2007年09月28日
チャンプルーの島へ
今日からバリ島に行ってきます
ツアーマネジャーはあの宮里千里です。
千里は次女にバリと命名したくらいバリ好きで有名だ。栄町の「生活の柄」のモリゾウも同行します。
今回はバリ島・ウブド(神々の村)で主にガムランとのコラボを楽しもうというツアーだ。どんな共演ができるのか?まったくの自分でも分からない。
まぁ~気は心で「ちゃがら、なえーさに」<どうにかできるであろう>イキアタリバッタリである。
愚生はバリ島初めてだけに至極楽しみにしております。
だんじゅかりゆし(航空安全祈願)先日、奈良の東大寺で「交通安全」のお守りいただきました。

では 行ってきま~す!
ツアーマネジャーはあの宮里千里です。
千里は次女にバリと命名したくらいバリ好きで有名だ。栄町の「生活の柄」のモリゾウも同行します。
今回はバリ島・ウブド(神々の村)で主にガムランとのコラボを楽しもうというツアーだ。どんな共演ができるのか?まったくの自分でも分からない。
まぁ~気は心で「ちゃがら、なえーさに」<どうにかできるであろう>イキアタリバッタリである。
愚生はバリ島初めてだけに至極楽しみにしております。
だんじゅかりゆし(航空安全祈願)先日、奈良の東大寺で「交通安全」のお守りいただきました。

では 行ってきま~す!
Posted by 大工哲弘 at
09:59
2007年09月27日
有意義なツアー
昨日、京都、大阪、奈良の日程を終え無事帰ってきました。
沢山報告するのが有りすぎて・・・
そうそう、まず初めての企画・京都から音楽シーンを発信しようと開催された「京都音楽博覧会」からにしよう。
晴れ男の異名を取る愚生はどこに行ってもそれを誇示していたものだ。
しかし23日(日)の京都音楽博覧会(京都梅小路公園)は愚生が出番した頃(13:30分)からポツリ、ポツリと雨が降り始め途中で大雨がザァザァ~半端じゃない大粒の雨、スタッフがあわててビニールテントを歌っている途中張ってくれた。客は座ってもいられなくなり1万5千人の客は総立ち、島唄を初めて聞く「くるり」の若いファンも手拍子、声援をおくってくれた。




何度も屋外ステージの経験あるけれど、大雨に祟られたというのは初めてである。これで晴れ男ジンクスは壊れてしまった。
締めッくりは小田和正とくるりで持ち歌を披露し会場をもりあげた。コンサートはお陰で大成功である。地元京都出身の「くるり」はできたら来年も続けたいと話していた。

打ち上げも公園内にあるレストラン、主催者のくるりが出演者にお礼を述べた後は、出演者によるお国のうた披露。異様に打ち上げも盛り上がった。


ルーマニア(タラフ・ドゥ・ハイドゥークス)アイルランド(リアダン)


京都地元出身のアーチスト↑「ふちがみふなと」↑カチャシー
最後は沖縄のカチャーシーで全員乱舞
会場が一つになるのは音楽の持つ力である。
さて、翌日は大阪三線クラブの中級クラスの研修会と場所(クレオ)を移して合同練習と個人ワンポイントレッスン。人数が多く限られた時間内だったので適切な指導コメントが出せなかったのが、受けた者には悪かった。

お楽しみ大阪の懇親会は大勢なので、いつも忘年会か新年会の雰囲気。場所を探すのも一苦労だそうだ。結局老舗の「しなの亭」にきまった。

乾杯が始まったのが9時15分、店は12時まで。皆とゆっくり話しができないのが悔やまれる。



最終日は、奈良で三線サークル(なんくる三線クラブ)が大阪三線クラブの支部。正式に大工ネットの教室としての発足式&勉強会が行なわれた。勉強会、終了後は奈良の旨い物を食わしてくれる「鹿の子」での楽しいスペシャルランチタイム。

夜のライブが始まる時間までちょっと時間があったので、近くにある旧い奈良の町を散策しながら、志賀直哉旧居や新薬師寺などを見学。地元の池田さん(大阪三線クラブ)がガイドしてくれた。古をしのばせる大和の雰囲気を感じさせた。


さぁ~夜は奈良のロイヤルホテルの広間で「観月ライブ一人歌会」である。
中秋の名月の夜に相応しく月を歌った曲を多く歌った。
会場を十五夜祭の雰囲気を出すためススキや餅、地蔵さんを設営してくれた城内さん、そして会場の確保、準備「なんくる三線クラブ」の出口さん、ありがとうございました。
ライブが終ると、平城旧跡「朱雀門」の裏庭でビニールシートを敷いて観月会が行なわれた。


♪「あんだーぎぃなーぬ大月夜、我がけーら遊びょうらホーイチョウーガー」月ぬ美しゃを全員で歌った


満月の月明かりの下、三線兄弟達との宴は心が癒される。準備から会場予約、後片付けまで「なんくる」の皆さん、ご苦労でした。御世話になりました!
帰る日の午前中、フライトまで時間があったので40年ぶりに東大寺を池田さんに案内してもらう。今回のツアーを象徴するかのように、最後は奈良名物・豆腐料理の馳走であった。最後良ければすべて良し!(詳しくは後に紹介したい)

京都、大阪、奈良の稽古とライブ、コンサート、懇親会、観月会ツアーは人と人を繋ぎ楽しい時間を過ごすことができました。
皆ありがとう!!
沢山報告するのが有りすぎて・・・
そうそう、まず初めての企画・京都から音楽シーンを発信しようと開催された「京都音楽博覧会」からにしよう。
晴れ男の異名を取る愚生はどこに行ってもそれを誇示していたものだ。
しかし23日(日)の京都音楽博覧会(京都梅小路公園)は愚生が出番した頃(13:30分)からポツリ、ポツリと雨が降り始め途中で大雨がザァザァ~半端じゃない大粒の雨、スタッフがあわててビニールテントを歌っている途中張ってくれた。客は座ってもいられなくなり1万5千人の客は総立ち、島唄を初めて聞く「くるり」の若いファンも手拍子、声援をおくってくれた。




