2008年04月28日

チベットと屈辱の日

1997年ビデオを片手に金森太郎(在日コリアン・金昇龍)さんがビデオカメラをもち独り旅でチベットを撮り歩いたノンフィクション・ロードムービー「チベット・チベット」のDVDを9年ぶりに観る。









金森さんが旅人の視点からチベット問題をおったドキュメント映画ではあるが、この映画を見ることによりチベット問題とはどんなものか誰でもわかりやすい作品に仕上がっている。敬愛するダライラマ14世の10日間に及ぶ密着取材や失われていく自然や文化の美しさ、様々な問題を抱え自由を求めながら自国チベットに「民族の誇り」を持ち、力強く生き抜く姿は心打たれる。

金森太郎さんは、チベット人と中国の歴史を知る内に、オジぃちゃんから聞いた日本と韓国の関係を思い出したそうだ。韓国を占領した日本は「アジア全土の発展と大共和圏を作る」という口実にしか過ぎなかった。ちょっとチベットと中国の関係違いはあったにしても、どちらも「暴力」で押しつけようとする身勝手な行為は同じである。10年前から「単にチベット問題を描いたモノにとどまらず、我々も身近な問題としての人権、平和について考え直すきっかけになる教材にしていきたい」と金森さんは語っていた。

しかし10年前の映画なのに、いま各国で起きている聖火リレーの動乱は、世界平和オリンピックを目指す趣意には程遠く「人権」「フリーチベット」問題と発展し大きく波紋を呼んでいるが、色褪せることなく映画はチベットの今を伝えている。

「人権問題」と云えば、沖縄の今日は4月28日(ヨンテン・ニーハチ)である。
1952年、サンフランシスコ講和条約と日米安保条約が発効した日。それにより沖縄は本土から切り離され、日本国が独立する為に琉球列島が「捨て石」にされた。そのことからヨンテンニーハチを「屈辱の日」とも云う。この日から沖縄はアメリカの統治下になった。今でも広大な基地の負担が押し付けられている。更に普天間基地移転を理由に強奪な新基地建設計画は「暴力」「人権」問題のなにものでもないと愚生は思う。4月28日を風化させてはいけない。






MEMO/金森さんは昨年まで読谷に居を構えて「沖縄情報・うるま」のコラムにも寄稿していた。
先ほど近況を知りたく電話したら、今は東京に転住したという。「チベット・チベット」の上映会が最近各地で増えているそうです。ぜひ お近くに来たらドキュメンタリームービー必見あれ。




  
Posted by 大工哲弘 at 18:13

2008年04月27日

長命草

昨年10月、故郷石垣に帰省した際、実家の庭に茂っていた「サフナ」を一株分けて貰って我が家の猫額くらいの庭に植えたら、もうこんなに育った。










サフナ(八重山)、サクナ(沖縄本島)、ギンナ(与那国)と呼んでいる。
一種の薬草で和名は「ボタンボウフウ」と云う。
八重山では一株食べることに一年長生きする謂れがあって長命草(チョウミグサ)の別称をもっている。また実際、喘息・肝臓病・腎臓病・高血圧・動脈硬化・リウマチ・神経痛に効くとして珍重されている。



故郷・石垣ではいまでも刺身には山葵の代わりにサフナを千切りにして食べる習慣ある。毒消し作用とホロ苦い独特の味と風味は健康の源として各家庭に植えられているのが多い。

早速、今夜はそのサフナを千切りにして八重山風に刺身を頂くことにした。刺身(南風・提供)
・・最高!!




普通、山羊汁に入れるのはフーチバー(よもぎ)だが、久米島ではサフナを入れる。山羊の臭い消し作用と、ビタミンやカロチン、油濃い御汁にバランスよく栄養効果を絶妙に醸し出しているのは久米島独自のコラボである。
ぜひ一度久米島訪れた時は、試してみてください。最近はサフナを煎じた薬草茶、青汁などとしても市場などでの売られているようですが。各家庭にひと株でも植え、サフナ効果を広げ、沖縄長寿県の面目を取り戻したいね。
  
Posted by 大工哲弘 at 11:43

2008年04月24日

久し振りの声

昨日 携帯に登録されていないNOから電話がかかってきた。

流暢な日本語で「久し振り、ト・ル・ソ・ンです!」電話を取ると損をする?!最初、悪戯の電話だと思った。
繰り返し聞くと、何と新彊ウイグル自治区出身のミュージシャン。ショヒラティ・トルソンではないか?
15年ぶり懐かしい声 いやぁ~ほんとに嬉しかった!

