2005年04月16日

フォーク界の老人力 高田渡



このコラム正月からはじめて何名の訃報をお伝えしたか?また親しい歌友の訃報を知らせなければ なりません。

昨日午前1時22分に北海道の釧路でツアー中倒れて病院で療養していたが元気な姿を再び見せることなく息を引き取ってしまった高田渡さん。享年56歳。あまりにも早い死である。

きっと倒れたときはいつものアル中症候だからと思って再びステージで歌を聞けるとだれもが信じていたに違いない だが・・・

<渡さんのエピソード供養>
小生も昨年大阪の茨木でコンサートしたとき、チョット調子が悪かったので始まる前に差し入れの泡盛を喉を潤す為に飲んだが、飲みすぎて本気で酔ってしまった。
ステージは正直言ってあまり覚えていない。
そして打ち上げは実行委員の方々と盛大にされた。
「スミマセン 酔って散漫なステージになってしまって」と侘びをいれたら・・・「大工さん 心配しないで高田渡さんより まだまだいいよ~」
「えっ~??」
以前に同じ実行委員が渡さんを呼んでコンサートしたとき渡さん途中ステージで寝てしまったそうな・・・
んん~小生に慰めの言葉なのか?あまりにも渡さんの存在が大きいだけにあれくらいビッグになりなさいよ~ともきこえた。
小生なんかが ステージで寝てしまったら観客からキット石が飛んでくるでしょうね やっぱり渡さんくらい大モノだったからこそ睡眠ライブは許されるはずです。
そして打ち上げ会場ではスタッフ達が「生活の柄」をはじめ高田渡のオンパレードで盛り上がった。

風狂詩人、吟遊詩人、酒狂歌人などなどの異名をもつ渡さんは60年代から社会風刺歌や自衛隊を揶揄ったりプロテストソング数々にしても 自由を尊重する心の表れだったのだ
60年代から70年代にかけて政治経済、文化、社会が激動期のなかで生き抜いた背景があったからフォークソングを通して時代の旗手となっていたと思う。

小生と同じ団塊の世代だと会社では定年寸前だったりリストラにあったりして出口が見えない日本の経済環境は暗いニュースばがり、そういうときいつも深遠なる詩世界と繊細さと豪放な歌を聴いて多くの人が勇気を付けられたのではないでしょうか。

これからもずっと高田渡歌心は生き続けております。小生も渡さんの歌をライブの度歌い継いで活きたいと思います。

高田渡さんにあえて一緒に仕事できたこと幸せにおもっております。安らかに永眠されてください。
ご冥福を祈ってます。合掌