2007年12月31日

過ぎし年と来年

♪「月日走い過ぢてぃ 一夜隔(いちやひ)ぢゃみたる 年ぬ中垣(なかがち)ん今宵(くゆい)なたさ」<2007年の月日も早過ぎてしまった、一夜を隔て今年と新年の垣根も今宵になった>大晦日の夜を歌った琉歌




考えてみると、たった一夜を明ければ今年は旧年になる、不思議な感もするが年の折り目を大事にした歌である。

走り過ぎていく2007を振り返ってみると今年世は官も民も不祥事・邪曲なことが多かったような気がする

その一つに過去に沖縄戦で実際に起きた「集団自決は軍の強制・強要」は高等学校教科書から削除された検定問題。
11万人を集め「検定意見撤回を求める県民大会」もむなしく沖縄の声は届かず国は「軍の関与」を記述すると堅持。「歴史の歪曲」ではないか、国と沖縄の温度差はまだある。「偽」ではなしに「誠」を伝えたい。

昨夜は糸満の観光農園で開催されている「糸満ピースフルイルミネーション」を初めて見た。沖縄の県民と同じ130万個のイルミネーションが装飾され平和の光を世界に発信しようと糸満市が企画された平和祈願のイベントである。(1月3日まで)





糸満と云えば先の沖縄戦で多くの犠牲をだした終焉の地である。
戦争を風化させてはいけない、恒久平和を託し未来の子供たちに夢と希望が持てる世界になるよう糸満観光農園のイルミネーションは三千と輝いていた。

♪「よ~んぬ野(ぬー)ゆ照らしょうるイルミネーション
  人ぬ道ん照らし給(たぼ)り」
<闇の野原を照らすイルミネーションよ、人の誤っている道を照らし導いておくれ>




今年も『見習り聞き習り』島歌コラムに沢山のご訪問ありがとうございました。
2007年も後7時間、行く年に「だんじゅかりゆし」。来る年が「世果報」であるよう祈念します。
良いお年をお迎えください!!

  
Posted by 大工哲弘 at 16:50

2007年12月29日

夢の金糸

今年10月インドネシア・バリ島から帰る途中
大阪関西空港でトランジット中に「大工さんですよね、バリ島から飛行機ずっと一緒でしたよ~」と優しそうなオバァちゃんから声を掛けられた。那覇で「和裁・嘉手納」を経営。嘉手納タケコさん83歳。

その嘉手納のオバァちゃんは「バリ島に金の糸を産む蚕がいる」という夢をときとぎ見るらしい。
これまで金の絹糸を産む養蚕を探してエジプトやインド、ベトナム、アジア諸国を巡廻したが見つからず、今回 夢を追いバリ島へいけば出会えると信じ一人探検の旅をしたという。それが実際、夢で見た蚕がデンパサールの寺院の森に居たという。

貴重な金の糸を生む蚕の繭をタケコさんからいただいた。





「夢が叶って嬉しいさぁ~」すごいロマンチストなオバぁちゃんである。
話が弾み悪乗りして、愚生の着物を今度縫ってくれるようお願したら「いつでもいいから持ってきて~」。さっそく家を訪ね持っていく、約束とおりに今月立派に縫い仕立ててくれた。







2008年正月1月2日オン・エアーされるRBC・TVの「民謡紅白歌合戦」にはタケコさんが縫ってでくれた着物を新着で出演する。








厚生労働省が17日発表した全国都道府県生命表で、沖縄の女性が長寿全国トップの座を守った。嘉手納さんのようなガンジュウ(元気)オバァが日本一の長寿県を支えている。

神の島バリ島旅のお陰でタマさんとご縁ができた。83歳になっても一人で外国に行けて現役で仕事をしている人生最高な健康長寿。肖りたいものだ。タケコさん!いつまでもお元気で長らえてください!