何度も屋外ステージの経験あるけれど、大雨に祟られたというのは初めてである。これで晴れ男ジンクスは壊れてしまった。
締めッくりは小田和正とくるりで持ち歌を披露し会場をもりあげた。コンサートはお陰で大成功である。地元京都出身の「くるり」はできたら来年も続けたいと話していた。

打ち上げも公園内にあるレストラン、主催者のくるりが出演者にお礼を述べた後は、出演者によるお国のうた披露。異様に打ち上げも盛り上がった。


ルーマニア(タラフ・ドゥ・ハイドゥークス)アイルランド(リアダン)


京都地元出身のアーチスト↑「ふちがみふなと」↑カチャシー
最後は沖縄のカチャーシーで全員乱舞
会場が一つになるのは音楽の持つ力である。
さて、翌日は大阪三線クラブの中級クラスの研修会と場所(クレオ)を移して合同練習と個人ワンポイントレッスン。人数が多く限られた時間内だったので適切な指導コメントが出せなかったのが、受けた者には悪かった。

お楽しみ大阪の懇親会は大勢なので、いつも忘年会か新年会の雰囲気。場所を探すのも一苦労だそうだ。結局老舗の「しなの亭」にきまった。

乾杯が始まったのが9時15分、店は12時まで。皆とゆっくり話しができないのが悔やまれる。



最終日は、奈良で三線サークル(なんくる三線クラブ)が大阪三線クラブの支部。正式に大工ネットの教室としての発足式&勉強会が行なわれた。勉強会、終了後は奈良の旨い物を食わしてくれる「鹿の子」での楽しいスペシャルランチタイム。

夜のライブが始まる時間までちょっと時間があったので、近くにある旧い奈良の町を散策しながら、志賀直哉旧居や新薬師寺などを見学。地元の池田さん(大阪三線クラブ)がガイドしてくれた。古をしのばせる大和の雰囲気を感じさせた。


さぁ~夜は奈良のロイヤルホテルの広間で「観月ライブ一人歌会」である。
中秋の名月の夜に相応しく月を歌った曲を多く歌った。
会場を十五夜祭の雰囲気を出すためススキや餅、地蔵さんを設営してくれた城内さん、そして会場の確保、準備「なんくる三線クラブ」の出口さん、ありがとうございました。
ライブが終ると、平城旧跡「朱雀門」の裏庭でビニールシートを敷いて観月会が行なわれた。


♪「あんだーぎぃなーぬ大月夜、我がけーら遊びょうらホーイチョウーガー」月ぬ美しゃを全員で歌った


満月の月明かりの下、三線兄弟達との宴は心が癒される。準備から会場予約、後片付けまで「なんくる」の皆さん、ご苦労でした。御世話になりました!
帰る日の午前中、フライトまで時間があったので40年ぶりに東大寺を池田さんに案内してもらう。今回のツアーを象徴するかのように、最後は奈良名物・豆腐料理の馳走であった。最後良ければすべて良し!(詳しくは後に紹介したい)

京都、大阪、奈良の稽古とライブ、コンサート、懇親会、観月会ツアーは人と人を繋ぎ楽しい時間を過ごすことができました。
皆ありがとう!!
Posted by 大工哲弘 at
12:25
2007年09月21日
中秋のうた
数ある歌多かれど八重山の抒情歌「とぅばらーま」程、月と似合う歌は無いと思う?恒例、中秋の風物詩とぅばらーま大会。今年は23日(旧暦13夜)に真栄里公園で開催されるという。流暢なリズム、自由奔放に己の肝心を吐露し思いの丈を歌うとぅばらーま歌は先人達が此の世に残した最高の贈り物である。昭和22年から始まったこの大会も今年で還暦を迎える。戦後まもない1947年、人心も荒廃していたでしょう。喜怒哀楽を即興詩に載せ熱唱される出場者の歌声を聴き、民衆は大きな夢と生きる勇気を得たのであろう。
♪戦さ世ん ぬけーおーった けーらんねーな とぅばらーま歌ん聞らりーる時んありら
<みんな戦火を逃れてきた、とぅばらーま歌を聴く時があったね>
♪十日三日・月なんが 思いゆ語りょうり 戦さ世やあらぬミルク世賜り <十三夜の月に思いを語ろう、戦さの世ではなしに平和の世をください>
愚生は京都で同じ日に「第一回京都音楽博覧会コンサート」の梅小路公園でとぅばらーまを歌う予定です。
25日(火)のジュウグヤー(十五夜)は奈良ライブ(ロイヤルホテル19:00スタート)観月会の雰囲気で楽しく演りたいと思っています。
「月見る月は多かれど月観る月はこの月の月」である。
京都、奈良の皆さん、どうぞよろしくお願いします!
♪戦さ世ん ぬけーおーった けーらんねーな とぅばらーま歌ん聞らりーる時んありら
<みんな戦火を逃れてきた、とぅばらーま歌を聴く時があったね>
♪十日三日・月なんが 思いゆ語りょうり 戦さ世やあらぬミルク世賜り <十三夜の月に思いを語ろう、戦さの世ではなしに平和の世をください>
愚生は京都で同じ日に「第一回京都音楽博覧会コンサート」の梅小路公園でとぅばらーまを歌う予定です。
25日(火)のジュウグヤー(十五夜)は奈良ライブ(ロイヤルホテル19:00スタート)観月会の雰囲気で楽しく演りたいと思っています。
「月見る月は多かれど月観る月はこの月の月」である。
京都、奈良の皆さん、どうぞよろしくお願いします!
Posted by 大工哲弘 at
00:28
2007年09月19日
9月18日
台風12号は最大65、9メートルという猛烈な風が吹き荒れ、八重山を直撃した。1万600戸が停電、空の便も7600人が足止めで石垣空港はパニック状態だそうだ。農林水産業への被害、その他も心配だ。
被害にあった方々にはお見舞い申し上げます。
一昨日(敬老の日)昨日の18日は(旧暦8月8日・米寿の祝・トーカチ)の行事をじぃちゃん、ばぁちゃんは楽しみにしていたことでしょう。
ゆにぬくとぅぶちぬ ゆえぬしゃくむゆし くゎんまぐゎんさかてぃ ひゃくせみしょり(米ぬ寿の祝の酌盛るのは 子孫も栄えて百歳までも生き延びよう)米寿をお迎えになられたジィちゃん、バアちゃんおめでとうございます!
また 昨日の9月18日は語呂合わせ「しまくとぅば」の日として沖縄県が昨年から制定したアニバーサリデーでもあった。
近年 沖縄方言は急速に衰退している、若者は殆ど話せない、意味がわからないという実状がある。せめて制定日だけでもウチナー口(島の方言)を見直し、普及推進する趣旨の元にしまくとぅばの日が制定されと考えられる。
歴史を振り返ると戦前、沖縄では皇民化教育の一環として沖縄県学務部が「標準語励行」を県民に強制、1940年頃、民芸運動指導者の柳宗悦との間に「方言論争」が起きた。また、年配の方だった誰でも経験ある「方言札」<方言を使うと肩から札をかけさ、恥ずかしめる規則が過去の「方言」歴史にあった。
戦前は方言禁止制度、そして時代が変わって方言推進の制度は、喜んでいいのか、悲しむべきなのか、複雑である・・・・このしまくとぅばの話は今回だけでは書き尽くしきれない。