トルソンは15年前、福岡教育大学に留学していた。その在学中に愚生は沖縄と福岡、北九州で一緒にライブをしたことがあったのだ。今回はその留学中にお世話になった恩師や旧友に再会するために来福したそうです。

15年前の那覇のジャビィでやった時のチラシ。そのジャビィのビルは今はない。







現在はオーストラリアに拠点を置いて、世界をまわり新彊ウイグルの伝統音楽を伝えている。
15年前、トルソンが来沖した時、地図を見て沖縄は「一日で歩いて回れる!」と思ったそうな。シルクロード中心地、中国国土の6分の1を誇る広大な土地で育った彼にとって世界地図からの沖縄は確かに針の先でついたほどしかない。しかし来てビックリしたのは意外と広く感じたそうだ。
そして何よりも生まれて初めて海で泳いだのが沖縄。ですから忘れない国の一つだと云う。

逆にウイグル自治区が何処にあるかも分からない愚生とトルソンのセッションは、国と国を越境した瞬間でもあった。
それも沖縄の三線と兄弟のようなドゥタールという棹の長い二絃の楽器をを引きながら歌うスタイル、歌の形体も八重山のゆんたや叙事歌などは類似するのが多かった。








だが、1千年の歴史をもつ重みはこの歌にある、1曲70時間も延々と歌わないと全編歌ったことにはならない「オンシキムカーム」(親に捧げる歌)。まだ、当時トルソンも40時間しか歌ったことなかったそうですが。あとの30時間分は歌ったでしょうか?他に高音で響く古謡の歌声も草原を思わせるスケールの大きさを感じた。

はるか昔からウイグルも民族紛争が絶えない、東西の民族が激しくぶつかり合った 争乱の土地。しかしシルクロードに生きる様々な民族との交流によって独特の芸能(音楽、踊り)が生み出され芸術の華が開いた。ウイグル族は陽気で明るく、素朴な民族である。なにか沖縄にも精通する。

今、世界の多様な音楽がはびこる中。トルソンの歌声は日本のうすっぺらな流行唄やワールドミュージックといった陳腑な言葉をふっ飛ばす迫力をもって聞く人を圧倒するであろう、民族の魂、血の通った音楽の素晴らしさを世界に届けて欲しい。
一旦帰国し また来日するそうですが・・・タイミングが合えば是非、会いたいね~。また一緒に演りたいね~ 久し振りトルソンと話は盛り上がった。


因みにトルソンは4月27日、愚生も6月6日ライブする福岡の「スタムテッシュ」でライブが予定されている。
http://www.madam-aki.com/stamm.swf
聞かないとソンすると思います。


  
Posted by 大工哲弘 at 01:45

2008年04月21日

吉川栄治文化賞・祝

在沖八重山郷友会連合会主催・宮城信勇先生の「第42回・吉川英治文化賞」受賞祝がオークパインで21(月)ありました。







郷友を始め各界の著名な方々が先生の受賞(一万七千六百語を収録、語源や語構成、例文などを数多く盛り込み、単語を万国音声記号で記録するなど、石垣方言を詳細にまとめ、日本語の研究に貢献したことが評価された)。を祝おうと会場入りきれないほど多くの人が集った。







八重山古典民謡保存会・那覇支部有志の皆さんで座開き。各界からのメッセージ、前盛義行(在沖八重山郷友会連合会長)。牧野浩隆(沖縄県立博物館・美術館館長)三木健(沖縄・八重山文化研究会会長)他。


先生の20年間も及ぶ石垣方言辞典を2003年に完成させた偉業を称え、今年米寿を迎えた長寿も肖かった。

牧野氏は「これからは昔と違って地方の時代。文化芸術、言葉、すべて中央に発信できる、ひとつの礎ができた」。
三木氏は「この事典が出来たお陰で逆に方言が滅びないように、もっと生活に中に活かして欲しい」と述べた。
次の作業は「八重山会話集」を編纂すると歳を感じさせない意欲を見せていた。先生!いつまでも健康で後世の為に是非「会話集」の完成を楽しみにしております。