  
Posted by 大工哲弘 at 18:34

2007年12月26日

忘年会

各地で「忘年会」酣蘭のことと思います

♪「忘してぃ為なゆる事ぬあみやすぃが、今宵(くゆ)や年忘すぃてぃ百気(むむち)ぬびゃな」<わすれることは為にならない、しかし今宵は年を忘れて沢山気を伸ばそう>

年忘れの琉歌である

琉歌のような心境になれるかどうかは別にして、年一度のささやかな合同(若狭しま歌の会、首里しま歌サークル、やいま歌会)忘年会が一昨日那覇セントラルホテルでありました。

余興の幕開けは首里しま歌サークルの比嘉さんと大工教室の東沢くん「かじゃでぃ風」の踊りからスタート。各サークルの舞台発表、コーニーズ、有馬くんの「とぅばらーま」武富さんの「とーがにあやぐ」「はやし六調節」、仲本さんの「いち夜花」は会場を盛り上げた。他の飛び入りも多かった。





うた・三線を習う「目的」はそれぞれ違っていても、上手になりたいという「目標」は誰しもあると思う、でもそれは近い所に置くか、遠くにおくかで三線との付き合いかた、教室との向き合いかたや価値観が異なってくるでしょう。

共通しているのは、三筋糸の※「線」と※「点」で結び、供有しあっていることであろう。
※線(絃)点(テン)→三線の音の意味もある

♪「今宵や行逢拝(いちぇうが)でぃいるいるぬ遊び 三線ゆ弾ちょてぃ心結ば」<今宵は会って色々遊ぼうじゃないか、三線を弾いて心を結ぼう」

年に一度の三線兄弟との合同忘年会はいいものである


メリークリスマス特別UP


  
Posted by 大工哲弘 at 00:36

2007年12月24日

わかれ2

ずいぶん「コラム」間が空いた

愚生が石垣島で幼少のころ大晦日(トゥシトゥリフルマイ)は牛汁(うすぅぬする)を年越料理として食べていた。会話にも「牛の頭(うすぅぬつぅぶる)いふつぅふぉーだー」<牛の頭を食べて歳を重ねたの~>という年を表す会話があるくらい石垣島で年越し牛汁が定着であった。今考えると石垣牛という贅沢な年越し振る舞いをしていたことになる。

近年沖縄も大晦日には大和風化され年越しにはそばを食う習慣が根付いている。

うちなースバ上戸(じょうぐ)にとっては、引っ越しそば、そばの日、なにかつけて年中そばが景気つけに振舞われる習慣は大いに結構なことだと喜んでいる。そう云えば厚生労働省も「2008・食の百選」に沖縄は「うちなースバ」が選ばれた。

スバは各人によって好みは違うと思うが愚生はどっちかと言うと「八重山スバ」に限る。毎年、年も押し迫った30日頃、ふるさと石垣島から年越し用そばが妹の経営するそば屋「麦わらぼうし」からシコタマ贈られてくる。




だが今年は妹の店から八重山スバは贈られて来ない。

実は25年間営業していた「麦わらぼうし」が先週20日をもって閉店した為である。
義母が高齢で介護をしなくてはならない家庭の都合上閉店を余儀なくされた。大工ネットでも「介護」を抱えている仲間が多い、心が痛む。これからますます高齢化社会、人事ではない。


これまでご愛顧くださいました全国の皆さん!
八重山そば屋「麦わらぼうし」大変お世話になりました。
良いお年をお迎えください。


  
Posted by 大工哲弘 at 19:41

2007年12月20日

わかれ1

3年前、沖縄に移住し仕事しながら愚生の三線教室で勉強していた増井くんが一身上の都合で24日付け里(岐阜)に帰ることになり、別れを惜しみ「御苦労さん会」が18日「南風」でありました。

久し振りにお得意のジンタを披露した増井くん♪



増井くんはいつもイベントがある度にメンバーの写真を撮り、それを焼増しとファイルにして、個々にプレゼントしていた。体に似合わず繊細な心くばり、「温厚篤実」「謹厳実直」「質実剛健」<どれにもあてはまる>性格は誰からも好感を持たれていた。

幸い仕事も印刷企画社に務めていた関係、大工ネットの「工工四楽集」デザイン&製本作業の作成には骨を折って頂き存在感を大いに示してくれた。

増井くんは送別会の前日「お水取り」行事に参加したそうだ。
「お水取り」とは昔・首里国王が年始清め行事として御水撫でぃ(うびーなでぃ)に奉納される水を国頭村辺戸(へど)にある「辺戸大川(うっかー)」から美御水(ぬーびー)汲みに国王からの使者がおくられたという行程を元に毎年12月に行われる伝統的「お水取り行事」である。

実際、辺戸の大川から汲んだ水をわざわざ瓶詰(30cc)して送別会のために準備、神聖水を参加したみんなに配られた。
それにも感動したね。ありがとう増井くん!





最後の最後まで細かい心配りは憎いね!

来年は愚生の干支(子)生まれ年「還暦」。偶然にも2008年の元旦・干支が「子」である。
大川で汲まれた水で清めることにしよう!
  