おじぃちゃんやおばあちゃんがいない生活環境で方言を話せる人や伝える人がだんだん居なくなった。でも島唄を通して詩から学べる昔の言葉がある。島唄はしまくとぅばを推進させる詩心だと思う。
被害にあった方々にはお見舞い申し上げます。
一昨日(敬老の日)昨日の18日は(旧暦8月8日・米寿の祝・トーカチ)の行事をじぃちゃん、ばぁちゃんは楽しみにしていたことでしょう。
ゆにぬくとぅぶちぬ ゆえぬしゃくむゆし くゎんまぐゎんさかてぃ ひゃくせみしょり(米ぬ寿の祝の酌盛るのは 子孫も栄えて百歳までも生き延びよう)米寿をお迎えになられたジィちゃん、バアちゃんおめでとうございます!
また 昨日の9月18日は語呂合わせ「しまくとぅば」の日として沖縄県が昨年から制定したアニバーサリデーでもあった。
近年 沖縄方言は急速に衰退している、若者は殆ど話せない、意味がわからないという実状がある。せめて制定日だけでもウチナー口(島の方言)を見直し、普及推進する趣旨の元にしまくとぅばの日が制定されと考えられる。
歴史を振り返ると戦前、沖縄では皇民化教育の一環として沖縄県学務部が「標準語励行」を県民に強制、1940年頃、民芸運動指導者の柳宗悦との間に「方言論争」が起きた。また、年配の方だった誰でも経験ある「方言札」<方言を使うと肩から札をかけさ、恥ずかしめる規則が過去の「方言」歴史にあった。
戦前は方言禁止制度、そして時代が変わって方言推進の制度は、喜んでいいのか、悲しむべきなのか、複雑である・・・・このしまくとぅばの話は今回だけでは書き尽くしきれない。

おじぃちゃんやおばあちゃんがいない生活環境で方言を話せる人や伝える人がだんだん居なくなった。でも島唄を通して詩から学べる昔の言葉がある。島唄はしまくとぅばを推進させる詩心だと思う。
Posted by 大工哲弘 at
02:29
2007年09月18日
スポット
地元の人は意外と観光スポット分からない所が多い。



昨日は珍しくも息子から「親父 食事に行こうと!」誘われた。
初めてのことである。
どうせ 中華飯店ぐらいだろう、と思っていたら、南城市にある「くるくまの森」を予約してあると言う。那覇から車で約20分の所にある。くるくまの高台から見晴らす景色は素晴らしく、太平洋を一望できロケーションは絶景だ。それを眺めながらの食事もまたボリュームもあり美味しい。沖縄というよりアジアの国を思わせる雰囲気がある(沖縄もアジアでありながら、この表現は不適切)料理のメニューもタイ風料理にアレンジしたものが多い。



↑アジア3カ国のカレーが楽しめます。
タイ風料理を食ったせいか?!台風12号の影響で雨風がハーブレストランのガラスに直撃し物凄い海風が時折吹き荒れていた。
すると、レストランの観光客は全員御箸からデジカメに持ち替え雨風を撮る異様な光景があった。 可笑しい「雨風を撮ってどうするの?」と沖縄人だったら絶対に思います。ハイッ!

でも ここだけの話、愚生も観光客振り(内地人ぐゎしー)をして、何枚も撮ってしまった。


すると 僕のところにゴツイ男が寄ってきて「D工さんですよね」「???」
「仲本です!以前職場一緒だった仲本ですよ~」「・・・・」
そう云えば。あの仲本さんですか(愚生が38年前、琉球N産自動車に働いていた頃の同僚なのである)話ているうちに、やっと思い出した。38年ぶりに再会した仲本さんと過去の話に花が咲いた。
実はその仲本さんが「くるくまの森」経営《仲善》の社長なのである。立派に出世したものだ。 知り合いが経営しているというだけで、余計にいいスポットに思えた。
また来るね~。いや絶対行こう。
「ご馳走さん!」息子夫婦に感謝した敬老の日の一日であった!