←愚生も先生へ、自作のデンサ節で祝を込め歌った「♪ あまん世ぬ昔から 我が島ぬ言葉ゆ 島ぬ宝で書物が書留め残しょったデンサ」


←孫の東金城克磨くんが見事に八重山方言で挨拶。「固み節」「月ぬ美しゃ」を披露。ヤンヤの喝采を浴びた。



因みに吉川英治文化賞の過去受賞者には、宮城まり子(ねむの木学園)高橋竹山(日本の伝統芸能)平良敏子(喜如嘉の芭蕉布保存会)親盛長明(沖縄県の離島で50年余り医介輔)などが居る。

受賞の知らせに、宮城先生は「日本の果てにある小さな島の言葉が認識され、うれしい。石垣方言には古い大和言葉が残っている。これからも勉強を重ね、重要性を伝えたい」と喜びを最後の挨拶で語った

←司会は以前、宮城家を取材したことがあるという小林紀子さん(東京の関口宏事務所所属)。現在はNHK大阪(教育テレビ)毎週夜と朝「きらっと・いきる」番組のレギュラー。 小林さん、シカイトゥ ニファイユ~(ありがとうございました)そして、お疲れさんでした!


♪宮城信勇先生や 我が島ぬ宝 百二十歳までぃん 長命(ながらい)給りデンサ




  
Posted by 大工哲弘 at 11:50

2008年04月19日

宣伝

初心者教則用本『どぅしぐゎ~の歌』(友達の歌)工工四&三線勘所(タブ譜)付き楽譜がケイ・エム・ピーから出版されました。



5年前から御倉入りしていた楽集がやっと一般にも発売される運びとなりました。20年近く那覇市・勤労青少年ホームの若者や公民館サークルの三線講座で老若男女を教示していた実績を踏まえ、沖縄本島・宮古・八重山の歌を初心者用向けに23曲をセレクト。分かりやすく三線の持ち方から扱い方、歌の解説、洋楽(タブ譜)付き、何よりも愚小の歌(模擬演奏)23曲が入っているCD2枚入り、しかも値段が格安の2.500円。手前味噌ではあるが、中々上等に出来ている教則用本である。

















さり気無い表紙の紅型模様「どぅしぐゎ~の歌」本が来週には各地のブック屋さんに出回るかと思います。

問い合わせ:03-3554-0741(ケイ・エム・ピー/原子)fax:03-3554-5663

どうぞ よろしくお願いします!!


  
Posted by 大工哲弘 at 10:15

2008年04月17日

生活の柄ライブ

第3回忌『高田渡・命日ライブ』~渡る世間は歌ばかり~「生活の柄」ライブはお陰でもちまして成功に終了することができました。

↑モリトくんの奥さんが作ってくれたフライヤー。
ある人から実物より10年若いと言われた。
好評だったので紹介します。



「生活の柄」の店長・モリトがライブ告知をしたのも10日前。大丈夫かな~心配していたが、多くのファンが来店してくれた。

♪ライブ曲も「ざぶとん」から始まり「生活の柄」「かちゃーし」で閉めた。約2時間ノンストップ。







今年の愚生は還暦年。「第3回・高田渡命日ライブ」これかは恒例化し僕が高齢になるまで「長く歌おう、演ろう。元気の間、続けよう」とモリトを始めお客とも約束した。

しかし後15・20年後、後期高齢者の年金から天引き医療制度はどうなっているのかな。高田渡でしたら、アイロニーカルに「年金に入ろう」なんて歌を作っていたかもしれないね。こんな夢のない日本の社会制度だから「渡る世間は歌ばかり」。大いにうたを歌わなくてはならないのでないか。歌には夢がある。

高田渡も生前は焼鳥屋が好きだった。ライブ打ち上げも近く焼鳥屋で高田渡を偲び遅くまで飲み明かした。

お陰で楽しい時間を過ごすことができました。

来年、4月16日生活の柄でお合いしましょう!