Posted by 大工哲弘 at 02:02

2007年12月17日

出会いと別れ

今年も各地で沢山の人と出会った
日本の常識として名刺をいただく。その名刺を整理していたら今年だけでも200枚余りが出てきたが。しかしどうしても顔と名前が一致しない、思い出せないのが多い。もうアルツの最兆候か?来年からは名刺貰った時点で写真を撮り、アドレス帳(自慢じゃないけどウインドーズ・ビスタのシステムです)に整理して毎年衰えていく記憶力をPC力に頼るしかないと決めた。一期一会を大事にしたいからだ。

また 今日まで届いた「喪中のため年賀の挨拶ができない」喪中通知も今年は多いような気がする。先日逝った朝比呂志兄もその一人になった。

広島の胤森弘(たねもりひろし)さんはタンメー(オジィちゃん)の愛称で親しまれ、愚生が広島でライブした際にはチャリンコに乗り付け会場に駆けつけてくれた。打ち上げも必ず参加してくれた。80歳過ぎてもこんな元気なオジィーになれたらなぁ~。その瞠目さを肖りたいと誰しも思っていた。そのタンメーも今年8月・鬼籍の人となった。







広島は全国に先駆け沖縄三線サークルの立ち上げは早かった。そのサークルにタンメーは、うた・三線も大事だが沖縄の言魂である「方言」の大切さを伝えようと「うちなーぐち講座」を開いていた。沖縄民謡の歌詞の意味や語彙真意を細かく教えていた。広島で多くの人に啓蒙活動された業績は大きいものがある。県外の人でうた・三線を研究する方は多いが真摯に方言を取り組んでいる人は多くはいない。 タンメーとうちなーぐちで「ユンタク」がもう出来ないかと思うと寂しい。

改め、つつしんでご冥福をお祈りいたします。



  
Posted by 大工哲弘 at 23:22

2007年12月16日

悲しい知らせ2

今朝の琉球新報の記事  
Posted by 大工哲弘 at 09:06

2007年12月15日

悲しい知らせ

今日の昼、親しい先輩から電話が入った

病気療養中であった朝比呂志(あさひろし)<本名・譜久原朝弘>さんが今朝亡くなったと云う訃報である。
享年74歳
言わずと知れた朝比呂志さんはあの偉大な故譜久原朝喜氏を父に持ち名作曲家・譜久原恒勇氏の実弟である。また妻は読谷「でいご娘」ボーカルの千津子さん(喪主)

比呂志さんは作詞家として数多くの作品を残している。兄弟の作品も数多く「ちんぬじゅしー」「うるま島」「ヘイ!二才達」「うるま島」「ゆうなの花」「島やからー」。また嘉手苅林昌さんが歌っていた「松ちゃやっちー」も比呂志さんの詩である。
愚生とは、昨年まで健康を理由に膈月のペースでゴルフを一緒にさせて頂いた仲であった。プレイしながらも比呂志兄のやさしい人柄が伺え、見習うことが多かった。

昨夜の琉球放送TV公開録画「民謡紅白歌合戦」新旧ホームソングコーナーで唐眞達子さんが朝比呂志さんの美しい歌詞「ゆうなの花」を歌ったとき「比呂志やっち~(兄貴)はお元気かね~?」なんて出演者内で沙汰をしていた矢先である。

これからもっと沢山教えていただきたいことが多かっただけに至極残念である。
ご冥福をお祈りいたします。合掌

告別式は明日読谷村の葬儀場。詳しくは明日の朝刊で
  
Posted by 大工哲弘 at 21:13

2007年12月11日

紅白歌合戦

7日(金)『紅白歌合戦』の出場者が発表された!

と言っても、愚生とは関係ない、あちらさんのモノではなしに
RBC(琉球放送TV)毎年恒例の新春『民謡紅白歌合戦』の出場者発表である。



島歌ファンにとっては正月は「民謡紅白を観ないと正月ではない!」と言われるくらい定着したローカル番組。正月のテレビ番組はほとんどキー局からの番組が一方的に放送される中、ローカル番組で正月を祝う習慣は沖縄らしくていい。今年は46回目を迎える。

出場者を紹介しよう
<赤組>饒辺勝子、鳩間加奈子、浦崎康子、内里美香、
      大城美佐子、デイゴ娘、我如古より子、山里ゆき。
<白組>仲本昌盛と民謡鶯組、松田一利、よなは徹、
      徳原清文、松田弘一、田場盛信、前川守賢、
      大工哲弘。 ・・・・・うたう曲は見てのお楽しみに