因みに「くるくま」とは「クルク山」という地名と沖縄を代表する薬草ウコンの学名ラテン語で(Curcuma)に由来するそうです。(春ウッチン、ノニや他の健康薬草栽培、製造販売しています)



昨日は珍しくも息子から「親父 食事に行こうと!」誘われた。
初めてのことである。
どうせ 中華飯店ぐらいだろう、と思っていたら、南城市にある「くるくまの森」を予約してあると言う。那覇から車で約20分の所にある。くるくまの高台から見晴らす景色は素晴らしく、太平洋を一望できロケーションは絶景だ。それを眺めながらの食事もまたボリュームもあり美味しい。沖縄というよりアジアの国を思わせる雰囲気がある(沖縄もアジアでありながら、この表現は不適切)料理のメニューもタイ風料理にアレンジしたものが多い。



↑アジア3カ国のカレーが楽しめます。
タイ風料理を食ったせいか?!台風12号の影響で雨風がハーブレストランのガラスに直撃し物凄い海風が時折吹き荒れていた。
すると、レストランの観光客は全員御箸からデジカメに持ち替え雨風を撮る異様な光景があった。 可笑しい「雨風を撮ってどうするの?」と沖縄人だったら絶対に思います。ハイッ!

でも ここだけの話、愚生も観光客振り(内地人ぐゎしー)をして、何枚も撮ってしまった。


すると 僕のところにゴツイ男が寄ってきて「D工さんですよね」「???」
「仲本です!以前職場一緒だった仲本ですよ~」「・・・・」
そう云えば。あの仲本さんですか(愚生が38年前、琉球N産自動車に働いていた頃の同僚なのである)話ているうちに、やっと思い出した。38年ぶりに再会した仲本さんと過去の話に花が咲いた。
実はその仲本さんが「くるくまの森」経営《仲善》の社長なのである。立派に出世したものだ。 知り合いが経営しているというだけで、余計にいいスポットに思えた。
また来るね~。いや絶対行こう。
「ご馳走さん!」息子夫婦に感謝した敬老の日の一日であった!


因みに「くるくま」とは「クルク山」という地名と沖縄を代表する薬草ウコンの学名ラテン語で(Curcuma)に由来するそうです。(春ウッチン、ノニや他の健康薬草栽培、製造販売しています)
Posted by 大工哲弘 at
03:13
2007年09月17日
鏡水・敬老会
明日「敬老の日」を前に小禄・鏡水自治会の合同敬老会及びカジマヤー・米寿祝いが鏡水自治会2階ホールで3時からありました。


敬老会でお祝いされる最高齢者が99歳真栄里ウシさん、かじまや~1名。米寿8名、80歳以上117名(男36名、女81名)は招待され自治会から記念品と金一封が贈られた。鏡水村の歴史はまだ100年余りであるが、那覇では珍しく旧い仕来りと結束がある伝統的な村です。それだけ困難な歴史と変遷を得てきた先人達のご苦労があったからであろう。
余興ライブの出演者は・・・
愚生と苗子、屋嘉部以外に沖縄国際大学の沖縄文学研究員の豊川さん(八重山高校出身)と玉城さん(八重山商工出身)が高那節、鳩間節、与那国の猫小を踊ってくれた。
若狭島うたの会の武富さんと比嘉さんは「山崎ぬあぶじゃーま」「六調節」で盛り上げた。司会の新垣正弘は軽妙なユンタクで受けていた。
↓高那節と与那国の猫小



二人とも若さ溢れるハツラツした踊りでした。
↓地元の青年達が初めて披露するという「京太郎」取り刺し舞と鏡鼓エイサー


中々見ごたえがあった。
過去コラム(8月13日)にも紹介したように、鏡水の大きな村行事の一つとして取り組みされる「敬老会」は村のお年寄り達が年中で一番楽しみにしているイベントなのである。「大工さん楽しみにそーいびんどー!」<楽しみにしているよ~!>始まる30分前から来場されているお年よりから声を掛けられる。余興ライブが悪ければ、一ヵ年「今年のライブは悪かった」と事務局は年長者に愚痴を敲かれるそうです。小禄のお年よりは耳がこえてらっしゃる。プレッシャーだ。でも幕が開くと手拍子や指笛も飛び会場は盛り上がった。でも 後でどんな声を頂けるか・・・楽しみです。
出演者の皆さんお疲れさんでした!

↓敬老会終えて慰労会を持ってくれた。熱心に鏡水の由来を熱く語ってくれた自治会会長の平良さん。

コラム書き込んでいる内に日が変り今日は敬老日。そう云えば愚生のお袋も82歳になる。実家に電話しよう!


敬老会でお祝いされる最高齢者が99歳真栄里ウシさん、かじまや~1名。米寿8名、80歳以上117名(男36名、女81名)は招待され自治会から記念品と金一封が贈られた。鏡水村の歴史はまだ100年余りであるが、那覇では珍しく旧い仕来りと結束がある伝統的な村です。それだけ困難な歴史と変遷を得てきた先人達のご苦労があったからであろう。
余興ライブの出演者は・・・
愚生と苗子、屋嘉部以外に沖縄国際大学の沖縄文学研究員の豊川さん(八重山高校出身)と玉城さん(八重山商工出身)が高那節、鳩間節、与那国の猫小を踊ってくれた。
若狭島うたの会の武富さんと比嘉さんは「山崎ぬあぶじゃーま」「六調節」で盛り上げた。司会の新垣正弘は軽妙なユンタクで受けていた。
↓高那節と与那国の猫小



二人とも若さ溢れるハツラツした踊りでした。
↓地元の青年達が初めて披露するという「京太郎」取り刺し舞と鏡鼓エイサー


中々見ごたえがあった。
過去コラム(8月13日)にも紹介したように、鏡水の大きな村行事の一つとして取り組みされる「敬老会」は村のお年寄り達が年中で一番楽しみにしているイベントなのである。「大工さん楽しみにそーいびんどー!」<楽しみにしているよ~!>始まる30分前から来場されているお年よりから声を掛けられる。余興ライブが悪ければ、一ヵ年「今年のライブは悪かった」と事務局は年長者に愚痴を敲かれるそうです。小禄のお年よりは耳がこえてらっしゃる。プレッシャーだ。でも幕が開くと手拍子や指笛も飛び会場は盛り上がった。でも 後でどんな声を頂けるか・・・楽しみです。
出演者の皆さんお疲れさんでした!

