ世、アメリカの統治下で見違えるように世は変わった)
日本復帰の前夜・・
♪あたら吾が沖縄 品物ぬたとぅい 取たい取らったい 上にまかち
(愛しい我が沖縄 日本は品物のようにオキナワを 戦争に負けてはアメリカに譲り 世が騒ぐから大和に帰す。それを考えるとすべて上にお任せ)
自衛隊駐屯を聞いて・・・
♪戦世ん終てぃ みるく世がとぅみば 国ぬユサユサぬ果てぃや無らん
(あの戦争も終えて もう平和な世の中になるだろうと思えば、自衛隊だ、軍隊だと国中がゆれにゆれる。いやな予感)・・・
言わずと知れた「時代の流れ」の歌詞である。昨今の米軍再編成を見通していたのか?
故嘉手苅さんは生前みんなから別称「オトゥ」「ジル~ッチ」とも親しまれ、尊敬されていた。オトゥが逝ってからもう8年になる。
沖縄の心である琉歌(りゅうか・8・8・8・6)で改めて表現すると、すごくインパクトがあり今でも生きている。琉歌はけっして古びた詩ではない証なのだ。
確か 世は変わり生活環境も大きく変化した。しかし35年前「核抜き本土並み」完全本土に憧れ「日本平和憲法に守られたい」と声高らかに日本復帰運動を展開して世論を動かし勝ち得た日本復帰。だが「核抜き」どころか。逆に強化されようとする米軍基地の現状。
最近 TVに目を向けると宮崎県の東国原知事が「宮崎をどげーせにゃあかん!」「テゲテゲでは競争には勝ちぬけない!」全国を意欲的に飛び回り宮崎県産の「地鶏」や「マンゴー」他を宣伝し南国宮崎をPRしている。その活動が功を奏し物凄い経済効果が出ているそうだ。すばらしい観光大使だと思う。
応援したい!

沖縄県もそろそろ基地経済に頼らず、地理的に恵まれた自然環境や文化芸能、食文化、花卉園芸、その他産物は宮崎県に負けないくらいあるはずだ。オキナワの地理的好条件は戦に加担する基地として活かさず、自立経済とミルク(平和)世を目指すグランドアクションプランを夢見ながら、今年も復帰記念日の15日を迎える。
1972年(昭和47)生まれた若者達を沖縄では「復帰子」と呼んでいる。その若者達も数え35歳になるのですね。
もう沖縄がアメリカの統治下にあったと言うことさえ知らない新人類が増える中で、沖縄の歴史的変遷を風化させてはいけない。そこで・・・
故嘉手苅林昌さんが復帰前後に読んだ歌を紹介しよう
沖縄が復帰する前・・
♪唐ぬ世から大和ぬ世 大和ぬ世からアメリカ世 ひるまさ変わたる此ぬ沖縄
(琉球王国の時代~明治維新で大和ぬ世、アメリカの統治下で見違えるように世は変わった)
日本復帰の前夜・・
♪あたら吾が沖縄 品物ぬたとぅい 取たい取らったい 上にまかち
(愛しい我が沖縄 日本は品物のようにオキナワを 戦争に負けてはアメリカに譲り 世が騒ぐから大和に帰す。それを考えるとすべて上にお任せ)
自衛隊駐屯を聞いて・・・
♪戦世ん終てぃ みるく世がとぅみば 国ぬユサユサぬ果てぃや無らん
(あの戦争も終えて もう平和な世の中になるだろうと思えば、自衛隊だ、軍隊だと国中がゆれにゆれる。いやな予感)・・・
言わずと知れた「時代の流れ」の歌詞である。昨今の米軍再編成を見通していたのか?
故嘉手苅さんは生前みんなから別称「オトゥ」「ジル~ッチ」とも親しまれ、尊敬されていた。オトゥが逝ってからもう8年になる。
沖縄の心である琉歌(りゅうか・8・8・8・6)で改めて表現すると、すごくインパクトがあり今でも生きている。琉歌はけっして古びた詩ではない証なのだ。
確か 世は変わり生活環境も大きく変化した。しかし35年前「核抜き本土並み」完全本土に憧れ「日本平和憲法に守られたい」と声高らかに日本復帰運動を展開して世論を動かし勝ち得た日本復帰。だが「核抜き」どころか。逆に強化されようとする米軍基地の現状。
最近 TVに目を向けると宮崎県の東国原知事が「宮崎をどげーせにゃあかん!」「テゲテゲでは競争には勝ちぬけない!」全国を意欲的に飛び回り宮崎県産の「地鶏」や「マンゴー」他を宣伝し南国宮崎をPRしている。その活動が功を奏し物凄い経済効果が出ているそうだ。すばらしい観光大使だと思う。
応援したい!