司会は柳卓、菊池志乃、白組応援:かでかるさとし、山城智二。赤組応援:當間武三、魅川憲一郎

またブラジルからも特別出演があり、舞踊「山入端」新崎恵子琉舞道場」の皆さんが応援に華を添えてくれます。

琉球放送とBEGINの共同プレゼンテーションで今年4月からスタートしたホームソンは好評の内に今月で9曲が誕生、放送されている。

その中から「イチャサン」比嘉久美子、「ガジマルオジィ」大工さんが歌います。

以前のホームソング「ばらさんぴん」ホップトーンズ。「ゆうなの花」唐眞達子(久し振りの登場)「芭蕉布」を伊波智恵子と唐眞、ホップ3人が師匠・譜久原恒勇さんの名曲を「新旧ホームソングコーナー」で紹介、もりたくさんのプログラム。

今年は食品メーカーの不祥事で明け暮れた一年であったように思う。特に伊勢名物の「赤」福、北海道の「白」恋人は衝撃的であった。民謡の「紅白」は「偽装や改ざん」のない本物の沖縄のうた達を今に伝えます。

公開録画日:14日(金)沖縄市民会館大ホール、開場16:30 
開演 17:00、 放送日:2008年1月2日(水)午後2時~4時

どうぞお楽しみあれ!

  
Posted by 大工哲弘 at 11:39

2007年12月10日

島うたの競演

「島歌の競演」がありました。

沖縄南部連合文化協会が主催するイベント、南城市文化センター(シュガーホール)今年は第5回目を迎える。








流派、会派を問わず各地の風土に根ざした個性豊かな島歌を掘り起こし、ふる里文化の認識を高めるために各地の「しまうた」を一堂に集めて「競演の島うた」大会を開催しようというコンセプト。

個人の部では18名、団体の部は6組が出場し歌スーブ(競争)しました。
我がネットからは3名エントリーしましたが、残念ながら入賞までには手が届きませんでした。
受賞者は次のとおり
最高賞は、『仲筋ぬぬべーま』長嶺ルーシ
優秀賞は、『南洋小唄』金城みつお
歌唱賞は、『下千鳥』宮城のぶとし
習技賞は、『永良部千鳥』山城こうまつ
特別賞が、『里恋千鳥』島袋のりこ

受賞された皆様おめでとうございます。益々これからもがんばってください!


多くの民謡団体から出場や協会から審査員の先生方がサポートしているにも関わらず。集客がまったくなされていなく会場はガラガラ、緊張感が欠けた。最後の審査総評では歌スーブとは関係ない爪の持ち方や大きさ、コスチュームのみを指摘された審査員は「審査実施方法・要項」をまったく理解していないのでは無いか?
愚生は都合で会場に聞きにいけなかったけど、島うたの共演・初回から応援してきた人たちからの声は主催者へ厳しい批判。回を増すごとに盛り上がりを掛け、主催者の取り組みが問われるイベントとなった。






三名参加賞は残念会となった。久しぶりに大阪勢が揃う。遠方からの出場お疲れさんでした!懲りずにまたチャレンジしてください。  
Posted by 大工哲弘 at 11:42

2007年12月08日

労働歌

唐突ですが「沖縄を返せ」という歌を知っているでしょうか?

1956年「第4回九州のうたごえ祭典」で発表され創作コンクール大衆部門で1位に入選した曲。作詞は全司法福岡高裁支部。闘争歌として歌うにはマイナーであったので、数多く労働運動歌の作曲者として知られていた荒木栄の手に渡り軽快な行進曲風にアレンジ、沖縄返還運動・復帰歌として全国で盛んに歌われた歌。







その作曲者の
『荒木栄の歌が聞こえる』の長編ドキュメンタリー映画の撮影が昨日ありました。
港健二郎監督作品。リポーター/ 妃月洋子(レポーター)関西生まれ父、九州生まれの母、祖先は世論島。幼少のころから音楽が好き。ディアマンテスに認められプロデュースにより音楽活動をしている。アルバム「夜曲美学」リリース。藤田祐司(プロデュース)TVディレクター・プロデューサー、TVカメラマン、音楽プデューサー各局の全国ネット系報道番組や情報番組を手掛ける。
   妃月洋子のアルバム「夜曲美学」↓なかなかいいです。







荒木栄は1960年、三井・三池闘争の中で彗星のように現れ数々の歌を残した労働者・作曲者であった。争議終結2年後の68年秋、栄は、38歳の若さで夭折。しかし彼が残した「がんばろう」「我が母のお前は」「花はおくろ」「地底のうた」等は今でも様々な人により歌い継がれている。

愚生も荒木栄の「歌」を通して沖縄の現状を伝えて活きたいと「沖縄へ返せ」「がんばろう」カバーしている。94年、CDアルバム「うちなージンタ」オフノート。96年「ちばりよーうちなー」音楽センターでカバー。映画でも「沖縄へ返せ」歌いました。





「荒木栄の歌が聞こえる」は来春3月頃上映を目指しているそうです。
乞うご期待!