↓敬老会終えて慰労会を持ってくれた。熱心に鏡水の由来を熱く語ってくれた自治会会長の平良さん。

コラム書き込んでいる内に日が変り今日は敬老日。そう云えば愚生のお袋も82歳になる。実家に電話しよう!
Posted by 大工哲弘 at
02:16
2007年09月16日
とぅばらーま大会
第14回全島とぅばらーま大会 大成功!

昔から八重山の島人に歌い継がれてきた抒情歌「とぅばらーま」の関心度が高いという証拠であろう。素人のコンテストに入場料2,000円は高いという声もあったが、1001キャパのてだこホールは立ち見がでるほど盛況であった。
27名出場者(1名棄権)一人一人、一節一節終える毎に盛んな拍手がおくられていた。
我が教室の有馬と屋嘉部は熱唱でしたが、残念ながら入賞には届きませんでした。↓次回にがんばってください。



↓奨励賞の川元恵子さん(別府市出身)努力賞の山根安行さん(宮良出身)


↓3位入賞の前里悟さん(小浜出身)2位準優勝の豊平美奈子(新川出身)


↓さて第14回のチャンピオンは内間悦子さん(今帰仁出身)

緊張の高まる審査発表と表彰式


内間さんは来週23日石垣で行われる本場「とぅばらーま大会」でゲスト出演されます。
審査発表の前に歴代のチャンピオン歌あり、ポール石垣さんのサックスによる「月ぬ美しゃ」「とぅばらーま」演奏は演出効果満点であった。

最後フィナーレーは八重山の歌大会らしく「♪弥勒節・やーらーよー」で散会。

今回は嬉しいことに県外者の出場が多かった。全体的にコレッ、といって際立った歌い手は居なかった。もう少し歌詞の選択の必要性、囃子方の強化、声量や歌はまとまっているが、個性的、思い入れや、とぅばらーま独自のタノールが足りない。と審査された先生方の講評であった。
今回、見事、優勝者されたのはネーティブな八重山の出身では無しに沖縄の北部・今帰仁村出身の内間さんであった。一昨年糸満で行われた、とぅばらーま大会でもチューニジア出身のブリが優勝したように、近い将来、県外出身者が優勝する日も遠くないであろう。
今の大相撲や世界柔道を思わせる事態が起きるかも知れない。嬉しい限りだ!内なる島唄が広まりメジャーになっていく過程ではないか。とぅばらーま歌を生んでくれた八重山。育んでくれた先人達に感謝です。
同じ歌で3時間近く客をひきつけるのは、とぅばらーまの魅力といういうより魔力だ。
「とぅばらーまやいずすどぅ主」<とぅばらーまという歌は歌う人が主人公だ!>とぅばらーまの精神を継承し大いに歌いましょう!
大会の実行委員会と八重山郷友会連合会の皆様、そして出場者の皆さんもお疲れでした!
photo by 安次富

昔から八重山の島人に歌い継がれてきた抒情歌「とぅばらーま」の関心度が高いという証拠であろう。素人のコンテストに入場料2,000円は高いという声もあったが、1001キャパのてだこホールは立ち見がでるほど盛況であった。
27名出場者(1名棄権)一人一人、一節一節終える毎に盛んな拍手がおくられていた。
我が教室の有馬と屋嘉部は熱唱でしたが、残念ながら入賞には届きませんでした。↓次回にがんばってください。



↓奨励賞の川元恵子さん(別府市出身)努力賞の山根安行さん(宮良出身)


↓3位入賞の前里悟さん(小浜出身)2位準優勝の豊平美奈子(新川出身)


↓さて第14回のチャンピオンは内間悦子さん(今帰仁出身)

緊張の高まる審査発表と表彰式


内間さんは来週23日石垣で行われる本場「とぅばらーま大会」でゲスト出演されます。
審査発表の前に歴代のチャンピオン歌あり、ポール石垣さんのサックスによる「月ぬ美しゃ」「とぅばらーま」演奏は演出効果満点であった。