企画したモリト、そしてライブに来てくれた皆さんありがとうございました!  
Posted by 大工哲弘 at 23:20

2008年04月13日

歌碑めぐり

愚生の教室主催「歌碑めぐり」&「バーベQ」に行ってきました。  
今回は写真を多く紹介します。

順路の始めは与那原に健立されている「兄弟小節」。西原の「梅の香り」。中城にある「じっそう節」。うるま市にある「浜千鳥節」。最後は、同じうるま市の川田にある「門たんかー」。そしてメインのビーチ(宜野座・漢那ビーチ・テラソ)パーティの楽しい一日を過ごしました。

左「兄弟小節」。中央「梅の香り」。左「じっそう節」の碑。







『歌碑』それは、何の変哲もない所に健立されているのが多い、伝えなければわからない、言わなければ気付かない。その土地、その風土に育まれた歌人たちが長年の歴史の中から多くの人々の心に刻まれ親しまれた歌、それが地元と溶け合い、作者の精神の「祈り」を後世に伝えようと必然的に建立されたものだと考えられる。歌碑を巡ってそんな風に思ったりした。

「浜千鳥」の歌碑で踊る、伊Yさん。 最高のシチエーション。右・門たんかーの碑








しかし残念ながら、その碑に気付くには歌心を持たないと目に付かない(煙草をしない人が灰皿を出さないと一緒)に等しいではないか?ですからウチナー歌を勉強している方は是非尋ねてみる必要性があると思った。だって、ブルースしているミュージシャンはワザワザアメリカに行き、シャンソンしている人はフランスに行き、聖地を訪ねる。その心が大事と思うからである。

今回の歌碑めぐりは中部地区を中心に絞って後はバーベQを楽しんだ。
牛肉、鶏肉、刺身、海老(大阪から贈られる)沖縄そば、地元の魚と大変な料理の仕込みである。もう、食べきれないくらい豪快なバーベQは稀に体験する御馳走であった。







ビーチは地元出身の仲本さんが手配してくれた。地元(漢那区)の有志達も参加し大いに交流にぎわった。



各サークルの余興大会。





今日の天気予報は雨、しかも出発前までは大雨。今日の降水量は60パーセント、みんな諦めていたであろう。ところが「兄弟小節」の碑あたりから太陽が見え始め、ピーカン状態。みんな日頃の行いが良い証拠だとよろこんでいた。







今日はスイスからの留学生・MNさん。大工ネットの大阪・東京からも参加もありました。来年も また企画します。

お疲れさんでした!!
  
Posted by 大工哲弘 at 23:36

2008年04月12日

デイゴの花が咲き?

沖縄の三大名花といえば、オオゴチョウ、サンダンカ、そしてデイゴである。

その一つ、デイゴの花木は沖縄街路・公園・学校庭等に植えられている。昔は防風林・用材木としても多く植栽されてきた。それ故、沖縄の県花としても指定され、琉球漆器・獅子やアンガマの面の素材としても使用されている。

♪「でぃぐぬ花でんし 節待ちどぅ咲ちゅる、我身や節待ちょてジントーヨー咲ちゅる嬉しさ」(でいごの花は本当に季節にしか咲かないよ、私んも季節をまって貴方と誠の恋の花を咲かそう)作詩・作曲:知名定繁・(でいごの花)より

♪「赤ゆらの花や2・3月どぅ咲ちゅる 我がけーらの花や何時ん咲ちゅさ」(でいごの花は旧暦の2・3月に咲くけれど、我々の青春はいつでも咲くのさ)八重山民謡(桃里節)

県民に親しまれているデイゴ花はこのように季節を謡い多くの唄となった。


毎年、春休みを終えカラフルなランドセルを背負った子供たちの入学が始まる頃、真っ赤に咲き誇っているデイゴの花がどこでも見受けられるのですが、今年もまったく咲かない異変が起きている。このような現象は昨年ヒメコバチ(害虫)による被害が拡大、猛威を振い咲かない原因になっていたということを愚生のコラムでも昨年報告したと思う。



                              久場川団地公園のデイゴ



そう云えば昨年・石垣に帰省した時アンガマ制作者の田場さんから聞いた話「最近は害虫せいか、デイゴ樹の中は空洞になって使えないのが多い!」と嘆いていた。

それにしても赤の象微・情熱のシンボルライズであるデイゴが咲かない季節はウチーナン人にとってはなんとも寂しい。


仏桑花やデイゴの真紅な花々の 焔のように燃えさかる島 沖縄よどこへいく、いま こうして 郷愁に誘われるままに 途方に暮れては この詩を綴る この僕をうんだ島・・・山之口獏「沖縄よどこへいく」より