問い合わせ(直通ダイヤル)090-9332-6387 制作委員会「アートヒルズ」http:/www.arakisakae.com
〒612-0072 京都伏見区桃山筒井伊賀東町47-3 桃山5F  
TEL 075-603-3244(代表)
  
Posted by 大工哲弘 at 13:00

2007年12月07日

北風のいやり4 最終回

自称グルメの愚生は全国三線行脚でネット各地に訪れた際、その土地で採れた郷土料理を嗜むのも楽しみの一つだ。地民の風土や歴史が感じられるからうれしい。全国の中でも北海道は他県の追従を許さない、海山陸の幸が豊富で素材もバラエティーに富み、食彩が味わえる北大地は味覚王国である。





その魅力や嗜好品は人によって異なるが、新鮮な章魚やタラバガニ、スープカレー、ラーメン他にも旨いものが北海道は多い、でも、本当に旨いモノは道地産の蕎麦だと愚生は思っている。いつも帯広の三線出張教室で伺うときメンバーにそば屋さんに連れていってもらう。十勝地方はそば味覚極楽だからだ。

全国的に蕎麦の需要は拡大し、それに伴い広大な畑で栽培される生産地の北海道は云わずと知れた日本一。明治・開拓史の時代から腰がつよく香り高いそばを育んできた歴史がある




・・・そう云えば今日夕方、大阪の弟子からお歳暮が届く、包みを開けると、なんと信州の蕎麦である。じっくり味わうことにしよう。Bっち、ありがとう!ちょっと話が逸れました。。。

←宮田村で小原さんに御馳走になった信州のそば。



昔から信州、甲州、武州武蔵国(蕎麦三国)は旨いというのが主流のイメージ。
それを遠慮してか?北海道は他に旨いのがあり過ぎてか?蕎麦を取り上げていないように思う、全国一の生産高と旨い蕎麦があるのに、大いに誇り宣伝してもいいのでないか




北大地はこの12月から原油の高騰で灯油が例年の二倍に跳ね上がり、生活が脅かされているという。それ以外厳しい冬の生活環境であってもそれをフォローする食道楽園だからか?ドサンコは北海道を愛し、誇れる土地だと・・・





札幌、帯広のネットのみなさん!お世話になりました。来年は元気で再会できタンタカタン(北海道産の焼酎)も飲めるように、健康に留意したいと思います。
遅ればせながら、ありがとうございました!



  
Posted by 大工哲弘 at 02:45

2007年12月05日

2つの録音

隔月金曜日放送しているNHK・fmラジオ「ウチナージョッキー」7日(金)放送の録音が昨日NHK視聴者プラザでありました。多くのリスナーが来館してくれました。ありがとうございます。




番組に使用されたCD・・・
M1:なんた浜:吉育「桃源楽」<パラダイスミュージック>リリースされたばっかりです。
ハーモニカによるインストゥルメンタルブルースハーブ演奏。クロリティの高いアルバムです。
M2:生まり島離り:新垣優子「風ぬ葉」<ハジヌファ>リリースされたばっかりです。元ツンダラーズのメンバー、ファストソロアルバム。
M3:安里屋節:竹富種取り奉納舞踊曲「てぃゆむたきどぅん」
M4:安里屋ゆんた: 〃
M5:小浜節:新良幸人
M6:仲筋ぬヌベーマ:大工(生演奏)
M7:ミルク節:伊良皆高吉








今年最後の収録は愚生の今年を振り返りながら重大ニュースを番組担当の牧港さんとユンタク(オシャベリ)しました。
ラジオのリスナーさんや態々スタジオまで足を運んで聞きに来られた島歌ファンの皆様ありがとうございました。来年も「ウチナージョッキー」よろしくお願いします!