最後フィナーレーは八重山の歌大会らしく「♪弥勒節・やーらーよー」で散会。

今回は嬉しいことに県外者の出場が多かった。全体的にコレッ、といって際立った歌い手は居なかった。もう少し歌詞の選択の必要性、囃子方の強化、声量や歌はまとまっているが、個性的、思い入れや、とぅばらーま独自のタノールが足りない。と審査された先生方の講評であった。
今回、見事、優勝者されたのはネーティブな八重山の出身では無しに沖縄の北部・今帰仁村出身の内間さんであった。一昨年糸満で行われた、とぅばらーま大会でもチューニジア出身のブリが優勝したように、近い将来、県外出身者が優勝する日も遠くないであろう。
今の大相撲や世界柔道を思わせる事態が起きるかも知れない。嬉しい限りだ!内なる島唄が広まりメジャーになっていく過程ではないか。とぅばらーま歌を生んでくれた八重山。育んでくれた先人達に感謝です。
同じ歌で3時間近く客をひきつけるのは、とぅばらーまの魅力といういうより魔力だ。
「とぅばらーまやいずすどぅ主」<とぅばらーまという歌は歌う人が主人公だ!>とぅばらーまの精神を継承し大いに歌いましょう!
大会の実行委員会と八重山郷友会連合会の皆様、そして出場者の皆さんもお疲れでした!
photo by 安次富
Posted by 大工哲弘 at
00:55
2007年09月14日
タノール
明日は『第14回全島とぅばらーま大会』が浦添市民会館てぃだこホールで午後7時から行われる。
隔年で開催している八重山連合会主催の大会は年々エントリーも増え盛り上がりをみせている。今年の出場者は28名。我がネットからは有馬と屋嘉部が挑戦します。
審査員も委員長に宮城信勇先生。県無形文化財保持者の山里勇吉、仲宗根長一、通事安京、宮良康正、宮良実義、玉代勢泰興、大工。それに今回から音楽専門家の杉本信夫、崎山用豊、比嘉悦子が加わった。
審査の基準には「声量」「音程」「発音」「調子」の定番な審査法以外に八重山独特の「タノール」という審査基準がある。
「タノール」「タノーリィ」とは<器用さ、巧みさ、手際>の意
その人がもっている先天的な才能と味わいをもった節回しや情け。いわばその人のオリジナリティを言う。また 「多熟れ・たなれ」多く舞台を踏み経験豊かになり味のある歌や踊りを演ずることを「たなれ」が「タノール」に転じたと解釈をする人もいる。また地域によっては「仕事タノール」と仕事をよくする人を誉め言葉として使用している集落もあるそうです。
ポルトガルやラテン語にも似たような「サウダーデ」という言葉がある。「懐かしさ」「未練」「懐旧の情」「愛惜」「郷愁」「ノスタルジー」「孤愁」としての訳語は多面的に使われている「サウダーデ」は総体的に「タノール」と似た大事な歌を表現する核心の部分だと思う。
明日の「全島とぅばらーま大会」は出場者のどんなタノールが聴けるか、それぞれが思いを込めたとぅばらーま歌。楽しみな大会審査である。
気になる、台風11号の行方も心配だ
有馬と屋嘉部の健闘を祈っております。
隔年で開催している八重山連合会主催の大会は年々エントリーも増え盛り上がりをみせている。今年の出場者は28名。我がネットからは有馬と屋嘉部が挑戦します。
審査員も委員長に宮城信勇先生。県無形文化財保持者の山里勇吉、仲宗根長一、通事安京、宮良康正、宮良実義、玉代勢泰興、大工。それに今回から音楽専門家の杉本信夫、崎山用豊、比嘉悦子が加わった。
審査の基準には「声量」「音程」「発音」「調子」の定番な審査法以外に八重山独特の「タノール」という審査基準がある。
「タノール」「タノーリィ」とは<器用さ、巧みさ、手際>の意
その人がもっている先天的な才能と味わいをもった節回しや情け。いわばその人のオリジナリティを言う。また 「多熟れ・たなれ」多く舞台を踏み経験豊かになり味のある歌や踊りを演ずることを「たなれ」が「タノール」に転じたと解釈をする人もいる。また地域によっては「仕事タノール」と仕事をよくする人を誉め言葉として使用している集落もあるそうです。
ポルトガルやラテン語にも似たような「サウダーデ」という言葉がある。「懐かしさ」「未練」「懐旧の情」「愛惜」「郷愁」「ノスタルジー」「孤愁」としての訳語は多面的に使われている「サウダーデ」は総体的に「タノール」と似た大事な歌を表現する核心の部分だと思う。
明日の「全島とぅばらーま大会」は出場者のどんなタノールが聴けるか、それぞれが思いを込めたとぅばらーま歌。楽しみな大会審査である。
気になる、台風11号の行方も心配だ
有馬と屋嘉部の健闘を祈っております。
Posted by 大工哲弘 at
16:10
2007年09月11日
芸能祭とリーダー研修会
第6回・芸能祭・リーダー研修会無事終了
去った6月末、琉球民謡音楽協会の民謡コンクールで合格した会員を中心にした芸能祭が週末の8日(土)那覇市民会館大ホールで開催されました。

夜の芸能祭開演前にコンクール合格者への受賞式





会場は満杯、盛んに合格者の歌声に会場からは拍手がおくられていた。
お陰で大成功裏に終えることが出来ました。
スタッフ、出演者、役員の皆さん、ご苦労さんでした。
←最高賞上位入賞で「与那国ションカネー」を歌った、大工ネットの直吉と原口
稽古の苦労が報われた瞬間の楽しい打ち上げ会。これからも益々上を目指してください。

翌日の9日は全国から芸能祭に参加した全国大工ネットのリーダー格が集まり研鑽会をアルテホールで実施した。



午前中は研鑽の前に全国で起きている悩みや、これからのネットのあり方など、三線兄弟達と意見交換をした。益々大工ネットの堅い契りを結びあえたと思う。
その日のために大阪の山本寅吉からブラックタイガーと新鮮な海老が贈られ教室のマドンナ達が料理をしてくれて、皆でンマ・ンマー(美味しく)頂いた。寅吉オオキニィ!阪神タイガーズも絶好調だね。また贈ってね。楽しみにしてるよ~!
午後からの研鑽曲題は・・・
赤馬節、しゅうら節、鷲ぬ鳥節、鶴亀節・矼ゆば、上原ぬ島・でんさ節、月夜浜、川良山節、くいぬぱな、鳩間節、ざんざぶろう、夜雨節、大浦越路、まるまぶんさん、黒島節、ちょうが節、海上節、とぅばらーま(一人一人一節ずつ歌って廻して歌う)弥勒節・やーらーよー。他

次回に他の曲は研鑽することにしましょう
濃い二日間。お疲れでした。
去った6月末、琉球民謡音楽協会の民謡コンクールで合格した会員を中心にした芸能祭が週末の8日(土)那覇市民会館大ホールで開催されました。

夜の芸能祭開演前にコンクール合格者への受賞式





会場は満杯、盛んに合格者の歌声に会場からは拍手がおくられていた。
お陰で大成功裏に終えることが出来ました。
スタッフ、出演者、役員の皆さん、ご苦労さんでした。
←最高賞上位入賞で「与那国ションカネー」を歌った、大工ネットの直吉と原口
稽古の苦労が報われた瞬間の楽しい打ち上げ会。これからも益々上を目指してください。