  
Posted by 大工哲弘 at 11:36

2008年04月08日

サニズ

♪浜下り女足ひらり真砂踏む

今日(8日)の沖縄はハマウリ(浜下り)サングァチミッチャ(旧暦の3月3日)であった。

菱形に切ったヨモギの餅を仏壇に供え、重箱に御馳走を詰めて海水の足をひたして、みそぎ払いをし、潮千狩りを楽しむという女性の伝統行事である。ヨモギと潮も殺菌力があり、モノを清める力があるので、穢れを払うと云う民間信仰をもち昔から伝われている行事。宮古島ではサニツィ。八重山ではサニズという。


3月3日の行事に因んでの歌を調べてみた。
沖縄本島の♪三月三日 ♪三月三日姉(ンミー)。宮古島の「三日が夜・サニツガユ」。八重山の「黒島口説」の5番の歌詞にも浜下りが登場する。
 
極めつけは我如古弥栄作、三大歌劇の「泊阿嘉・とぅまいあーかー」の序幕(伊佐殿内の門前)では3月行事の風景を歌った場面が登場する。

思鶴(うみちる)
今日や名に立ちゅる3月3日、上下ん遊ぶ世の中ぬ習慣、乳母連りてぃアカチラ行ぢ 螺拾てぃ遊ばイエなぁ父母りちゃ早くな

(今日は世間で有名な3月3日だよ、役人から庶民まで遊ぶ習慣、あんまーアカチラに行って、貝類を拾って遊ぼう)

乳母(あんま)
とぉたり思子急じみしょうれ 親加那志からの御暇ん拝まびたい今日どぅ遊ばりる晴れ晴れ遊てぃ来やべらや、 イエたり思子うみかきれー、 あさきぬ人ようたり まこと名にたちゅる節日ぬしるしやいびさたり。

(そうだね、愛しい子よ急ごう、 親からも暇を頂き今日は晴れての遊ぶ日、浜に来てみたら、こんな沢山の人が浜下りしているよ、本当に今日は節句の印の日だね)・・・思鶴と乳母の交す有名な一場面。

この沖縄芝居の内容は役人との恋物語を描いた作品なのですが、叶わぬ恋に死を選ぶ結幕は沖縄中が涙した。「冬のソナタ」も比ではない。その「泊阿嘉」の初演は明治43年(1910)4月9日。那覇辻端道の沖縄座で始まった公演は7月8日まで続き、未曾有のロングランを記録し沖縄歌劇の代表作として不動にしたそうです。

・・・・話は3月3日
愚生も石垣在のころは良く3月3日は潮千狩りで貝類を採ったものである。他にアーサー、ウニ、モズク等自然の恵みは世界に誇れる干潟があるからだ。しかし残念ながら人類の共有財産である干潟(泡瀬、辺野古)が埋め立てられよとている。3月3日の伝統行事を守るためにも、自然と共存・共栄が大事だと思うのだが。


  
Posted by 大工哲弘 at 11:30

2008年04月07日

湿・しつずん?

♪清明祭香煙炊く語る故事  ♪清明祭お重開きて輪になりぬ

沖縄は今日から清明祭(シーミ)のシーズン到来だ!

卯月の4月は夜雨が降り田畑が潤う時季を「うるずん」「うりずん」という季語になったという説と、卯(う)東の方向に風が回り涼風となることからウリズン(季節)と呼ばれるようになったと云う説がある。いずれにしても、沖縄の一番いい気候に一族郎党が御墓に集い、御馳走を拵え、ご先祖さまと一緒に賑う、一種のピクニックに似た伝統行事。祖先崇拝主義の精神が宿る沖縄の民間宗教である。

さて、清明祭季節(今月一杯)が終わると、どうしても避けられない嫌なスーマンボーシュ(梅雨期)がやってくる。

梅雨と同居するのが湿気、その湿度があまり高いと不快適感で快敵な生活ができない、また、低くても体には良くない。ある書物によるとウイルスは低温、低乾燥を好むそうだ。そう云えば昨年の寒い12月北海道に居た。初めての体験だがカラカラの低温湿気候期、帯広からそのまま直行で竹富島のTV収録に出演した際、慣れない低湿度で喉を完全にやられたらしい、酷い目にあったことがある。もう一つの原因は日常の不摂生もあった・・・反省!