また 一昨日から始まった屋嘉部充の笛のレコーディングが昨日一応、録り終えました。
八重山の名曲には欠かせない笛の伴奏。 今回のアルバムは伴奏楽器ではなしに、笛がメイン。関島岳朗のアレンジによるイージーリスニングアルバムです。来春オフノートからリリース予定です。もう一つ、10月にバリ島でガムランとコラボレーションもって録音した演奏音もCD化します。併せて乞うご期待です。

  
Posted by 大工哲弘 at 16:44

2007年12月02日

北風のいやり3

生まれて初めて、馬券を買った。





と云っても帯広の輓えい競馬券である。
一度は見たいと思っていた輓えい競馬。





先月の19日「帯広島うたの会」のメンバーに競馬場を案内して貰い念願叶い直で観戦することができた。朝一番11時の第一レース、パドックを見て馬券は5-7を買う。200㍍の直線コースを2ヵ所の登場障害、最大1㌧の鉄ソリを引く馬が、ありったけのパワーを振り絞り、北の大地に根付いた世界でただ一つの膂力(りょうりょく)レースは迫力満点な競馬である。
残念ながら馬券は見事に外れたが、非常に見応えがあった。







帯広輓えい競馬、一時は存続が危ぶまれていたが、「道遺産」を次世代へ引き継ぎたいと全国的に支援の和を広げ継続の展望は開けた。

北海道生まれを道産子という。「ドサンコ」という由来。これまで輓馬から来ているのだと思っていたが、実は輓馬の原産はペルシュロンというフランスの馬で使役に使われていた馬から来ていると、帯広の高橋さんから教えてもらった。

道産馬はもともと江戸時代ニシン魚に来ていた、東北地方の人々が運搬手段として連れてきた南部馬を冬に置き去りにしていった。その馬たちが生き延びて野生化したのが北海道和種。粗食に耐え、耐寒力が高く、しかも力が強い、開拓時代に運搬や農耕、馬車などの交通力に手助けした頼もしい見方だった道産馬。それを誇って道産子と呼び、道生まれをドサンコと云うようになったそうだ。

















その馬文化を宝に帯広は、ばん馬振興策案(お菓子やチーズ、観光ツアー)でばん馬ブランドを興そうと商工会は打ち出している。期待したい。

馬と言えば、八重山の祝儀の座では必ず演奏される「赤馬節」、宮古馬や人頭税廃止を願った拝所「鏡原馬場あやぐ」なども馬が主役、他に与那国馬もいる。スーパーペガサス達は村興しや島おこしに一役かっている。

「月(ちち)ぬ走(は)いや馬(んま)の走い」<月日の過ぎるのは馬が走るごとに速い・光陰矢の如し>今年もあますところ29日である。
  
Posted by 大工哲弘 at 16:56

2007年12月01日

しわす

「北風のいやり」はちょっとブレイク

今日から12月、全国的に師走である。
「師走」と云う異称の語源は「師馳す(しはす)」など諸説あるが、教師が走り回るほど忙しい月と云うのが民間語源である。しかし世には諸々のジャンルにおいて先生と言われる人が多い。

例にもれなく民謡界にも「教師」という指導者資格免許取得試験がある。
平成19年度、琉球民謡音楽協会主催「教師・師範免許」試験が昨日、西原中央公民館で行われました。10名が教師受験。3名が師範免許受験されましたが、教師免許10名の内、8名が合格、内4名大工ネット受験、全員合格。快挙である。
日頃の努力が実った結果だと思います。おめでとう!!





愚生も「人を教えるには、自分が勉強になる」と大先輩から言われ、弟子をもった経緯がある。昔と違って今はうた・三線を習う人に県外者が増えた。言葉・歌詞の意味、発音、懇切丁寧に教えなければ、解ってもらえないご時勢。元々生活の中で出会わなかった言葉や音程、リズム、歴史風土、すべて、無いずくめの世界。逆に自分に無いモノだから、やってみたい、という方も多いだろう、いわば「無いモノねだり」。




昨日 教師免許合格した大工ネットの4名もすべて県外者。長崎2名、名古屋、岡山出身である。教師となった今 近い将来弟子を取り教える身となるとき、自分が県外者故苦労して得た伝授法が活かされるであろう。
無数にある沖縄・八重山の島歌を研鑽され「無いモノねだり」ではなしに、これからは「あるモノねだり」益々追及され精進されんことを願っております。

教師は全国を駆け回り、島歌は時空を超え確かな祈りを伝える。







昨夜は教師誕生に久し振り、島唄ライブ居酒屋「石垣島」で美酒を飲む。

  
Posted by 大工哲弘 at 16:08