翌日の9日は全国から芸能祭に参加した全国大工ネットのリーダー格が集まり研鑽会をアルテホールで実施した。



午前中は研鑽の前に全国で起きている悩みや、これからのネットのあり方など、三線兄弟達と意見交換をした。益々大工ネットの堅い契りを結びあえたと思う。
その日のために大阪の山本寅吉からブラックタイガーと新鮮な海老が贈られ教室のマドンナ達が料理をしてくれて、皆でンマ・ンマー(美味しく)頂いた。寅吉オオキニィ!阪神タイガーズも絶好調だね。また贈ってね。楽しみにしてるよ~!
午後からの研鑽曲題は・・・
赤馬節、しゅうら節、鷲ぬ鳥節、鶴亀節・矼ゆば、上原ぬ島・でんさ節、月夜浜、川良山節、くいぬぱな、鳩間節、ざんざぶろう、夜雨節、大浦越路、まるまぶんさん、黒島節、ちょうが節、海上節、とぅばらーま(一人一人一節ずつ歌って廻して歌う)弥勒節・やーらーよー。他

次回に他の曲は研鑽することにしましょう
濃い二日間。お疲れでした。
Posted by 大工哲弘 at
00:29
2007年09月07日
「汽車」と応援歌
平成4年、静岡にコンサートで行ったとき、大井川鉄道に乗ったことがある
「♪箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」その大井川渓谷を走る鉄道・SL車3Dで「金谷駅」から「千頭駅」約30分の観光用鉄道機関車である。乗車中ボランティアガイドの可愛いおばあちゃんが、我々の席に来て「汽車」を歌ってくれた「♪今は山中・・・」おばぁちゃんにつられ一緒にうたった「今は鉄橋渡るとき・・・」懐かしもあり、楽しくもあった。

♪今は山中 今は浜 今は鉄橋渡るぞと 思う間もなくトンネルの闇を通って 広野原 ♪遠くに見える村の屋根 近くに見える町の軒 森や林や田や畑 後へ後へと飛んで行く♪廻り燈籠の画のように 変わらぬ景色の面白さ 見とれて それと 知らぬ間に 早くも過ぎる 幾十里・・・
ご存知、文部省唱歌、大和田愛羅・曲『汽車』である。
元々は尋常小学校の唱歌として歌われたのが前身で、旅行への憧から「廻り燈籠のように、変わらぬ景色?」を偲ばせながら平地を走る蒸気機関車は日本の足として活躍していた。
愚生の学生時代は本土に行くには石垣から船で20時間近くを掛け那覇に渡り、また20時間船に乗り鹿児島(当時は外国なのでパスポートのチェックと荷物の検査を済まし)ようやく鹿児島の陸に上がり西鹿児島駅から夜行で何十時間を得て大阪、東京に汽車・SLで行くという時代があった。その文部省唱歌の「汽車」を口ずさみながら、車窓から見る各県の変わり行く風景は日本の広さと異風を感じながら憧れをもっていた時代でもあった。
その汽車の替え歌「川平線風景」を久しぶりにうたった。
来月、愚生の母校・八重山農林高等学校が創立70周年を迎えるにあたって「応援歌集」が事業の一環でCD化される。愚生は「川平線風景」「かちうきり」2曲をカバーすることになった
幼い頃の川平行き風景を「汽車」に乗せて16番まで全歌詞を歌った「♪今は 登野城、今大川今は石垣、新川と西へ西へと進み行く川平通いのバスの中・・・」(うちなージンタでは8番までカバー)
久しぶりに歌う「川平線風景」の歌詩を繰り返し読み起こしていると昔の風景が甦り、見事なくらい時間を埋めてくれる。他にも収録された「校歌」「開校記念日の歌」「八重農行進曲」「八重農音頭」「んまぬはぴー」「陸上賛歌」「凱歌」などの曲は在校中、陸上競技大会、野球大会等などで声が枯れるほど歌わされた応援歌、これからは残り人生の応援歌として口ずさみたい。
「♪箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」その大井川渓谷を走る鉄道・SL車3Dで「金谷駅」から「千頭駅」約30分の観光用鉄道機関車である。乗車中ボランティアガイドの可愛いおばあちゃんが、我々の席に来て「汽車」を歌ってくれた「♪今は山中・・・」おばぁちゃんにつられ一緒にうたった「今は鉄橋渡るとき・・・」懐かしもあり、楽しくもあった。

♪今は山中 今は浜 今は鉄橋渡るぞと 思う間もなくトンネルの闇を通って 広野原 ♪遠くに見える村の屋根 近くに見える町の軒 森や林や田や畑 後へ後へと飛んで行く♪廻り燈籠の画のように 変わらぬ景色の面白さ 見とれて それと 知らぬ間に 早くも過ぎる 幾十里・・・
ご存知、文部省唱歌、大和田愛羅・曲『汽車』である。
元々は尋常小学校の唱歌として歌われたのが前身で、旅行への憧から「廻り燈籠のように、変わらぬ景色?」を偲ばせながら平地を走る蒸気機関車は日本の足として活躍していた。
愚生の学生時代は本土に行くには石垣から船で20時間近くを掛け那覇に渡り、また20時間船に乗り鹿児島(当時は外国なのでパスポートのチェックと荷物の検査を済まし)ようやく鹿児島の陸に上がり西鹿児島駅から夜行で何十時間を得て大阪、東京に汽車・SLで行くという時代があった。その文部省唱歌の「汽車」を口ずさみながら、車窓から見る各県の変わり行く風景は日本の広さと異風を感じながら憧れをもっていた時代でもあった。
その汽車の替え歌「川平線風景」を久しぶりにうたった。
来月、愚生の母校・八重山農林高等学校が創立70周年を迎えるにあたって「応援歌集」が事業の一環でCD化される。愚生は「川平線風景」「かちうきり」2曲をカバーすることになった
幼い頃の川平行き風景を「汽車」に乗せて16番まで全歌詞を歌った「♪今は 登野城、今大川今は石垣、新川と西へ西へと進み行く川平通いのバスの中・・・」(うちなージンタでは8番までカバー)
久しぶりに歌う「川平線風景」の歌詩を繰り返し読み起こしていると昔の風景が甦り、見事なくらい時間を埋めてくれる。他にも収録された「校歌」「開校記念日の歌」「八重農行進曲」「八重農音頭」「んまぬはぴー」「陸上賛歌」「凱歌」などの曲は在校中、陸上競技大会、野球大会等などで声が枯れるほど歌わされた応援歌、これからは残り人生の応援歌として口ずさみたい。
Posted by 大工哲弘 at
13:52
2007年09月03日
東京とリハーサル
東京やいま歌会の定期稽古が土曜日(1日)麻布区民センターでありました。
先週、大分の日田市から帰り、まだ余韻も覚めやらないうちに日本の大都会・東京の喧騒は余りにもギャップがあった。