当然のように湿度は高くても、低くても体には良くない、適当に調整した方がいいのは解っている。そこで今日、先週模合(もあい・頼母子講)でとった資金を活かし思い切り買い求めたのが・・・・・・・・ 除湿機。














勿論、これからやってくる梅雨時期対策もあるが、湿気に弱い三線と太鼓の皮への気配りもあった。
B電気屋さんの話によると、上等の除湿機は品切れも多く、沖縄で今一番売れている電化製品だそうだ。

因みに今日沖縄の湿度が96パーセント。札幌が56パーセント。買ってよかった!






  
Posted by 大工哲弘 at 02:10

2008年04月04日

シタイヒャ!!

沖縄尚学、9年ぶり、2度目の優勝を果たしました。






沖縄尚学は昨日の兵庫・東洋大姫路戦の8回裏の大逆転で波に乗りその勢いがそのまま今日の決勝戦に繋がっていた。もう、その勢いは止められない。アルプススタンドも9年前と同じく「もう一度ウェーブをしたい!」そんな願望の声援と、選手が一体になった雰囲気は見事であった。



戦前は聖望学園の好投手・大塚のカットボールと東浜のツーシーム(2つの縫い目が空気の抵抗をを受けるように投げる)ボールの勝負だと云われるくらい投手戦が予想されたが、終わってみれば9-0。松坂投手以来の決勝戦完封だそうだ。



「ハイサイ・王子」と名付けられた東浜投手。ニューヒーロー誕生。


今年の甲子園・選抜高等学校野球大会は第80回大会という記念する大会。その甲子園球場は、大正13年阪神電鉄により大野球場が開設されたが、この年の干支、甲子(きのえ)にちなんで「甲子園」球場と命名されたという由来がある。そして84年後の今年、子年にリニューアルした球場での優勝は来歴を感じ、新しい歴史を刻んだ事になる。

また今年夏の甲子園大会も記念する90回大会だそうだ。

夏はどんな戦いをしてくれるのか、沖縄は早くも6月から夏の予選大会が始まる。沖縄尚学から目が離せなくなった。


このところ暗いニュースばかり、高校球児達のハツラツしたプレーは胸を打つ。多くの感動ありがとう!




  
Posted by 大工哲弘 at 18:59

2008年04月02日

うちなージョッキー

今日(4月1日)から全国的に新年度、放送局も新しく番組改編が行われる「うちなージョッキー」番組はどうなるのかな~って心配していましたが、お陰で継続放送となり、新年度の初興しの収録が今日NHK視聴者プラザでありました。
NHK・fmラジオ番組「うちなージョッキー」。放送日4月4日(金)18:00~18:50







今日は勝手に「特別スペシャル・ライブ」と題して、すべて生演奏で迫る

御存知、宮古島の「あやぐ」を取りあげ、その真髄を探ってみた。

♪道ぬ美らさや 仮屋ぬ前 あやぐぬ美らさや 宮古ぬあやぐ
 イラーヨーイ マーヌーヨー宮古ぬあやぐ

宮古島の名曲「あやぐ」のメロディーは海を渡り、様々な歌に変容しながらも広く伝播していった。そして根強く島々に歌い継がれてきた多くの歌のルーツが実は「あやぐ」だったという。

♪あやぐ、新宮古節、宮古根、奥山の牡丹、中城情話、国頭大福、とーがにすざー 夏花、殿様節、与那国ションカネー。

まだ 他にもあるかも知れないが・・・勉強不足、調べてみます。

上の曲はすべては「あやぐ」と旋律は一緒だけど歌詞を変え「同曲異音」。リズムを変えエイサーやお芝居の歌劇、教訓歌、ラブソング曲となり、ウチナーン人の肝心にフットする魅力の謎は・・・聞く人のみぞ知る。






視聴者プラザまで来て頂いたリスナーの皆様、ありがとうございまいした。次回をお楽しみに!



  
Posted by 大工哲弘 at 00:34