沖縄県もそろそろ基地経済に頼らず、地理的に恵まれた自然環境や文化芸能、食文化、花卉園芸、その他産物は宮崎県に負けないくらいあるはずだ。オキナワの地理的好条件は戦に加担する基地として活かさず、自立経済とミルク(平和)世を目指すグランドアクションプランを夢見ながら、今年も復帰記念日の15日を迎える。
Posted by 大工哲弘 at
16:05
2007年05月09日
大胆細心!名裁配
15年前は週末になると下手な横好きで毎週草野球を楽しんでいた。
愚生の三線教室弟子で(カーペンターズ)の野球チームを結成。また職場チームにも所属し毎週末。民謡シンカ(仲間)チームとは早朝試合(民謡酒場が終るのが新聞配達時間なので、そのままグランドに行く)を明けても暮れても草野球着けの時期があった。
因みに愚生のポジションと打順は??弟子達に聞いてくれ!
野球が盛んな沖縄は各チーム、グランド確保にはいつも至難の業
困った時には糸満の水産高校サブグランドを貸してくれたのが、そこの高校の監督であった。
監督は酒も好きで安里(栄町)にある沖縄居酒屋の老舗「うりずん」には、週イチというくらい居た。細い目をギラギラさせながら楽しそうに飲んでいる監督からはグランドで魅せる厳しい面影は無く、だれからも親しめる兄貴分的存在だった。
愚生のことも「てっちゃん!」と呼んでくれて「民謡の歌い手が野球やるとは気に入った」自分のことのように喜び、可愛がられた。正月には糸満にある監督の家に呼ばれ何度も遊びにいったこともある。
「監督」とは沖縄高校野球のレベルを上げ、礎を築いた名将、裁弘義監督である。
その裁監督が先日(8日・ゴーヤーの日)合併症の為、八重瀬町にある病院で帰らぬ人となりました。
65歳(奇しくも11日の葬儀日は故監督の誕生日だそうです)
紹介するまでもなく現在も活躍している現役プロ野球界の数多い教え子達から早すぎる死を惜しむ声。各界から追悼の言葉がメディアを通して多く寄せられている。数々の栄冠を沖縄高校野球にもたらした功績は偉大なものがあった。
これからは栄町に行っても、グランドに行っても合えることはない。
監督からご生前いただいたご厚情に深謝し、心よりご冥福をお祈りいたします。合掌!
愚生の三線教室弟子で(カーペンターズ)の野球チームを結成。また職場チームにも所属し毎週末。民謡シンカ(仲間)チームとは早朝試合(民謡酒場が終るのが新聞配達時間なので、そのままグランドに行く)を明けても暮れても草野球着けの時期があった。
因みに愚生のポジションと打順は??弟子達に聞いてくれ!
野球が盛んな沖縄は各チーム、グランド確保にはいつも至難の業
困った時には糸満の水産高校サブグランドを貸してくれたのが、そこの高校の監督であった。
監督は酒も好きで安里(栄町)にある沖縄居酒屋の老舗「うりずん」には、週イチというくらい居た。細い目をギラギラさせながら楽しそうに飲んでいる監督からはグランドで魅せる厳しい面影は無く、だれからも親しめる兄貴分的存在だった。
愚生のことも「てっちゃん!」と呼んでくれて「民謡の歌い手が野球やるとは気に入った」自分のことのように喜び、可愛がられた。正月には糸満にある監督の家に呼ばれ何度も遊びにいったこともある。
「監督」とは沖縄高校野球のレベルを上げ、礎を築いた名将、裁弘義監督である。
その裁監督が先日(8日・ゴーヤーの日)合併症の為、八重瀬町にある病院で帰らぬ人となりました。
65歳(奇しくも11日の葬儀日は故監督の誕生日だそうです)
紹介するまでもなく現在も活躍している現役プロ野球界の数多い教え子達から早すぎる死を惜しむ声。各界から追悼の言葉がメディアを通して多く寄せられている。数々の栄冠を沖縄高校野球にもたらした功績は偉大なものがあった。
これからは栄町に行っても、グランドに行っても合えることはない。
監督からご生前いただいたご厚情に深謝し、心よりご冥福をお祈りいたします。合掌!
Posted by 大工哲弘 at
02:34
2007年05月05日
大盛りの大垣コンサート

去った憲法の日の3日は大垣で「憲法施行60年」沖縄は憲法が適用されてから35年のウチナーン人から憲法施行60年のヤマトゥン人へ、美らさ八重山の島唄にのせて、「共生と平和のメッセージ」が届く。ちょっと長いサブタイトルの集会とコンサートがありました。

1部「日米軍再編」とは山本はぎさんのメッセージ。
「ようこそ先輩・平和課外授業」特別報告
「ようこそ先輩」ウガンダの子供兵を知って
横須賀基地を自分の目で見て
フォトジャナリスト久保田弘信氏をむかえた4/14「平和課外授業4時間目」報告
そして2部は


世界を繋ぐ空と海『太陽アカラ波キララ・大工哲弘ライブ』が行なわれました。
実行委員のがんばりもあり、200のキャパの会場は立ち見も出るほど盛会でした。大変お疲れさんでした!



10年振り合う大垣のいい歳を迎えた仲間達もコンサートに青春を取り戻し、其々「9条堅持」の誓いを歌に託し「平和」の理念を熱くあつく会場一杯に充満させていました。
名古屋↓大阪からも沢山応援に来てくれました(大阪三線クラブ)

コンサートは昼だったので打ち上げも早くから1次会、2次会、3次会?地元の実行委員と飲みニケーションが出来た。


実行委員長の近藤ゆり子さんの旦那さんが近藤正尚「平家琵琶」の伝統保持者であったが8年前他界され、平家を語る継承者がいなくなっている話にはちょっと気になった。(後日ブログで紹介したい)
そのゆり子さんは昔から石垣島に足繁く通って八重山島歌にも造詣が深いと大垣では有名?と云う事で八重山の名曲「とぅばらーま」の囃子をライブでしてもらった。

十年前はそんな島唄が共有できる光景はなかった。それだけ島唄が広まった証拠だと愚生は一人喜んだ。
お陰でいいコンサートができました。
大垣のみなさ~ん本当にありがとうございました!!

Posted by 大工哲弘 at
23:08




日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!