今回は六本木ミッドタウン内にあるザ・リッツ・カールトンホテルをリッチに泊まる予定はまったくない。ただ、エントランスの前で記念写真。ホテル内にあるお手洗いを借りたまで。一泊60万もするそうだが。一体どこのセレブ達が泊まるのだろう? 格差社会の象徴ビル?!
さて 東京やいま歌会は広報活動のお陰か?入会者も増えいつもの稽古にも増して今回は活気がみなぎっていた。


合唱、個人稽古、ゆんた、朝10時から午後5時までみっちり稽古の後はお待ちかね打ち上げ会。

指導者・岩井くんの報告によると、来年2月東京やいま歌会は第2回プチ発表会を企画。稽古のあり方や今後の抱負を熱く語り合った。楽しい計画が待っている華の東京やいま歌会。
翌朝、那覇帰りは、今年4月まで若狭島唄の会で勉強していた伊集院さん(現東京やいまうた会)と富田さん(新人)が羽田空港まで見送り。貴重な日曜日にもかかわらず時間を割いてくれて、ありがとう!!それから31日、空港に“高級車”セルシオで迎えに来ていただいた渡辺さんにも感謝です。東京やいま歌会の皆さんには来月愚生のライブ(吉祥寺マンダラ2)で御世話になります。昨日の東京は秋めいた涼しい肌持ちの風が吹いていた。
那覇到着16:15分、タクシーで帰宅と同時に車に乗り換え、今週土曜日(8日)那覇市民会館で公演が予定されている「芸能祭」のリハーサル会場(西原中央公民館)へと急ぐ。リハーサルは17:00から21時に終了の予定が1時間も押して22時までかかる。プログラム演題と出演者が多い為、機敏に行動しないと本番は厳しい時間割になりそうだ。





左から①斉唱「我した生まれ島」「なりやまあやぐ」②器楽合唱「鷲ぬ鳥」「鳩間節」 ③「ゆんたしょうら、猫ゆんた、安里屋ゆんた」④独唱「与那国ションカネー」
最後に「みんなで芸能祭を大成功させよう!」上江州会長が皆に呼びかけていた。大工ネット(県外)からも大勢参加、三線兄弟達がやってくる。さぁ~がんばろう!
先週、大分の日田市から帰り、まだ余韻も覚めやらないうちに日本の大都会・東京の喧騒は余りにもギャップがあった。



今回は六本木ミッドタウン内にあるザ・リッツ・カールトンホテルをリッチに泊まる予定はまったくない。ただ、エントランスの前で記念写真。ホテル内にあるお手洗いを借りたまで。一泊60万もするそうだが。一体どこのセレブ達が泊まるのだろう? 格差社会の象徴ビル?!
さて 東京やいま歌会は広報活動のお陰か?入会者も増えいつもの稽古にも増して今回は活気がみなぎっていた。


合唱、個人稽古、ゆんた、朝10時から午後5時までみっちり稽古の後はお待ちかね打ち上げ会。

指導者・岩井くんの報告によると、来年2月東京やいま歌会は第2回プチ発表会を企画。稽古のあり方や今後の抱負を熱く語り合った。楽しい計画が待っている華の東京やいま歌会。
翌朝、那覇帰りは、今年4月まで若狭島唄の会で勉強していた伊集院さん(現東京やいまうた会)と富田さん(新人)が羽田空港まで見送り。貴重な日曜日にもかかわらず時間を割いてくれて、ありがとう!!それから31日、空港に“高級車”セルシオで迎えに来ていただいた渡辺さんにも感謝です。東京やいま歌会の皆さんには来月愚生のライブ(吉祥寺マンダラ2)で御世話になります。昨日の東京は秋めいた涼しい肌持ちの風が吹いていた。
那覇到着16:15分、タクシーで帰宅と同時に車に乗り換え、今週土曜日(8日)那覇市民会館で公演が予定されている「芸能祭」のリハーサル会場(西原中央公民館)へと急ぐ。リハーサルは17:00から21時に終了の予定が1時間も押して22時までかかる。プログラム演題と出演者が多い為、機敏に行動しないと本番は厳しい時間割になりそうだ。





左から①斉唱「我した生まれ島」「なりやまあやぐ」②器楽合唱「鷲ぬ鳥」「鳩間節」 ③「ゆんたしょうら、猫ゆんた、安里屋ゆんた」④独唱「与那国ションカネー」
最後に「みんなで芸能祭を大成功させよう!」上江州会長が皆に呼びかけていた。大工ネット(県外)からも大勢参加、三線兄弟達がやってくる。さぁ~がんばろう!
Posted by 大工哲弘 at
02:33




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